第17話 デビッド卿とユリウス卿は、グル?
「エリザ嬢、どうだ?!」
「どうって言われても、その……どう、でしょうか」
ある程度の接触が許された、『個別デート』である。デビッド卿、ユリウス卿とそれぞれデートをし、今回のお相手はシャルル卿だ。
彼が所望したのは、クローバー領内にあるロクサネ山でのハイキングである。
けれどもシャルル卿は当初、私を自領であるハート領に連れて行こうとしていた。ハート領のジュディス山に連れて行きたい、と。そこに昇る朝日を共に見たいと。絶対に嫌です。
その時の彼の言い分がこれだ。
「アレクサンドル伯爵は、いつまでもエリザ嬢が記憶を取り戻さないままでよろしいのですか?! 俺様との思い出が溢れたハート領の地を踏むことさえ出来ればきっと何もかも思い出すことが出来るというのに!」
という、さもさも、私がこれまでにハート領に何度も通っているかのようなことを言い出したのである。もちろん、そんなことは絶対にありえないし、アレクも全く信じてはいなかったけれど。
それでもまぁ確かに自領の方がエスコートしやすいのは事実だろうしなと、一度はハート領への遠征も考えたのだが、難色を示したのはアレクだ。
「さすがに、何かあった時にすぐ駆けつけられない距離は不安だ。僕はまだ貴君を、いや、貴君らを信用していない」
その言葉はシャルル卿だけではなく、残り二名へも向けられた。何せ、これを許可してしまえば、次は当然のようにスペード領、ダイヤ領へも行くことになるだろう。
「狭量だと思われても構わない。だが、僕のつまらない体裁よりエリザの身の安全の方が重要だ。彼女は一度命を狙われている。ある程度の接触については許可をしたが、犯人が捕まるまで、厳戒態勢を解くつもりはない。よって、僕の目の届かないところへ連れて行かれては困る」
そう言ったアレクに対して、もちろん三人は反論した。
そもそもこのクローバー領内で襲われたのだから、他領に避難した方が安全なのではないか、騎士団といっても、所詮は女性の集まりではないか、などなど。
特に騎士団については、デビッド卿がうるさかった。何せ彼のスペード領は『騎士道の領』だ。「あんな素人の寄せ集めのような女共にエリザ嬢を守れるとは思えません!」と声を張り上げたのだ。
そこへ、音もなく彼の背後を取ったメグが、首筋に剣を当てた。スペード領騎士団と比べれば確かに腕力や体力面では劣るかもしれない。装備も軽装だ。が、それだけに、身の軽さ、俊敏さにかけては彼らに引けを取らないと自負している、とアレクが淡々と説明をし、「少なくとも、僕ならこんなやすやすと後ろを取られたりはしない。スペード領騎士団の最高指揮官は貴君だと聞いているのだが、トップがこれではな」とやはり表情の一つも変えずに吐き捨てたのだ。
いや、煽るな煽るな。
とにもかくにも、デビッド卿はそれで黙った。まぁ、指揮官といってもきっとお飾りなのだろうし、だからといって騎士団のレベルが低いなんてことはないんだろうけど。それに彼女らに稽古をつけているのは、領内に派遣されている
それで、多少の接触の許可は下りたものの、それはあくまでもクローバー領内、且つ、アレクの目の届く範囲で、ということになった。それではこれまでと変わらないのでは、という反論もあったけど、アレクはあくまでも、少し離れたところから見守るだけに留め、よほどの危険が私に降りかからない限りは口出し(と手出し)はしない、ということで折り合いがついたのである。
――という経緯での、いまだ。
クローバー領内にあるロクサネ山は、この近くにある小学校の遠足コースにもなるような、標高二千メートルにも満たない小さな山だ。登山道も整備されており、休憩所もある。そりゃあ子ども達が課外行事で利用するような山であるから、危険な獣もいないし、ハイキングコースとしても人気が高い。恋人達のデートにも最適だ。ちなみに今日は離れたところに
シャルル卿は幼い頃から標高三千五百メートル以上もあるジュディス山をその情熱でもって何度も踏破しているらしく、正直この程度の規模の山は物足りないような顔をしていた。聞けば、何度登っても毎回それなりにドラマがあるらしく、そういうのを私にも体験させたかったようだ。
