第14話 ぴあの、駆除する

 その後、ぴあのはヴォルナールたちに連れられて街の外周にある農地に赴いた。虫の声だろうか。しょりしょりしょりしょり……と聞きなれない音がそこここから聞こえていた。


「おお、勇士さまたちが今日も来てくれた。ありがたいねえ」

「今日もよろしくお願いしますねえ」


 野菜を育てているらしいひとたちがヴォルナールたちの姿を見て駆け寄ってくる。


「今日は何が出た?」

「それが聞いてくださいよ、またスラグが出ちまって……」

「……? わ、ひゃあぁ……!」


 スラグってなんだろうと疑問に思いながらヴォルナールと話す農夫の後ろに広がるレタスのような葉物野菜の畑をちらりと覗いたぴあのは、そこに植わっている野菜をもりもりと食い散らかしているそれを見て情けない悲鳴を上げて尻もちをついた。


「いちいち叫ぶな」

「あっ、すいません、でも、き、キモすぎる……」


 それは小型犬くらいの大きさがある群青色のなめくじだった。ヴォルナールに怒られたが、さっきから聞こえていたしょりしょりという音がスラグが野菜を食べる音だと気が付いてしまったらとてもじゃないが悲鳴をあげずにいられない。ぴあのはごくりと唾を飲み込んでまじまじとスラグを見てしまう。こんな大きさのものに食べられたら確かにたくさんの野菜が駄目になってしまうと思った。


「スラグは直接触ろうとしなければ害はないんだよ。でも触ると魔力を吸って来るんだな」

「魔力があるあたしたちはそれで済むけど、魔力がない人は生命力を吸われちゃうんだ。それで力が出なくなったらどんどんたかられて、それでおしまい。だから魔力持ちがこうやって駆除に駆り出されるってわけ」

「そういうことだ。おまえの練習相手にはもってこいだろう。せいぜい役に立つところを俺に見せてみろ」


 そういって、ぴあの以外の勇士たちはそれぞれの対処を始めた。ヴォルナールが人差し指でスラグの一匹を指さすと、その先から小さな矢が飛んで命中した。当たったスラグは「やひん」といった感じに変な声をあげて爆発四散した。え? 鳴くの? とぴあのが思っていると今度はアスティオがいっぱい石を拾ってきて、魔力で強化したそれを投擲、当たったスラグはやっぱり変な声をあげながら潰れる。


「要は触んなきゃいいんだからさ。あとなるべく野菜にも被害を与えたくないね」


 パルマがぴあのにそう声をかけながら小さな火花を飛ばしてスラグを焼いた。


(なるほど……、触らずに野菜にも傷をつけずにあのなめくじだけ駆除するとしたら……? 雷……は野菜にも電気が通ったらだめだし……)


 ぴあのは今自分が覚えている手持ちの歌でどう対処すればいいか考える。そして、覚えた魔法の中で一番最善だと思う物を使うことにした。


『飛べ水の矢よ、私の敵を穿ち洗い流せっ』


 フィオナの歌集のメモには、吟遊魔法はある程度歌詞や声の大きさでアレンジが効くと書いてあった。桶に溜める水を出す時と違う歌詞を同じメロディで歌い、ヴォルナールがやっていたようにスラグを指さしたぴあのの指先に彼女の口から飛び出した魔力が水になって集まり、そこからビシュッと鋭い音を立てて水弾が放たれて命中した。


「やひんっ」


 穴が開いたスラグはぼとりと地面に落ちたが、貫いた水弾は勢いを失うまでいくつか野菜を傷つけてしまった。スラグ一匹だけ撃つには少し威力が大きすぎたようだった。


「ああ~すいません、お野菜が……」

「大丈夫大丈夫、もともと食われてたやつだよ。やるじゃんピアノちゃん」

「そうだぜ。まだ魔法が使えるってわかって三日とかなのによく今の使えたな」

「えへへ……」

「無駄口叩いてるんじゃない、まだまだいるぞ。早く次を撃て」


 アスティオとパルマが褒めてくれ、ヴォルナールも褒めはせずともぴあののやり方を咎めはしなかった。自分の創意工夫で何かやると罵声が飛んでくることの多い半生を送って来たぴあのはそれがとても嬉しく、声を小さくしたり狙う位置や角度を調整したりしながら次々とスラグを駆除していった。


