第16話 ぴあの、防具を揃える
「説教は後だ。状況を説明してもらう必要があるからとりあえずついて来い」
間一髪でぴあののことを助けてくれたヴォルナールは男たちをふん縛り、街に常駐している衛兵に引き渡した。どうやら彼らは近頃盗みを繰り返していた泥棒だったらしく、吟遊魔法を使える稀人なら開錠の歌が使えるだろうと踏んで、脅して泥棒行為に加担させるためにぴあのを誘拐しようと目論んだということだった。衛兵によると今後二人は国の法によって然るべき罰を与えられるらしい。
「さて次はお前だが……」
ずっと怒った顔のままだったヴォルナールは兵舎を出るとぴあのに向かって説教をしようとする。その時、ぴあのの空っぽの胃がくきゅうと情けない音を立てた。
「……昼飯は?」
「お昼ご飯食べに出たところだったんです……」
「……お前は……はあ……真面目に話している間中気の抜けた音をぐうぐう立てられてはかなわんな……何か買ってやる」
「あ……ありがとうございます……」
「この間部屋まで飯を持ってきてもらったからな。その礼だ。他意はない、行くぞ、はぐれるな」
ヴォルナールはぴあのの手を掴むと、人ごみの中をそのままずんずんと進んで行く。美しく長身のエルフで、勇士として知られている彼が歩を進めるだけで道行く人は勝手に避けた。ぴあのが追いかけられている時には見えていないがごとく誰も助けてくれなかったのに、ヴォルナールがいるとこうも違う。元居た世界でも取るに足らない存在だった自分の手をそんな立派な人物が握って歩いている現実をぴあのはただ不思議に思った。見上げたヴォルナールの尖った左耳はよく見ると少し欠けている。その形を見ていると、歴戦の彼が自分を守ってくれていることがとてつもなく安心に思えた。
「ほら、落ち着いて食えよ」
「い、いただきます……、はむ! ふむ、ずず、んん、おいひ……!」
「なんでもうまそうに食うなお前は」
ヴォルナールが屋台で買ってくれた食事は熔けたチーズが挟まった雑穀のパンと麦飯のような穀物が沈んだトマトっぽい味のスープだった。素朴なものだったが昼飯抜きの状態で本気で逃げ回っていたぴあのの腹には最高の御馳走だった。
「はあ~、ごちそうさまでした。美味しかった……」
「おい。お前はどうしてあんなふうに無様にばたばた逃げ回っていた。覚えた魔法で殺せただろう。スラグをあんなに何匹も駆除したんだ。できないわけがない」
スープもパンも綺麗に平らげたぴあのにヴォルナールは尋ねる。殺す、という言葉を聞いたぴあのはとんでもないというように顔の前で両手をぱたぱたと振った。
「ころ……え、だって、に、人間ですよ? 人間をいきなり殺すなんて急にはできないです……!」
「相手はお前を殺す事なんかなんとも思わんような奴らだったぞ。俺はお前に戦う覚悟を持てと言ったはずだが」
「で、でも……」
「この腰抜けが」
「はい……」
怒られてぐうの音も出ないぴあのが下を向いてしゅんと落ち込むと、ヴォルナールはしばらくそれを見つめていたがやがて大きなため息をついた。
「はあ……。言い過ぎた。喉に鈴持つ稀人がいるという情報が碌でもない輩に知られていることを予測していなかった俺のミスだ。今後出かける時には俺に声をかけろ。なるべく付き合ってやる」
「……え、いいんですか」
「今日はまだ用はあるか? あるなら一緒に行ってやると言っているんだ」
「えっと……帰ってからパルマさんたちに会えてたらまだ買えてなかったので武器や防具を見に連れて行ってもらおうと思ってたんですけど……あっ」
ヴォルナールが思いのほか親切な提案をしてきたのでつい正直に思っていた予定を言ってしまったが、まだ残党狩りに連れて行くとリーダーの口から聞いたわけでもないのに防具が欲しいなどと言ってしまってまた怒られるかと思い、ぴあのは口をつぐむ。しかしヴォルナールの返答は彼女の想像するものとは違っていた。
「……パルマのように女の気に入るような見立てはできんが、そういうことなら俺が連れて行ってやろう」
「わ、私まだ全部歌を覚えられてないんですけど……」
あれだけ頑なに娼婦になったほうがいいと言っていたエルフの発言とは思えずに、ぴあのは驚いてマイナスの言い訳をしてしまう。そんな彼女をヴォルナールは例の頭痛を我慢するような表情で見た。
「お前みたいに変に育ちが良くてぼんやりした鈍臭い女が娼婦になったところで女衒に骨までしゃぶりつくされてボロボロになるのは目に見えてる。だったら連れて行った方が寝ざめがいい」
「いいんですか? じゃ、邪魔じゃないんですか!」
「ピヨピヨうるさい! 連れて行ってほしいのか欲しくないのか! お前は黙って俺についてくればいいんだ!!」
「わ、あ……!」
もじもじと食い下がるぴあの相手に突然感情を噴火させたヴォルナールは、再び彼女の手をむんずと掴んで立ち上がり、歩き出す。ひっぱられるようについて行くぴあのがまた見上げた彼の欠けた耳はなぜだかほんのりと赤く染まっていた。
(ヴォルナールさんってなんか……トキヤとはちょっと違う意味で気難しいひと……でも、嬉しい、私娼婦にならずに済むんだ……!)
