第2話 堅牢の石の聖女と、賢者の石の聖女
年頃になると、さすがに訪問の回数は減った。
いやいや、ここは逆に増えるところなんじゃないの? と思ったけど、一応は、正式に婚姻関係を結ぶ前に『何か』があってはいけない、ということらしい。
つまりは、
「婚前交渉、ダメ、絶対!」
ってやつである。
まぁ、そういうものなのかな、と思った。
それで、私達は文通をすることになったのである。ちょっとした贈り物を添えたり添えなかったりして。私は所詮しがない男爵令嬢だから、贈り物のランクだって伯爵家のそれには到底及ばない。だったらもういっそ、手作りでどうだ! と開き直って、刺繡入りのハンカチやタイを贈ることにした。手先は案外器用なのよ、これでも。アレクのイニシャルをクローバーで飾り付けて凝った感じにしてやったわ。ふふん、どうだ!
すると、その度にアレクからは、「これほんとにアンタが書いてる?!」と疑ってしまうような返事が届くのだ。
(こんなこと言っちゃ悪いけど)あの仏頂面が? って疑いたくなるほどの、お手本のような美しい字で、
(こんなこと言っちゃ悪いけど)あの仏頂面が? って疑いたくなるほどの、どこぞの詩集から抜粋したのかと思うような愛の言葉が綴られ、
(こんなこと言っちゃ悪いけど)あの仏頂面が? って疑いたくなるほどの、センスの塊のような、当時の流行を押さえたプレゼントが届くのである。
こりゃあ、絶対に有能なブレーンとゴーストライターがいるな。大方、執事のルーベルトさん辺りだろうな。
そう確信を持った瞬間だった。
けれど、仮にそうだとしても、ルーベルトさんが勝手に暴走するわけはないだろうし、多少の口添えはあるはずだ。そう考えると、胸をときめかせるような言葉達や、流行だけではなく、私の瞳や髪の色に合わせたアクセサリーの中にも彼の『心』を感じられる気がして、ちょっと――いや、すごく嬉しかったりして。
たまに会う時には、贈られたアクセサリーを身に着けるようにしたし、ドレスもそれに合わせた。けれど、彼は面と向かっては絶対に褒めてくれないのだ。前回会った時と変わらぬ、無表情である。たった一言で良いのに。可愛い、とまでは言えなくても、「似合う」、そのただ一言だけで良いのに。その言葉は後から送られてくる手紙の中にだけあった。
私の方では、もうすっかりアレクのことが好きになっていた。
確かに、親同士が勝手に決めた結婚だし、彼はいつもつまらなそうに眉をしかめるだけだけど、立ち居振る舞いは紳士だし、ほんの数パーセントでも、彼の気持ちが反映されているかもしれない手紙や贈り物で、私は彼に好意を抱くようになっていたのだ。我ながらちょろいとは思うが、でもどうせ結婚するなら、相手を好きになった方が絶対に良い。
私達の結婚は十七歳になったら、と決まっていた。
それが、今年のことだった。
アレクの誕生日がある十二月、式を挙げるつもりだったのだ。
九月になったら私の家から家具や花嫁道具を運び入れ、準備を始めるつもりだった。さすがに部屋は別だが、私もこの屋敷に住むことになっていた。
いまはその九月。
家財道具は荷馬車に乗せられてこちらに向かっているところだ。私と侍女のリエッタだけが先に来たのである。どうせこれまでも泊まったことはあるのだし、家具がなくとも特に困らない。というわけで、せっかくだから何か手土産でもと思い、馴染みの菓子屋に顔を出したのだ。
男爵令嬢がその辺を一人でぶらぶらして良いのか、と思ったかもしれないが、私にはもう一つの顔がある。
私は、聖女なのだ。
といっても、中級だからそう大したことは出来ないんだけど。
貴族の令嬢は十六を迎えると洗礼を受けて『聖女』の称号を得ることが決まっている。何らかの特別な力のある『聖女』ではなく、単なる肩書的なやつだ。要は、お金を積んで、「こちらの御令嬢は神のご加護を受けた、汚れなき乙女でござい」というお墨付きをいただく、というわけである。そうすることで、実際は既に『乙女』じゃなくても有耶無耶に出来――ゴホンゴホン、そういうのはあまり大っぴらには言えないけど。
だけど、稀にあるらしい。
洗礼の際に、「あれ? なんかおかしいぞ?」となることが。
なんか形式的に『聖女』の称号を授けようと思ったけど、これ、ガチの『聖女』じゃない? っていうやつが。
こうなると、貴族だろうが何だろうが関係がない。本物の聖女と認められてしまえば、その力に応じた奉仕活動をしなくてはならないのだ。また、貴重な加護を持つ聖女を輩出した家は、さらに上の爵位や領地を与えられたりもするのだとか。
というわけで、お金さえ積めば誰でもなれる、肩書だけの初級聖女(※奉仕活動免除)じゃない中級聖女の私は、正式に加護を与えられ、領内の奉仕活動をしなくてはならないのである。とはいえ、自領のみで良い。何せ他にも中級聖女はいる。自分に縁のある領で活動すれば良いのである。だから、婚約者のよしみでクローバー伯爵領も回っているけど。スート北部にあるスペード男爵領の聖女は騎士団の雪山訓練に帯同しての支援なんかもあるらしくて、命を落とす人もいるんだとか。怖っ。良かった、ウチとクローバー領が温暖な気候で。
司祭様の話によれば、上級聖女の中には小規模の災害の予知が出来たり、さらに上の大聖女ともなると火山の噴火を止められたりもするらしい。とはいえ、ここまで来るとおとぎ話というか、伝説のような話だ。聞いた話によれば大聖女レベルになるともうほぼほぼ『魔女』のようなものなんだとか。永遠に年を取らないだのなんだの。本当かしら。
さて、私が授かった加護は『石』だった。
これはもちろん自分で選べるものではない。おお神よ、聖女エリザにご加護をぉ――、と司祭様がお祈りしたら、なんかこう、ピシャーン! って降りて来るのだ。こればかりは体験した人にしかわからないだろう。いや、ほんとね、ほんと、ピシャーン! って感じだから。で、それが『石』だったと。いや、『石』って。何? ストーン家だから? そういうこと?
