第17話 ぴあの、疼く
ヴォルナールの見立ててくれた恰好は最初は場違いな気がして落ち着かなかったが、みんなに似合うと言ってもらうと体だけでなく心も綺麗で可愛いレースで飾ってもらったような気分がして嬉しいとぴあのは思うようになり、こちらに来たばかりの時の俯いておずおず様子をうかがう感じが少しずつなくなって、明るい笑顔をよく見せるようになってきた。ヴォルナールはそれを見て出会ったばかりのころのフィオナが男に粗末に扱われる生活から、自分との関係を経て明るく華やかな妖精のようになっていったのをつい思い出してしまう。
そんな彼女は新しい装いでまた酒場の一角に立って歌い、酔客たちからかわいーかわいーぴゅーぴゅーと歓声を浴びている。自分の見立ては満足だったが不特定多数の男にそれを褒めそやされているのはなんとなく気に入らなくて、ヴォルナールは酒杯を傾けながら悪態をついていた。
「全く、浮かれやがって。男に媚を売るために買ってやったんじゃないぞ……」
「あんたが可愛いって思った装備揃えたくせに。何? 独占欲だしてんの? まだあんたのじゃないよ?」
「そんなんじゃない、何を言ってるんだ。勘ぐるな」
思わず零した言葉はパルマの言う通り独占欲の発露に聞こえなくもない響きで、言われて不愉快にはなったが同時に恥ずかしさも感じたヴォルナールはぷいとそっぽを向く。
(どうしてこの稀人の女を見ると俺は落ち着かなくなるんだ……。声がフィオナそっくりだからといって似たような恰好までさせて、俺は一体何をしたいんだ……?)
彼はフィオナの死に落ち込んではいたが、悲しみに打ちのめされて残党狩りに支障が出るような状態は勇士として無様に感じ、前を向いて歩くために積極的に女に声をかけたり娼婦を抱いたりして気持ちを切り替えようとしていたので気になる女ができることは元々願ったりかなったりなのに、いざそうなりそうになると自分が死んだ妻をさっさと忘れる冷血漢のようにも思えてしまい、心が乱れてしまうのだった。
「なあヴォル、それでいいか?」
つい物思いに耽っていたヴォルナールはその時アスティオに話を振られて初めて自分が仲間に何か相談をされていることに気付いた。
「む、すまん。なんだ?」
「聞いてなかったのかよ。ピアノちゃんのことだよ。もう短期間で歌を全部覚えるとかそういうの関係なく連れてくことにしたんならちゃんと護身術とか教えないといけないって話だよ。教えていいんだよな?」
「そうだな。頼む」
いばらの迷路を攻略するのに吟遊魔法の開錠の歌は有利に働く。だから魔王城に到達するまでにぴあのに死なれては困るので、彼女にも戦ってもらうことは避けられない。一般人同士が暴力を行使してはいけないような世界からきた普通の女であるぴあのがどこまでできるかは怪しいが戦い方を教えることは今後を考えると必須だった。
「ああ~、お腹すきました~」
そんな話をしていると、また歌でいい具合に腹を減らしたぴあのがテーブルにやってきた。
「おい、歌はどこまで覚えたんだ」
「あ、はい! 大体ほとんど覚えられました。難しい歌は毎回成功とはいかないんですが……」
思ったより優秀な答えが返ってきたのでヴォルナールは少し考えて、そしてぴあのに告げた。
「そうか。なら次は戦う練習を始めろ。アスティオに護身術を教えてもらえ。ある程度慣れたらいばらの迷路に入る。そこで実践しながら強くなっていってもらうぞ」
「ご、護身術……」
「大丈夫大丈夫。迷路の浅いとこまではちょっと腕に覚えがあれば虫系モンスターの巣から蜜とか取ったりってお小遣い稼ぎしてる人はいるんだよ。このハムにかかってる蜜とかそうだから」
パルマにそう教えられ、ぴあのは噛みしめていたおいしいハムをごくんと飲み込んだ。
「ただちょっとでも深い所に入ったらもう……ね」
「ひええ……」
「あはは!」
半分笑いながら脅かすように耳元でパルマに言われてぷるりと身を震わせるぴあのにアスティオは明るく笑いかけた。
「でかい街くらいには広いからな。人間の街になじめない魔族の生き残りとかが集落作って暮らしてたりするよ。ピアノちゃん、スラグは倒せたけど人間に攻撃するのは気が引けるらしいな。あの中にいる人間の言葉が通じるような人型の魔族はもう人間に敵意は持ってないよ。もうレリト一人がほとんど意地であそこに引きこもって害獣を増やしてるんだ。そりゃまあ中には敵意を持ってる奴も全然いないとは思わないけど、それは人間の中にだっているもんだからな」
「もともと庭だったから、虫系モンスターとか、後は思い出したくないだろうけどピアノちゃんが襲われてたような植物系モンスターがほとんど。大体は火に弱いんだ」
「えっと……それなら迷路にまるごと火をつけちゃうのはダメなんですか……?」
そんな厄介なところに引きこもってるなら燃やしちゃえばいいんじゃ……とトキヤがやっているRPGゲームを後ろから見ていてずっと思っていた疑問をぴあのは口にする。
「おまえは間抜けか? 友好的な魔族が住んでいると言っているだろう。そんなところを焼き討ちしてどうする」
「ひえ……すみません……そうですよね……」
イライラとした様子のヴォルナールに怒られて身をすくめたぴあのは、謝りながら、少し体が熱くなってきているのを感じていた。今日はお酒飲んでないはずなのに……、ヴォルナールのいるほうの耳が特に熱く感じた。しかしぴあのの発言に妙にウケたらしいパルマに背中をぱんぱんと叩かれ、気のせいかも、と話に再び集中した。
「あははは、すごいこと考えるねえピアノちゃん。それが出来れば楽だったねえ~」
「本当は女の人を苗床にするようなモンスターがいるところに女の人が戦いに行くのはうまくないけど……そもそもが魔法が使えるのって女の人が多いんだよ。オレとかヴォルみたいな魔力持ちの男のほうがレアケースなんだ。だから勇士にも女の人が多くて……いばらの迷路の残党狩りが最後までのこっちゃったのはそれが理由なんだよな」
アスティオが言いづらそうにそう言う。本来ならそんなところに恋人のパルマと潜るのも心配なのだろうとぴあのは思った。
「女の人にとっては魔窟だよ。あそこは。ヴォルが君を連れて行きたくなかった気持ちもわかる。でも君はもう半分以上処置がされてしまっているからなあ……」
「やめろ」
「アスティオ! 無神経!」
「ごめんっ!!」
パルマとヴォルナールの両方から次々に頭をはたかれ、すぐにアスティオは謝ってくれた。しかし彼の言っていることはまったくその通りで、ぴあのは急に恥ずかしくなってきた。
「まあ捕まって殺されたらたまんないのは男も同じだしね。捕まんないように頑張ろう。ピアノちゃんは魔法が使えるけど、手から魔法を出すあたしらと違って喉が潰されたらおしまいだから、口がきけないようになる事態だけは避けてね」
「はい……がんばります……」
植物モンスターに絡みつかれて、下腹をおかしくされたことを思い出したぴあのはさっきから少し感じていた体の熱がねっとりとしたものに変わり、だんだん臍下に集まってきているのを感じ始めてやっぱり気のせいじゃない、と気が付いた。
「あの……ヴォルナールさん……すみません」
「どうした」
帰り道、ぴあのは寄り添いながらあるくアスティオとパルマから離れてヴォルナールに小声で話しかける。
「えっと……私、また体が……。ヴォルナールさんに、その、お願いしないと、治まらないみたいです……」
「……! そう、か。わかった。このまま俺の部屋に来い」
顔を真っ赤にしてスカートの裾を握り、もじもじと異変を訴えるぴあのを見下ろしたヴォルナールは白い喉仏をごくりと動かすと、言葉少なにそう答えた。
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