第18話 ぴあの、抱かれる
「ああッ……。うぅん……、くぅッ……」
「もう少しだから耐えろ……くそ、この声……。俺までおかしくなりそうだ……」
パルマとアスティオにお休みの挨拶をして別れるというやりとりをしている間にも、ぴあのの体の熱はどんどんとその熱さを増していった。初めて覚えたその熱よりも前回の方が熱かったが、今回のはさらにその上を行く感覚で、甘さを含んだ暴虐といっても言い過ぎでないくらいに彼女の欲望をぐつぐつに温めている。勝手に膝がガクガクと震え、ヴォルナールに支えてもらうために体に触れられるとそれだけでたまらない気持ちになっていた。はあはあと息を荒げながら身を震わせるぴあのを抱きかかえるようにして、ヴォルナールは自分の部屋に彼女を連れて行った。
「ふあぁ……こんな……この間よりつらいッ……。んっ、はあッ。ヴォルナール、さんッ……。熱いッ……熱いよぉ……。買ったばかりの服が汗でめちゃくちゃになっちゃう……ッ、やだぁッ、ん゛んッ」
ぴあのはヴォルナールの部屋にたどり着くやいなや床に座り込んでしまう。冷たい床板が尻を叩く衝撃ですらあまりに強く感じてぶるぶると身を震わせる彼女の汗は野生の花のような強い甘い香りを放ち、見下ろしているヴォルナールの落ち着きをも奪っていく。
「確かにものすごい汗だな……。おい、自分で脱げるか」
「が、がんばってみ……だ、だめぇ……擦れて皮膚がびりびりするっ」
「仕方ないな……。おい、あんまり身を捩るな、脱がせにくいだろうが……っ」
「だ、だってぇ……ッ。あうッ、ううう……」
自分が見立てた好みの装いを纏った女を自らの手で脱がしていく行為が久しぶりで、ヴォルナールは年甲斐もなく胸がドキドキしてきた。前回は肩にあった痣のことが彼の理性を押しとどめていたが、垢抜けない顔立ちのぴあのの体はそのイメージに反して案外ボリュームがある。増やした装備のぶん脱がせる過程が前回より増え、段々と露わになっていくぴあのの白い肌は張りがあって汗でしっとりと湿っていた。
「はあ……、はあ……、あ、ありがとうございます。脱ぐと、少し、楽です……」
「そうか、なら前回のように飲ませるから、目を閉じて口を……」
「ヴォ、ルナールさん」
「何だ、嫌か。そうだな。わかるが、割り切ってくれ、俺も……」
「そ、じゃなくて。多分、飲むだけだと、足りない……、です」
「……何?」
はしたないことを言いだしているという自覚はぴあのにもあり、欲望の発作だけでない羞恥の感情が彼女の顔を真っ赤に染め、彼女は訝し気なヴォルナールの美しい顔を直視せずにぽそぽそと告げる。
「わ、わかるんです。頭じゃなくて、この、お腹の印が教えて、んっ、くるんです……。多分、血とか、その、飲ませてもらうだけだと……きっとこの発作、どんどん酷くなるって……、くぅうッ」
そうなのだ。今こうしている間にも、呪いに侵されたぴあのの身体はずきんずきんと脈打ち、これでは足りない、すぐに男の精を取り込めと自らの主人である彼女の脳を逆に支配するように要求し続けている。自分の恋人どころかまだ知り合ってさほど経っていない、妻との死別の心の傷も癒えていないようなエルフにそんなことをねだるだなんて、本来の彼女であれば絶対にしないことであったが、呪いは彼女の理性や倫理観すら蝕み、ただただ目の前の男を逃がすなと体中に命令していた。
「く、ください、ヴォルナールさん。私のこの印の奥にッ、その、わ、私を、この熱いのから、助けてッ……くだッ、さ、いィッ……」
「……こ、の、後悔するなよッ!!!」
ぴあのの懇願をこれ以上聞いていたらとても紳士的ではいられないと思い、ヴォルナールは下着姿の彼女を抱え上げ、放り投げるようにベッドに上がらせた。前の世界から持ち込んだキャミソールは色気のないデザインだったが今は汗でしっとりと湿って貼りつき、彼女の体を艶めかしく飾っている。ヴォルナールがそれを捲ると、恋人や夫婦でなくては見てはいけない光景がそこに存在していた。
(くっ……煽られるッ、こっちが狂いそうだっ……)
これは治療のようなものという建前を忘れそうになり、それが恐ろしくなったヴォルナールはぴあのの体をひっくり返してシーツに伏せさせた。乱暴ともいえるヴォルナールの振る舞いに驚くと同時にぴあのの心臓がドクン! と跳ねる。その雄が欲しい、それを搾り取れと呪いに雁字搦めにされた脳髄が彼女の全身に指令を送ったのだ。
「もうだめ! ください! ヴォルナールさんっ!!!! ぴあのを助けてくださぁい!!!」
もはや自分の意思なのかすらもわからないまま、ぴあのは固く目をつぶって叫ぶように彼を求め……。その後に二人に起こったことはまるで夢のようだった。お互いに触れるたびにまるでずっと昔から愛し合っていたかのような錯覚が二人の脳髄を惑わせ、聞こえてくる音全てが全身を痺れさせた。
