第9話 ぴあの、お茶する
似合うのがあって良かったね、などと言いながらぴあのとパルマは果汁の屋台に寄り道した。新鮮な果物をその場で切り分けて、力自慢のおじさんが搾って渡してくれる。エンシェントドラゴンの肋骨の間から見える空は真っ青で、それを眺めながら爽やかな酸味と甘みのある果汁を一口飲んだだけで、ぴあのはまだこれから何とかなるかもしれないと思えた。考えてみればヴォルナールたちとはまだ会って二日しか経っていない。もっと彼らのことを知らなければ、とぴあのは思った。
「あの、勇士の人って他にも沢山いるんですね」
先ほど山の方で残党を倒した勇士がいたという話をパルマから聞いたので、その時に浮かんだ素朴な疑問をそのまま尋ねてみる。隣で果汁を美味しそうに飲んでいたパルマは、そういえばその辺もあんまり教えてなかったね、と言って教えてくれた。
「世界を丸ごと魔族の物にしようとしてた魔王と戦ってたからね。あっちの配下もたくさんいたし、それを勇者と数人の仲間で全部倒すなんて無理でしょ、大勢で協力して戦ったんだよ」
「確かにそうかも。ゲーム……えっと、あっちの世界でも似た感じのお話があったけど、それでは四人くらいとかで旅してたからなんとなくそういうイメージで考えてた……」
「何それ、そんなのあるんだ。どこの世界でも勇者の話って人気あるんだね。さすがに四人じゃ無理だよね。勇者ってのも魔王までたどり着いたグループを引っ張ってた男がそう呼ばれてるだけで、みんなひと並びに勇士なんだ。誰が勇者になってもおかしくなかった。そう考えたら今はヴォルナールがそうなのかなあ……あんまり柄じゃないけどね」
パルマは遠くを見るような目でいろいろと思い出しているようだった。
「本当に大変だった。ヴォルナールみたいに大切な人を亡くした奴もいるし。勇者って呼ばれたあいつも残党狩りに加わりたいだろうけど、魔王との戦いは本当に凄くてさ、すぐまた戦うのは難しいくらいの怪我しちゃったんだよね。残りの人生をそんな体で送らなきゃならないそいつのことを考えたら、あたしたちが残りは頑張らなきゃ」
ヴォルナールのあの素っ気ない態度は長い戦いと別離で傷ついているせいなのだろうとぴあのは思った。しかし、自分本位なトキヤとずっと付き合って来たぴあのにとっては、ヴォルナールがもともと持っているのだろう人の良さが滲み出る言動は土砂降りの中走って帰って来た後に洗い立てのタオルを顔に当てた時のような安心感を与えてくれるものだった。ヴォルナールのことをもっとよく知りたい。なぜだかそう思って、ぴあのは少し突っ込んだことをパルマに聞いてみる。
「これ、聞いていいのかわからないけど……フィオナさん……ヴォルナールさんの奥さんってどんな人だったんでしょうか……。私と声が似てるって言ってましたけど……その人もエルフだったんですか?」
その質問にパルマはすこし思案する様子を見せたが、一人だけ知らないことがあるんじゃ一緒に過ごすのは居心地悪いもんね、と言って教えてくれた。
「あの子は人間だったよ。もともとは娼婦でさ。昔は今より治安が悪かったから、路地裏で襲われそうになってたのをヴォルナールが助けて、それが馴れ初め。あいつ、困った人見ると助けずにいられないんだよね。だから今の探索も襲われてる人見つけて保護して帰ることが多くてあんまり進んでないんだ。でもそれでぴあのちゃんを見つけられたんだしね。あいつのああいうところ、長所だと思ってるし。ああ、フィオナの話だった。そんで喉に鈴があることがわかって、ほら、そういう人は戦わなきゃいけないって国で決められてるって言ったでしょ? だから一緒に戦うことになったんだ。最初は文字も読めなくてさ。なのに頑張って魔法の歌を勉強して、そういうところにやられちゃったんだろうね。元々エルフって歌とか物語とか芸術が大好きだし……それで、ヴォルナールとフィオナ、すぐ恋人になった」
