第29話 孤高の大聖女様は大のゴシップ好き

 とにもかくにも剣から手を離し、彼女の話を聞く。

 

 大聖女であるジョーカー子爵は、手を尽くして噴石による被害がなかったかを調べた。けれども、飛来した巨大噴石による被害の報告はなかったらしい。もちろんそれはクローバー領にも届いていたのだが、僕も調査の後に『被害なし』の方に〇をつけて送り返している。


 つまり、事件がここまで長引いたのは、僕のせいなのである。


 言い訳になるが、本当に結びつかなかったのだ。

 エリザは後ろから殴られたと報告されていたし、ジョーカー領からの伝令には、『人間の大きさくらいの巨大な岩』と書かれていたからだ。さすがにサイズが違いすぎる。ちなみにこれは、子爵曰く、「たぶんそれくらい大きかった気がする。大は小を兼ねるというし」とのことで、多少大きめに申告したらしい(多少だろうか)。彼女自身もきっちりサイズを測ったわけではなく、飛んでいくのを見ただけなので、周りに比較するものもなかったことから、そうしたのだとか。大聖女とて、飛んでいく噴石のサイズを測る能力などあるわけがないので、それは仕方ない。


 僕が無能だっただけだ。

 サイズの違いこそあれ、巨大噴石飛来の一報を受けていたのだから、もっと詳しく調べれば良かったのである。けれど情けなくも、僕はエリザのことで頭がいっぱいで、犯人捜しの方に躍起になっていた。領民や建造物、田畑等にこれといった被害がないとわかると、さっさと文を送り返してしまったのである。


 で。


 各領からの返信を受け取った子爵は安堵の息をついた。どこに落下したのかはわからないが、とりあえず、被害はないらしい、と。クローバー領から取り寄せたハーブティーにたっぷりと蜂蜜を入れたものを飲み、ハーブキャンディで喉を労りながら、またのんびりと日々を過ごしていたのだとか。


 が、ここで転機が訪れる。


 ジョーカー領の一部地域はその過酷すぎる環境故、電話線も引かれていなければ、電気も通っていない。ちなみにその『一部地域』というのが、彼女の屋敷がある山頂部である。麓の集落はもちろん電話も繋がるし電気も通っている。領主である子爵自身だけが不便な生活を強いられているのだ。灯りはろうそくやランプだし、暖房は火山の地熱があるため不要である。


 とはいえ、彼女自身はこの生活にこれといって不満があるわけでもなかった。というのも、彼女はもともと引きこもりの傾向があったからだ。ただひたすら歌を歌ったら、あとは屋敷内でのんびり過ごして一日を終える。(彼女にしてみれば)最高の生活を送っているというわけだ。


 そしてそんな彼女の趣味の一つが、各領で発行されているゴシップ誌を読むことである。ぬくぬくと温かい部屋でお気に入りの菓子と茶(各領からのお取り寄せだそうだ)と共に読む大小様々のゴシップが大の好物らしい。それはそれはいい御趣味で、と揶揄したくもなるが、おいそれと遠出も出来ず、娯楽という娯楽がないと言われたら、案外それくらいしか楽しみがないのかもしれない。


 ゴシップ誌といっても、単なる憶測だけで書かれた下世話で猥雑な大衆誌もあれば、きちんとした裏付けもある情報誌など様々だ。週刊誌、月刊誌、隔週・隔月発行などなど、全てに目を通すとなると相当な量だが、何せ彼女はそれくらいしかすることがない。


「ふむ、次期スート当主であるクローバー伯爵A氏の婚約が白紙とな」


 ここ最近の、子爵のお気に入りのネタが、よりにもよってこれだった。

 クローバー伯爵とまで書かれたらイニシャルでぼかしても意味がないと思うのだが。該当人物なんて僕しかいない。


「ふぅーむ、何々? 冷酷無比な鉄仮面伯爵A、記憶喪失の男爵令嬢Eを見限る、か……。むぅ、記憶喪失とは何とも気の毒な」


 まさかその記憶喪失の原因がおのれの取り逃がした噴石とも知らず。


「何っ?! クローバー伯爵A氏の元婚約者E嬢に新たなロマンス?! お相手はハート領のC男爵、ダイヤ領のJ男爵、スペード領のD男爵じゃと?! ふほぅ、なんとも華やかじゃのう」


