第10話 『ハート領の熱き情熱』シャルル卿

 それから。


 アレクから言われたのは、


「客人を待たせることについては問題ない。そのように僕が話をつけてある」


 というのと、


「彼らは、自分以外にも恋人を名乗る者がいることを知っている。もちろん、自分こそが本物でそれ以外は偽物だと豪語しているが。だから君は、これから、彼らと接して誰が本当の恋人かを見極める――、ということになっている」


 だった。


 もちろん「絶対に嫌です! どうしてそんなことを勝手に決めてしまうんですか!」と反論した。


「やっぱりアレクサンドル様は私を疑っておいでなんですね!? その中に私の恋人がいると思ってるんでしょう!?」

「そんなことは思ってない」

「だったら!」


 激昂して私が声を荒らげても、アレクは眉をぴくりとも動かさない。


「僕は」


 吐き出された声だって、普段と変わらぬトーンだ。


「彼らの中に君を襲った犯人、あるいは首謀者がいるのではと思っている」

「え」

「このタイミングで同時に三人だ。怪しすぎる。そう思って、彼らを調べさせた。すると皆、何としても君を手に入れたい理由があったんだ」

「どういうことですか?」


 首を傾げていると、「それについてはわたくしからァ!」と、突然クローバー家の執事長であるルーベルトさんが、ズザァ! と横スライディングで乱入カットインしてきた。年齢の割に身体能力がちょっとおかしいパワフルおじいちゃんである。パワフルの一言で片づけて良いのだろうか。


「まず、『シャルル・ハート』様ですが、大変熱い方のようで、『ハート領の熱き情熱』という二つ名をお持ちとのことです」

「その情報いる?」


 なんかすごく暑苦しそうで逆にマイナスなんだけど。


「ちなみに坊ちゃまは『鉄仮面伯爵』です」

「その情報もいまいる?」


 これはシンプルに可哀想!


 エリザ様お気持ちはわかりますが、一旦爺に最後までしゃべらせてくださいまし、こちらにも段取りというものが、と涙目で訴えられ、わかったわよ、と頷いた。でもこれはついつい口を挟みたくもなるでしょう? ていうか何? この時間!


「では気を取り直して……。こほん、それでですね、シャルル様が仰るには、エリザ様とは、『ハート領にあるジュディス山が赤く色づいた頃、真っ赤に燃える炎を見つめながら永遠の愛を誓った』そうです」


 ジュディス山の紅葉はわかったけど、突然出て来た『真っ赤に燃える炎』は何なんだろう。まさかと思うけど、山火事ではないよね? そうなるとジュディス山が赤く色づいた、っていうのも紅葉じゃなくて山火事の比喩とも捉えられなくもないんですけど!? えっ、つまりどういうシチュエーションなの? この場合の『ジュディス山が赤く色づいた~』っていうのは、単なるシーズンの話? それくらいの時期の話ですよ、ってだけのやつ? だったら普通に秋とか、そういう表現で良かったよね? ほんとに山火事じゃないよね!? ルーベルトさん!?

 

 ツッコミを封じられたため、とりあえず黙って聞いているものの、頭の中は『?』でいっぱいだ。これ、ルーベルトさんが悪いの? それともシャルル卿が馬鹿なの?


「そして、プロポーズの言葉は『俺様と一緒に温かい家庭を築こう!』とのこと」

「あっ、もうプロポーズまで進んでるのね」

「そのようで」


 しかも自分のこと『俺様』って言っちゃうタイプかー。ないわー。もう山火事疑惑のせいで『温かい家庭』というのも物理的な温かさなのではと疑ってしまう。


「ハート領は僧侶が力を持つ『信仰』の領。スート領内の宗教の八割はハート領出身の僧侶を祖とすると言われております。聖地と呼ばれる場所も多く、巡礼ツアーや、儀式や祭礼の一般開放、一日修行体験などが有名です。領主である御父上のライール男爵も熱心な信者です」

「ええ、聞いたことあるわ」


 頷くと、さらにアレクが補足してくれる。


「最近はその僧侶が権力を持ちすぎて、ハート家の地位を脅かしているらしい。あくまでも、噂だが」

「そんなことってあるのねぇ」


 そーこーでっ、とルーベルトさんが、ずずい、と身を乗り出す。


「『賢者の石の聖女』の出番なのですっ!」

「え、私? いや、ていうか、私、違うしね。『堅牢の石の聖女』ですもの。『賢者の石の聖女』じゃないもの」

「それはもちろん爺も存じ上げておりますが、何せ、正しく伝わっていないのです。このクローバー領内だってごく一部でございますよ、本当に正しく『堅牢の石の聖女』と理解している民は」

「嘘でしょ」


 どう考えてもみんな冷やかし半分で言ってたじゃん、「よっ、『賢者の石の聖女』!」って。私もそういうつもりで特に否定もせずに「ハーイ!」って返事してたんだけど!? 何人かはガチで信じてたってこと!? だからあんなに求婚してくる人が多かったのね?! 領内知り合いだからって悪ノリしすぎた!


「とにもかくにも、『賢者の石の聖女』をハート家に取り込むことが出来れば、調子に乗っている僧侶達を黙らせることが出来るだろうと」

「果たして黙るかしら」


 むしろ、それこそ花瓶サイズの岩でその『調子に乗っている僧侶達』とやらを――って、いけない! そんなこと考えちゃ駄目よ、エリザ! それはシンプルに殺人!


「そういうわけで、シャルル卿は君をどうしても手に入れたいと思っている」

「な、成る程」


 もし仮に私が本当に『賢者の石の聖女』だとしても、何をどうしたら僧侶達が黙るという話になるのだろう。っていうか『賢者の石』って純金がどうとか、命の水がどうとかってやつじゃん? どう利用するつもりなんだろう。


「それでは次、『デビッド・スペード』様ですが――」

「ちょ、ちょっと待って」

「どうなされましたか」

「この調子で一気に三人分の情報を頭に入れるの、無理!」

「えっ」

「情報が混ざりそうだから、一人ずつ! 一人ずつにして! 一旦休憩挟ませて! とりあえずその、シャルル卿にお会いするから!」


 とてもじゃないけど、無理。

 情報だけ与えられても覚えられる気がしないもの。

 せめて実際の人物と紐づけさせてほしい。

 そしたらきっと覚えられる、と思う。


「わかった。そうしよう。尚、決して二人きりにはしない」

「本当?」

「当然だ。危険すぎる。彼らと会う時は必ず僕も同席する。僕が公務で難しい場合はマーガレットを護衛としてつける」

「あ、ありがとうございます」

「二度と君を危険に晒したりはしない。必ず守る」


 私の目をじっと見つめてそんなことを言われれば、もしかしてやっぱりアレクって私のこと好きなんじゃない? なんて錯覚しそうになる。でも、違う。彼はいつも人と話す時はこうなのだ。極力瞬きをせず、決して視線を逸らさない。相手が誰であっても。そのせいで勘違いする令嬢もいるのだとアルジーヌおば様から聞いたことがある。「でも、この通りの不愛想でしょう? あっ、違うな、ってすぐにわかるみたいで」って笑ってたけど。


 それに、


「……君は僕の幼馴染みだから」


 何やら苦しそうな声でそんな言葉を添えられちゃあね。


「ありがとうございます。とても頼もしいですわ」


 そう返すしかないじゃない。

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