不機嫌そうではあったが、連れて行ってくれた武器防具の店でヴォルナールはかなり真剣にぴあのの装備を見てくれた。女が気に入るようにはできないと言いながらも芸術を尊ぶエルフらしく、彼の選ぶ防具は優美なラインを描くものが多い。これを着てみろ、これも着けてみろと渡される防具の数々をいくつも試して、ぴあのの新たな装いは段々と出来上がっていった。もともと着ていたお気に入りの青いワンピースを基調として体を防御するためのコルセットやいばらの迷路で動きやすい短めのマント、スカートがめくれても問題ない下に穿くペチコートや足元を守るレギンスなどをヴォルナールの勧めるとおりにしっかりと装着すると、店の姿見に映る自分の恰好がかなり可愛らしいものになってしまい、ぴあのはただ目をぱちくりさせていた。
(な、なんだろ……、なんかお姫様っぽいっていうか……アイドルっぽいっていうか……、いいのかな? 戦いに行く格好なのにいいのかな? それともこれがヴォルナールさんの好みなの?)
元居た世界でもあまり袖を通したことのなかったガーリーな装いは自分でも見慣れず、ヴォルナールに見せていいのか迷っていると試着のカーテンの外からまだ時間がかかるのかと彼が声をかけてくる。若干の恥ずかしさを感じたぴあのだったが、あまり待たせてもいけないと思いカーテンを開けた。
「ど、どうでしょうか……? 変じゃないでしょうか……?」
「………………」
「あの、ヴォルナールさん?」
「……悪くない。それに決めろ。ここは払ってやる」
「えっ、悪いですよ!」
「いいから奢られておけ。素人のおまえに任せて金をケチった装備でさっさと死なれたら馬鹿馬鹿しいんだよ。店主、いくらだ」
「ええ、ええ~……あ、ありがとうございます……」
自分が選んだ防具をつけたぴあのの姿を見たヴォルナールは心なしか嬉しそうに見えた。申し訳ないがなかなかの出費だったので今日はありがたく払ってもらい、そのままぴあのは宿屋まで送ってもらい、宿屋のロビーでヴォルナールに礼を言って別れた。もういい、その分役に立てと言って彼はそのまま階段を上がって行こうとした。その時ちょうど上の階からパルマが降りてきて、ヴォルナールとぴあのの姿を認める。
「あ、ピアノちゃんの防具揃えたの? うわっ!! めっちゃヴォルナールの趣味、それえ!」
「うるさい、こいつがふらふらほっつき歩いてて襲われそうになったから今日一日付き合ってやったんだ。もっとちゃんと見ておけ!!」
ヴォルナールはぴあのの恰好をパルマにそう評され、もう言い訳のできないほど真っ赤になって階段を駆け上がって行った。
「ごめんねピアノちゃん。怖い思いしたみたいだね。でもそれ可愛いよ。良く似合ってる……うーん。フィオナが着てたのに似てるな……色は違うけど」
「あ、やっぱりそうなんですね。なんだろう……ヴォルナールさん、その、どうせその、あれするなら私をフィオナさんの代わりにしたいとかそういうことなんでしょうか……」
連れて行く、と決まったからには今後もぴあのの正気を保つためにヴォルナールは精を施さなければならない。だから少しでも死んだ妻に姿を寄せようとしているのか、という考えがぴあのの頭に少し登りかけていたのだがパルマはあっけらかんとそれを否定した。
「いや、あいつワンパターンだから可愛いと思う女の恰好が決まってんだよね。あたしにももっとそういうの着ればいいのにとか言うことあるもん。あたし背がデカいからそういうの似合わないっつーの。ジジイなんだよ。ピアノちゃん本当に可愛いよ。自信もってね」
「ありがとうございます……」
後から降りて来たアスティオも服を褒めてくれたので、本当にこの恰好は誰が見ても可愛いのだろう。ぴあのは言われていないことまで考えすぎるのをやめて、シンプルに感謝することに決めた。
(私に可愛い格好させたいと思ったって言うこと……? いや、違うよね。変な格好にならないように可愛いと思うのを選んで勧めてくれただけだよね、ヴォルナールさん……いい人なんだな)
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