第37話 ぴあの、隠密行動をする

(本当にバレない……)


 頭に花をつけたら植物モンスターに擬態できるというのは半信半疑だったぴあのだったが、廊下を行き交う植物モンスターたちが襲ってこないので納得せざるを得なかった。城の中の植物モンスターたちは外の植物と違って、なぜかみんな執事やメイドの様な使用人の衣装を人間の物真似でもしているかのように纏っていた。


「そういえば、モンスターは雄しかいないって聞いてたけど、植物たちは花が咲いたり実がついたりするんですね?」

「おそらく、元々生えていた植物をレリトがモンスターとして作り直したんだと思うんだけど……、別の動物の胎を利用して動物モンスターを増やしやすくするのがあいつらの役目だからね。動物モンスターと違う増え方してるんだと思う」

『おい、お前たち』


 小声で話しながら歩いていた二人の背後から、何者かの声がかけられ、驚いたぴあのの佩いていた妖精剣が飛び出しそうになったが、横からクレデントが慌てて柄を握り、抜けないように押さえる。


『新しく産み出されたレリト様の眷属か? 冒険者のような恰好をしているのは何故だ?」


 話しかけてきたのは執事服を纏った蔓植物の塊だった。ぴあのたちと同じ花が頭の上に咲いている。いばらの迷路で植物モンスターに話しかけられたことはなかったので一瞬パニックになりかけたぴあのだったが、バイトでトラブルを回避するため適当な方便を口にした時のことを思い出す。


「え、えっと~。そうなんです、レリト様の命令で~、強い冒険者を相手にするときの練習台として~。今さっきそれが終わって仕事に戻るところで~」


 店長が「あんまりしつこいクレーム客が来たら店長が~って言っちゃっていいから」と言ってくれていたホームセンターのバイトで培った自然にそれっぽい嘘をつくスキルがこんなところで役立つなんてな……と思いながらイチかバチか言ってみると、顔がないので表情はわからないが植物執事は納得してくれたようだった。


『そうか。済んだなら紛らわしいから早く使用人の服に着替えろ。一瞬忍び込んだ賊かと思ったぞ』

「あ、あはは、そうしまーす……」

『そういえば産み出されたばかりだったか。着替えの場所はわかるか? あの部屋にあるから早く着替えろ』

「ありがとうございまーす」


 へらへらぺこぺこと対応していると植物執事は去って行ったので、ぴあのは不思議そうな顔をしているクレデントを引っ張って教えられた部屋に逃げ込んだ。


「ピアノさん、なんだかあの植物と喋ってた? 事を荒立てたくなかったからその剣は抑えさせてもらったけど」

「あ、はい。なんか言葉わかって……あ、そうか。言葉がわかる道具をつけてたからかもしれないです」

「その首飾りはそういうものだったのか」


 こちらに来てすぐに首につけてもらったチョーカーをぴあのが撫でると、なるほどとクレデントは腑に落ちたようだった。


「でも、これをつけていても迷路の植物モンスターたちはしゅるしゅる言ってるだけだったのに……ここのは言葉を喋るんですね。びっくりした」

「多分……レリトの世話をするためにちょっと賢く作られてるんだろうね。なんて言ってたの?」

「ええと、私たちは産み出されたばっかりのモンスターでレリトさんの相手をするために冒険者の恰好をしてたって嘘をつきました。仕事に戻るなら使用人の恰好をしろって言われたので、この部屋に……」


 入った部屋の中を改めてみるとそこは使用人用の控室のようで、設置してあるクローゼットを開けると同じデザインの執事服とメイド服がいくつもあった。ちょうどいいのでこれに着替えて、掃除をするふりをして内側から門の鍵を開ける作戦で行こうと話し合い、二人は順番に着替えることにした。


