第16話 『ダイヤ領の癒しの風』ユリウス卿

「えっ、ずるーい! ずるいです!」


 話がまとまりかけたところで声を上げたのは、ユリウス卿である。そりゃそうだ、一応は彼も『恋人』として名乗りを上げているのである。自分以外の候補者だけが有利になるような状況で黙っていられるわけがない。シャルル卿もそれに乗っかって腰を浮かせた。


「確かに! デビッド卿のみ、というのは不公平だっ!」

「ですよねっ、シャルル卿もそう思いますよねっ! ずるいですよ! ボク! ボクも! ある程度の接触の許可をっ!」


 テーブルに拳を力強く打ち付けるシャルル卿と、両手をぐっと握り締め、それをぶんぶんと振って抗議するユリウス卿である。ユリウス卿は確か私より二つほど上のはずだけど、実年齢よりもずっと幼く見える。ていうか、『ある程度の接触』って響きがさっきからなんか嫌だな。



 スート南部、温暖な海に面したダイヤ領は商人が力を持つ『商い』の領だ。有名な山もあるにはあるが、他の二領のものと比べると規模も小さいし、愛を誓う場所に選ぶことはないだろう。ルーベルトさんから彼の説明を受けた際、そう油断していると――、


「……『ラケル海岸にある、一部の海賊達しか知らない秘密の取引場所である洞窟内でひっそりと愛を誓った』そうでございます」

「どういうこと?!」


 何なら彼が一番ヤバい――!!


 あの時のルーベルトさんの目。

 それまで、どんな情報も顔色を変えずにさらさらと事務的に述べていたルーベルトさんが、さすがに二度三度、視線を泳がせたのである。ていうかまず何? ダイヤ領は海賊とも取引してるってこと?! 大丈夫なの、それ?! アレクの耳に入っちゃったけど?!


「ちなみにユリウス様は領内では『ダイヤ領の癒しの風』と呼ばれておりまして。えーと、ラケル海に吹く浜風がどうたらこうたらで」

「なんか急に雑!」


 どうたらこうたら、って!

 領民ももうちょっと考えてあげて?!

 ていうか別に無理に二つ名とかつけなくて良いから!

 羨ましかったの? シャルル卿とデビッド卿のやつが?!


「それで、プロポーズの言葉は『ボクとドキドキの家庭を築こう!』、とのことです」

「そりゃもうドキドキに決まってるわよ! 何でそんな危ないところでプロポーズするのよ! そりゃあもうドキドキよ!」


 日常的に海賊が出入りするようなところなんでしょう? 場所を選びなさい! 吊り橋効果にもほどがある!


 ただまぁ、彼が一番謎なのだ。

 なんていうか、ダイヤ領は、クローバー領と並ぶほどに豊かな領なのである。面積はクローバー領の方が大きいが、何せ、人が多い。領民の人口もそうだが、商いが盛んなだけあって、人の出入りが多いのである。活気だって、ここの市場の比じゃない。


 いらなくない?

 『賢者の石の聖女』、いらなくない?

 いなくても十分栄えてるわけだし。


 と首を傾げると、それに答えてくれたのはアレクである。


「むしろ彼が一番君を欲しがっている。何せダイヤ領は『商い』の領。そこの領主であるダイヤ家の人間は『儲け』というものに一番貪欲だ」

「も、『儲け』……」

「だからつまり、君さえいれば、その辺の石ころでも、簡単に純金に変えられると思っているんだろう。何せそれを売ればぼろ儲けだ」

「そんな……」


 ハート家は、聖女を味方につけ、自分達の地位を脅かす僧侶達をひれ伏させるため。

 スペード家は、鉱物を純金に変えさせ、領の財源を潤わせるため。

 ダイヤ家に至っては、もう純然たる個人の『金儲け』の道具にしようとしているらしい。


 どれもこれもまっぴらごめんである。

 というか、出来ないからね?