フィオナの顔は見たことのないぴあのだが、きっとお似合いの恋人だったんだろうなと想像する。そんな人がまだ心にいるのに、義務感で自分に精を注ぐ役目を引き受けようとしてくれていることを申し訳なく思った。まだそこまでその危機感を味わっていないが、この世界で正気で生きていくためにはそれにすがるしかないのだ。理由のわからない心の痛みを感じたが、ぴあのは黙ってパルマの昔話を聞いていた。
「あたしたちも二人の婚姻をお祝いしたっけ。エルフよりも人間は寿命が短いからさ。先に死んじゃう覚悟はできてるってあいつ言ってたけどね。でも、戦いの最中でいなくなっちゃうことは覚悟できてなかったみたい。あいつ、自分があの子を見つけずに、ずっと娼婦でいさせてたら死なずにすんだとか思ってんだよね。だから昨日もああいう風に荒れたんだよ。二年って人間でもけっこう最近だけど、エルフにとってはほんとについ数日前みたいな感じなんだろうね。まだぜんぜん悲しいんだと思う。小粋な冗談とかも言うタイプだったのにすっかり無口になっちゃってさ。でも、ピアノちゃんが来てまだ数日だけどその間だけでもあいつまたよくしゃべるようになったから。感謝してんだ。あんたには」
「感謝? 私に?」
ヴォルナールにとって自分は厄介なお荷物でしかないと思っているので、ぴあのはパルマの言葉が意外で目をぱちくりとさせた。
「連れ合いがいなくなった悲しさって、新しい出会いでしか癒えないじゃない。あたしとアスティオは凄く仲良しだけどさ。ヴォルナール見てると、もしあたしが先に死んだら沈んで泣いてばっかいるよりは新しい人と笑っててほしいって思うんだ。あたしはだよ? アスティオはもしかしたらやだかもしんないしその辺は人によるだろうけど……。あー、バカバカ! なんか勝手に話しすぎたかもしんない! 何言ってんのかわかんないし! ねえ、フィオナのことあたしが話したってヴォルナールに内緒にしといてくんない?」
話していて胸がいっぱいになってしまったのか、パルマは頭をがしがしと掻いてそんなふうに言ってくる。
「あ、はい。私もちょっと突っ込んだこと聞きすぎました。えっと。その……そんなふうにならないように頑張りましょう! アスティオさんとパルマさんに私、幸せになって欲しいです! それと、えっと。ヴォルナールさんも……」
「……そうだね。帰ったら吟遊魔法の練習みてあげる。一緒に頑張ろう。だけど、ピアノちゃんだって幸せにならないとダメだよ」
「私ですか? そっか……」
会ったばかりのパルマに幸せになって欲しいと言うのに、自分のことになるとピンとこない様子のぴあのを見るパルマの目は少し痛ましいものをみるようなものだった。
「ピアノちゃんもちょっと傷ついてるような感じになる時あるね。ここに来る前になんか嫌なことでもあった? 良かったらおねーさんに聞かせてみてよ」
「あ、まあ。はい。私あんまりついてない方で……でも私の不幸なんてたいしたことないですけど……」
そしてぴあのは自分の生い立ちをパルマに話した。気が付いたら父親がおらず、一人で育ててくれていた母親が、子供を育てていても自分の夫が帰って来ないことに業を煮やして実家にぴあのを捨てたこと。祖父母も別にぴあののことは好きではなく、冷え切った家庭で育ったこと。バイトしながら一人で暮らしていたら、友達と彼氏ができたこと。そしてその友達に彼氏を奪われたこと。可愛そうな女だと思われるのは嫌なので会ったばかりの相手にこんなことを話すことはめったにないのだが、パルマには何故だか何でも話してしまえる気がした。
「……あんた、それ酷すぎる! 別れられてよかったね!!」
「……そうかも」
パルマにそう言われて初めて、ぴあの自身も知らない土地で再出発できるチャンスを得たと思えて、この世界に来たことはそう悪いことばかりではないのかもしれないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます