第24話 石の加護は一歩間違えば殺人になる
「まぁ、その、一応あなた方の言い分はわかりました。わかりましたけど」
口汚く罵り合う三人に向かってそう言うと、彼らは言い争いをやめてこちらを見た。
「ですけど、怪しいと思う気持ちに変わりはありません」
「そんな。エリザ、この二人はともかく、私は潔白です。信じてください、マイスウィート」
「あっ、卑怯ですよデビッド卿! ボクだって潔白だもん!」
「待て待て待て! それならもちろん俺様だって!」
「はっ、僧侶達を変装させてこそこそ小金を稼ぐような小さい男が何を仰います」
「だよねぇ。あーやだやだ。それでいてボクらのことグルだとかなんとか吹き込んでさぁ。ほーんとやることが汚いんですよぉ」
「なっ、何だと! 言わせておけば貴様ら!」
ざっとその場に片膝をついて私を見上げ手を伸ばすデビッド卿に、二人が待ったをかける。そのまま二人でデビッド卿を追い詰める形になるかと思いきや、気付けばシャルル卿対デビッド・ユリウス卿の構図になっていた。が、そこへ「シャ――ルゥァ――――ップ!」とリエッタが叫ぶ。すごい巻き舌だ。長い付き合いだけど、この子のこんな巻き舌、初めて聞いたわ。
「黙って聞いていれば、さっきから何なんですかっ! ご自分達の主張ばかりでお嬢様の言葉に耳を傾けようともしないでっ! それで恋人ですって? 冗談じゃありませんっ! そんな方とお付き合いをしたとしても、お嬢様が幸せになるとは思えませんっ!」
「リエッタ、落ち着いて」
「落ち着いてなどいられませんっ! お嬢様には何としても幸せになっていただきたいんですっ!」
真っ赤な顔に、血走った目。肩をいからせ、フーッ、フーッと鼻息荒く憤る様は、まるで興奮した闘牛だ。
が、そんなリエッタに怯むような彼らではなかった。
「侍女の分際で俺様に意見するとは何事か! 身の程を知れ!」
「全くですよ。使用人風情がよくもまぁ。ストーン家ではどのような教育をしているのですか」
「こーんな礼儀知らずの侍女がいたらストーン家の品位も落ちちゃうんじゃない? クビにした方が良くなーい?」
おうおうおう、こういう時はしっかり貴族ムーブするのね。さっきまで品位の欠片もないような言い争いをしていたくせに。
こういうのを見てしまうと、本当に。
本当にアレクは素敵な男性だったと思う。
思慮深いし、所作の一つ一つが洗練されてて優雅だった。それに、使用人達を大切にしているし、彼らの声にもきちんと耳を傾けていた。そういうところも含めて、私は彼を高く評価していたし、好意を抱いていたのだ。表情が変わらないのがなんぼのもんじゃい。それを補って余りあるほどの人間性が彼にはあるのだ。
彼以上の人が果たしているだろうか。
少なくとも、この三人は束になったって敵わないだろう。
「リエッタは私のために声を上げてくれたのです。少なくとも、ストーン家では、特に問題のあることではありません。私は、主のために声を上げてくれたリエッタの勇気を誇りに思います。クビなんてあり得ませんわ」
ぴしゃりとそう言い放つと、彼らは悔しそうに声を詰まらせた。
「そういうあなた方こそ、使用人に対して、どのような教育をしてらっしゃるのですか? 例え明らかに主に非があっても、進言することすら許されないと? 自分よりも身分の低い者達の声に耳を貸さずして、領主なんて務まるのですか? 現当主であるお父上様方はその辺のご理解のある方々だと信じておりますが、その御子息達がこれでは、領の行く末が心配ですわね」
いよいよ我慢が出来なくて、そう言ってやった。私の侍女を馬鹿にするのも大概になさい、と。
「こ、この俺様を愚弄するか! 女の癖に! 聖女だからといってお高くとまりやがって」
「そうですよ、所詮あなたは嫁ぐ身です。未来の夫である私に意見するなど。いくら聖女とて許せませんね」
「多少のわがままは可愛いけどさぁ、そこまで口出して来るのはさすがにどうかなぁ。聖女っていってもか弱い女性なんだし、多少は大人しくしてもらわないと」
まずい、と思ったのは、予想以上に彼らが激昂したことである。いや待って。嫁がないから。
「こっちが下手に出れば調子に乗りやがって」
「妻の躾は夫の役目ですよね」
「ちゃーんと身体でわからせてあげないとだよねっ」
人通りこそ多くはないけれど、さすがに通行人が0というわけではない。ないけれども、明らかに貴族子息とわかる身なりをしている三人を止められる者などいない。つまりは、見て見ぬふり、というやつだ。待って。勝手に妻にしないで。
じりじりと彼らが迫ってくる。ゆっくりと後退するも、後ろは壁だ。走って逃げる? 自慢じゃないが、私の足は遅い。かといって、何もしなかったら、何をされるかわからない。どうにかして抵抗しなくちゃ。
そうだ、私は聖女なのよ。神様からのご加護があるの。それでどうにかならない? 例えば、この拳が石になるとか! それで殴れば――、
いや、ストップ過剰防衛!
死んじゃう!
死んじゃうでしょ!
石で殴ったら死んじゃう!
さすがに撲殺は駄目でしょ!
撲殺されかけたからって逆に撲殺していいかって言われたら違うでしょ! この人達の誰が犯人かもわからないのに!
あぁでもだからってノーガードはまずい……。いや、私は花瓶サイズの岩で殴られてもほぼ無傷だったのだ。少なくとも、頭についてはガッチガチに硬いことは立証済みである。つまり、全て頭で受ければ――!
いや、リエッタもいる!
リエッタは石頭じゃない!
何としてもリエッタは守らないと!
そう思い、彼女を背に庇う。
が。
「お嬢様に手出しはさせません!」
リエッタが、私の前に出た。怖いはずだ。全身ががくがくと震えている。
「どきなさいリエッタ。私なら大丈夫だから」
「そうは参りません! 私の大切なお嬢様です! この命に代えても!」
「代えないで! 大事にして、あなたの命!」
どうして私の周りの女性陣は私のために身を捧げようとするの?! お願いだからもっと大事にして! ほんとに! 最悪私は石の加護があるんだから!
私が、いいえ私が、とその場でぐるぐる回りながら、どちらが前になるかでもめていると、
「俺様達を無視するな!」
「侍女は引っ込んでなさい!」
「面倒だからいっそ二人まとめてやっちゃう?」
しびれを切らした様子の三人が、苛立ったように声を荒らげた。筋骨隆々のシャルル卿はシンプルに殴打するつもりのようで、拳を固く握り締め、すらりと痩せ型のデビッド卿はいつも持ち歩いているらしい長鞭をこちらに見せつけるようにしてペチペチと鳴らしている。一番小柄なユリウス卿にいたっては、どこからどう見ても怪しさしかない薬品の瓶をちゃぷちゃぷと振っている。
ヤバいヤバいヤバい。
シャルル卿とデビッド卿はまぁ最悪何とかなるかもだけど、あの謎の薬は何?! そんなのもう石の加護があったところでどうにもならないからね?!
「お、お嬢様」
「大丈夫よリエッタ。あなただけでも逃げて。そして助けを呼ぶの。出来るわね?」
小声でそう囁き、背中を強く押す。
が。
ぶるる、と馬のいななきが聞こえ、走り出したリエッタの前に立ちはだかった。
こんな時に何よ! と抗議しようと視線を逸らしたその一瞬の隙を突かれて、髪を引っ張られる。頭皮ごと剥がれてしまうのではと思うほどの強い力で。この馬鹿力はきっとシャルル卿だ。
「痛っ」
アルジーヌおばさまのような、さらさらのストレートではないけれど、それでも、アレクが贈ってくれた髪留めが似合うようにと毎日せっせと手入れをしている自慢の髪だ。アンタなんかが気安く触れて良いものじゃないのよ!
離しなさい!
振り返り、そう叫ぼうとした時だった。
「ぐわぁ!」
野太い悲鳴と共に、ふっと頭が軽くなる。手が離れたのだと気付いて、慌てて乱れた髪をひとまとめにして胸の前で抱く。もう一本たりとも触らせてたまるもんですか。
それよりも何事?! とそちらに目をやると、視界が一瞬暗くなった。
私の視界を遮ったものが、ふわりと風になびいた深緑色のマントだということに気付いて、驚きで短く息が漏れた。
「遅くなってすまない」
黒曜石の瞳がこちらをちらりと一瞥する。労わるように少しそれを緩めた後で、彼は再び視線を戻した。どんな時でも無表情を貫き通す鉄仮面伯爵――アレクサンドル・クローバーがそこにいた。
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