枕に埋めたままのぴあのの顔はヴォルナールからは見えないが、肩から上が真っ赤に染まり小さく震える女の細い首を見ていると優しい彼でも暴力的な気分が沸き上がりそうになってくる。征服欲。ぴあの本人にはまことに不幸なことだが、彼女は男のそういうものを誘発してしまうタイプの女なのだ。
(……そういうことか……だが俺はそんな奴とは同じにはならないぞ……)
どういう感情で顔も知らない誰かが彼女の肩に痣を作ったのか理解できそうになって、ヴォルナールは目を閉じて首を横に振ることで沸騰しそうな頭を一旦冷静に落ち着けた。そして行き場のなくなった獣欲を最小限で発散させるために、ぴあのに覆いかぶさって彼女の白い首筋を軽く、ごく軽く噛んだ。
「んんっ、うぅん……」
「おい女。もう十分だ。するぞ。覚悟を決めろよ」
「い……やぁ……」
「嫌だと? ここまできて何を……」
「な、まえ、名前呼んで……ッ。わたしの、名前、ぴあの、っていう、のぉ……。変な、名前だけどッ、大事な、名前ッ……だから、呼んで……くださいぃ……」
「……」
名前を呼びながら情を交わしてしまったらまるで愛し合っているかのようではないか。そう思ってヴォルナールはこの行為の最中彼女の名前を呼べていなかった。それどころか彼女と会ってから一度も名前を呼んでやっていないことに気が付く。
「……すまなかった。ぴあの、と呼べばいいか?」
「はあっ……ぴあの、です……。ありがとうございます……、ください……ヴォルナールさん、助けて……ください……ッ」
顔を見られるように向かい合えばよかった、と喘ぎ声混じりに懇願するぴあのの声を聞いてヴォルナールは少し後悔した。しかし、もう止められない。柔く震える腕の中の身体を抱きしめ、彼女が先ほどから乞い続ける『助け』とやらを施してやらなければ……。
いつもは朗らかに美しく歌を奏でるぴあのの喉が艶めかしい音をひっきりなしに立てるのを聞いて、ヴォルナールは彼女が熱い楽器かなにかで、自分がその奏者であるかのような錯覚を覚える。その演奏は酩酊を誘い、どこまでも官能的で心地よかった。ゆっくり、ゆっくりと優しく施されるそれにぴあのもまた酔いしれる。彼の重い身体が寄り添うたびにぴあのの背骨から脳天まで甘い痺れがビリビリと走って、恐怖や不安を一瞬で消し去ってしまう。それほどにぴあのにとってヴォルナールとの行為は気持ちよかった。お酒を飲んでコンディションがいい喉で十八番の歌を伸びやかに歌っている時より気持ちのいいことを知らなかったぴあのの中で、次々と未知の爆発が起こっては消える。
「ぴあの……渡すぞっ……これでもう、大丈夫だっ……」
「ヴォ、る、なぁる……さんっ……あああっ……」
激しい痙攣と共に仰け反るぴあのの体をきつく抱きしめたヴォルナールは、あの迷路の中で作り替えられてしまったぴあのの内腑に彼女の正気をつなぎ留めておくための種子をしっかりと送り込んだ。
「はあ、はあ、はあ……」
「ん……」
汗と男女の匂いがもうもうと充満する部屋で、事後のヴォルナールとぴあのは疲れた体を折り重ねたまま息を整えていた。ヴォルナールはすぐに立つことはせずにぴあのをずっと抱きしめていてくれて、彼女は安心感で脳をどぷどぷに甘やかされているのをぼんやりした頭で感じた。
「ヴォ、ルナール、さぁん……、わ、私、こんなにすごいの、初めて、でぇ……」
「はあ、はあ、俺もだ……、はあ、何だって言うんだ……こんな……」
ぴあのはヴォルナールの腕の中で、もう自分をひどく扱っていたトキヤのことを思い出すことはないという予感を感じていた。それよりも自分に優しくしてくれるヴォルナールをはじめとしたこの世界で会った人たちのために考え、行動しようと思った。
ヴォルナールはと言うと、まだフィオナのことを忘れてはいなかったが、腕の中の稀人が初めの予定よりも大きな存在になる予感を感じていた。苦しみを和らげるために行っていた娼館通いもヴォルナールの憂鬱を解消してくれることはなかったのに、彼は偶然拾った稀人とこんなにも体の相性がいいことを怖くすら感じていた。この柔らかく熱い体の持ち主を守りながら残党狩りを完遂する。お互いに今考えたそれが自分の今後の目的になるだろうと思うと同時に、少し緊張感のない感想も抱いていた。
(これは……)
(絶対……)
(またやりたく……)
(なっちゃうだろうな……)
それほどに二人の夜は最高のものだったのだ。
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