第二章 自称恋人の貴族達

side:エリザ

第9話 それ間違って伝わったやつだから!

 もうすっかり見世物集団と化した、専属の騎士団を伴っての奉仕活動を終え、私の部屋ということになっている客間にて、侍女のリエッタとメイド長のケイシーと共にお茶を飲んでいる時だった。


「レディの茶会を邪魔して済まない。エリザ、ちょっと良いだろうか」


 アレクがやって来た。

 本日も彼は完璧だ。頭のてっぺんからつま先まで一切の乱れがない。このまま王城に呼ばれても即対応出来るんじゃないかなってくらいに完璧すぎるコーディネート。そして完璧なまでに機能していない表情筋。そんなところまで完璧だ。そろそろその表情筋達に働けって言った方が良いと思う。


「構いませんけれど。どうなさいましたの?」

「君に客が来ている」

「お客様? 私に? どなたかしら」


 全く心当たりがない。

 そりゃあストーン領実家の方には多少仲良くさせてもらっている男爵家の令嬢達がいたりもするが、わざわざここを訪ねてくるほど親しいかと言われると疑問だ。女の『仲良し』にも色々あるし。


「それで――。すまない、ケイシー、リエッタ、少々席を外してもらえるだろうか」


 訪ねて来た相手を答える前に、二人を退室させる。何? そんな聞かれちゃまずい人が来たの?! あっ、わかった、警察?! こないだの撲殺未遂事件、何か進展があったのね?!


 と思ったのだけど。


「『シャルル・ハート』」

「はい?」

「『デビッド・スペード』」

「え、ちょっと何?」

「『ユリウス・ダイヤ』」

「えっと、あの――」

「聞き覚えがあるか?」

「はぁ?」


 とりあえず、人名、ということくらいはわかる。それから、どれもスート内にある男爵家の名前だ。ということはこの三人は男爵子息なのだろう。


 だけど、それくらいしかわからない。


 ハート家とも、スペード家とも、ダイヤ家とも、我がストーン家とは何の交流もない、はずだ。いや、お父様ならご存知かもだし、交流もあるかもだけど。少なくとも私はそこのご子息のことなんて知らない。


「どうやら君の『恋人』らしいんだ」

「は、はぁぁ?!」


 そんなわけがない。

 天地神明に誓って、そんなことはない。

 

 何せ、私にはほんの数週間前まで婚約者がいたのだ。しかも相手はスートを治めるクローバー伯爵のご子息。それを無視してまで求婚する命知らずな男爵バカはいないだろう。

 

「私、恋人なんていません……っ!」


 ていうかそんなこと、あなたが一番よくわかっているのでは?!


 と言いたいけど、言えない。


 私達はここ最近はあまり会えなかったし、その間に浮気をしていたと思っているのかもしれない。そんな女だと思われていたんだ。しかも、三人だ。どれだけ奔放なのよ、私。そうか、だから彼は婚約を白紙にしたのだろう。成る程ね、全部繋がったわ。


 きっと、ここでどんなにそんな事実はないと否定したって、信じてもらえないだろう。それこそ、この『記憶喪失』のせいだ。実は忘れているのは、アレクのことだけではなく、彼らのこともなのだろうと思われておしまいである。ほんと何で嘘なんかついちゃったんだろう。


 自分の愚かな行いのせいとはわかっているけれども、自分の大切な人から信じてもらえないということが悔しくて、じわ、と涙が出る。けれど、泣き落としで有耶無耶にしようとしていると思われるのも癪だ。手の甲でそれを拭おうとすると、アレクがそれを阻止した。


「エリザ、擦れば荒れてしまう。これを」


 差し出されたのは、ハンカチである。ありがたくお借りし、優しく押さえるようにして涙を吸わせた。すると、きちんと折りたたんだその端に、見慣れた刺繍があることに気がついた。アレクのイニシャルである『A』の周りに、クローバーをちりばめた私オリジナルのものだ。少し縫い目が荒い。きっとこれは、かなり昔に贈ったものだと思う。


「アレクサンドル様の『A』ですわね、これ」


 クローバーをなぞりながらぽつりとそう言うと、彼は一度大きく目を見開いた。さては内心「しまった!」とでも思ってるのだろう。そうよね、だって、私はあなたと恋人でも何でもないってことになってるんだもの。普通はただの幼馴染みに刺繍入りのハンカチなんて贈らないわよね。君からの贈り物だよ、なんて言えるわけがない。


 ていうか、物持ち良いな。


 それが嬉しくて、ついまた意地悪心が顔を出す。数週間前それで大失敗してるというのに。懲りない女だ、私も。


「手作りのようですけど、どなたから?」


 どう出る?!

 どう出るの、アレク!

 まさか「自分で縫った」とか言うつもり? あるいは「母が」とか?! そういう設定で行く感じ? 私知ってるのよ、アルジーヌおば様は手芸が大の苦手だって!


 と思いきや、予想外の答えが返って来る。


「これは……。僕のとても大切な人から贈られた宝物なんだ」

「そ、そうなんですね」


 ふわ、と少しだけ、遠い思い出を懐かしむように、ほんの少しだけ、アレクの頬が緩んだ気がした。気のせいか、もしくは幻覚だったかもしれない。だってもう彼の顔はいつも通りの無表情に戻っている。


「そんなに大切なものなのに、汚してしまって申し訳ございません」

「構わない。汚れてなどいない。涙を拭いただけだ。それにきっと、これを贈ってくれた人は、僕が目の前で泣いている女性にハンカチも差し出さないような男だったら幻滅するだろう」

「それは、そうかもしれませんわね」


 確かに、幻滅するかも。アレクはそんな人じゃないってわかってる。

 私のこと、よくわかってるじゃない。


「それと」

「はい?」

「僕はわかってる」

「何が、ですか?」

「彼らは君の恋人じゃない」

「え、何で。ていうか――」


 そうだ、お客様が来ている、という話だったのだ。それも、『自称・私の恋人』である。事実ならすっ飛んで行って出迎えなくてはならないはずだ。


「大変、お待たせしちゃってる! 私とりあえず行かないと!」


 恋人ではないんだけど、断じてそれは違うんだけど、だとしても待たせっぱなしというのは相手に失礼だ。慌てて腰を浮かせるが、「大丈夫だから落ち着いて」となだめられた。


「彼らは近場のマナーハウスでくつろいでもらっているから心配ない。それより、僕の話を聞いてほしい」

「何ですか?」

「断じて君を疑っているわけではないんだが、一応確認させてくれ。本当に彼らとは面識がないんだな?」

「ない。ございません。絶対に」

「わかった。信じよう。その上で、だが」


 ずい、とアレクの顔が迫る。

 やだ、このタイミングでキス!? と身構えたが、もちろんそんなことはない。


「大変不本意だが、彼らと会って話をしてみて欲しいんだ」

「そ、れは良いですけど……。でも、何を話せば」


 向こうは恋人のつもりかもしれないけど、こちらからしてみれば完全に「初めまして」の状態だ。いや、向こうにしても「初めまして」のはずなんだけど。お互いに「初めまして」って何?! お見合い?! えっ、もしかして私がフリーだからその中と誰かとくっつけようとしてる? 嫌なんですけど!


「何でも良い。というか恐らく、向こうの方から外堀を埋めようと積極的に話しかけてくるだろう。彼らは君が一切の記憶をなくしていると思っている」

「え」

「だからこそ、良いように言いくるめて恋人――ゆくゆくは婚約まで駒を進めるつもりいるはずだ」

「そんな。何で私なんか」

「私なんか、などと卑下するのは良くない。彼らは君を必要としているんだ。君を、というか、『賢者の石の聖女』を」

「あぁ、成る程」


 オッケー成る程、そっちね。

 私、っていうか、そっちの部分ね。

 オッケーオッケー理解した。


 理解したけど、ごめん。

 それ、間違ってるから。

 間違って伝わった方のやつだから。

 実際は違うから。

 なんかひたすら石頭ってだけの聖女だから私。

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