最終話 鉄仮面伯爵様の、その仮面の下には

「忘れてないわよ、私」

「え」


 アレクが、私を抱えたまま、目を見開いて固まる。


「忘れてないわ、あなたのこと」

「エリザ、それは」


 本当か? とかすれた声で問いかけられる。さっきまであんなに張りのあった彼の声は、驚きのためか、それとも安堵のためか震えていた。


「本当に本当に本当。あなたは、アレクサンドル・クローバー伯爵。私の旦那様になる人。そうでしょう?」

「そうだ」

「ランスロットおじ様とお父様がチェスをしているのに飽きた私が言ったの、『私、アレクサンドル様と遊びたい』って。ねぇ、覚えてる? 私から言ったのよ」

「覚えてるとも。僕はその時から君に釘付けで、どんな言葉で誘えば良いのか、そればかりを考えていた。だけど、誘い文句が浮かばなかったんだ」


 そしたら、君の方から誘ってくれた。


 嚙みしめるようにそう言う。


「ねぇ、下ろして」

「もう少しだけこのままで」

「仕方ないわね」


 これはこれで彼の体温が感じられて温かいのは良いんだけど、いかんせん恥ずかしい。それに私だってそれなりに重いのだ。それを持ち上げたままって、アレクってもしかして見た目以上にたくましかったりする?


「心配しないで、アレク。私はちゃんと覚えてる。忘れてないから。約束したものね。新婚旅行はアレクのお気に入りのバラ園に行くんでしょう?」

「もちろん」

「私が行きたがってた砂漠にも連れて行ってくれるのよね?」

「もちろんだ。君が凍えてしまわないように、しっかり準備して臨む」

「冷えたら冷えたで大聖女様の温泉で温まるから大丈夫よ」

「そうだったな。――ていうか、子爵め、またしてもエリザになんてことをしてくれたのか」


 やはり処すべきだったか……? いや、でも、彼女がいなくなったら火山の噴火が……、ならば喉だけ残して……? と何やら恐ろしいことをぶつぶつ呟く。


 待って、喉だけ残すってどういうこと?! やめよう!? 日常的に世界を守ってくれてる大聖女様よ!?


「アレク、私なら大丈夫だから。むしろ私一人で済むんだったら、良いじゃないの。それでこそ民を守る聖女ってもんよ!」


 たかだか噴石の一つや二つ! この石頭にゴチーンとするくらいなら全然平気! むしろ事故った噴石が私にだけ来るんだったら平和じゃない!


「何なら次は受け止めてみせるわ! かかってきなさい!」


 と笑ってみせると、「何て強い女性なんだ、君は」とちょっと呆れたような声が返って来た。


「でも」


 そう言うや、彼は私をゆっくりと下ろして、真正面からぎゅっと抱き締めてきた。


「僕は心配だ。君が傷つくところなんて見たくない。本当はこの屋敷に閉じ込めて、あらゆる危険から君を守りたい」

「それは無理ね。息が詰まっちゃうもの。私は聖女だし、奉仕活動にも行かなきゃだし」

「……わかってる」


 頭ではわかっているのだろう。だけれども、きっとものすごく葛藤してるのだ。眉間に深く深くしわを刻み、下唇をぐっと噛んでいる。


「ねぇ」


 少し身体を捩らせると、彼の拘束が少しゆるくなった。もぞもぞと手を出して、アレクの頬に触れる。両頬を挟むようにしてこちらに気を向けさせると、彼の眉がぴくりと動いた。


「この手の災害についてはもうどうしようもないけれど、それ以外のについてはあなたが守ってくれるのよね?」

「もちろんだ。この身に代えても」

「代えないで。大事にして、あなたの命。あなたがいなくなったら、困るわ」

「困ってくれるのか」

「当たり前でしょ」


 ぐいっと顔を引き寄せて、唇を重ね合わせる。


「言ったはずよ。私はあなたが好きだって。こうやって私からキスをしても表情がぜーんぜん変わらない『鉄仮面伯爵』だけど」


 でも私は知っている。

 恐らくいま彼の心臓はとんでもないことになっているはずだ。


 それを確かめてやろうと胸に飛び込めば、やはりズンドコズンドコと勇ましい。ねぇこの中に何人か住んでない? 一人の心音とは思えないんだけど?!


 ここから戦でも始まりそうな猛々しいリズムに苦笑いして、ふと彼の顔を見上げる。


 と。


 やっぱりいつもと変わらぬ無表情がそこにある。

 顔色だっていつもと同じ。だけど器用にも耳だけがほんのり赤い。

 いつもより深く刻まれた眉間のしわが、何かに耐えているようにも見える。


「どうしたの、アレク?」

「……君はあまり僕を煽らない方が良い」

「何のこと?」

「確かに僕は『鉄仮面伯爵』かもしれないが、動かないのは表情筋だけだ」

「それはわかってるけど」


 何せ、心臓ここは中で誰かがファイヤーダンスでも踊ってるんじゃないかしらってくらいに騒がしいのだから。


「いや、きっと君はわかってない。僕がどれだけ君に心を乱されているかを」


 ぽそり、とそう言うと、ふっ、と口角を上げた。


「え。いま、ちょ、わ、笑っ……?」


 稀に、ほんと稀に見る『頬を緩める』なんてやつじゃない。


 笑った。

 アレクが笑った。


 気配を消してちゃっかりその場に残ってたルーベルトさんが、私達に気を遣って静かに腰を抜かしている。嘘でしょ、あの挙動ってサイレントで出来るものなの?


「僕だってこれくらいは出来る」


 年一くらいなら、とやはり少し穏やかに微笑む。たぶん彼なりの精一杯のジョークというやつだろう。


「それはそうと、エリザ」

「は、はい!」


 私は正直、彼のそのささやかな笑みですっかりやられてしまっている。何よアレク、そんな顔も出来るわけ? 出来たわけ? だけど、だったらもっと大盤振る舞いしなさいよ、なんて口が裂けても言えない。これは私だけのアレクでいてほしい。


「確かに僕は『鉄仮面伯爵』だし、これまでは鋼の理性で色々耐えて来たが、それも直に終わる」

「え?」


 顔は鉄で理性は鋼なのね、なんて茶化せる雰囲気ではない。


「名実ともに君は僕の婚約者になったわけだし、十二月になれば、君は僕の妻だ」

「そ、そうです、けど?」


 さっきまでの穏やかアレクはどこに行ってしまったのかしら? 心なしか目がマジだわ。いや、アレクの目はいつもマジか。


「夫婦となった暁には、これまでより深く君を愛することを誓おう。覚悟しておいてくれ」

「深く?! か、覚悟、ってどういう……」

「僕は家族は多い方が賑やかで良いと思っている」


 ねぇ、それってつまり、と尋ねようとしたところでノックの音が聞こえる。


「医師が来たようだ。では、また後で」

「ちょ、アレク……?!」


 テキパキと私を再びベッドに横たえさせると、額にキスを落として、また、ふわ、と笑う。


「ま、また笑った! 笑った!? アレクが?! 助けて、お医者様! 私幻覚を見てるのかも!」

「落ち着くんだエリザ。幻覚じゃない」

「だけど!」

 

 ドアがガチャリと開き、「何やら騒がしいですな」とお医者様の声が聞こえてくる。それに片手を上げて応じると、彼は再び私に向き直って、耳元で囁いた。


「心配せずとも、君以外に見せるつもりはない」


 耳朶を震わせる低い声にぞくりとする。

 私を見下ろすその顔はいつもの無表情に戻っていて、そのギャップにくらりと眩暈がした。


 何事にも動じぬ鉄仮面伯爵様の、その鉄仮面の下にある温かな笑みは、この私、石頭聖女のみが知るらしい。



【終】



~作者より~


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【完結】撲殺エンドを回避した石頭聖女ですが、記憶喪失の振りをしたら婚約を無かったことにされた上に三人の『自称恋人』が現れたんですけど!? 宇部 松清🐎🎴 @NiKaNa_DaDa

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