第25話 一件落着(?)と再びのプロポーズ

「シャルル卿、覚えているか」


 隠しきれていない怒りを全身にまとわせながら、冷えた声でゆっくりとシャルル卿に問い掛ける。彼は血のにじむ右手を押さえて呻きながら「何が」と絞り出すように言った。彼の足元に血のついた石が落ちている。どうやらあれを投げつけたらしい。


「僕はエリザに指一本でも触れたら、その腕ごと斬り落とすと言ったはずだ。どうやらその覚悟が決まったと見える」

「そ、それは」

「しかも、触れるなんて生易しいものではなかったな。こともあろうに、彼女の髪を乱暴に掴んだ。死罪だ。その命で償え」

「お、お待ちください伯爵。さすがにそれは問題があるのでは? まだここは御父上の領であって、伯爵にその権利は」

「問題ない。貴君はここで通り魔に遭い、抵抗むなしく惨殺された。目撃者はいない」

「い、いない!? 何を仰います、その辺に――」


 と、シャルル卿が辺りを見回すが、まばらにいた通行人達はサッと視線を逸らすか、慌てて建物の中に入ってしまった。


「生憎、僕は『良い領主』なのでな。この僕が『目撃者はいない』と言えばそうなる。目撃者など、いない」


 とんでもない暴君――!

 いや、アレク、この場合の『良い領主』ってどういう意味?! なんかどっちにも取れるんですけど!?


 でもまぁ、普段の彼の姿を見れば、本当の意味での『良い領主』なんだとは思うけど、なんだろ、やってることが悪役でしかない……!


「そんな! 貴様ら、何をぼさっと見ているんだ! 貴様らだって同罪だろう!」


 シャルル卿は自分一人が罰を受けるのが悔しいのだろう、残りの二名も道連れにしようと声を張り上げる。


「えぇ? 私はエリザ嬢に何もしてませんよ」

「そうそう、ボクらはエリザ嬢を傷つけたりしてませんしぃ」


 こ、こいつら――!!


 ちゃっかり『エリザ嬢』呼びに戻し、媚びた視線を向けて来る。そのねっとりした目が気持ち悪い。


「心配せずとも貴君らもきっちり同罪だ。、僕の許可なしにエリザに接近し、彼女とその侍女を怯えさせた罪があるからな。もちろん重罪だ」


 え?

 いま何て言った?


 撲殺未遂事件の容疑は晴れたですって?


 つまり、犯人が見つかったってこと?


 リエッタと顔を突き合わせて混乱していると、アレクは私達のその様子に気付いたようで、ちらりとこちらに視線を向け「犯人――という言葉は適切ではないが、まぁとにかく、自首してきた。解決、ではある」とだけ言う。


 自首!?

 なのに『犯人』でもないわけ?


 アレクはこれで説明した気になっているようだけど、謎はますます深まるばかりである。


 ていうか、その展開はないんじゃない?

 これが推理小説なら読者は黙ってないわよ! 誰よ、犯人! いや、犯人でもないらしいけど、って紛らわしいっ! もう一旦便宜上『犯人』って呼んで良いよね?!


 沙汰を言い渡し、何となく一件落着ムードである。とはいえ、デビッド卿とユリウス卿は真っ青な顔をしていたし、シャルル卿に至っては青を通り越して真っ白になってたけど。だって死罪だもの。


 ――待って。さすがに死罪はやりすぎ!

 私だって嫌だよ! 髪を引っ張られたのは痛かったし、腹も立ったけど、それで死罪なんて! 罪悪感でこっちが死ぬ! なんかこう……謹慎とかそういうので良いって!


「言い残すことがあるなら聞こう」


 と聞くだけ聞いたら首を刎ねる気満々のアレクである。何せもうしっかり剣を構えているのだ。


「待って! さすがにそこまでしなくて良いから!」


 そう叫んで彼の背中にしがみつく。


「え、エリザ!? エリザから僕に!? 駄目だ、危ないから離れて。返り血で汚れてしまうから離れるんだ」

「だから! その血が飛びそうなことをやめてって言ってるの!」

「だってこの男は君の髪を」

「良いの! 私が良いって言ってるんだから! 早く剣を納めて!」

「君がそう言うなら」


 渋々剣を納めるアレクの姿を見てホッとする。例え目撃者がいなくても(厳密には絶対いるけど)、さすがにこれは駄目だ。


「なんかよくわからないうちに事件が解決したっぽいけど、とりあえず、三人にこれだけは言わせて」


 アレクにそう断って、一歩前に出る。リエッタが「お嬢様、危険です!」と止めたけど、さすがにこの三人がこの期に及んで私に何か出来るとは思えない。ただ、何か(恐らく減刑あたり)を期待しているのか、聖母を崇めるかのような視線が気持ち悪い。


「誤解してるみたいだけど、私は『賢者の石の聖女』なんかじゃないの。どれだけ訂正しても、この手の噂って根強いみたいね。だから、教えてあげる」


 そう告げると、三人は揃って目を丸くした。無理もない。だってそもそもが私のことを『賢者の石の聖女』だと思い込んでいたからこその騒動なのである。


「私は! 『堅牢の石の聖女』! だ! 身を持って知りなさい!」


 ぐっ、と拳を握り締め、神様、お願いします、ほどほどのやつで! と祈りながら、三人の額に一発ずつ頭突きをかましてやった。拳を握り締めたんならそのまま拳骨で良かったのではとも一瞬よぎったが、だって私が硬いのは頭だけかもしれないし。


