第40話 ぴあの、伝える

「えっと、クレデントさん、戦いは得意ですか?」

「実はあまり得意じゃない」


 怒ったレリトが呼んだ邪妖精兵に囲まれ、ぴあのとクレデントは背中合わせに早口で言葉を交わした。


「僕が得意にしてるのは夢を見せることだ。それでレリトを説得しようと思っていた。だけどタイミングが難しくて、しかけるチャンスを伺ってたんだけど見つけられなかった。もっとぼんやりしてくれてたらよかったけど、正気じゃないわりに意識ははっきりしてるみたいだったからね」


 ぴあのはそれを聞いて「地下で介抱されてる時に夢を見たのはクレデントさんの能力の影響だったのかな」と一瞬思う。


「ならチャンスを見つけなきゃ。それまで殺されないように二人で頑張りましょう」

「わかった」


 クレデントは執事服の腰に佩いていた大き目のナイフを二本抜いて構える。妖精剣もいつのまにか鞘から抜けてぴあのの右手に収まっていた。まずは数を減らさないといけない。ぴあのはすっかりコントロールできるようになったつむじ風を吟遊魔法で出して、先陣を切って向かって来た邪妖精数体を風で巻き上げる。それを合図に間合いを取っていた邪妖精たちが次々と襲い掛かって来た。


『広がれ水の膜よ、敵の刃から私を守れ』


 歌い終わるまでの応戦は妖精剣とクレデントに任せて、ぴあのは連続で水の膜を出して邪妖精を数匹纏めて斬る。クレデントも時々噛みつかれたりしているようで叫び声が聞こえるがなんとか戦っているようだった。


「ぬうう、何故だ? ずいぶん兵の数が少ないぞ。このままでは侵入者を殺せないではないか。妾は疲れているのに、しかたない……」


 確実に数が減っていく邪妖精兵に業を煮やし、レリトが車椅子からよろりと立ち上がって息を吸い込む。


『顕現せよ武刃蟲、主に仇なす者を討て』


 レリトの声は赤い光の粒になって口から飛び出し、数匹の邪妖精を形作る。新しく生まれた兵は今までぴあのたちが相手していた邪妖精たちよりも一回り以上大きい甲冑の様な外骨格を持った、より兵隊じみた姿をしていた。手足の節が剣呑に尖った刃の様な形をしている。


(吟遊魔法!! モンスターたちってレリトさんが吟遊魔法で産み出してたんだ……!)


 ぴあのは慌ててまた水の膜を産み出す歌を歌いかけるが、武刃蟲と呼ばれた妖精兵は動きも今までの兵より早く、一瞬で距離を詰められてしまう。鋭い脚による斬撃を妖精剣が臨機応変に防いでくれるが、戦闘のプロでないぴあのの腕はその衝撃を受け止めきれない。


「あッ……!!」


 硬い虫の脚に弾き飛ばされた妖精剣がくるくると回りながら弾き飛ばされる。なんとか水の膜が間に合い、剣を弾いた武刃蟲を跳ねのける事はできたものの、鋼の様な前羽を拡げて後ろ羽を震わせた別の個体が丸めた花粉のようなものを頭上から落として来た。それは地面に触れた途端に爆発する。寸前に気がついたクレデントがぴあのを押しのけて守ったので直撃は免れたが、二人は別の方向に吹き飛ばされてしまった。


「っきゃ……!!! ああッ!!」

「ぐうぅッ!!」


 どん、という音と共に花粉が煙幕のように空中に広がり、それを吸い込んだぴあのの喉が引き連れるように痛痒く、咳があとからあとからこみ上げた。


「げほッ! げほげほッ!! かはッ、ひゅ……けほっ」

「ピアノさん!!」


 クレデントが転がった先にぴあのの妖精剣が落ちている。彼はそれを拾って、咳き込むぴあのの元に向かおうとするが、妖精剣を掴もうとしてもなぜかぬるぬるした何かがどろどろ噴き出ていて滑ってつかめない。


『撃たれよ、立ち尽くせ、妾の怒りは赤い稲妻』


 武刃蟲たちも花粉爆弾で一緒に吹き飛ばされていたのでぴあのとレリトの間には何も障害物はなかった。レリトは孤立したぴあのに向かってぴあのの知らない歌を歌う。赤い光の粒は集まって幅広くなり、真っ赤な稲妻になってほとばしり、ぴあのを討つために迫って来た。


「築け土のッ、けほッ、かへッ、けほッ、けほッ……!!」


 急いで土の防壁を張ろうとするぴあのだったが、喉が苦しくて声が出ない。


(だ、だめ、私、ここで死ぬの……!?)


