side:エリザ
第7話 私のために騎士団を設立しないで!
とりあえず命に別状はない(というか、ほぼほぼかすり傷だ)が殴られたショックはあるだろうし(現に三日も目を覚まさなかったわけだし)、記憶も一部失われているため(厳密には失われてないけど)、激しい運動を避ければ普通の生活を送っても良いと言われた私である。
それで、アレクに言われた通り、私を撲殺しようとした犯人が捕まるまでクローバー伯爵邸でお世話になっている。とはいえ、何もしないわけにはいかない。中級聖女として領内の奉仕活動をしなくてはならないのだ。
けれど状況が状況だ。
司祭様に事情を話し、遠方への直接訪問は避け、その代わりに護符を作成し、それを届けてもらうことになった。それで良いならこれからもそれで良いじゃん、などと思ってはいけない。どんなに祈りを込めても所詮はただの紙切れなのだ。ただでさえ力の弱い中級聖女である。私の祈りの効果が最大十年だとすると、護符は一年持つかどうからしい。だからこれはほんと急場しのぎというやつだ。
堅牢の石の聖女撲殺未遂事件から二週間が経過した。
一応『面会謝絶』期間は終わったけれども、なんとなーくふらふらとは出歩けない雰囲気である。犯人は捕まってないわけだし、それは仕方ないと思うんだけど、でも屋敷内に籠りっぱなしでは息が詰まる。
せめてこの近くを出歩くだけなら良くない? やっぱりほら、この地域の聖女としましては、定期的に顔を出して愛想を振りまいておかないとね? 聖女も人気商売っていうか、商売ではないんだけど。でも、忘れられてしまうのは寂しいし、貴族として、どんな形であれ領民のために働かなくてならない。領主というのは領民に見限られたらおしまいなのだ。お父様のためにも、ストーン家のためにも頑張らないとでしょ。
そう思ってアレクに相談してみると。
「では、護衛をつけよう。準備をするので、二、三日もらいたい」
その一言であっさりと許可が下りた。
あまりにもあっさりしすぎて拍子抜けしたっつーの。
でも、準備って何をするのかしら。
そう思って、呑気に過ごすこと二日。
「本日よりエリザ様の護衛の任に当たらせていただきます、騎士団長のマーガレットと申します」
「ちょちょちょちょ……!」
騎士とか聞いてない!
騎士を呼ぶとか聞いてない!
「年も近いですし、お気軽に『メグ』と呼んでいただいて」
「そ、そうじゃなくて! 騎士?! しかも団長って?! 団? 団体?!」
彼女の隣に立つアレクに視線をやる。もちろん本日も彼の表情筋はばっちりだ。ばっちり働いていない。そろそろ働こう? 働かせよう?
「どうした」
「アレクサンドル様、どういうことですか?」
彼のことを『忘れた』以上、いままでのような砕けた態度で接するわけにはいかない。何せ幼馴染みとはいえ、彼は『伯爵子息』で私は『男爵令嬢』だ。弁えなくてはならない。彼への態度も自然とそうなる。
「どういうことも何も、君のために騎士団を設立した」
「は、はいぃ?」
待って。
呼んだんじゃないの?! 設立?!
しかも騎士『団』って何?!
新たに設立したの?! 騎士『団』を?!
私のために?!
馬鹿じゃないの?!
馬鹿じゃないの?!
もっかい言っとくわ。
馬鹿じゃないの?!
言えないけど!
うっわ、よく見たら、奥の方になんかたくさんいる……。あはは、どーもどーも。わぁお、手を振ったら振り返してくれた……律儀……。
「安心しろ、全員女性だ。問題ない」
「いいえ、問題あります! 私のために騎士団なんて! ランスロット伯爵は何と仰ってるんですか?」
「父上はクローバー領を僕に一任した。領内は僕の好きにして良いと言われている」
「そんな!」
おじ様ぁ!?
