やさぐれ美形エルフに〇〇を注入されないと異世界で生きていけません!(カクヨム版)
ケロリビドー
第1話 ぴあの、雷に撃たれる
「だからさ。オレにとってお前と付き合ってるメリットはもうないってことなんだよね」
夏の昼下がり。外回りの会社員が時間を調整するのに使うような喫茶店で、男はそう言い放った。その隣には栗色の長い髪の女が申し訳なさそうな、それでもどこか嬉しそうな臭いのする中途半端な表情で向かいに座る人物を見ている。その視線の先で、ショックを受けた様子でラフな格好の黒髪の女が握っていたおしぼりを手から落とした。
黒髪の彼女の名前は「音無 ぴあの」という。目の前でやや自分に酔った様子で滔々と話し続ける男、トキヤはたった今までぴあのの恋人だった。そして、彼の隣に座っているのはぴあのの親友のアヤネだ。少なくともぴあのは彼女を親友だと思っていた。
「お前、アレんときも泣くばっかで全然ヨくねーしさ。スカート穿いてて髪が長い女が好きだって俺言ってんのに、いつもだせーズボンだし、電車でガムつけられたとかアホみてーな理由で勝手に髪切ってくるし、考えてみればぴあのって名前もキラキラ丸出しで恥ずかしーし……」
「ごめんね、ぴあの。ぴあののことはわたしも大事に思ってたよ? でもさ、わたしだって自分の運命の愛を逃したくなかったって言うか……」
ぴあのは歌が大好きで、カラオケボックスの店員をしていた。目の前で言い訳をしている親友は仕事仲間で、あんまりすぎる主張をペラペラと喋る元彼は常連。実家を出るまであまり友達もいなかったぴあのにとって二人は大事な親友で、大事な彼氏。今この時、彼女はその両方を失った。
「あれ……? いつの間にお店出たんだっけ……」
気が付けば夕立の気配の中、雷鳴がごろごろと響く街をぴあのはさまよい歩いていた。二人の言葉にどんな対応をしたのかも、支払いをどうしたのかも覚えていなかった。ただ、今の自分の人間関係の重要な部分を占めていた席が二人分空席になってしまった悲しさが通り雨と同時に遅れて降り注いできた。
(なんで……なんでなんだろう。私、なんにも悪いことしてなかったと思うんだけど……。二人とも、ひどいな。あんまりだよ。いくら私が鈍臭くて役立たずだからって……)
ぴあのは降ってわいた厄災は大体自分が悪いと思うとともに声を殺してやり過ごすタイプだったが、今度ばかりはあまりの仕打ちに憤りの気持ちを覚えた。
(雷……すごい鳴ってるな……。トキヤとアヤネ。もう恋人でも親友でもなくなっちゃったけど……。今頃二人とも腕組んでどっちかの家にでも帰るんだろうか……雷に撃たれちゃえばいいのに……あの二人の所にだけ、ちょうど雷が落ちればいいのに……)
ぴあのは他人の不幸を願うということをあまりしない人生を送って来た。ただ、こんなひどい日くらい心の中でそっと思うくらい許される気がして、二人に天罰が落ちることを願った。瞬間。
「!!???!!????」
バリバリと轟音を立ててオレンジ色の光がぴあのを包んだ。光はすぐに真っ白に変わり、痛みと熱さと衝撃になすすべなく、彼女の意識と視界は声もなく刈り取られた。
(ここ……どこ……? 体がふわふわする……立てない……私……死んだ?)
