エピローグ

side:エリザ

第33話 豊穣祭と婚約発表、そして石の加護

 さて、撲殺未遂事件のなんやかんやで延期されていた豊穣祭である。

 その名の通り、五穀豊穣を祝う祭りなのだが、それに加えて、私とアレクの婚約発表もあり、例年以上の盛り上がりだ。


 芸人に扮した僧侶達による大道芸に、

 少人数編成でありながらも迫力のあるハーモニーを奏でる楽団の演奏もあり、

 一度食べたら忘れられない、珍しい海鮮の屋台も多数出店されていた。


 ――そう、つまりは、も来ているのだ。


「いやぁ、エリザ嬢、アレクサンドル伯爵、おめでとうございますっ!」


 やぁやぁと白い歯を見せつけながら、馴れ馴れしく声をかけて来たのは、シャルル・ハート卿である。握手を求めてだろう、こちらに向けて来た手をサッとかわし、アレクが前に出て私を背に隠した。ちなみにシャルル卿を含めた三子息だが、ストーン家に対し、かなりの額の慰謝料を払うことになった。今回、この豊穣祭に来たのも出稼ぎのためだろう。未だ完治せぬ額の包帯が痛々しい。


「祝いの言葉、一応は受け取ろう。が、その手は何だ」

「握手ですよ。いけませんか?」

「その手は、我が婚約者、エリザに向けられていたように見えたが?」

「考えすぎではありませんかね。伯爵は少々神経質すぎるのでは? そんなことではエリザ嬢も息が詰まってしまいますよ」

「何とでも言うが良い。僕は貴君をまだ許してはいない。生きてハートの地を踏みたければ、その芸人達と祭りを盛り上げることのみに徹することだ」


 強い口調でそう言うが、シャルル卿はアレクが祭りの場で剣を抜くはずがないと高をくくっているらしく、まったく退く様子もない。


「もちろんわかっておりますとも。ですが、せっかくのおめでたい場です。俺様にも聖女エリザの祝福をいただいても罰は当たらないのでは?」

「祝福だと?」


 そりゃあ一応私も聖女の端くれですから、集まってくれた民衆に『祝福』はした。でも、石だからね? 事前に通達して、何らかの理由があって『ガッチガチに硬くしたい石(岩)』を持参してもらったからね? 大抵の人は、「今日の良き日を永遠に残しておけるよう」とか言って、なんか良い感じの石を持ってきてくれたからね? ご丁寧に『アレクサンドル様、エリザ様、ご婚約おめでとう』みたいなのを刻んだ石を持ってきた人もいたし。


 で、それが「私達の結婚生活のように永遠に壊れることのないように」とか、そんな感じの祈りを捧げたからね?


 それなのに何? もしかしてまーだ私のこと『賢者の石の聖女』だと思ってるわけ? あれだけぎっちり訂正したのに? ていうか、私が祈ってるところも見てるよね!? あっ、それとも頭突きかましたせいで忘れっぽくなっちゃったとか?! それならほんとごめんなさい!


「だから、私の加護は――」


 めいっぱい背伸びをし、アレクの肩越しにそう抗議してやろうとすると、「ちょっと待った!」と後ろから声が聞こえて来た。ぴったりと息があっているため、一人の声に聞こえるが、これは二人だ。その声の主達については大方予想はついているけど。


「まーたシャルル卿だけ抜け駆けですか」

「ほんと卑怯な人ですよねぇ」


 小走りで駆けよって来たのはやはり額に包帯を巻いたデビッド・スペード卿と、ユリウス・ダイヤ卿だ。何なのこの三人。セット販売でもしてるの? 仲良しなの?!


「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。アレクサンドル伯爵、エリザ嬢、この度はご婚約おめでとうございます」

「おめでとうございますっ! 益々のご発展を〜!」


 表面上は私達を祝うために来てくれたように見える。見えるけれども、何せこの二人だ(シャルル卿もだけど)。信用出来ない。そう考えているのはアレクも同様らしく、私を背に隠して警戒を解かない。


「貴君らからの祝いの言葉も、礼儀として一応は受け取ろう。が、それ以上、我が婚約者、エリザに近づくな」

「そんな、こんなおめでたい場でさすがに狭量では?」

「そうですよぅ。ボクらは純粋にお祝いしに来ただけですしぃ」

「そうだそうだ。聖女エリザ、ぜひとも祝福を!」


 狭量なんて言葉をぶつけられたところで、そんな安い挑発に乗るようなアレクではない。やはり「何とでも言うが良い」とどこ吹く風である。


 しかし、私だって黙っていられない。彼らがまだ私のことを『賢者の石の聖女』だと思っているのであれば、しっかり訂正しなければまた再び噂が大きくなってしまうかもしれない。それに、ジョーカー領の大聖女子爵様の話によれば、他領のゴシップ誌では、いまだに私は『賢者の石の聖女』と呼ばれているらしいのだ。そりゃあそっちの方が目を引くだろうしねぇ。いや、嘘は駄目でしょ、嘘は!


「ごめんなさい、ちょっとだけ良いかしら、アレク」


 そう言って、アレクの前に出る。もちろん彼は難色を示した。私の肩に手を置いて、再び下がらせようとする。大丈夫、とそれをやんわりと断った。


「もしもの時はあなたが守ってくれるでしょう?」

「もちろんだ。この身に代えても守ってみせる」

「代えないで! 大事にして、あなたの命!」


 どうしてイチイチそんな大袈裟にするのよ!


 このやりとりを「ふん、見せつけおって」「おやおや、お熱いことで」「良いよねぇ、新婚さんはさ。あっ、結婚はまだか」と三人はそれぞれ呆れた顔で見つめている。ただ、アレクの場合は惚気とかそんな生易しいものではなく、完全に本気のやつだ。その証拠に手はしっかりと腰の剣にかけられている。いつでも抜く気だ。目がマジだ。いや、アレクの目はいつもマジか。

 

 こほん、と咳払いをして三人の気を私に向けさせる。彼らが何かしらを期待したような顔で一歩前に進み出、私は、反射的に一歩後退した。とん、と背中にぶつかるのはアレクの胸筋である。大丈夫、後ろには彼がいる。ただまぁ、剣を抜くのはやめてほしいけど。

 

「あのね、前にも言ったけど、私は『賢者の石の聖女』じゃないの。だからあなた方の臨むような祝福は――」


 そう話す途中で、


「そんなことはもう百も承知だ! あの時額を割られて目が覚めた!」


 とシャルル卿が割り込んできた。ちょ、最後までしゃべらせてよ。いまならわかる、あの時のルーベルトさんの気持ちが。あの時はイチイチ遮ってごめんなさい。


「そうです。私達だってもう勘違いなんてしておりませんとも」

「失礼ですよぅ、エリザ嬢。ボクらだってちゃんとわかった上で来てますぅ~」

「え、そうなの?」

 

 後ろのアレクと目を合わせる。彼は相変わらずの無表情だったけど、軽く首を傾げて「どういうことだ」と呟いた。うんうん、そういう動きがあるととてもわかりやすいわね。

 

 混乱する私達の前に、シャルル卿が、「というわけで!」と右の拳を出す。


「俺様のこの拳をぜひとも石のように硬くしてくれ! そうすれば大僧正など怖くない!」

「却下! その拳で大僧正に何をする気よ! シンプルに犯罪!」

「そんな! 力こそ正義なのに!」


 やれやれこれだから脳筋は、と言いながら、今度はデビッド卿が、腰を落としてスッと頭を差し出した。


「聖女エリザ、ぜひとも私をガッチガチの石頭にしてください。騎士団の最高指揮者たる私が兜なしに前線に出る勇姿を見せつければ、もうお飾り指揮官などと陰口を叩く者も出なくなりましょう」

「却下! 陰口を叩かれたくなければ、そんなズルしないで正攻法でやって!」

「そんな! 殴られたら痛いんですよ!?」


 やーっぱりお飾りなんだぁ、はい、どいてどいて、次はボク、と調子よくやって来たユリウス卿が、何やらごそごそと腰のベルトを外し始めた。そしてスラックスに手をかける。


「ボクはさ――」

「却下だ!」


 その言葉と共に、後ろからサッと目を覆われた。

 えっ、何? 何が出て来たの?!


「酷い! ボクまだ何も言ってない! ていうか、何でアレクサンドル伯爵が言うんですかぁ!」

「貴様、エリザの前で何を出す気だ!」


 あっ、まだ出てないのね。ちょっと安心。


「えぇ、ちょっとぉ、伯爵こそ何を想像してらっしゃるんですかぁ~?」


 ジィィ、とファスナーを下ろす音と、ごそごそと何かを取り出す音の後で、「ボクが出そうとしたのはこれなんですけど~?」という声が聞こえてくる。ねぇ、何? 何なの?


「……むぅ。何だそれか。しかし却下だ。何で貴君のスラックスはそんなところにポケットがあるんだ。紛らわしい。しまえ」

「えー、これ、ウチの領で大ヒットしてる商品なんですよ? スリ対策ですよ、スリ対策ぅー」


 ねぇ、何!?

 何を出したの、ねぇ!?


 結局、ユリウス卿が出したものについては、誰も教えてくれなかったけれど、とにもかくにも、彼らの訴えはすべて棄却した。

 本当はもう一回頭突きをかましてやろうかと思ったが、アレクに強く止められた。目的が制裁だとしても、その距離は許容出来ない、と。まぁ言われてみれば確かに。


 それでも一応場の空気を読んだか(アレクがまた剣を抜きかけたからかもしれないけど)、三人がすごすごとそれぞれの持ち場に戻っていくのを見届け、その姿が見えなくなったところでやっと安堵の息を吐く。


 これで本当に一件落着だ。

 紆余曲折あったけれど、私は無事、好きな人と結ばれるのだ。アレクだってそう。どうやら彼も私のことが好きみたいだし。これ以上ないハッピーエンドだと思う。


 昔々に読んでもらった絵本でも、つい最近読んだ恋愛小説でも、好き合った者同士は最後の最後できちんと結ばれるようになっているのである。こうして王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし、で終わるのだ。


 私とアレクもそう。

 私と彼の物語も、めでたしめでたしに決まってる。

 

 見た目は、眉間以外の表情筋が死んでいる鉄仮面伯爵だけれど、私のことをとても大切に思ってくれる愛情深い人である。ただちょーっとばかし愛が深すぎて極端な行動を取りがちだけれど、私が手を伸ばせば、それを取ってくれる、愛しい人だ。


 ほら、いまも手を伸ばせば――……

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