「ぐわぁっ!」

「ぎゃっ!」

だぁっ!」


 そんな叫び声を上げ、三人はその場にうずくまった。良かった、この程度の反応ってことは頭蓋骨陥没とかそんなことにはなってなさそうね。いくら頭は硬くても、女の力じゃこんなものか。ただ、大の男が痛い痛いとヒイヒイ泣いているところを見るに、もしかしたら、ヒビくらいは入っているかもしれないけど。


 とにもかくにも、遅れて到着したエリザ騎士団に縄をかけられ、三人の男爵子息達は連れていかれた。これにて今度こそ一件落着だろう。撲殺未遂事件の犯人については謎のままだけど。


 はー、すっきりした。


 そう思って、晴れやかな顔で振り返る。

 

 と。


「え?」


 泣きそうな顔をしているリエッタと、眉間にしわを寄せたまま、やっぱりそれ以外の表情筋は全く動かぬアレクが、こちらを見てふるふると震えている。


「えっ、どうしたの、二人とも。――あっ、もしかして、私の頭を心配してくれたってこと? 大丈夫よ、何せ私は花瓶サイズの岩で殴られても無事――」


 言い終わらぬうちに、抱き締められた。

 誰にって? もちろんアレクにだ。視界の隅でリエッタもそうしようとしていたらしく、両手を広げているのが見えたが、アレクに負けたらしい。ものすごい顔でチッと舌打ちをしている。こーらっ。


「ちょ、何よアレク」

「なんてことをするんだ君は」

「なんてこと、って。頭突きだけど。だから私は『堅牢の――」

「そうじゃなくて!」

「えっ、じゃあ何?」

 

 レディが頭突きなんてはしたないとか、そういうことじゃないの?


「僕以外の男とあんなに近い距離で……! キスするのかと思った」


 いや、あの状況でしないでしょ! どんな痴女よ私! ていうか相手は選びます! と突っ込みたかったけれど、私を抱き締めるアレクの腕が震えていて、そんな無粋な指摘をするのはやめた。


 でも。


「……私が誰とキスしようが、あなたには関係ないでしょ」


 関係ないのだ。

 だって私達はただの――じゃなかった、『大切な』幼馴染みだ。こないだのアレクからのキスだって間違いだったのだ。


「関係ある」

 

 ないでしょ、と言い返そうとしたのに、それは叶わなかった。温かく柔らかいもので、唇を塞がれていたからだ。リエッタの叫び声が聞こえる。どすどすとアレクの背中を叩いて、「また! またしても! お嬢様になんてことなさるんですか! ええい破廉恥! 破廉恥伯爵!」と泣いているのも聞こえるし、どすどすという衝撃も彼の身体越しに伝わって来る。落ち着いて、リエッタ。


 リエッタの攻撃など全く効いていないらしいアレクは、やっぱり何の表情も変えないまま、「関係あるんだ、エリザ」と言った。


「僕が間違ってた。君を諦めるなんて無理だった」

「へ?」

「君が好きだ、エリザ。信じられないかもしれないけど、本当は僕達は婚約していたんだ」

「え、と。あの」

「だけど、君は僕のことだけを忘れてしまったから、忘れてしまいたいような男が婚約者だなんて嫌だろうと思って、それで、白紙にした。本当に馬鹿なことをした」

「アレク、あの」

「昨夜のキスは、順番を間違えたって意味なんだ。本当はきちんと気持ちを伝えてから、したかった」

「そ、そうだったの……?」

「君がもしチャンスをくれるなら、君を公然と愛する権利が欲しい」


 その黒曜石の瞳はまっすぐ私に向けられており、微かにも揺れたりはしない。


「昔からずっと、初めて出会った時からずっと、君のことが好きなんだ」


 リエッタに話していた言葉を思い出す。


『僕は君の婚約者だよ、って情熱的に手を取って、瞳を潤ませて、私のために汗をかいてほしかった』


 そう言ったのだ。

 私のために必死になってほしかったと。


「この先僕のことを思い出しても、君の記憶の中の僕は、無表情で、気も利かなくて、話もつまらない男のはずだ。すぐには変えられないかもしれないけど、努力するから」


 具体的には、と改善策を挙げようとする彼は、まさに私が望んでいた『彼』だ。表情にこそ表れていないが、声が震えている。こめかみにきらりと光るものがある。


 本日もばっちり仕事をしていないその頬に、ちゅ、と口づけた。


「そのままで良いの」

「え」

「そのままで十分よ、アレクは」

「だけど僕は無表情で」

「でも、だいたいわかるわ」

「気も利かないし」

「あなたは言葉じゃなくて行動で示してくれるでしょ?」

「話もつまらないし」

「私がその分たくさん話すから」

「でもエリザ」


 反論を一つ一つ封じて、とどめのように「私だってあなたのことが好き」と言うと、彼はまた強く私を抱き締めてくれた。

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