ぴあのが目を開けると、彼女の体は宇宙の様な静かで暗く、広大な空間に投げ出されていた。彼女が映像などで知っている宇宙と違って、その空間には様々な色に輝く光の糸が無数に存在し、どこかとどこかを繋いでいる。こんな場所の話は聞いたことがないが、きっとこれが死後の世界とかいうやつなのだろうとぴあのは思った。
(きっと私雷に撃たれたんだね。トキヤとアヤネに裏切られたからって雷に撃たれたらいいなんて悪いことを願ったからバチがあたっちゃったんだ……。あんなこと思ったらいけなかった。でも、あの二人以外に特別仲のいい人とかもいなかったし、あのまま生きててもきっと楽しいことなんか何もなかったからこれでもいいのかな……)
ぴあのの頭に幼い頃彼女を置いていなくなった母親と育ててくれた祖父と祖母のことが思い浮かぶ。
(あんたを育ててればあの人帰ってくると思ったのに、何よ。帰って来ないじゃない)
(どこの馬の骨とも知れない男と駆け落ちなんかしおって、それで恥ずかしい子供だけをワシらに押し付けていくとは、もうあんなものはうちの娘ではない。おまえも自分で身を立てられるようになってすぐに出ていけ。ふざけた名前をつけよってからに可愛くもない)
(あの子は夢見がちな子だったからねえ……子供のころからピアノが好きだったから一番好きなものの名前をつけたんですよきっと。でも、いやだわあ。目が似てないのよあの子に……あんまり見ないで頂戴)
「なあんだ。やっぱり私誰からも愛されてなかったや。じゃあいいじゃない。ここで死ぬので」
あんまりすぎる走馬灯に涙が出てくるのに、口元からこぼれたのはくすりという自嘲の笑みだった。ぴあのは色とりどりの光の糸の川をただ流されていく。
しばらく流されるままになっていたぴあのはふと、進行方向に眩しいほど輝く光の糸をばっくりと食べたかのように黒く欠けているところがあるのに気が付いた。
(あれ……? 何かいる? なんだろう。黒いおばけみたいな……)
目を凝らしてみると、そこは欠けているわけではなく、光を吸い込まないほどに黒い何かがこちらに向かって飛んできているのだった。その塊は少し人のような形をしていて、真っ黒なローブを纏っているのだ。男性だ、とぴあのはなぜだかそう思った。ぐんぐんと近づいてくるその男はぴあのに関心はないように見えたが、すれ違いざまに低くうなるような声をかけてきて、そしてそのまま彼女の来た方に遠ざかって行った。その声は耳に聞こえるというよりも、頭の中に直接響いてくるような声で、ぴあのはその声を恐ろしいと思った。
「我の代わりにあそこに行く者か。我の捨てた世界だがせいぜい頑張るがいい。我はもうどうでもいい」
「……え?」
そう聞こえたが、ぴあのにその言葉の意味はわからない。虚空に消えてしまった黒いおばけが見えなくなってしまったのに安心したぴあのはそれを目で追うのをやめ、流される先に顔を戻す。すると束になっていたと思っていた光の糸はいつのまにか一本だけになり、何も見えないほどに真っ白な光の中に彼女の体は投げ出された。
「あッ……!!!」
無重力状態だったところから急に体に重力を感じ、ぴあのはどさりと地面に叩きつけられる。高い所から落とされたわけではないようで、ちょっと転んだくらいの衝撃を感じた。打った肩がずきりと痛むが、ここはこの間怪我したところだ。起き上がって腕を動かすとちゃんと動いたので、ぴあのは顔を上げる。そこはいばらに似た蔦に覆われた庭のような道だった。
「……ここ、どこ?」
立ち上がり、歩き出すとその道は曲がりくねってどこまでも続いていた。蔦でできた壁は棘が鋭いので手をつくこともできない。ぴあのは以前トキヤと一緒にDVDで見た古いホラー映画を思い出していた。ただただ恐ろしくて苦手な映画だったが、それに出て来た生垣の迷路にその場所は似ていた。
(おまえは本なんか読まねえだろうけど、原作ではここ、動物の形に刈った植木が追いかけてくるんだよ)
トキヤの嘲笑含みの蘊蓄が勝手に頭で再生された。こんな時に思い出したくはない記憶だった。知らないところにいきなり放り出されて誰もいないのに、そんな恐ろしいものが追いかけてきたりしたらもう最悪だ。自然と足は速くなる。
(スニーカーとパンツでよかった……。トキヤの用事にすぐ応えられるようにいつもこれだったけど、今はそれが役に立ってる……!!)
走り出したぴあのの後ろを、何かが追ってきているのに彼女ももう気付いている。正体のわからない追跡者に追いつかれないよう、ぴあのはがむしゃらにいばらの迷路を逃げ惑った。
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