正直、石の加護なんてもらったところで、と思ったけど、そういえばこの辺の建物は石造りの物が多いのである。ちょうど良いじゃん! ということで、領内の家々や店、その他の石造りの建物を回り、百年、二百年先も崩れずに堅牢でありますようにと祈ることにした。とはいえ、何度も言うが、私の力は所詮中級。百年も二百年も持つわけがない。持ってもせいぜい十年ってところだろう。だから、こまめに祈って回るのだ。はいどうも、また来ましたよ、って。
こんなので本当に大丈夫? と半信半疑だったけど、ちょうど一年かけて該当地区を回り切った時、クローバー伯爵領東部で大きめの地震が発生した。私の祈りが効いたか、家屋の倒壊被害は0だった。まぁ、普通に転倒しての怪我人なんかはいたけれど。おお、ちゃんと効いてるのね、なんて有頂天になったりして。
それで、ついた二つ名が『堅牢の石の聖女』だ。
うっわ、二つ名とかもらえちゃうんだ。上級聖女みたいでカッコいい! と浮かれきっていたわけだが、どうやらこれが良くなかったらしいとわかるのは、その『クローバー領東部大地震』から数ヶ月後のことである。
「こちらに『賢者の石の聖女』がいるとお聞きしたが?!」
「『賢者の石の聖女』はまだ未婚であるか? ぜひ嫁にもらい受けたい」
そんな声が。
続々と。
何がどうなったのか、『堅牢の石の聖女』は『賢者の石の聖女』として、広く知れ渡ってしまったのである。確かに石繋がりではあるけど、いや、『けん』と『の』と『石』しかあってなくない? と思ったが、逆に言えば、『ろう』と『じゃ』しか違わないのか。じゃあむしろ近いのか? いやいや。ていうかそれもそうだけど、私が既にアレクと婚約を結んでいるってことももっと広まっててほしかったかな?!
賢者の石といえば、金属を純金に変えるだの、飲んだものの寿命を延ばす命の水を生み出すだのと言われている、実際にあるかどうかもわからない伝説の石だ。どう考えても中級聖女の私に備わるとは思えない力である。スキルアップしたら石繋がりでどうにかなるのかしら? ここから化けたり? いや、化けない化けない。そんな話聞いたことない!
必死に訂正しながら、断り続けること数ヶ月。
色々疲れ果てて迎えたこの九月。
眉間部以外の表情筋が死んでいる愛する婚約者と会って、美味しいお菓子でもつまめば多少の疲れも回復するのでは、などと考えて飛び込んだ馴染みの菓子屋である。そこでいくつか買って、るんるんで馬車に向かって歩いていたその一瞬の出来事だった。いつ来ても平和なところである。顔馴染みも多いし、スリだのひったくりなんて聞いたこともない。だから、いつも買い物は一人だった。もちろん、その日も。馬車内には侍女のリエッタもいたけれど、長時間の移動で彼女も疲れていたし、少しの間でも休ませてあげたくて。
運の悪いことに、大きなお祭りが近く、スート中からそれに参加するためにいろんな旅芸人、楽団が来ていたし、それから珍しい料理の屋台もたくさん出ていた。それで、メイン会場である一本向こうの大通りで大道芸が始まり、そっちに人が集中してしまって、そこを歩く人はいなかったのだ。菓子屋の店主も「アイツらが芸をやめるまで商売にならないと思ってたんですよ」なんて言って笑ってた。だから、私が買いに来てくれて助かりましたよ、なんて。ちなみにそのお祭りで正式に婚約の発表というか、何なら結婚の報告をする予定でもあった。
で。
その、遠くから楽団の演奏が聞こえたりもする、騒がしいけれども人通りのない通りで私は後ろから頭をカチ割られたらしい。目撃者は、いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます