第21話 ぴあの、狙われる

 惑い蠅、と呼ばれた黒い塊の一つがヴォルナールの光の矢で貫かれて地面に落ちた。蠅という単語を聞いたので蠅なのだろうと思ったが、落ちたそれがバスケットボールくらいの大きさの、見たまま蠅の死骸だったのでぴあのはひゃあと悲鳴を上げる。バズバズとうるさい音を立てて近づく他の蠅も、勇士たちの迎撃で次々地面に落ちていく。


「ぶんぶんうるさい蠅だぜ!!」


 アスティオの魔法でコーティングされた剣は一匹一匹確実に蠅を落としていく。彼が斬りそこねた残りはパルマの手から放たれた炎で数匹の惑い蠅が纏めて焼き落とされる。迷路の壁に巻き付いてる蔓はなぜかその炎では焼けることがなかった。

 三人の勇士の奮闘から逃れた残りはぴあのの方に向かってくる。ぴあのはそれから距離を取りながら、以前失敗して着ている衣服を切り裂いてしまったつむじ風の歌を口ずさむ。


『巻き起これつむじ風 敵を巻き込み吹き飛ばせ!』


 ぴあのの口から出た魔法の塊は小さい竜巻に変わり、飛び来る蠅を巻き上げる。今度はちゃんと目標に向かって行ってくれた。


「やるじゃんピアノちゃん!」

「結構減ったな、いけそうじゃないか?」

「よし、走るぞ。遅れるなよぴあの!」

「は、はいっ!!」


 四人がかりの戦いで蠅の数は減ってきたが、それでも追撃が来るかもしれない。ヴォルナールの合図で一行は迷路の入り口まで走った。時々パルマが振り返りながら追っ手を焼き払う。勇士たちはぴあのよりも体格がいいので足が速く、ぴあのはひいひい言いながらも頑張ってついて行った。


「入り口の鍵は壊れている、このまま走り込め!」

「はいっ!!」


 ヴォルナールとアスティオが外壁の扉に体当たりをするとそのまま開いたので、ぴあのとパルマは指示に従って滑り込む。そのまま息をつく間もなく振り返り、パルマは飛び込んできそうな蠅たちにダメ押しの炎を放つ。それが焼け落ちて第二派が来る前に、男性陣が扉を閉めた。

 ぴあのはその場にぺたんと座り込んで、頭上を見上げる。外側から見えていた通り、迷路の上は開いていて、その上を蠅たちは飛び越えて行った。息を整えながら開いているのに降りてはこないんだ……と思っていると、パルマが背中をさすってくれた。


「入ってこようとする奴を攻撃して屍肉にたかるモンスターだから、中には入って来ないんだよ」

「初めのころは農地の壁を越えてこようとして大変だったよな。今はあの壁にも魔力が通ってて、そのせいで街にはこないんだ」

「スラグとかは魔力を食うから入ってきちゃうんだけどね」

「中に獲物を殺してくれる他のモンスターがいるからわざわざ殺しには入って来ないというだけだ。別に安心じゃない。歩けるか? 進むぞ」


 ヴォルナールが手を引いて起こしてくれる。ぴあのは前よりも彼がよく手を取ってくれるようになっていることに気が付いた。


(もうしちゃったんだから手くらい今更か……)


 その事実にちょっと胸が騒いだが、そう思いなおしてぴあのは迷宮に意識を戻す。元居た日本の道路くらいの広さのある道がずっと続いていた。壁は綺麗に配置された生垣に別の種類の蔓が巻き付いて、血管のようにはびこっていた。


「まずは二番目の鍵があるところまで進む。モンスターが徘徊しているからな。十分気を付けて行くぞ」


 ヴォルナールたちは迷いなく先に進んで行く。迷路の浅い所は採集に来る者もいるということだったので、もう慣れっこなのだろうとぴあのは思う。

 しばらく進むと絵本で見るような、人形サイズの少女に羽の生えたような妖精がぷいんと飛びながら現れる。


「あ、可愛い。あれ妖精ですよね……」

「そんないいものじゃないっ」


 メルヘンな見た目にぴあのがはしゃぎそうになるが、ヴォルナールはすぐさま光の矢をつがえて放つ。


『ギャッ! ギャッ!! ゲゲッ!!』


 突然攻撃開始したヴォルナールに驚いているぴあのをよそに妖精のようなものは見た目からは考えられないほど汚い声をあげて光の矢を避ける。大きく開けた口には尖った歯が人間よりもはるかに多い数びっしりと生えそろっており、葉っぱでできたドレスだと思っていた緑の裾が左右に広がり、その下見えていた透明なフリルには血管が走っていて、甲虫の背中に生えている羽の様なものであるのがわかった。その中心からアゲハ蝶の幼虫が威嚇で伸ばす角のようなものが不自然に伸びていた。


「このっ!! ぶわっ!」


 矢から避けたそのおぞましいものをアスティオが叩き落とそうとすると、それはゲタゲタと笑いながら屹立から水鉄砲のようにどす黒い何かの液体を発射する。飛び出した粘液はアスティオの剣にかかり、貼りつく。剣士をあざ笑いながら耳まで裂けて口でニヤニヤ笑いながらこちらを向いた赤く光る目にギラついた生殖欲を感じ取ったぴあのはそれが生やしているものがその生き物の生殖管であることに気が付く。


「!?」


 その瞬間ドクン、と臍の下の印が脈打った。雄の精を近くに感じて、作り替えられた内臓が呼応しているのだ。


「パルマ! ぴあのを守れ!!」

「あいよ!! 早くこっち!!」


 一瞬膝の力が抜けそうになるぴあのをパルマが引き寄せ、手のひらから炎を放射する。おぞましい邪妖精とでもいうべきモンスターはその炎に巻かれながらも繁殖に適した雌を求めて、燃え上がりながら火の流れを遡って迫ってくる!


「嫌!!!!」


 生理的な気持ち悪さとそれに勝手に反応する体に嫌悪感を感じて、拒否の意思を持って手を突き出したぴあのの叫びに反応するように、腰に佩いていた妖精剣が飛び出してその手に収まる。そして邪妖精が彼女自身に到達する前に、薄く輝く刀身が一刀のもとに切り伏せた。その動きは流れるようで、斬られたことに気が付かなかった邪妖精は燃え上がりながら真っ二つに割れ、パルマとぴあのの頭の両側の生垣に突き刺さった。


「はあああ……」


 戦闘と小さな発情の興奮にぶるりと震えたぴあのはパルマにくたりと寄りかかる。


「大丈夫かい、ピアノちゃん……」

「だ、大丈夫です……びっくりした……」


 ぴあのを気遣うのをパルマに任せて、ヴォルナールとアスティオは邪妖精の残骸を叩き落として土足で踏みつけた。


「……やっぱピアノちゃんの呪い、モンスターを惹きつけてるな」

「だから連れて来たくなかった」

「え、どういうことですか……」


 アスティオの言葉が気にかかって、ぴあのは彼らに問いただした。


「お前の体は中途半端に苗床としての準備ができた状態で救出されたという話はしたはずだ。魔族が作り出したモンスターはモンスター同士では繁殖しない。人間かそれに近い種族の女の胎を使って増える。お前の胎は今モンスターを増やすのに最適な状態になっているんだ」

「今のやつみたいに、雌っぽい外見しててもモンスターはみんな雄なんだよ。ピアノちゃんで繁殖したくてその……発情しながら襲い掛かってきてるみたいだ」

「ひえ……」


 もしかしたらそうなのではないかと邪妖精の生殖管を見て察してはいたが、改めて言葉で言われるとおぞましさが増して、ぴあのは自分の体を抱きしめぶるりと身震いした。


「それでも。鍵を開けて進むためにはお前の開錠の歌が必須だ。俺たちはお前を守る。お前もそのつもりでついて来い。可愛げのある敵でも油断するな」

「は、はい。頑張ります……」


 絶対守るから! とパルマにも言われ、モンスターが自分の体を狙っているという事実の恐ろしさをひしひしと感じていたぴあのは気持ちを奮い立たせてまた歩き出す。


(お前を守るだって……、そんなこと初めて言われた……)


 先を行くヴォルナールの後姿は、今のぴあのにとって最も頼もしい形をしていた。

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