撲殺エンドを回避した石頭聖女ですが、記憶喪失の振りをしたら婚約を無かったことにされた上に三人の『自称恋人』が現れたんですけど!?

宇部 松清

第一章 聖女撲殺未遂事件

side:エリザ

第1話 頭カチ割られ男爵令嬢、目を覚ます

「幼馴染みだ、ただの」

「え」 


 小さい頃に読んでもらった絵本は、きれいなお姫様が素敵な王子様と結ばれて幸せになるところで終わってた。純白のドレスを着て、結婚式を挙げてて。物語はそこで終わっていたけれど、めでたしめでたしのその後も物語は続いている。二人は末永く幸せに暮らすのだ。そうに決まってる。


 そう思っていたのに。

 婚約者であるアレクは私を見下ろしてそう言った。ただの幼馴染みである、と。


「僕と君は、爵位こそ違えど、親同士が仲が良くて、幼い頃から交流があった」

「お、おさな、なじ、み?」


 あの絵本のように、私だって、婚約中の幼馴染みと結婚して、幸せになるのだと。信じて疑ってなかった。


 なのに。


「そうだ。もう十年ほどの付き合いになる、ただの幼馴染みだ」


 彼はなおも言うのだ、『ただの幼馴染み』だと。


 嘘でしょ、ちょっと記憶喪失の振りをしたってだけで、まさかこんな展開になるなんて!


 話は数時間前に遡る――




「エリザ!」


 目が覚めると、ぼんやりした視界に飛び込んで来たのは見慣れた顔である。


 エリザ。


 そうだ、それは私の名前だ。

 私の名前はエリザ・ストーン。しがない(なんて言ったらアカンのか)男爵令嬢である。

 それで、この、覆いかぶさるようにして私の顔を覗き込んでいる男は、アレクサンドル・クローバー。ここ、スート領を治めるクローバー伯爵の御子息で、私の婚約者だ。彼が、額に汗を浮かべている。


「えっと、私」


 何がどうなって私はいまこんな状態になっているんだっけ。頭がちくりと痛み、何だ何だと手をやってみれば、包帯が巻かれているようだ。は? 何これ。


「エリザ、君は何者かに襲われて、三日ほど目を覚まさなかったんだ」

「えぇっ!?」


 言われてみればそうだったかも。

 そうだ、確か、後ろから何かで殴られたんだ。だから、犯人の顔は見ていない。


「幸い、命に別状はないらしい。目を覚まして本当に良かった」


 ちなみに凶器はあそこの――、と後ろを見る。


 えっ、凶器もここにあるの? そういうのって然るべきところに提出したりするんじゃない? 


 そう思ったが、さすがに実際の凶器ではなかった。


「あの花瓶くらいの大きさの岩だ」


 と指差したのは、赤ん坊くらいの大きさの花瓶だ。成る程、サイズ感を伝えたかっただけらしい。


 よく生きてたな、私。

 いや、結構な大きさよ、その花瓶も。その大きさの岩って、確実に両手で持つやつじゃん。両手で持って、思いっきり振り下ろすやつじゃん。私を襲ったやつ、確実に殺す気で凶器選んでるじゃん。こんな包帯レベルで済んでるの奇跡すぎない?


「とりあえず、お医者様に君が目を覚ましたと伝えなくては」


 彼が立ち上がった瞬間、急に右手が、すぅ、と寒くなる。そこでやっといままで彼がずっと握っていてくれたらしいことに気が付いた。


 ふーん、あの、アレクがねぇ。

 

 そう思った。


 私の知っている『アレクサンドル・クローバー』という男は、一言でいうなら『表情筋が死んでる男』だ。喜怒哀楽をアルジーヌおば様のお腹の中に置いて来たんじゃないのかと思うくらい、子どもの頃から表情筋が全く仕事をしていなかった。動くのは眉間のしわくらいなものだ。


 私達は男爵家と伯爵家という立場の違いはあるけれど、実は家同士の仲が良い。広大なスート領を治めるクローバー伯爵、ランスロットおじ様はとても身体が弱く、いつもベッドの上にいる。そんなおじ様の唯一の楽しみがチェスで、父はチェス仲間なのである。


「他のやつらは僕の爵位を気にして手加減するけど、ストーン卿は全く手加減しない! それが良い! お陰で毎回ボコボコだ! 全く勝てる気がしない! あっはっは!」


 と父と会う度に毎回ご満悦なのである。父は良くも悪くも素直というか、「爵位は爵位! 勝負は勝負ですから! クローバー伯爵は毎回読みが浅すぎるんですよ! 僕の相手じゃないですね!」と本人にズバリ言ってしまう性格で、それが気に入られたようだ。


 ボコボコにされて喜んでるおじ様もどうかと思うけど、伯爵に対して読みが浅いとか言っちゃう男爵も相当ヤバいと思う。


 で、その場にはなぜか毎回私も同席させられた。その際に、おじ様のベッドの側でちょこんと座っていたのがアレクだった。ルールなんていまいちわからない退屈な時間の中、もういい加減つまらなくなって、「私、アレクサンドル様と遊びたい」と父に言ってみた。その時の私は、本当にアレクと遊びたかったわけではない。とにかくその場から逃げ出したかったのだ。何度目かのクローバー伯爵邸訪問時のことだ。確か七歳とか、それくらいだったと思う。


 すると、父とおじ様はにんまりと笑い、「そうかそうか。子どもにはつまらなかったよな」、「気が利かなくてすまなかったね、エリザ嬢。さ、アレク、エリザ嬢をエスコートして差し上げなさい」と言って、私達を解放してくれたのである。

 

 パタン、とドアが閉まり、私は、アレクに手を引かれて長い廊下を歩いた。どこに連れて行ってくれるのだろうと胸を躍らせていると、彼がまっすぐに向かった先は、ガラス張りの温室だった。中にはきれいな花がたくさんあった。ストーン家の庭にはないものばかりである。


「すごーい! きれーい!」

「これ全部、僕がお世話してる花」

「アレクサンドル様が? お一人で?」

「アレクで良い。『様』なんかいらない。普通にしゃべって良いよ」

「アレクが一人でお世話してるの?」

「そう」


 正直、話盛ってんな、と思った。

 父の話では、彼も私と同い年のはずだ。わずか七歳の子どもがこんなに広い温室を一人で世話出来るわけがない。


 ちょっとからかってやろう、と思った。

 私だって自宅にある庭にはよく出入りするし、庭師から聞いたりして、それなりの知識はある。負けるか、と。当時はその無表情もどや顔に見えて、なんともいけ好かないお坊っちゃんだと思ったのである。


 それで、色々と質問してみた。

 咲いている花のこと、使っている肥料、水やりのタイミングに、開花時期などなど。


 結果、完敗だった。

 むしろ、逆に質問されて、答えられないこともたくさんあった。チクショウ、情けない。


 と、大変悔しい思いをしたし、こんな底意地の悪い質問をした男爵令嬢なんて、アレクの方でもきっと、二度と遊んでやるかと思っただろう。


 が。


「アレク君がな、今日はすごく楽しかったって言ってたみたいだぞ」


 帰りの馬車で父からそう言われた。嘘でしょ。くすりとも笑わなかったけど?!

 

 その後も父はウキウキとクローバー伯爵邸を訪ね、私はアレクと遊んだ。遊んだといっても、また温室に行ったり、図書室や展望台、それから厨房に行っておやつをもらって食べたりとか、それくらいのことだ。父親はチェス狂(そして弱い)なのに、アレクはその手のゲームに興味はないらしかった。身体を動かす遊びもあまり好きではないのか、中庭で鬼ごっこをしようと提案した時には「せっかくのドレスが汚れてしまう」と言われたので、渋々諦めたりもして。一応相手は伯爵子息様だし。私が折れなくちゃね。折れない時もあったけど。


 面白い本を読んだ時も。

 望遠鏡で珍しいものを見た時も。

 ほっぺたが落ちるくらいの美味しいお菓子を食べた時も。


 アレクの表情は変わらなかった。

 眉がわずかに動くくらい。


 私は結構楽しかったんだけど、アレクはずっとつまらなそうに眉をしかめていた。何なのよ。嫌なら嫌って断れば良いじゃん。そりゃあお父様は、爵位なんて関係ないんだ、なんて言うけど、それはあくまでもチェスの時だけだ。普段はちゃんと線を引いてる。私とアレクは対等じゃない。私に意地悪をしたって、咎められる立場でもない。だから、無理に接待することなんてないのに。


 だけど、毎回父から言われるのだ。


「アレク君がエリザの今日のドレスを褒めていた」

「今日の髪型が特別可愛かったと言っていた」

「エリザと本の趣味が合うらしい」

「次はもっと遠くまで見える望遠鏡を用意しておくって張り切っていたぞ」

「エリザの好きなデザートを用意したいから、好みを教えて欲しいってさ」


 と。

 

 当時の私は大混乱した。

 どう考えてもあのアレクの言葉とは思えない。

 ハハーンさては、お父様とおじ様が勝手に言ってるだけね? と。たぶんあの様子じゃ結婚相手が見つからないと思ったのだろう。私がアレクと結婚すれば伯爵家との繋がりが持てるし、おじ様としても、伯爵家の一人息子に嫁が来ない、なんて恥ずかしい思いをしなくて済む。オッケーオッケーそういうことね。大丈夫、私だって貴族の娘として生まれたんですもの、ある程度の覚悟は出来てるから。


 そんなことを考えていたある日のことだ。


「お前とアレク君の婚約が決まったよ」


 父からそう告げられた。十歳の時のことだ。

 

 内心、「ほーらね」だった。わかってるわかってる。あーぁ、これで私も伯爵夫人ってやつになるのかぁ。なんて。親に決められた結婚だけど、それでもそこまで悪い気はしなかった。


 別にアレクのことが嫌だとは思わなかったからだ。

 表情は全く変わらないし、気の利いたことも全然言ってくれないけど、ただ、プレゼントのセンスは抜群だったし(まぁでもたぶん誰かの入れ知恵だろうけど)、紳士的で優しかったから。嫌じゃない。むしろ、好きかも。うん、好きかも。だからまぁ、退屈はするかもだけど、きっと悪い結婚生活にはならないはず。


 そう思ってた。

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撲殺エンドを回避した石頭聖女ですが、記憶喪失の振りをしたら婚約を無かったことにされた上に三人の『自称恋人』が現れたんですけど!? 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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