アレクが十七になるこの年、おじ様は「新婚夫婦の邪魔しちゃ悪いから」とこの屋敷を出た。クローバー伯爵家の当主はまだおじ様のままだし、スート領を治めているのもおじ様だけれど、ここよりももう少し小さめの屋敷を建てておば様とのんびり暮らしている。元々、少々病弱なおじ様は、早めの引退を考えているようで、クローバー領は丸ごとアレクに渡し、領地経営も彼に任せているらしい。僕はいつどうなるかわからないし、伯爵名乗っちゃって良いよ、なんて言って。
ちょっと、引退するには早すぎると思うんですけど!
いつどうなるかわからないとか、滅多なこと仰らないで!
「それと、大事な幼馴染みのためなら手段を選ぶなとも」
「いやいやいや! 選んでください!」
「というわけで、マーガレット、エリザを頼む」
おじ様、過激派?!
ていうか、私の意見は無視ですかぁっ?!
「かしこまりました」
「怪しいやつは片っ端から尋問だ。妙な動きをする者、必要以上にエリザをじろじろと見る者は容疑者と見て構わない」
「構います! 駄目です! 冤罪の可能性があります!」
「お任せください。この命に代えても守り切ってみせます」
「代えないで! 大事にして、あなたの命!」
「参りましょう、エリザ様。皆の者、出立だ! 武器を取れぇっ!」
「取らないで! 納めて!」
などとぎゃあぎゃあと騒ぎながら、外へ出る。
もうね、すんごい鉄壁。
鉄壁過ぎて彼女達の隙間からしか景色が見えない。あの、皆さんあれね。随分背が高いのね。ブーツのせい? ああ、すれ違う女の子が「ママー、あれ何ー?」とか言ってる。若いお母さんは「見ちゃいけません!」ってその子を抱きかかえて走り去っちゃった。うん、だよね。わかる。私もさ、これ、何のための外出なのかわかんないし、なんか見ちゃいけない感じだよね。なんていうか全体的に銀色の塊が動いてる感じだもんね。何事かと思うよね。
ねぇ、私、この状態で奉仕活動出来る気がしないんですけど! 練り歩くのが目的じゃないからね?!
「あ、あの、団長さん」
「マーガレットです。お気軽に『メグ』とお呼びください」
「じゃ、じゃあメグ」
「何でしょうか」
「あの、なんか、その、ごめんなさい。私のわがままでこんな大事になっちゃって」
どえらい目立ってるし。ねぇ、これ『聖女』の奉仕活動のはずよね?
「何を仰いますか。むしろ感謝しています」
「感謝? どうして?」
「我々は皆、クローバー伯爵領にある孤児院出身なのです」
「えっ、そうなの?」
「そこでは、各々の能力に応じて職業訓練も受けることが出来るのですが」
「さすがはおじ様の孤児院ね」
「我々はその中でも身体能力が突出していたものですから、来るべき日に備えてひたすら戦闘訓練を行っておりまして」
「孤児院で戦闘訓練!」
職業訓練って、もっと違うのイメージしてたんですけど! なんかあの、読み書き計算とか、針仕事とか、炊事とか、そういうのを!
「やっとお役に立てる時が来たと、高揚しております!」
だよな、お前達! とメグは剣を抜き、それを高く掲げた。私を囲む全員が、男性にも負けないほどの太い声で「おぉ!」と叫ぶ。ねぇ、なんかいま地震とか起きてない? いま地面揺れなかった?! でも大丈夫、私の加護があるから建物は倒壊しませーん! やったね!
――じゃなくて!
待って待って待って。
もう全然理解が追い付かない。
確かに私は撲殺されかけたけど、でも結局石の加護のお陰でぴんぴんしてるわけじゃん? なのにこんなガチな人達を雇ったりして大丈夫? なんか段々犯人が可哀想になって来たんだけど。えっ、もうマジで逃げて? 悪いこと言わないから、国外に脱出した方が良いと思うよ?! たぶんあなた、捕まったらとんでもないことになるから!
逃げて――!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます