第26話 大聖女マグノリア・ジョーカー子爵
「色々聞きたいことがあるんだけど」
「何なりと」
馬に乗り、ぽくぽくとのんびり街を歩く。一悶着も二悶着もあったし、とんでもない回り道になったけど、なんやかんやで想いが通じ合った以上、もちろん帰るのはストーン家ではなく、クローバー家の屋敷だ。私はアレクと二人で、リエッタはというと、後から駆けつけたエリザ騎士団の団長であるメグの馬に乗っている。
先日と同じく横向きで座っているのだが、控えめにしがみついていた前回と違って、今回は彼の胸にもたれ、腰にしっかりと手を回している。やはり彼の心臓は力強く脈打っていて、あの時は「馬に乗っている時はいつもこう」だなんて言っていたけれど、いまならわかる。私に触れているからだ。
歩いているのはさっきと同じ通りなのに、さっきまでの殺伐とした空気はそこになかった。領主が刃を振り落とすのを目撃すまいと建物の中に身を隠していた住民達は再び往来へと戻り、何事もなかったかのように「あら、アレクサンドル様。エリザ様とデートですか?」なんてのんびりした声も飛び交ういつもの和やかな通りである。この切り替えが怖い。
「それで、私を撲殺しようとしたのは、結局誰なの? 犯人じゃないって話だけど、それも意味わかんないし。つまり、何? 殺す気はなかったとか、そういうこと?」
殺す気はなかったとしても、私じゃなかったら死んでたわけだし、無罪とはならないんじゃないかしら?
「違う」
「じゃあ、何?」
甘えるように少し頬をこすりつけ、ふわりと香るシダーウッドを堪能していると、彼の胸はさらにドッコドッコとお祭り騒ぎである。彼が私のことを好きなのはどうやら本当らしい。表情には表れなくても、さすがに
「あれは事故だったんだ」
「事故?」
順を追って話す、と断った上で、彼はポツポツと話し出した。私は、その穏やかな声に、ふんふんと耳を傾けつつ、こちらに向かって手を振る領民達に笑顔を返す。
アレクの話によれば、こうだ。
どうやらあの花瓶サイズの岩は、飛んできたものらしい。
あのサイズが飛ぶかァッ!
いや、どういうこと!?
話の腰を折ってまで思わずそう突っ込んでしまったが、私は悪くないと思う。黙ってられるわけがないでしょ、そんなの。
とにもかくにも、その『飛んできた』というのは受け止めねばならない事実らしい。「気持ちはわかるが、続きを話しても良いだろうか」と優しい声で言われれば「どうぞ」と返す他ない。
「エリザは、ジョーカー領を知っているか?」
「ジョーカー領、ってあれでしょ? あの、大きな火山のある領」
一応少し気を使って、『大きな火山のある領』と言ったけど、実際のところは『大きな火山しかない領』だ。
ジョーカー領というのは、誇張でも何でもなく、本当に火山しかない領なのである。あぁ、あと砂漠もあったわ。
「そうだ。そこの領主が聖女であることは?」
「ジョーカー子爵が女性らしいとは聞いていたから、だとすれば必然的にそうなんだろうなとは思っていたけど、その程度かしら」
土地面積そのものは広いが、何せその大半が火山だ。財源についても、その火山を利用した温泉だと聞いている。果たしてそこにどれだけの領民が暮らしているのかはわからないが、とにかく領主は女性らしい。それくらいしかわからない。温泉には惹かれるが、それだけのために行けるかというと、ちょっと無理。遠いし。
「しかも、国内に数人もいない、大聖女だ」
「大聖女……。存在するとは聞いていたけど、てっきりおとぎ話とか伝説の類かと思ってたわ。だって、神様からの強い加護によって、年も取らずに百年も二百年も生きてるなんて」
どこまでが本当の話なのかはわからないけど、同じ聖女である私達に流れて来る話でさえこのレベルなのだ。実際に会ったという人の話も聞いたが、それすらも人づてに回って来た噂話で、「とにかくオーラが凄くて、近づけなかった」、「年齢はおいくつですか? なんて聞けるわけがない」とのことである。「ただ、恐ろしく若い人だった」らしく、実際にお若い方なのかもしれないけど、それがさらに信憑性を増す要因となる。
「さすがに女性に年齢を尋ねることは出来ないが、お若く見えるのは確かだし、ただまぁ――……確実に百歳は超えているだろうな」
「えっ」
「だが、外見は、少女のような方だ」
「その話しぶりからして、お会いしたことがあるの?」
「ある、というか――」
そこで少しためらう素振りを見せてから、
「いま屋敷にいる」
と言った。
「い、る? ジョーカー子爵――っていうか、大聖女様が!?」
「そうだ。今回のエリザの撲殺未遂事件――正しくは『噴石直撃事件』に関わっているからな」
「噴石直撃事件……。噴石って火山の、よね……? 火山の領の大聖女……火山……?」
教会で加護を受けた時に司祭様から聞いた話を思い出す。
『上級聖女の中には小規模の災害の予知が出来たり、さらに上の大聖女ともなると火山の噴火を止められたりもする』
「もしかして、ジョーカー火山の噴石が飛んで来たってこと?!」
そんなことある!?
いや、あったのか、実際に。
「どうやらそうらしい。ジョーカー子爵、マグノリア大聖女は『山の神の怒りを鎮める聖女』だ。だからこそ、子爵の地位を与えられ、国内で最も大きい活火山であるジョーカー火山一帯を領地として与えられた。それが……いまから百年近くも前のことだ。ジョーカー火山の活動が活発になったのはここ百年程のことだからな」
「え」
「聖女の加護の力が譲渡出来るものでないとすれば、つまり、そういうことなんだ。ただまぁ、もしかしたら、ということもある。子孫にも聖女の素質があって、たまたま同じ加護を授けられた、あるいは遺伝、というのも、もちろん可能性としては0じゃない」
「かもしれないけど」
そんなこと、あるのかしら。
でも、百年以上も若い姿のままで生き続けるというよりは、そっちの方がよほど信じられる話だ。
とにもかくにも。
「彼女はその加護の特性上、領内から滅多に出られない。何せジョーカー火山は現在も活動が活発だからな。片時も目が離せない、と」
そりゃそうだ。
ちょっと他領に旅行でも、と離れたところで大噴火でもあればとんでもないことになる。
「それで、その時も彼女はその加護の力で山の神の怒りを鎮めていた。彼女の話では、子守歌が効くそうだ」
「歌で鎮めるの? 火山を?」
「大聖女の子守歌は、山の神の怒りを鎮め、落ち着かせ、眠らせてしまう力があるのだという」
「すごいわね」
「ただし、自分には全く効果がないらしく、彼女はいつも寝不足らしい」
「そんな!」
山の神様に効くなら自分にも効けば良いのに!
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