 元の世界で雷に撃たれて知らない空間に投げ出されたとき、ぴあのは「誰からも愛されてなかったから、ここで死ぬのでも構わない」と思った。しかし今は違う。


(私、もう一度ヴォルナールさんに会いたい。会って好きだってちゃんと伝えたい。なのに、ここで死ぬの? また雷に撃たれて死ぬの? 嫌……嫌だ……せめて最後に一言だけでも……)


 赤い稲妻が迫ってくるのがぴあのにはやけにゆっくりに見える。口を開いて出した声はかすれて酷いものだったが、最期の言葉になるかもしれないから、一番大きな声を出した。


「ヴォルナールさんッ……!! 私……あなたのこと……大好き……ッ……でし……たッ……!!!」


 バシュッ……、ぴあのがピンチになった時にいつも見えた光が一本、彼女の目の前に突き立つ。バシュッ、バシュッ、バシュバシュバシュバシュッ!!! 光は次々と突き立ち、まるで光の盾のように赤い稲妻とぴあのの間に聳え立つ。レリトの稲妻は突如現れた光の盾に吸い込まれるように当たり、バリバリと音を立ててその盾と共にまた光の粒に変わって霧散し、消えた。


「奇遇だな。俺もお前のことが大好きだ。ぴあの」

「あっ……、あっ……あああ……!!」


 長い両手が背後からぴあのの肩を抱いていた。こっちの世界に来てから、ぴあのが窮地に陥るといつも最後はこの腕に抱かれていた。だから今もきっとそうなのだ。


「ヴォ……、ルナール……、さんっ……!!」

「……待たせたな、ぴあの。遅れて済まない」


 ぴあのの膝から力が抜ける。しかし暖かく強い体に抱かれていたから、地に伏せることはなかった。ぴあのの両目から大粒の涙が溢れ、汚れた頬に筋を描く。ヴォルナールはすんでのところで間に合ったのだ。前は助けられなかった愛した女を、こんどこそ彼は救うことができた。


「俺たちの目的のために頑張ってくれてありがとう。ここからは俺が一緒だ、ぴあの」

「あたしたちもいるっての!!」

「ピアノちゃん無事か?」

「パルマさん……、アスティオさん……!!」


 無骨な剣と大きな火球が武刃蟲に襲い掛かる。頼もしい勇士たちはぴあのが見たことのない戦士たちを引き連れ、妖精兵を蹴散らしながら中庭に加勢に来てくれたのだった。


「うぬら、勇者と一緒に魔王様に楯突いた痴れ者どもだな……、まだ魔王様の邪魔をしようというのか!!」


 レリトは憎々し気に勇士たちを睨みつけてまたモンスターを産み出す歌を歌うが、新たに産み出されたのは武刃蟲ではなく従来の邪妖精たちだった。レリトも疲弊してきて魔力が足りないようだ。


「ぴあの。まだ歌えるか? 俺達をお前の歌で奮い立たせてほしい」

「んんッ、う゛んッ! けほ、きついけど、がんばります!」


 ぴあのの喉はまだ痛んだが、さっきより随分声が出るようになった。


『私の愛したすべてのひとよ、その手に意志を携えて、あまたの敵に立ち向かえ!!』


 ぴあのは、フィオナの歌集にあった戦意強化の歌を思い出し、荒れた喉を振り絞って歌った。その歌が記されたページにはかつてフィオナが書き込んだ「みんな頑張れ!!」の文字が嬉しそうに踊っていて、よく覚えていたのだ。既に死んでしまったフィオナに会ったことはないが、ぴあのはたった今。彼女に見守ってもらっているような気がした。


「おっしゃー!!!!! ぜんっぶ、燃やしてやる! 兄貴に泣いて謝れよレリト!」

「行くぜ行くぜ行くぜ!!!」


 歌で元気を出した勇士たちと加勢の淫魔たちは生き残った兵たちを次々と屠っていく。レリトはその都度邪妖精を歌によって生み出したが次第に歌声は小さくなり、とうとう再び車椅子にへたり込んでしまった。


「もうよいレリト。おまえはよくやった。もう休むがいい」

「えっ……?」


 息を切らすレリトの背後から何者かが手で目隠しをして囁く。その声はぴあのが聞いたことのない嗄れ声だったが、その声を出しているのはいつの間にかレリトの近くまで移動していたクレデントだった。

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