第34話 ぴあの、提案する

「そんな……」

「ごめんね、なんか愚痴を聞かせてるみたいなかんじになってきちゃったかも……レリトの話を聞いてもらうのが久しぶりで僕は……」

「いや、いいです。聞かせてください……」


 レリトの人となりを聞くつもりがとんでもない話になってきてしまって戸惑うぴあのだったが、クレデントが人払いまでして話してくれているので先を促した。


「レリトはちょっと子供っぽい所はあったけどいい娘だったんだよ。僕は彼女のことが好きだったし僕のことも好いてくれていた。彼女がお姫様っていう立場だったから、僕らはいつも秘密の場所で逢引していたんだ。だから意識が戻って、きっとレリトがそこで待っていてくれると思って急いで行ったんだよ。そしたらね。レリトは立ったままそこでセブレイスに……」


 セブレイスはクレデントやパルマと同郷の淫魔だったという。傲慢で粗暴なところのある男で、若く血の気の多い男の淫魔たちなどは彼を慕っていたが、クレデントは苦手だと思っていたし、レリトも何度かコナをかけられて、「あんな乱暴者は嫌じゃ」と言っていたはずだった。

 淫魔が別の種族から精気を取るために体を繋げたりするのは食事と同じようなものなので普通だが、別の淫魔が心に決めた恋人に手を出すのはご法度となっているので当然クレデントは激怒、殴り合いになったが、衣服を乱したままのレリトが身を挺してセブレイスを守った。そしてそれに虚を突かれたクレデントは、まだ病み上がりだったこともあってセブレイスに返り討ちに合ってしまったのだと、そう話すクレデントはずっと悲しそうだった。


「僕は呆然としてしまった。あんなに僕のことを好きだと言っていたレリトが、寝て起きたら酷い奴を見るような目で責めるんだ。悪い夢なんじゃないかとすら思った」


 レリトはクレデントへの愛を紡いだ可愛い唇で、セブレイスがどのくらい凄いかとか、この数日彼がどんなふうに自分を抱いたか、自分がそうされてどんなふうに喜んだかという話を聞いてもいないのに熱っぽく聞かせて来て、その隣で雄としての優秀さを称えられているセブレイスはレリトの体をいやらしく撫でまわしながら「こんないい女を何日も放っておいたら捨てられても文句は言えないよなぁ?」とニヤニヤしていた。

 それを見たクレデントは自分への突然の襲撃が目の前の男の画策したものだと直感したのだがはっきりした証拠はないし、あったとしてもレリトがここまでセブレイスに惚れこんでしまっていては例えここで彼を殺したとしても自分にまた彼女の気持ちを向けさせることは無理だと思ってしまった。


「恋人や妻を寝取られるというのは男の淫魔の価値観ではとても情けないということにされてる。人間もそうだろうけど、人間以上に淫魔はそうなんだ。だから、セブレイスが悪くても僕が周りから後ろ指を指されることがもう火を見るよりも明らかだった。それに耐えられるとも思えなくて。僕は地下に逃げた」


 その後、クレデントは地下のキノコやら、なんだか食べるととても元気が出る地下茎などを食べて生き延びていた。時々こっそり地上に出て、別の種族の集落で用を済ませたりしていた。そこでセブレイスがレリトの父である先代魔王を謀殺して新しい魔王となり、レリトを幹部にして人間たちと戦を始めたという情報を得たが、心が折れてしまったクレデントはもう二人とは関わりたくなかった。


「そんな負け犬の日を過ごしていてね。ある日食べるために地下茎を掘り返していたら土が崩れて、人間の女が落っこちて来たんだ。裸で朦朧としててボロボロだったけど生きてたから、元気が出る地下茎を食べさせて介抱してたらだんだん元気になって来たんだ。どうやら僕がそれまで食べていた地下茎はレリトが作り出した、人間の女を苗床にして増やす植物モンスターで、苗床になった女にそれを食べさせると元の状態に戻るってことがその時わかった」


 クレデントは一人ずつ苗床の女たちを助け、介抱し、話が出来るようになるのを待って戦況を把握した。増やしているはずの苗床がいつの間にか減っているのでレリトはその度に補充しようとしたようだが、設置されるたびにクレデントがこっそり回収した。


「なんだろうね。もう関わりたくないと思ってたんだけど。レリトとゲームしてるような気持ちになって楽しかったんだ」


 それを続けていたクレデントはやがて魔王セブレイスがいなくなって、戦が終わったという情報にたどり着いた。なのに、苗床になる女がゼロにならない。その後レリトが魔王城に残って、苗床モンスターを造り続けているのだと、迷宮の中にいる魔族たちもどうしたものかと頭を悩ませているという話を聞いた。


「もう、レリトも止まれなくなっちゃたんだなって思う。僕はもう彼女に寄り添えないけど、こうやって消極的に彼女を邪魔することでもまた関われるようになったのは嬉しいかな。未練がましいんだ。僕は」


 そんなことを言いながら自嘲気味に笑って口を閉じたクレデントを、ぴあのはどういう感情で見たらいいのかわからなかった。恋人を寝取られた情けなさとか苦しみはぴあのにもわかるが、それよりも「え? 何やってんのこの人」という困惑の気持ちが強くわいた。


「ええっと……、まずは辛い話を聞かせてくれてありがとうございます。なんか、間違ってたら悪いんですけど、クレデントさんってまだレリトさんのこと全然好きですよね……? だからレリトさんが倒されちゃうとその……なんていうか。レリトさんとの一方的なゲーム? みたいな行動が続けられないのが困っちゃう。そういうことですよね」


「え……、ううん……。そうなのかな、そうなのかもしれない……」


「だったら、もう魔王もいないし、レリトさんが一人で悪いことしてるんだったら止めに行ったほうがいいのでは……?」


 ぴあのにそう言われて、クレデントはきょとんとした顔をした。そして、そんなこと考えたこともなかった、というような独り言をぼそぼそと言った。


「パルマさんたちから聞いた情報でしか私もしらないけど、魔王がいなくなって戦争も終わったはずのにレリトさんがお城に籠城してるから完全に終われてないんですよ。勇士さんたちはレリトさんを倒すことでそれを終わらせようとしてるんです。でも、その前に誰かがレリトさんを止めてあげれば、それで全部終わるんじゃないでしょうか……」


 もしかしたらお花畑って言われちゃうかもしれないけど……と、ぴあのはトキヤに何か意見を求められて答えたら馬鹿にされたときのことを思い出して、おずおずと提案した。

 開錠の歌が使えるぴあのとはぐれたことでヴォルナールたちは一旦街に戻るかもしれない。ぴあのの心情的には彼らが自分のことを探してなかったらちょっと悲しいが、彼らは歴戦の勇士だから情よりも安全や効率を優先させそうな気がした。それに、自分を探してうろうろして彼らが死んだり怪我したりしたら悲しいので、そうしてくれていたほうが嬉しい。そうなると自分はどうしたらいいのかということを考える必要が出て来た。


「えっと、さっきクレデントさんはどうして魔王城の鍵が開かないのかってことを随分詳しく教えてくれましたよね? っていうことはなんですけど……、クレデントさん、逆にどうやったらあの鍵が開くか知ってるんじゃないですか?」

「……ピアノさん、君って……」


 ヴォルナールたちとはぐれて頼りない布だけを身に着けて、ぴあのは心細かったし、怖かった。でも、怖いからと言って立ち止まってはいられない。自分はヴォルナールの役に立ちたいのだ。だったら。


「クレデントさん。一緒にレリトさんを止めに行きましょう。きっと何かいい方法があるはず」

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