 特にこの、一方的に婚約破棄を突き付けられた哀れな男爵令嬢Eことエリザのニュースについては、その直後に三人の男爵子息が恋人として名乗りを上げたことで、その三領の出版社はそれはそれは気合を入れて取り上げたらしい。ちなみに、我がクローバー領については、この手のネタは僕が許可を下ろさなかったため、どの雑誌にも載っていない。エリザに関するニュースは撲殺未遂事件についてだけだ。そんな浮ついた話、載せてたまるか。彼女の品位に関わる。


 けれども、ハート、ダイヤ、スペードの三領は、あたかも結婚秒読みであるかのような記事を書き、外堀を埋めようとしていたようである。何せエリザは、喉から手が出るほどに欲しい『の聖女』だ。


 が、ここで子爵は疑問を抱き始める。


 三領の各誌が、エリザのことを『賢者の石の聖女』と報じ始めたからだ。彼女は自領を救う女神として紹介され、気の早い服飾、宝飾、美容関連の会社が彼女をイメージしたドレスやアクセサリー、化粧品を勝手に次々と発売した。どれも飛ぶように売れ、領民達はその女神ミューズが自領に嫁ぎに来る日を心待ちにしているのだという。


 けれども、大聖女であるマグノリア子爵は首を傾げた。


「そんな加護の聖女はいないはずじゃが」


 聞けば、上級聖女以上のみにしか配布されない『聖女名鑑』なるものが存在するらしい。歌うこととゴシップ誌を読み漁ること、適度な運動くらいしかすることのない彼女は、もちろんその名鑑についても隅から隅まで熟読していた。どう考えても上級以上であろう『賢者の石』などという加護を持つ聖女など、存在していないのである。もちろん中級にだっているわけがない。


 そんな些細な疑問がきっかけで、彼女は『男爵令嬢E』について調べ始めた。イニシャルでぼかされていようとも、彼女は子爵だ。それくらいのことはすぐにわかる。


 エリザ・ストーンの名がわかれば、そこからは芋づる式だ。撲殺事件の詳細な経緯を彼女は知ることとなった。そのついでに彼女の前に現れた『自称恋人』のC、J、D男爵の本名についても判明したが、そこはまぁどうでも良い。


 とにもかくにも、一方的に婚約を破棄された哀れな『男爵令嬢E』こと、エリザ・ストーンは、何者かによって後ろから殴られたことで記憶喪失となったことを知った彼女は、「もしや」と思った。


 犯人はまだ見つかっていない。

 手掛かりすらもない。

 目撃証言もない。


 それはもしや。


 あの時取り逃がした噴石ではないか。

 実はそこまで大きくなかったのではないか。

 

 だとしたら、いや、だとしても。


 よく生きてたな、と。


 そこで思い出したのだという。

 聖女エリザの加護は『堅牢な石』だったな、と。


 成る程、どうやら『石』つながりで『賢者の石』と勘違いしたらしいとわかり、あとは僕らが推理した通りだ。ただし、彼らのいずれかによる撲殺事件ではなかったため、『清骸』としての利用ではないにしろ、三領にはそれぞれ、『賢者の石』を強く欲する理由がある。件の三男爵の求婚が、決してエリザの美しさや心根に惚れ込んで、であるとか、突然婚約を破棄されたという境遇を哀れんでのことではなく、彼女の聖女としての能力目当てだったということに気が付いた子爵は、すっかりその熱が冷めてしまった。


「そんなのはロマンスとは呼べぬ! つまらん!」


 それで。


 こうしちゃおれぬ、と彼女は奮起した。

 もう何が何でもクローバー領に行かねばならぬ。

 

 ゴシップ好きの彼女ではあるが、そこに『愛』がなければならないのだという。そこに愛がある故の暴走、そこに愛があってしまったが故の道ならぬ恋。傷心の乙女に打算で近付く男爵共なぞ、火口に突き落としてやるのじゃ! と。


 そして。

 その怒りは当然僕へも向けられた。


「なーにが記憶喪失で婚約破棄じゃ! アレは事故じゃ! ワシの責任なんじゃ! それなのになんと薄情な男じゃろうか! そういう時に支えてこその紳士じゃろ!」


 そんな理論を展開させて。


 一発ぶん殴ってやる。

 そして目を覚まさせ、婚約破棄を撤回させるのだ。


 そう一念発起し、彼女は立ち上がった。

 そして、そのためにはこの火山問題児をどうすれば良いのだろうか。そこに頭を悩ませたのだという。

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