第5話 ぴあの、勇気を出す

「稀人のアンタが知らないのも無理はないがね。この世界には色々な魔法があって、吟遊魔法もその一つなのさ。魔力を持ってる者はそれぞれ体のどこかに魔力でできた印を持つ。アンタは喉に鈴があった。魔力を歌に乗せて魔法にする才能があるってことだ。これをどう使うかはアンタ次第だけどね」


 自分は今信じられないものを見ている……と綺麗に治った指をまじまじと見つめているぴあのに、魔女はそう教えてくれた。


「えっとね、ピアノちゃん。フィオナも吟遊魔法の使い手だったんだ。あの子の歌で、あたしたちもこれまでずいぶん助けられたんだけど……」

「特に開錠の歌が今ないからな。君が迷い込んでたいばらの迷路でそれがあったら先に進めるのにって場所がいくつもあって……でも、君はそれが使えるんだな! パルマ! やったぞ! これで残党狩り完了に一歩近づくな!」


 パルマとアスティオは手を取り合って喜んだ。ぴあのはまだ混乱していて何もピンとこなかった。そんな三人の様子を眺めていた魔女は、「これでアタシの仕事は終わりだろ? もう帰らせてもらうからね」と言って部屋から出て行った。


「あ、魔女さん。ありがとうね、これ心づけ……。あ、ヴォルおかえり」


 さっさと行ってしまう魔女に小さな袋を渡そうと追いかけたアスティオは廊下で、戻って来たらしいヴォルナールの姿を見つけた。


「なあヴォル、聞いてくれよ。あの子凄いんだぜ! 吟遊魔法の才能があるらしいんだ。これであの絡まり合ったいばらの錠の先に進むことだって難しくないはずだ!」

「そうか」


 興奮気味にまくしたてるアスティオに反して、ヴォルナールは冷静だった。静かに部屋に入ってくると、ベッドに座ったままのぴあのをちらりと一瞥する。


「話はわかった、それでも俺は一般人を残党狩りに同行させることを強要する気はない」


 ぴしゃりと言い放つ彼を説得しようとパルマが近づいた。


「……あんたがフィオナのことでまだ傷ついてるのはわかってるよ。でも……」

「勘違いするな。そんなんじゃない。いくら吟遊魔法の素質があるとは言えあんなか弱そうな女が残党狩りの前線に出たら、死ぬ可能性が高い。それなら娼婦になってでも生きている方が賢いと言っている」


 ぴあのはヴォルナールの言葉を聞いて、いばらの迷路で追いかけられた恐怖を思い出した。確かにそうなのだ。あんな恐ろしいモンスターがいるところに自分が行って、彼らの役に立てるのだろうか。ヴォルナールの言っていることは正しいと思えた。


「いい加減にしなよヴォルナール!! あのさあ! 誰も知らない土地でさぁ! 女の子がさあ!! 知らない男にかわるがわる抱かれて嫌々生きるためだけに情けを恵んでもらう生活が死ぬよりマシって、なんであんたに断言できんのよ! あんた女の身体のこと革靴かなんかと勘違いしてんじゃないの!」

「うるさい。今まで助けてきた女だってほとんどが娼婦になったろう! そいつだけが特別なのか? 稀人だからか? いい加減にするのはお前だ。勇士だなんだと持ち上げられて思いあがっているんじゃないのか。それに俺たちと来ても俺かアスティオのどっちかが精を施す必要があるだろう。受ける屈辱が同じなら死ぬ危険が少ない方がいいに決まっている。聞くが、お前はアスティオがその娘を抱くのを我慢できるのか」

「えっ、うう、そ、それは……やだけど……そうだけど、そうだけどお……」

「お、オレ、パルマ以外にそんなことしないよ!?」

「そらみろ。結局俺じゃないか! 俺に汚れ役を押し付けていいことしたなあ、か? よく考えろ!」


 目の前で繰り広げられる口論を見て、ぴあのは悲しくなった。ここでも自分は目の上のたんこぶなのだ。トキヤに使えない奴、と言われて捨てられないように必死で頑張った日々を思い出す。


(……でも、今だって私、必死にならないといけないんじゃないのかな……)


 見ず知らずの自分のために本気で口論しているこの人たちはきっといい人たちなのだ。トキヤとアヤネよりもこの人たちの方が真面目でまともな人たちだ。元の世界で二人に捨てられた自分は次の日食い詰めて路頭に迷っただろうか。心のよりどころは失ったけど、男を求めて狂い死に、なんて末路は迎えずにすんでいたはずだ。なら、必死にならなければいけないのは今のほうなんじゃないか……? そう思ったぴあのは、勇気と声を振り絞った。


「わ、私!! 娼婦は嫌ですッ……!!」


 その声の大きさに、言い合っていた三人はおどろいてぽかんとぴあのを見た。


「い、今すぐは無理かもしれないけど。私、歌だけは得意だから、役に立てます、立ちます。他に頼れる人が誰もいないんです。よろしくお願いします」


 眉を寄せて、ぴあのはヴォルナールの顔を熱っぽく見上げる。何度断られても食い下がらなければならない。バイトの面接だって断られたあとに食いさがったら採用してもらえたことだってある。この人たちに見捨てられたらもう終わりだ、と彼女は覚悟を決めていた。


「……厄介な……」


 ヴォルナールは、ぴあのの訴えが頭痛にでも障るかのように顔をしかめると、下げていた鞄から革の手帳のようなものを彼女に放ってよこした。


「七日後にまた探索を開始する。それまでに足手まといにだけはならないようにそれに書いてある歌を全部覚えろ。それが出来なければ連れて行くことはできない」


 そう言うと、また部屋から出て行ってしまった。今度は仲間達にもどこに行くかは告げなかった。


「……それ、吟遊魔法の歌集だよ。それで勉強しろってことか……。あいつはまったく……。ね、ピアノちゃん。ほんとに、あたしたち……助けるのが遅れてごめんね。せめて生活のことだけ考えてられるタイミングで助けてあげたかったよ……」

「そんなことないです。本当に助けてもらっただけでも……」


 悲しそうな顔で言うパルマに、ぴあのはぺこぺこと頭を下げる。そうやってしばらく謝り合っていたら、アスティオがぷっと噴き出した。


「さっきから二人してあわあわしちゃって。きみたち、なんだか可笑しいな?」


 そう言われて、パルマとぴあのは顔を見合わせる。そして、同時に笑い出した。


「ほんとだ。あはは、おかしいね」

「ふふふ、ほんとにそうですね」

「ねえピアノちゃん。あのさ、あたしたち、友達になれないかな」

「えっ、本当ですか? 私なんかでよかったら、是非……」

「おいおい、オレのこと仲間外れにしないでぇ?」


 おどけたアスティオの仕草がおかしくて、二人の娘はしばらく笑い続ける。


「はー、おかしい。お腹痛い。ふー……。ピアノちゃん。ご飯食べに行かない? この世界のこといろいろ教えたいし……奢るからさ」

「え、そんな。そこまでしてもらったら悪いです……」


 自分がお金をもっていないのも忘れて遠慮しようとするぴあのだったが、そこまで言ったところでおなかがぐうぅ、と情けない音を立ててしまい、顔から火が出そうになってしまった。


「遠慮すんなよ、文無しピアノ! さあ行こうぜ! そろそろ店が混む時間だ!」


 向かい合うパルマとぴあのの肩をアスティオが大きな手でぽんと叩いて、三人は街にでかけることになった。


(そういえば私、あの迷路で気絶してそのままここに連れてこられたから街がどんなのか知らないんだった……。一人で来てたら大変だったな……私本当に運がよかったんだ……)


 そんなふうに思いながら、二人の後をついて木の廊下を歩く。ここはヴォルナールたちが泊っている宿で、こんな宿が街には何軒かあるとパルマが教えてくれた。

 宿のおかみさんだという中年の女性に一言告げて、アスティオが宿屋の出入り口のドアを開く。ドアを出て外を見るなり、ぴあのは思わず声を上げてしまった。


「う……わぁ……ッ」


 そこには、ぴあのが初めて見る世界が広がっていた。

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