 何度も言うけど、私は『賢者の石の聖女』ではなく『堅牢の石の聖女』なのである。


 だから、たぶんハート領は、僧侶達の寺院にある石造りの神仏像辺りがガッチガチになるか、あるいは彼らの禿頭とくとうが(物理的に)ガッチガチになるだけかもしれない。


 スペード領は、採掘される鉱物が全部ただの石になる可能性があるし、下手したらその鉱山がただの岩山になるだけかもしれない。


 ダイヤ領は、純金になることをあてにして大量に集めた『その辺の石』がより強固なただの石になるだけだと思う。


 たぶん、百害あって一利なし――いや、ハート領なら一利くらいはあるかも? うん、神仏像は大事なものだろうし、ちょっとやそっとでは割れたりしなくなるだろうし。あっ、でもそうなるとハート家的には困るのか。これ以上僧侶達が力を持ったら困るんだもんね。じゃやっぱり一利ないかも。


 とにもかくにも、彼らが私を何としても手に入れたい理由はわかった。

 納得出来ないものばかりだし、出来たところで私には無理なやつだけれど、とりあえず理由はわかった。

 

 と同時に、だとしたら、私を殺そうとしたことに対する疑問が湧く。

 結果として、私は生きているわけだからセーフだけど、死んでしまったら意味がないのでは。記憶喪失を狙ってやるにしたって一か八かすぎるし、だとしたら凶器がガチすぎる。それに、上手いこと記憶が飛ぶ保証だってない。

 

 どういうことなのかしら、と不思議に思っていると、アレクが、フ――――、と細く長い息を吐いた。そして、眉間のしわをいつもの三倍くらい深く深く刻んで一歩前に進み出る。


「君は、『清骸せいがい』を知っているだろう?」

「『清骸』……。ええと、聖女になるための洗礼を受ける際に司祭様からお聞きしました。確か、その……清い身体のまま命を落とした聖女のむくろは永遠に腐らないとか、そういう……」


 聖女とはいっても、結婚は許されているし、子どもだって産める。だから、永遠に『清い身体』ではない。聖女が清いのは心の話であって、身体ではないのだ。だけれども、男性を知らぬうちに命を落とした――つまりは未通の――正真正銘の『清き聖女』の身体は、死んでも腐ることがないのだという。それが『清骸』だ。とはいえ、それが事実なのかはわからない。清骸を見ることが出来るのは、司祭様と、それから大聖女のみなのだ。


「『清き聖女』は魂がその身から抜けた後もなお、生前の加護をその身に宿していると言い伝えられている。だからつまり――」

「つ、つまり……?」

「君を襲った犯人の狙いは、君というよりは、『清骸』の方だったかもしれない、ということだ。が、君は生きていた。石の加護のお陰で。けれど、記憶の一部が欠損してしまった」

「だから、そこをついて、『恋人』ということにして、私を手に入れようと……?」

「恐らくは、そういうことではないかと、僕は踏んでいる」


 その言葉に、ゾッとする。

 やっぱり殺すつもりだったんだ。


 そして遺体をどうにかして自領に運び、清骸として『使う』つもりだったのだろう。何せ、物言わぬ清骸の方が何かと好都合だ。けれど、私は生きていた。ただ、都合よく、『記憶の一部を失っている』という情報がどこからか漏れた。実際にどの記憶か、なんて関係ない。重要なのは、失われた部分がある、ということだ。名前でも、家族でも、昨日何を食べたか、程度でも良い。何かが欠けているのであれば、いたはずの恋人の記憶まで無くしていても不自然でない。それを証明出来るものなんてないのだ。


 だって、現に『何かしら』の記憶は失われているのだから。


 が、もちろん実際は何も失われていない。何せ、記憶喪失なんて私の――それについては目下猛省中の――でまかせなのである。幸いなことに、アレクという婚約者がいたお陰で、私に恋人などいるはずがない、ということも一応は信じてもらえた。でも、もしアレクがこんな性格じゃなかったら、私を信じてくれなかったら、どうなっていただろう。

 

 婚約こそなかったことになってしまったけれども、それでも、「じゃあただの幼馴染みだし、あとはご自由に」なんて言われていたら、私は、どうにか丸め込まれてこの三人のいずれかと無理やり恋人ということにされ、もしかしたら結婚まで駒を進められていたかもしれないし、逃げられない状況になってから事故を装って殺されるかもしれない。そう考えると、本当に恐ろしい。


 

 そう、それで、だ。

 はい、回想シーンは終わり。


「……仕方ない。許可しよう」


 そういうわけで。


 渋々。

 本当に渋々だけれども、『ある程度の接触』の許可が下りてしまったのである。ただしもちろん、私が嫌がれば離れてくれる、という話ではあるし、必ずアレクやメグが同席してくれるわけだけれど。でもいままで以上に距離が縮まるようだ。


 さすがにもう遺体でのお持ち帰りは諦めたと思いたいので、まさか再び襲ってくることはないだろうとは思うけれど、それでも油断は出来ない。

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