第36話 ぴあの、侵入する
(……ヴォルナールさんに選んでもらった服。やっぱりこれじゃなきゃ始まらない)
服が渇くのを待って返してもらったぴあのは、魔王城へ行く準備を始めた。
「レリトの懐で発作が起きると不利だから、ピアノさんはなるべく新鮮な地下茎の汁を補給しながら行ったほうがいいね。途中まではそこらから飛び出してるのを折って吸えるけど、城に入ったら無理だ。彼女たちが人間の街に復帰するときに持たせようと思って集めていた瓶があるから、それにできるだけ詰めて持てるだけ持って行こう」
クレデントがそう言うと、女たちは地下茎を折って流れ出る液を瓶に詰めてくれた。液体の入った瓶は重いが、これで発作をしばらく抑えられるなら仕方がない。ぴあのは女たちに礼を言って、瓶が入った古いかばんを受け取った。
「もし僕が戻らなかったら、君たちで地下茎を育てたり、地上で捕まっている君たちの同胞を助けてやってほしい。体力がある者……、君と君と君は地上に出て、淫魔を見つけたら僕の名前を出して魔王城にピアノさんと向かっていると伝えてほしい。ただし自分たちの身を一番に守って、危険があったらすぐ地下に隠れて。君たちにも生きて人間の街に帰る権利があるのだから」
「クレデント様ぁ……行っちゃ嫌です」
「わがまま言わないのよ。クレデント様のお願いを私たちで遂行しましょう」
女たちはクレデントの旅立ちを惜しんだあと、笑顔で二人を送り出してくれた。しばらくぼんやりと暗い地下道を二人は進んだ。地下茎を折って出てくる汁を飲むための休憩をとりながらぴあのはクレデントに色々なことを訊く。
「クレデントさん、あの扉にかかってる呪いってなんなんですか?」
「ああ、まだ言っていなかったね。あの扉にかかっているのはね、城の中にいる者が鍵を開けないと開かない呪いだよ」
どれだけやっかいな呪いがかかっているのかと思ったぴあのは、帰って来た答えがばかばかしいほど単純なものだったので驚いてしまう。
「え? そんなですか? もっとなんか生贄とか捧げないと開かないのかと思ってました」
「ああ、うん。多分内側からなら君の力でも開くよ。先代の魔王様はね、魔族の平民にも優しくてどんな些細な話も聞いてくれる王様だったから。昼間はいつも城は開いていたし、そうでないときも何か訴えがある者が来たら開けられていたんだよ。だからだろうね。セブレイスのような悪意のある者になすすべなく殺されてしまったのは……」
それを聞いて、ぴあのはそんなのどかな国が今こんなふうになってしまっているのを悲しく思った。クレデントはそれ以上に悲しそうだった。
「そうだったんですね……。でも、だったらどうして勇者……、が魔王討伐に来た時に勇士たちが中に入ることができたんでしょう。魔王セブレイスっていう人がそんなに気のいいかんじの人とは思えないんですけど」
「……セブレイスは、魔王の座もレリトも手に入れたから傲慢になっていたんだろう。何もかも自分の思いのままだと思っていたから勇士たちを舐めていて、敢えて開けていたんだろうと思う。そういうところのある男だった。そしてそうではないとわかったから責任も取らずに逃げたんだ。彼がいない今、魔王城の主はレリトだ。彼女はシンプルに他人に城に入ってきて欲しくないから開けていないんだろうね」
だから自分たちがレリトが意識していない別のルートから魔王城に侵入してこっそり中から鍵を開けるのがいいと考えているとクレデントは言った。女たちが淫魔とコンタクトを取れれば、先代の魔王を慕っていた淫魔たちも何かアクションを起こすだろうとも。
穴を掘って土を固めた感じだった地下道はいつの間にか乾いた煉瓦で舗装され始めていた。
「もうここからは魔王城の敷地の地下だ」
「クレデントさん、魔王城にすごく詳しいですね」
ぴあのがそう言うと、クレデントは寂しそうに笑う。
「いつもこの道を通ってレリトに会いに行っていたんだよ。レリトが僕に会いに来るときもあった。二人の秘密の時間だった。とても大切な」
地下にそんなルートがあるとレリトが知っているのなら厳重に守られていてもおかしくないが、誰も、何もいない。
「もうレリトは地下のことなんか……、僕と会うために通った日の事なんて思い出しもしないんだよ。僕もこの道を通ることはもうないと思っていた。僕がどれだけ彼女との日々を忘れられていなくても、もう彼女は僕とのことを思い出さないから」
「……」
ぴあのは、レリトへの未練をずっと抱えて消極的な邪魔を繰り返しているというクレデントのことをはじめはストーカーみたいでちょっと気持ち悪いと思ったが、もし自分が振られた後にこっちの世界に送られず、ヴォルナールに会うことも、彼に優しくしてもらうこともなかったらどうであったろうかと考えた。元の世界にトキヤとアヤネ以上の友達もいなかったから、クレデントのように付かず離れずの行動をしなかったとしても壊れた関係への想いをいびつに丸めて持ち続けずにきっぱり捨てられていたと言える自信はないと思い、それを思うとクレデントの行動に自分が何か思うことはできないな、と彼を否定しそうになった自分を恥じた。
「さすがに……」
「ん?」
「さすがにクレデントさんの顔を見たら、レリトさんだってクレデントさんのこと思い出しますよ」
「そうかな」
「レリトさん、ずっとひとりぼっちなんですよねきっと。頑張ってモンスターを増やしてもレリトさんのこと褒めてくれるセブレイスはもういないんだし。クレデントさんがレリトさんのこと気に掛けなかったらこの先もずっと一人なんでしょう?」
「そうだね……」
「自分が一人だった気が付いた時に、側に誰もいないよりもクレデントさんがいたほうがいいような気がします。誰にも見捨てられてない安心感っていうか……ううん……なんて言っていいかわからないな……」
規模は違えど、自分がそうなっていたかもしれないということに思い至った心の揺れがぴあのの口を開かせていた。しかしそれをうまく口にするほどぴあのは喋るのが得意ではない。しかし、ぴあのの言いたいことはクレデントに伝わったようだった。
「そうかもしれないね。ありがとう、ピアノさん。そうだ、これを渡しておかないと」
ぴあのに礼を言ったクレデントは、下げていた鞄から何かを取り出す。それは鮮やかな赤い色をしていた。その色にぴあのは見覚えがある。
「あっ、それ苗床の植物の頭みたいなところに咲いてた花!?」
「そうそう。ギリギリまで濡らした布で断面を覆ってたんだ。これを頭につけると、植物モンスターが仲間だと勘違いするから。城の中ではこれを頭につけて」
クレデントから花を受け取って、頭につけてみる。つけ終わるとクレデントも同じものを頭につけていて、今そんな場合ではないのに笑ってしまいそうになるぴあのだった。
「こんな簡単なことで騙せちゃうんですね」
「うん、まあ植物だからねえ。そんなに賢くはない。ただ、邪妖精も中にいるからそれに会ったら倒したほうがいいね」
「なるべく騒ぎにしたくないですね……」
ぴあのは腰に佩いた妖精剣をそっと撫でる。魔法で派手にやりあうより、こっちで小規模に戦ったほうが良さそうだと思った。
そんなことをしていると、やがて小さな扉の前に行きつく。
「ここから魔王城に入れる。レリトがどこにいるかわからないけど、たぶん自分の部屋のような気がする。覚悟はいいかい、ぴあのさん」
「……はい」
ぴあのの開錠の歌で扉の鍵が開く。クレデントの陰で息を殺しながら、ぴあのは魔王城に侵入を果たした。
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