「ふう……」


 どれくらい同じ歌を歌っただろうか。その農地で一番体力のある若者と一緒に駆除の漏れがないか確認し、その日に湧いていたスラグを全部駆除し終えたぴあのは冷たい水をいただいていた。働いて飲む水はとても美味しかった。

 伸びをして眺める先には高い塀がある。竜骨街の周りにある農地の更に外をぐるりと囲むように配置されている塀の向こうにぴあのが投げ出されたいばらの迷路があるのだろう。あの塀の向こうにはさらに強い、能動的に襲ってくるようなモンスターが跋扈しているはずだ。彼女はゆくゆくはそれと戦うことになるんだ……と思った。


「塀があるから随分安全なんだけど。スラグみたいな害虫は夜中にじわじわ越えてくることがあるのよお。野菜を見つけるとそれを食べ始めるから街にまで行くことはないけど、頑張って作ってる野菜を食べられるのは困るしただただ厄介だわ。あなた、稀人なのよね。勇士さまがレリトを倒せばきっとこういうやつらもいなくなるわ。大変だろうけど頑張ってね」


 冷たい水をくれた農家の奥さんが励ましてくれた。パルマはそれを聞いて、ヴォルナールが「まだ連れて行くと決まったわけじゃない」などと憎まれ口を叩くかと思ったのだが、予想に反して彼は何も言わなかった。


「はーっ、汗かいちゃいました」

「ピアノちゃんいっぱい歌ったもんね。街に戻ったら湯浴みに行こうね」


 湯浴み、というパルマの言葉を聞いてヴォルナールの耳がぴくりと反応したのをアスティオは見逃さなかった。


「おう、ヴォル。今なんか想像したのか? なあなあ」

「うるさい。俺も風呂に入りたいと思っただけだ」


 ヴォルナールはそう言ってアスティオのことをあしらい、ハンカチで顔をごしごしと拭いてごまかした。


(くそ……。昨日あんなことしたから動揺しているだけだ。女くらい何人も相手したことあるっていうのに、なんだって俺は……)


 額に汗して頑張るぴあのの姿が、今日のヴォルナールには変に魅力的に見えてしまったのだ。それは会ったばかりのころのフィオナを彷彿とさせるもので、見ていると冷え切った心が温かさを取り戻していくのを感じた。


(俺はおかしい。どれだけ娼婦を抱いてもフィオナのことを忘れられなかったのに、声が似た女が現れただけでこんなふうになっている。こんなに自分が情のない男だとは思わなかった……イライラする……)


 ぴあのを見ていると自己嫌悪に襲われるので、ヴォルナールは彼女から目を逸らした。首から上が熱い。ひっきりなしに浮かぶ汗を拭っているとそんな彼の気持ちを知らないぴあのが近寄って来て話しかけてくる。


「あの、ヴォルナールさん。もっとお水飲んでください。今日は天気が良かったので……」

「……!」

「わ! あ、やっぱり喉乾いてましたよね、もっといりますか?」

「もういい。次は塀の外で動くモンスターを相手させるからな。そんなヒラヒラした服だけ着ていたらすぐ死ぬ。防具を揃えろ。いいな」


 おずおずと水の入ったコップを差し出してくるぴあのからそれをひったくるように奪い、ヴォルナールは一気に飲み干す。面食らった顔をしたぴあのにコップを返し、居丈高な調子でそう告げると国に提出する駆除完了の書類にサインをもらうためにずかずかと大股で農夫の方に歩いて行ってしまった。怒らせてしまったのかと思ってしゅんとするぴあのをアスティオとパルマがフォローしてくれる。


「……もうピアノちゃんのこと連れてくつもりなんだよな、あいつ」

「自分が連れて行かない! とか言い張った手前ああいう態度しか取れないんだよ。気にしないでね、ピアノちゃん」


 農地から街に戻って、常駐している兵のいる兵舎に書類を提出すると報酬が出た。それは今日一日頑張ったぴあのにも分配される。


(なめくじを駆除しただけだけど、お金が稼げた! これで防具を買って……残りの歌も頑張って覚えなきゃ……)


 弱いモンスターを倒しただけとはいえ、魔法で戦って報酬を貰えたことに喜ぶぴあの。そんな彼女をヴォルナールが複雑な顔で見ていたが、それに本人が気づくことはなかった。

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