第四章 聖女撲殺未遂事件の真相
side:エリザ
第23話 途端に馴れ馴れしい三人と醜い争い
「さぁ、エリザ。まずは何か美味しいものでも食べに行こうじゃないか」
「安心してくださいエリザ。もちろん、侍女殿も一緒にですよ、マイスウィート」
「ほんとはエリザにはダイヤ領自慢の海鮮料理を振舞いたいところなんだけど、今回は仕方ないかぁ」
とはいえ、触れてはこない。どう考えても、誰か一人が動けば争いが勃発するのは目に見えているからだろう。前後左右から引っ張られて(うち一人はリエッタだ)、私の身体が四つに裂ける可能性がある。
先頭をシャルル卿、少し離れて両脇をデビッド卿とユリウス卿に固められ、教会を出た。乗合馬車の利用客の大半が庶民であるため、教会には食堂も併設されているが、さすがに貴族が入るようなところではない。だから、それなりのところに行くためには多少移動しなくてはならないのだ。それだって普通は大通り行きの馬車を利用するのだが。
運悪く、その馬車も見送ったばかりである。
ここで待つのもなんだし、と少し開けたところに出よう、ということになった。
「お、お嬢様ぁ……」
「大丈夫よリエッタ。もしもの時はあなただけでも逃げて」
「お嬢様一人を残して逃げられませんよ!」
こそこそとそんな話をしていると、デビット卿がくすくすと笑い出す。
「そんなに警戒されるのは心外ですね」
「そうだよぉ。ボクら別に君達のこと取って食ったりしないんだしさ。あっ、でも、エリザのことは最終的にボクがいただくことになるけどっ」
けらけらと笑いながら割り込んでくるユリウス卿を、シャルル卿がギッと睨む。
「貴様には渡さん! 儲けのことしか頭にない守銭奴めが! どうせエリザを金儲けの道具にするつもりだろうが!」
あーらら、もうそういうの言っちゃうのね。
「えぇ~? それを言うならシャルル卿だって同じじゃないんですかぁ? 最近はナントカ教の大僧正とやらがデカい顔してて気に入らないって話だって聞きますけどぉ?」
「醜い……! 全く醜い……! エリザ、見ましたか? あの二人の醜い争いを。片や、君を金儲けの道具として見、片や君を権力争いの武器にしようとしているのです」
君は道具でも武器でもないのに、と言いながら、私に向かってバチコーンとウィンクだ。えっと、あの、ノーサンキューです。
「ちょっとちょっと、何一人で紳士ぶってるんですかぁ? デビッド卿だって同じ穴の狢ですよねぇ?! 何でしたっけ? ご自慢のナントカ鉱山、もう全然鉱石が採掘されないとか?」
とにかくこのユリウス卿、何もかもが『ナントカ』だ。知識が浅い。まぁ、私も他領のことなんて詳しく知らないけど。
「俺様も聞いている。そろそろ財政が破綻しかけていると聞いたが」
「失敬な! そんなにギリギリではありませんよ!」
「まぁでも時間の問題って話ですよねぇ。そうなるとエリザの力が必要でしょうし? 必死にスマートな紳士ぶってるけど、内心ギラッギラなんだろうなぁ~」
醜い。
全く醜い争いである。
こんなやり取りを見れば、だ。
なんか、本当にこの人達が私を撲殺しようとしたのかな? って思えてくる。本当に殺す気でいるなら、もっとうまいこと言いくるめて二人きりに持ち込み、無理やり連れ去るとか、そんな手段に出るのではなかろうか。内情も全部バラされてるし。私、本当に、こんなドタバタ争う人達のいずれかに殺されかけたのかな? だとしたら絶対証拠とかもゴロゴロ残してそうだし、スルッと捕まりそうじゃない?
「俺様はな、知ってるんだぞ!」
「ハァ~? 何を知ってるんですかぁ~」
髪色と同じ、真っ赤な顔をして声を張り上げるシャルル卿に、明らかに小馬鹿にしたような顔を向けるユリウス卿である。
「貴様ら、グルだろう! エリザが襲われた時、大通りで騒いでいたのは貴様らの領の楽団と屋台だった!」
ふふん、と鼻息荒くそう指摘すると、二人は一瞬顔をしかめたが、「それを言うなら!」とデビッド卿が一歩前に進み出た。
「ハート領からも来ていましたよね? あの旅芸人、芸人に扮した僧侶では?!」
「えっ、そうなの?! ちょっと、シャルル卿!?」
何よ、アンタの領からも来てたんじゃないの! よくもいけしゃあしゃあと! 自分だけは無関係です、みたいな顔して!
「もしかしてシャルル卿、エリザにボク達がグルだとか吹き込んでない!? やることが
「それに我が楽団は正々堂々と『スペード楽団』を名乗っておりました。隠してなどおりません!」
「そうですよぉ! ボクの屋台だって、幟にしっかりとダイヤ領の印を描きましたしぃ、むしろ海鮮といえばウチの領だしぃ! 品質保証マークなんだからっ、前面に出してましたからっ!」
ちょっと待って。
そう考えたらなんかハート領が一番コソコソしてて卑怯じゃない!? 自分だけ潔白です! みたいな顔しちゃって!
「――つまり、あの日大通りを盛り上げてくださっていたのは、御三方の領の方々だった、というわけですね」
そうまとめると、デビッド卿とユリウス卿は堂々と、そしてシャルル卿は少々気まずそうに「そうです」と答えた。
「それで、あの騒がしさに紛れて、私を撲殺しようとしたというわけですね」
さらにそう続けると、今度は三人息をぴったりと合わせて「俺様じゃない!」「私ではありません!」「ボクじゃないよ!」と声を上げた。顔の前でパタパタと手を振る仕草までシンクロしている。仲良し兄弟か?
「信じてくれエリザ! 確かにあの芸人はウチの僧侶だ。だけど、別に隠していたわけではないんだ。だって僧侶が僧侶の恰好で芸をしたってウケないんだ! だからとっつきやすいように旅芸人の恰好をさせていただけで! そしたらもうどっかんどっかんウケたものだから! 俺様はマネージャーとして、あの場でやつらのネタをチェックしてた!」
「エリザ、心外です。我がスペード領はあなたもご存知の通り、雪深い冬の領。それだけに室内楽が盛んなのです。それが、温暖なクローバー領で、屋外で演奏が出来るのです。いつもより張り切ってしまうのも無理からぬ話でして。私の指揮もいつもよりついつい激しくなってしまいましたし」
「あのねぇ、エリザ。いくら味が良くたって、それだけじゃあお客さんって来てくれないんだよ。どうしようかな? って迷ってる人の背中を押すために必要なのは、やっぱり呼び込みなの。それも明るく元気よくね。これ商売の基本だから。あの時は芸人や楽団がうるさかったからさ、そりゃあ声もいつもより張るよね。もうボクもあの日は喉がカッスカスになっちゃって参ったよぉ」
つまり。
シャルル卿は芸人達のマネージャーとして彼らのネタを至近距離で見ていたし、デビッド卿は楽団の指揮を振っていた。ユリウス卿は色んな屋台を行ったり来たりしながらひたすら呼び込みをしていた、と。それが本当なら、きっと調べればすぐにわかるはずだ。ていうか、アレクもそれくらいのことは既に調べてそうではある。
まぁでも、そんなに距離が離れているわけでもないんだし、移動だって不可能じゃないものね。
むしろ、いまのだって推理小説でよく見るやつだ。いわゆる「自分にはアリバイがあります!」というやつである。そして大抵の場合、確かにアリバイはアリバイなのだけれど、どこかに必ず穴があるのだ。つまり、彼らの話をまるっと信じるのは危険、ということである。本好きを舐めるな。その手の推理小説だって何冊読んだやら。
そうは思うものの、この三人に、そこまでの賢さがあるようにも思えないのである。
シャルル卿はその暑苦しいマネージメント力で芸人(というか僧侶)達を叱咤激励してそうだし、デビッド卿はそのうざったい長髪をファサファサしながら指揮を振ってそうだし、ユリウス卿はちょこまかしながら呼び込みをしてそうなのだ。
でも彼ら以外に怪しい人間もいない。
だって小説だと、これまでの登場人物の中に犯人がいるものなのだ。物語終盤になっていきなり初登場の犯人が出て来たらブーイングものである。現実だったら、ノーマークの一般人が実は犯人でした、なんてこともザラにあるだろうけど。いや、そう考えると、そのパターンもあるってこと? だってこれ、小説の中のお話じゃないわけだしね? 現実! 現実だから!
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