side:エリザ

第13話 厄介な男爵達と、その上をいく伯爵

 それから――。


「やぁエリザ嬢、奇遇だな! 聖女の奉仕活動か?」

「えっ、えぇ、そうですけど……」


 いつものようにエリザ騎士団(この名前もどうかなぁ)を引き連れて、アルジーヌ市場を回っている時だった。どこからかシャルル卿が現れたのだ。


 奇遇?

 そんなわけはない。

 ここ数日、毎日のように『偶然』ばったりと会っているのである。幸いなことに私が出歩く際にはどんなに近場であっても騎士団が帯同してくれていたし、さすがに大所帯は、っていう場所でも団長のマーガレットメグがぴったりと護衛してくれているから、安心だけど。ちょっと過保護すぎると思っていたこの厳戒態勢に感謝する日が来るとは思わなかったわ。


 そしてその日は、人通りの多い市場に行くということで、騎士団に前後左右をがっちりと固められた状態だった。


「エリザ様から離れてください、シャルル卿」

「おやおや、穏やかじゃないなぁ、男勝りの女団長殿」


 一歩前に出たメグが、鋭い視線をシャルル卿に向ける。けれどシャルル卿は怯まない。むぅん、と自慢の胸筋を見せつけるように、身体を大きく反らしている。一部の令嬢からは「男らしくて素敵!」と評判が良いらしいが、私はそこに何の魅力も感じない。


「君はただの騎士だろ? 男爵家子息であるこの俺様に刃を向けるのか?」


 誤解のないように補足するけど、メグはまだ剣を抜いていない。さすがに人通りの多い市場だ。ここで大立ち回りはまずい。それは彼女だってわかってるはずだ。ただ、なんていうか、「心の刃は剝き出しです」みたいな目はしてたけど。


「私は騎士ですが、アレクサンドル様より、エリザ様に近付く不躾な輩は容赦なく斬り捨てて良いと命を受けております。アレクサンドル様の命はランスロット伯爵の命と同義。私はそれを遂行するまで」


 アレク――っ!!

 アンタ、何言ってんの?!

 こないだまでは怪しいやつは尋問とか、そんなレベルだったじゃない! いつの間にそこまでの許可をしたの?!


「例え伯爵の命だとしても、罪にはなるだろう。君の家族に累が及ぶぞ」

「お心遣い、ありがとうございます。ですが、ここにいる者は皆、天涯孤独の身の上でございまして。巻き添えを食らう親もきょうだいも、取り潰される家もございません」


 シャルル卿の脅しにも一切引かず、メグはさらに一歩前に出た。その剣幕に、彼の方が一歩後退する。


「ですが、心優しきエリザ様は伯爵夫人の名がついたこの市場に血が流れることを望んではおられません。シャルル卿のお立場も、なぜかようにもエリザ様にご執心なのかももちろん存じ上げております故、三メートル以上離れて下されば、剣を抜いたりはいたしませんが。そもそも、ここに来られたのは、なのですよね? シャルル卿もこの市場に用があった、ということで?」


 一層低い声でそう言うと、シャルル卿は、ギリ、と歯ぎしりをしてからまたあの暑苦しい笑顔をこちらに向けて来た。


「もちろんだとも! もちろん偶然だ! だが、せっかくだからエリザ嬢と共に見て回れたら、と思っている! ほら、俺様はクローバー領内のことをまだよくわからんのでな! 案内くらいしてくれても罰は当たらんだろう? ハッハァ!」

「確かに。では、団員の中から何名か案内に――」

「おいおい、そんな野暮なことを言うなよ。俺様はエリザ嬢と回りたいんだ。三メートル以上離れていれば問題はないんだろう? ううん?」


 はあ、とメグが息を吐く。確かに問題はないのだ。


「メグ、私なら大丈夫だから。あなた達がついていてくれるんでしょう?」


 そう声を掛けると、力強い声で「もちろんです」と返ってくる。「この身に代えても、エリザ様には指一本触れさせません」なんて言葉まで添えられるから、「あー、うん。そこまで気張らなくても良いんだけど」とだけ言った。一応私も、彼とは多少それらしい接触をしないとだし。私にも、恋人かどうかを見極めるふりをしつつ、私を襲った犯人の手掛かりを探る、という命がある。


 それでもまぁ、何とかなるのだ。


 問題は――、


「やぁ、こんなところで会えるとは、やはり君と私は運命のようですね、マイスウィート」

「あーっ、いたいたぁ〜! もうっ、探したんだからぁっ!」


 浅黒い肌とは対照的な透けるような長い銀髪を後ろで一括りにした、ひょろりと痩せ型の男性と、健康的な小麦色の肌に、ふわふわのブルネットを風に遊ばせた小柄な男性がこちらに向かってくる。


「デビッド卿にユリウス卿……」


 やっぱりこの二人も来たか、とがくりと肩を落とす。


 そう、私の『恋人』を自称する貴族はシャルル卿以外にも二人いるのだ。それがこの二人、スート北部にあるスペード家のデビッド卿と、南部にあるダイヤ家のユリウス卿。いずれも男爵家の御子息である。


 一応愛想笑いを浮かべてみるけれど、内心では「勘弁してよ」の一言だ。私のそんな気持ちを察してか、メグが剣のグリップに手をかける。ヤバい、いつでも抜く気だ。


「メグ、お願い。ここでは本当に駄目」

「存じ上げております。エリザ様を困らせることは我々の本意ではございません」

「ありがとう。帰ったら団の皆でお茶しましょうね」

「楽しみです」


 良かった、強張っていたメグの顔が緩んできた。この調子で穏やかに穏やかに……。


「エリザ嬢、そこの女団長とばかり話していないで、その可愛い顔を私に向けておくれ、マイスウィート」

「ねぇ、ボク、あっちの大通りに行ってみたいな! 案内してくれる?」

「なっ、貴様ら、抜け駆けかっ!」

「エリザ様に近付くなァッ! 総員、武器を取れぇっ!」

「メグ、待って! さっきと話が違うわ! あああ皆、駄目よ! 剣を抜かないで! 納めて! 落ち着いて――!」


 誰か!

 この場をどうにか出来る方はいませんか?!

 

 誰か助けて! おば様の市場が血に染まってしまう!


 と。


「この僕の領内で騒ぎを起こす命知らずは誰だ」

「アレクサンドル様!」


 愛馬に跨ったアレクが颯爽と現れたのである。やだちょっとタイミングもばっちりだし普通に恰好良い! ってときめいてどうするのよ! 私もう婚約者じゃないのに!

 

 でも、良かった。これで助かっ――、


「やはり貴君らか、シャルル卿、デビッド卿、ユリウス卿。ちょうど良い、各方面への荷馬車が集荷に来る時間だ。運賃が一番安い小さな箱にきっちり収まるよう、細切れにしてから送り返してやろう」


 ――ってない!


 むしろ悪化!

 悪化してる!

 細切れ!? 細切れって言った、この人!?

 一番安い運賃を選ぶところに彼の倹約家ぶりが表れているわね! って感心してる場合じゃない!


「お待ち下さいアレクサンドル様! お願いですからどうか落ち着いてください! そ、そうだわ! アレクサンドル様も一緒にどうかしら?」


 どうにかこの場を収めなくてはと、馬上のアレクに向かって声を張る。


「一緒に? 僕と?」

「っそ、そう! ほら、皆さんせっかく領外からいらしているわけだし、クローバー領自慢の市場をご案内して差し上げたらどうかしら?!」

「ふむ」

「それに、私もアレクサンドル様と一緒に回りたいわ!」

「何?」


 アレクの眉がぴくりと動く。

 あっ、今日は眉付近の表情筋が絶好調ね! やれば出来るじゃない! 明日はその眉毛の辺り、筋肉痛かもね!

 

 密かに感動していると、彼らがそれぞれ一歩前に出た。


「エリザ嬢、それはどういう意味だ?! 俺様というものがありながら!」

「やれやれ、全く、あなたは自由な小鳥のようですね。ですが、どうせ最後は私の元に戻って来るのですから、今回は目を瞑りましょう。今回だけですよ、マイスウィート」

「えーっ、ボクだけで良いじゃん! やだやだ、エリザ嬢、ボクと二人きりで回ろうよぉ! だーいじょうぶ、騎士団付きなのはわかってるってば!」


 三人の言葉を聞いて、アレクのこめかみにぴきり、と青筋が浮かび上がる。すごい! すごいわ今日! アレクが何だかわかりやすい! これはかなり怒っていると見て良いわね!


 って感動している場合じゃない!


 へー、アレクの表情筋は仕事しないけど、血管は仕事するのね〜、とかじゃないのよ私!


「マーガレット、エリザを」 


 と、メグに言うと、どうやらそれだけで彼の言わんとしていることを理解したらしい彼女が、「失礼いたします」と断ってから、私の身体をひょいと持ち上げた。


「えっ、ちょっと、何?」


 えっ、ちょっとメグ、力持ち過ぎない!?


 そして、その私の身体を受け取ったのはアレクだ。うん、こちらもこちらで軽々だわ。ていうか何この譲渡の仕方。私、猫じゃないんですけど!


 それでそのまま、ぽすん、と馬の上に降ろされる。アレクの前だ。スカートなので、横向きの姿勢で。アレクが私を後ろから抱き締めるような姿勢で手綱を取る。


「では案内する」


 それだけ言うと、くるりと向きを変え、ゆっくりと歩き出した。

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