第26話 ぴあの、知りたがる
目を覚ましていそいそと服を着込んだヴォルナールとぴあのは小屋を出た。一度意識を落としてしまったので朝のような気がしたがまだ夕方で、ほんのちょっとだけ寝落ちただけなのかとぴあのは思った。
「あの、薬を飲まないといけないのでちょっと煮出してきていいですか……」
「そうか。俺はアスティオたちと話してくるから、火を起こす場所を借りるといい」
ヴォルナールにそう言われてぴあのが周りを見回すと、物陰から小さなコボルトたちが様子をうかがっているのが見えた。どうやら子供たちらしい。ぬいぐるみが動いているみたいでとても可愛かった。
「あの、お湯を沸かしてお薬が飲みたいんだけど、火を使っていい所はありますか?」
「ニンゲン、火で悪いことしない?」
「しないよ~。お湯が飲みたいだけなの」
「ほんとか?」
「ほんとほんと、悪い人間じゃないの」
「じゃあかあちゃんに聞いてみる」
ころころぽてぽて走っていくちびコボルトたちと話しているとヒーローショーの司会のバイトをやったときのことを思い出すぴあのだった。話はすぐについて、魔法の歌で出した水と火で薬を煮出す。茶色くなっていく水はコボルトの鼻に優しくない臭いのようで、最初は興味深く見ていたちびコボルトたちはくさいくさいキャンキャンと逃げて行ってしまう。
「うううごめんねー……。あちち……もうちょっと冷まさないと火傷しちゃいそう」
ぴあのは火を消し、薬湯の温度が飲み頃になるまでしゃがんで待つ。ヴォルナールとの情交で発情は治まったが、あまりに激しく長く交わり合ったのでまだ彼が体の中に入っていた感触が残っている。そんな状態で何か考えようとするとどうしてもヴォルナールのことを考えてしまうぴあのだった。
(ヴォルナールさん、呪いが解けてもしたいって言った……。あの時は嬉しいって思っちゃったけどあれってどういう意味に取ったらいいんだろ……。私としてもおかしくないような関係になりたいってことなのかな、それともただ単にそういうことだけしたいって意味なのかな……)
ぴあのという女は他人から求められることに慣れていない。心ではなく体を欲されているだけだとしても、自分は求められている! と錯覚してしまいがちなことは自分でも薄々感じていた。今となっては元彼のトキヤは自分を便利な家政婦兼無料で身体を使える都合のいい女扱いしていただけだったということはわかっており、もう二度とそんな惨めな扱いは受けたくないと思っていた。
(私、ちょっと優しくされるとすぐにポーっとなっちゃうから……。もっとしっかりしないとこんなモンスターだらけの世界じゃあっという間に終わっちゃう。しっかりしなきゃ……、しっかりしろ! ぴあの!)
考え事をしていたら薬湯はいい温度に冷めていたので、ぴあのはそれを一気にあおった。
「んに゛~ッ!! にがい~っ!!」
何もかも、戦いを終えて呪いを解いてからだ。薬の苦い味と共に気持ちを切り替えてコボルトたちに挨拶をすると、ぴあのは仲間達を探して歩き出した。
(でも……そうだな……。私ヴォルナールさんのこと何も知らないから、もっと知って行ってもいいかもしれない。私のこともヴォルナールさんに教えて、それでもっと仲良くなりたいかも……)
あまり広くない集落なので、勇士たちはすぐに見つかった。老犬の様な灰色のコボルトと何やら話していたようだ。長老とかそういう感じのひとなのかな、とぴあのは思った。彼女を見つけて手を振るアスティオはもうケロっとしていた。パルマになんとかしてもらったのだろう。
「もう起きて大丈夫か」
「は、はいッ……」
心なしか以前より優しく気遣ってくれるヴォルナールはあんなに激しく獣のようにぴあのを抱いたのが嘘のように清潔で落ち着いていて、その怜悧な顔立ちを見たぴあのはまた胸が痛いほどにときめくのを感じる。気をしっかり持たなくてはと思ったばかりなのに、一度ときめきを覚えてしまった心はそうなる前には戻らないのだ。
(うう……、カッコいい……。元々カッコいいけどなんか前よりもっと素敵に見える……♡)
目がハートになってしまわんばかりに熱い視線をヴォルナールにそそぐぴあのをよそに、勇士たちは今後の方針を話していた。あまり迷惑をかけたくないがこの後の道のりも決して短くはない。長居はしないので一晩だけ世話になって、朝にまた出発するという方向で話がまとまりかけていたとパルマが教えてくれた。
(やっぱりこの小屋、物々しいよう……)
ヴォルナールと睦み合った現場である小屋に今度は四人で泊まることになり、彼らと敷布を並べて横になっていたぴあのは昼間少し寝てしまったために夜中になって目が覚めてしまって、星明りでぎらりと光る首輪の鎖を見つめながらまんじりともできなくなってしまっていた。アスティオとパルマは疲れているのかぐっすりと眠っているようだった。
(あれ……ヴォルナールさん、いないな……)
並んで眠っていたと思ったヴォルナールの姿がないので、ぴあのは残りの仲間を起こさないように気をつけつつ外に出てみる。扉を開けて顔を出した彼女の顔に暖かい光が当たった。柔らかい火の明るさだった。ヴォルナールは外で焚火を起こして一人で座っていて、ぴあのに気が付くとちらりと振り向いてまたすぐ焚火に目を戻した。
「眠れないんですか?」
「まあな」
「私もです……。隣に座ってもいいですか」
「好きにしろ」
そっけないが、きつくはないヴォルナールの返答を聞いて、ぴあのは彼の横に腰を下ろす。しばらく何も言わずに火を見つめていたが、それは今の二人にとって気まずい時間ではなかった。そしてぽつりと再び口を開いたのはヴォルナールのほうだった。
「おまえも気の毒な女だ。知らない世界に放り込まれて、危険なところに駆り出されて、会ったばかりの俺に抱かれないと生きていけないのは嫌じゃないのか」
そう言われて、ぴあのは少し考えてそれに答える。
「……確かに、知らない土地で男の人に抱かれないと生きていけないのは嬉しくはないけど、ヴォルナールさん相手ならそんなに嫌ではないです」
その答えを聞いて、ヴォルナールはびっくりしたような顔をしてぴあのを見た。
「何故だ? 娼婦が嫌なのに何故俺のことは嫌じゃない?」
「だって、ヴォルナールさん、優しいから……」
ヴォルナールはまた頭痛を我慢するような顔をして頭をがしがしと掻く。そんなヴォルナールをぴあのはじっと見つめたままだ。
「……俺程度優しい奴なんていくらでも……」
「いくらでもはいないですよ」
「……」
「いくらでもはいないです。ヴォルナールさんは優しいです」
「っち……」
軽く舌打ちをして再び焚火を見つめるヴォルナールの耳が赤いのは、火で照らされているせいだけではないようだった。
「でも、会ったばかりでよく知らないのはほんとですね。もっとヴォルナールさんのこと知りたいって言ったら嫌ですか?」
「なんだお前は……今日はやけにぐいぐいくるんだな……」
「だって。もうお互いのその、体で見てないとこなんてないじゃないですか……だから、今度は見えないとこも知りたいって思ったんですけど……」
「まあ、確かにそういう考え方もあるか……。わかった。別に面白い話でもないが、眠くなるまで話すにはつまらん話ぐらいでいいのかもしれないしな……。何が知りたい?」
火に照らされたヴォルナールの表情は、さっきよりも毒気が抜けて親しみやすいようにぴあのには見えた。
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