「さっきみたいなことになると怖いから、素朴な疑問が沸いてもあんまり無駄なお喋りしないようにしようねピアノさん」

「す、すみませぇん……」


 また何をしているか聞かれたときのために、適当な掃除用具を手にして二人は再び廊下に出た。クレデントはレリトの幼馴染みと言うことでなんどか表立って城に招かれたことがあってその時に探検して当時のメイド長にレリトと揃って怒られたことがあるということで、大体の城の構造は覚えているらしい。彼の案内に従ってぴあのは使用人の出入口から一旦外に出た。


「ちょっと待って」


 曲がり角を曲がろうとしたとき、先を歩いていたクレデントはぴあのの前に腕を伸ばして止めた。


「邪妖精がいる。別の道から行こう」


 角から飛び出しそうになったぴあのから一瞬だけだが、たくさん並んだ植木鉢からメイド服を着た植物が生えていて、その花に何匹もの邪妖精が群がって花の蜜を吸っている光景が見えた。


「な、なんですか? なんですかあれ?」

「邪妖精たちの昼休憩だろう。ってことは今門は手薄だってことだよ。今のうちに行ってさっさと開けてしまおう」

「わかりました、や、やるぞ」


 あまり疑問を口にするなと言われたが、今見た光景が気持ち悪かったので心のざわつきを抑えるため小声で話しながら、ふたりはせかせかと門へと向かう。普通の城ならありえないことだが門番のようなものはいなかった。城の守りとしてはどうかとぴあのは思ったが、こちらには都合がいい。


『すべてを見せて 秘密の奥に 扉を閉ざす鍵を開いて』


 これでまた開かなかったどうしようと不安になりつつもぴあのが開錠の歌を歌ってみると、カチリと音がしてあっけなく鍵は開いた。クレデントが門扉を拭くふりをして鍵の周りに千切った植物の蔓を巻き付けて再び鍵がかからないように細工した。そのまま外のフェンスの扉も同じように処置をする。


(ここが開いてないってことはヴォルナールさんたちと入れ違いにはなってないはず。クレデントさんの所の女の人たちが会えていれば私たちがここを開けようとしているってことが伝わるはずだけど……)


 ぴあのは今どうしているかわからないヴォルナールたちの身を案じた。どうか彼らが無事で魔王城までたどり着くことを祈るしかない。


「ピアノさん、ここを離れよう。あまりもたもたしていると邪妖精が見回りに戻ってくるかもしれないから。さっき着替えた部屋まで戻ろう」


 二人はなるべく不自然でないように周りを意識しながらまた使用人出入口へ戻る。先ほど邪妖精たちが群がっていた植物メイドたちはもう歩き出してどこかに行ったらしく、とその一角は穴の開いた土が入っている植木鉢がいくつも置いてあるだけになっている。難なく通ることができたので今度は遠回りせずに済んだ。


「さて、次はどうするかだけど」

「はい」

「今僕たちが特に問題なく鍵開け工作ができたことでわかったことがある。今、多分レリトは寝てる」

「寝て?」

「昔、ご飯の後は午睡の時間を取るって言っていたのを覚えてる。多分今の時間がそうなんだ。君たちが鍵を開けようとしたときに生えたあの大木はレリトが生やしたものだと思う。きっとその時レリトはなんらかの方法で君たちを見ていたんだね。でも今は見ていない。あれだけの大木をいきなり生やしたんだから彼女はかなり疲弊してると思う」

「ああ……、トップの監視が今ないから従業員もなんかダラダラしてると……そういうことですね?」

「ん? うん。だから彼女のところまでこのまま行ってしまおうと思う。まずは僕だけで彼女と話したい。だから初めは君は身を隠していてくれるだろうか」

「……もし、クレデントさんが殺されそうになったら?」


 最悪の想像だが、あり得るとぴあのは思った。しかし、魔王の幹部などという相手と戦って勝てるとも思えないので前もって聞いておかなければならない。


「もしそうなったらピアノさんは逃げて欲しい。好きな娘に殺されるんだったら僕はもうそれでいいから」


 そういったクレデントの瞳は、迷いのない光に満ちていた。

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