けれども、うち何回かは「あの時はさすがの俺様も死を覚悟した!」レベルのドラマもあるようで、だとしたら、そんな危険なところに登山経験のない令嬢を連れて行こうとするのはどうかと思うんだけど。
それでもシャルル卿は終始私の手を取り、あくまでも紳士的にエスコートしてくれた。一応彼なりに、どうにかして私に『恋人としての記憶』を思い出させようとしているらしい。
きれいな花に寄って来た虫を指差しては、
「懐かしいな、エリザ嬢! あの時君は突然飛んで来たあの虫に驚いて俺様に抱き着いて来たんだ!」
だの、
「二人を繋ぐロープが切れた時は死を覚悟したが、俺様の咄嗟の機転で九死に一生を得たな!」
だのと、ありもしない思い出を語っている。その『咄嗟の機転』の部分はちょっと気になるけど。どうせならそこまで語りなさいよ。ちゃんと設定は作り込んできて。
それでも一応、約束は守ってくれており、触れて来るのはあくまでも手のみである。一度だけ肩に手を伸ばしても来たが、私が身を強張らせたのに気付いてその手を引っ込めた。耳を掠めた、「すまない」という小さな声に驚く。メグの目を気にして、というよりは、思わず漏れた本音のように聞こえたからだ。もしかして思ったよりは悪い人じゃない? なんて思いそうになってしまうけど、いやいや、この人は恋人を騙って私を自領に取り込もうとしてるんだから!
ふるふる、と頭を振り、余計な考えを打ち消す。
「どうした、エリザ嬢。疲れたのか?」
「え、あ、えっと、そうです。あの、少し、疲れちゃって」
「そうか、無理は良くないな。ちょうど良いところにベンチが。あそこに座ろう」
ロクサネ山のハイキングコースにはそこかしこに休憩用のベンチが設えられている。その一つを指差して、私を導く。ベンチの前で、サッとハンカチを取り出し、私のために敷いてくれた。並んで座り、持参した水筒のお茶を飲む。これはケイシーが私達のために淹れてくれたものだ。
「シャルル卿の方に、いっそ自白剤でも入れますか?」
なんてとんでもないことも言ってたけど、さすがにそれはやめてもらった、普通のお茶だ。
それを飲んで一息つく。
「エリザ嬢」
「何でしょうか」
「君は俺様のことをどう思っている」
「あの、ですから、記憶が」
「それはわかっている。まっさらの状態だとして、ここからスタートしたとして、だ。『数ある男爵家子息の中の一人』から抜け出せただろうか」
「それは……、まぁ」
スート領内にある男爵家は何もこの三家だけではないのだ。もちろんストーン家もいるわけだし、その他にもまだまだある。ただまぁ、中でも領地が広いとか、家自体の力関係であるとか、そういうので目立つのが特にこの三家というわけである。だからまぁ、『数ある男爵家子息の中の一人』というよりは、そもそもが頭一つ抜きん出ているところからのスタートではある。だからそう答えた。
「そうか。それなら良かった」
と、何やら安心した表情を浮かべた後で、声をうんと潜めて「もし」と言った。あまりの声の小ささに、その言葉を拾おうと気持ち身体を近付ける。
「もし君が俺様とのことを一切思い出さなかったとしても、親しい友人として交流を続けてはもらえるだろうか」
ぼそり、と吐き出された言葉に驚く。
「それは、もちろん」
「そうか。……なぁエリザ嬢、君が襲われた日、楽団が来ていただろう。それから珍しい屋台も」
「そうです。あの時は豊穣祭が近いということで、楽団や移動屋台、それから旅芸人の一座がたくさん来ておりました」
結局、聖女撲殺未遂事件のせいで今年の祭りは延期になってしまったけれど、あの時はそれはそれは賑やかだったのである。
「あの楽団はスペード領のものだと知っていたか?」
「え、っと。どこから来ていたのかまでは……」
「それから、移動屋台はダイヤ領から。海鮮の屋台が多かっただろう?」
「まぁ、言われてみれば、そう、だったかも? でも、それが」
何か、と尋ねると、彼は注意深く辺りを見回してから言った。
「わからないか? デビッド卿とユリウス卿は、グルだ」
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