第4話 ぴあの、魔女に会う

「娼婦にでもなればいい」

「えっ……?」

「ヴォルナール……ッ!」


 ヴォルナールは何でもないことであるかのように言い放った。


「なんだその顔は。俺が何か間違ったことを言ったか? あの糞ったれの忌々しい雑草を作ったのは今魔王城に立てこもっているあの女だ。おそらくあいつを倒せば呪いは消える。俺たちが残党狩りを終えるまでそうやって男から精をもらえば正気を保っていられるし、食い扶持も稼げるだろう」

「娼婦……」


 娼婦、という言葉を言われて、その意味をぴあのは考える。好きでもない不特定多数の男に体を許すということだ。以前トキヤにバイト以外に風俗でもして収入を増やせと言われて、もっとシフトを入れるからと食い下がって勘弁してもらったことを思い出し、全身の血液が冷えていくような感覚になった。それでもこんな体になってしまった以上、それしか方法はないのだということも理解はできる。


(娼婦……そんな……でも、この人の言ってることは正しい……仕方ない……よね? でも……)


 胸元をぎゅっと掴んでうつむくぴあのを見下ろしたままヴォルナールは続けた。


「俺たちが撃ち損ねた魔王の代わりに来た稀人だ。それは俺たちの不手際のとばっちりと言っていい。だから言葉の首輪と血をやったが義理はここまでだ。血を飲むより精を摂取したほうが楽で手っ取り早いだろう。安全にそれを続けるには娼婦になるのが一番だ」

「……ッ。そうかもしれないけどさ、もっと言い方があるでしょ? それにこの子の声……あんただって気が付いてるはずだよ。稀人が来たら魔力を測定して、戦えるようならこちら側の戦力にするってことになってたでしょ……それなのにいきなり娼婦になれだなんて!!」

「……」


 淡々と言い募るヴォルナールの胸倉を掴んでパルマが詰め寄った。その様子に、ヴォルナールは怒るでも言い返すでもなくなぜかとても傷ついたような顔をして、パルマの手を掴んで胸元から遠ざける。ぴあのは彼のその顔を見て、そんなはずはないのに自分が何か彼に悪いことをしたかのような罪悪感を覚えてしまった。


「……好きにしろ」

「ちょっと、どこに行くのさ!」

「手の傷を洗ってくる。すぐ戻る」


 ヴォルナールはやいやいと責めるパルマのほうを見ずに大股でずんずんと歩き、部屋から出て行った。

 

「待ちなよ! あっ、もう! ばか! ……ごめんねピアノちゃん。あいつ、悪い奴じゃないんだけど……二年前の魔王討伐の時に奥さん亡くしちゃっててさ……それからすっかりやさぐれちゃって……もうずっとあんな感じなんだ……。まだぜんぜん立ち直れなくって、愛想悪いんだよ。あたしから謝っとく。酷くてごめんね」

「奥さんを……、いえ、そんな……私の間が悪いんです……こちらこそごめんなさい……」

「別にあんたは何も悪いことしてないから、謝んなくていいって……。これからどうするか一緒に考えよう?」


 申し訳なさそうなパルマとぴあのはお互いに謝り合う。優しい人に会えて良かったと思いながら、ぴあのは疑問を口にした。


「ありがとうございます……、あの、ちょっと気になったんですけど聞いてもいいでしょうか……、えっと、私の声が何かまずかったんでしょうか……?」 


 パルマが彼女の声について言及した瞬間にしたヴォルナールの顔がどうしてもぴあのの頭から離れなかった。稀人の魔力がどうとか話していたほうも気にはなっていたが、今はそっちのほうが気になる。


「ああ、それはね……。フィオナ……あいつの死んだ奥さんなんだけど……あの子の声にあんたの声がよく似ていてさ。いばらの迷路の中であんたの悲鳴を聞いた時ヴォルナールの奴ってば、かなり取り乱して助けに向かったんだよね。昔のヴォルナールは優しくて明るい男だったんだけどさ、フィオナのことがあってからすっかり暗くなっちゃっててね。あんなふうに取り乱したあいつ見るの、あたしたちも久しぶりで……。でもまあ、あんたはあんまり気にしないで、自分の身の振り方を考えないとさ」

「そうだったんですか……」


 雷に撃たれた自分は、おそらく元の世界では死んだことになるんじゃないだろうかとぴあのは思う。別れを告げた直後にぴあのの死を知らされたトキヤは悲しむだろうか。少しは嫌な気持ちになるだろうか。となりにアヤネがいるから、慰めてもらってさっさと自分のことは忘れて幸せになるかもしれない。そう思うと不謹慎だとはわかっていても、死してなお偲んでもらえる会ったこともないフィオナのことが少し羨ましいような気がした。


「さっきそこでぶすくれたヴォルの奴とすれ違ったけどなんかあったの? 喧嘩した?」


 そんなことを言いながら、初めて見る亜麻色の髪の若い男が入って来た。あとからもう一人、ローブを着た老婆を連れている。


「おかえりアスティオ。大したことないよ。いつものへそ曲がりだから。それより、ピアノちゃん。この人はアスティオ。あたしたちの仲間だよ」

「ピアノちゃんって言うの? 可愛い名前じゃん。オレ、アスティオ! 剣士やってて、こいつの彼氏! よろしくね!」

「あ、よろしくお願いします……」


 アスティオと呼ばれた男は明るい声で自己紹介しながらパルマの肩を抱いて引き寄せる。ちょっと、今そういうんじゃないから、といって脇腹を肘で押されてでへへと笑うアスティオはとても感じがよくて、優しいパルマにお似合いのいい彼氏なんだろうなとぴあのは思った。


「さっそくだけど、魔力を見てもらおうぜ。魔女様連れて来たからさ」

「お疲れ様。じゃあさっそく見てもらおっか」

「えっと……その人は?」


 魔女と呼ばれるローブの老婆は口数少なく手にした杖を掲げて挨拶の様な仕草をした。ぴあのもつられて頭を下げる。


「さっきちょっとヴォルナールと話してた時に言ったけど……、外から来た稀人はね、魔力を多く持ってて、そのせいで引っ張られるって言われてるんだ。だから稀人を保護したら魔女に頼んで魔力を見てもらうって国で決まってるの。魔力の多い人は魔力がなくて戦えない人を守って戦う義務があるって言うのが国の方針だから。もしあんたが戦えるなら、戦力として連れて行くって相談して決めたのに、ヴォルナールの奴ったら……」

「静かにしな、気が散る」

「……! はい、すみません!」


 ぼやきまじりの説明をするパルマを黙らせ、魔女はぴあのの手を取った。伏せ気味の目を見開いて、ぴあのにはわからない何かを判断しているらしい。耳を引っ張られたり瞼をめくられたりしながら指示に従うぴあのの口を開けさせ、舌を出させて覗き込んだあと、魔女は結果を伝えた。


「喉の奥に魔力の鈴があるね。さすが稀人だ。魔力はかなり強いよ」

「ってことは……」

「吟遊魔法が使える!?」


 魔女のお告げに、パルマとアスティオは色めき立つがぴあのはちんぷんかんぷんだ。


「えっと……その、どういうことですか?」

「もう一度手を出しな」

「はい……? 痛っ!!」


 魔女の指示に従ってよくわからないままぴあのが手を出すと、魔女はその指先を手にした太い針でツン! と突いた。穴が開いた指からは血の玉がぶくりと膨らむ。


「な、何するんですか……?」

「アタシの後に続いて歌いな」


 突然の暴挙に目を白黒させるぴあのの手を持ったまま、魔女は急に歌いだした。


『もう泣かないで すべて元通り 悲しみも痛みもすべて 忘れ去った幻』


 それは不思議な音階の歌で、聞くとなぜか落ち着く響きだった。魔女の真意はわからないが、一度聞いた歌をそのまま繰り返すことができるのがぴあのの少ない特技のうちの一つだ。そのまま魔女の歌った通りに唇から詩と旋律を紡いでみる。すると歌と一緒にぴあのの口から白い光の粒が飛び出し、指の傷口に集まっていく。


「あ……え……!?」


 さっきまで血を流していた小さな傷は、それが夢だったかのように今はすっかり消えてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る