アリアの軍生活

夕霧ヨル

1 始まり

「……はぁ、イヤだなぁ」


 アリアは、アミーラ王国軍の事務所の扉の前に立っている。

 2階建ての建物である軍の事務所の前に、短く切られた茶髪の少女が立っているので、通りを歩いている人は、二度見をしていた。


 アリア本人も、別に軍の事務所の前に立ちたくて、立っているワケではない。


(でも、しょうがないよな……孤児院を出たばかりの私が、今の時代、まともな仕事につけるワケがない……)


 アミーラ王国は、現在、エンバニア帝国と戦争をしている。そのため、アミーラ王国は、不景気となり、ほとんど仕事がない状態だ。

 当然、15歳となり、孤児院を出たばかりのアリアに、つけるような仕事はない。


 このような状況で、アリアが生きていくためには、アミーラ王国軍に入るしかなかった。


「よし! 行こう!」


 自分に気合いをいれるために声を出したアリアは、事務所の扉をコンコンコンと叩く。

 すると、誰かが走ってくる足音が聞こえた。やがて、足音が止まると、入口の扉が開かれる。


「もしかして、軍の志願者かい!?」


 アリアの目の前に、大柄な男性が現れる。いかにも、軍人という見た目であった。


「はい! 軍に入りたいです!」


 アリアは大きな声で返事をする。

 まさか、軍の志願者が少女だとは思わず、男性は驚いているようであった。


「冷やかしなら、帰ってくれ!」


 男性は叫ぶと、建物の中に帰ろうとする。

 アミーラ王国軍は、現在、軍への志願者を集めるのに必死だ。

 もちろん、都市にある軍の事務所を訪れた志願者は歓迎される。


 だが、そのほとんどが少年であるため、少女が軍の事務所を訪れるのはめったになかった。


「違います! アミーラ王国軍は女性でも志願できると聞きました! それなら、私も志願できるのではないですか!?」


 アリアは、男性の背中の服をつかむと、叫んだ。


「……本当に志願するのかい? 君が思っているより、軍での勤務は厳しいよ! 一回でも、戦場に出れば、生き残れる保証もない! それでも、軍への志願をするかい?」


 男性はアリアのほうに向き直る。これは男性なりの優しさであった。

 間違いなく、今、軍に志願すれば、前線に行き、死ぬのは確定しているようなものであったからだ。


「はい! 私には帰れる場所がありません! それに、孤児院を出たばかりの私が、軍以外の仕事につけるワケがないと思います! だから、軍に志願させてください!」


 男性は、アリアの顔を見る。

 アリアの顔はウソをついているようには見えない。どうやら、本気のようであると、男性は思った。


「……分かった。私についてきなさい」


「ありがとうございます!」


 アリアは、大きな声で返事をする。

 こうして、アリアはアミーラ王国軍に入ることができた。

 

 この日から、アリアの軍人としての人生が始まる。

 ただの少女であるアリアが、これから名を轟かせることになっていくとは、このとき、誰にも分からなかった。






 ――1ヶ月後。


 他の志願兵と一緒に、アリアは馬車に乗せられ、移動していた。

 アリアはダレスを出るのが初めてである。馬車から見える風景は、アリアにとって、新鮮であった。


 ダレスは、アトラス王国の南部にある都市である。

 前線から遠いため、戦争を身近に感じることはないが、現在は、戦争が始まる前より、活気がない状態である。


 アリアは、ダレスにある軍の事務所で入隊の手続きをした後、基本的な訓練を4週間にわたって行うことになった。

 ダレスにある訓練場で行われた訓練は厳しいものであり、アリアは何度も心が折れそうになったが、なんとか耐えることができた。


 そうして、アリアは、一緒に訓練した志願兵とともに、前線へと向かうことになる。

 アミーラ王国軍とエンバニア帝国軍がぶつかっている前線は、王国の北東部であり、馬車で2週間ほどの場所であった。


(はぁ……生き残れるかな?)


 馬車にられながら、アリアは外を眺めている。

 アリアたちのような志願兵は、前線で戦う部隊に配属されることが多い。

 当然、エンバニア帝国軍と正面からぶつかるため、生き残るのは難しいと、志願兵でも分かっていた。


(ここにいる人の中で、どれだけの人が生き残るんだろう?)


 アリアは、馬車の中を見わたす。30人くらいの志願兵が、馬車の中のイスに座っていた。

 志願兵は寝ていたり、起きている者は、隣に座っている者と話したりしているようである。


(とりあえず、頑張るしかないか……)


 アリアは馬車の外を、ふたたび、眺め始める。






 ――2週間後。


 志願兵であるアリアたちは、エンバニア帝国軍との戦いで兵士の数が減っている部隊に、補充兵として配属された。

 馬車から降りると、アリアは自分が配属された部隊の指揮官の天幕に向かって歩きだす。


 数分後、アリアは天幕の前に到着し、その中に入った。


「君がアリアか。私は、第3歩兵大隊第1中隊の中隊長、クレア・モートンだ。よろしく」


 鋭い目つきをしたクレアが、アリアの目の前で忙しそうに書類を書いている。

 ダレスでの訓練期間で軍の階級については覚えさせられたので、クレアが大尉であることは、すぐ分かった。


「アリアです! よろしくお願いします!」


「うん、良い返事だ。明日から、さっそく、前線で戦ってもらうから、よろしく」


 クレアは、書類を書くのをやめ、アリアのほうを向く。

 アリアは、ビシッと敬礼をした。訓練期間に練習したため、動きにムダはない。


「了解しました! それでは、失礼します!」


 アリアは、ふたたび、敬礼をすると、天幕の外へ出ていく。


(明日になったら、戦うのか……)


 アリアはそんなことを思いながら、自分の天幕に向かって、歩きだした。



 ――次の日。


(とうとう、この日がやってきてしまった……)


 アリアは、自分の所属する小隊の小隊長の指揮で、前線へと向かっていた。

 他の小隊の面々も、これからの戦いのことを考えているのか、緊張しているようである。


「よし! 進軍停止!」


 アリアの所属する小隊は、小隊長の号令に従って、動きを止めた。

 アリアの目と鼻の先には、エンバニア帝国軍が陣形を整えているのが見える。


(恐い……)


 アリアの剣を持つ手がガタガタと震えていた。

 他の小隊の面々の中には、吐いている者もいる。

 どうやら、新兵ではなくても、戦いの前は、すさまじい緊張をするようだと、アリアは思った。


 数分後、どうやら、アミーラ王国軍は陣形を整えたようである。

 同じく、エンバニア帝国軍も陣形を整え終わっていた。


(……もうすぐ、始まる)


 アリアは、震える手でなんとか、剣を握る。

 両軍は陣形を整え、突撃の合図を待っている段階であった。

 

 この状況で、アリアの所属する小隊は、アミーラ王国軍の中でも先頭に位置していた。

 アリア自身は、小隊の一番先頭の列にいる。この位置は、まっさきにエンバニア帝国軍とぶつかるため、生き残る可能性はほぼない。


(……しょうがない。どうせ死ぬんだったら、必死に最後まであがいてみよう)


 アリアは戦う覚悟を決めた。

 そのおかげか、剣を握る手の震えがおさまり、力が入るようになる。

 数秒後、けたたましい銅鑼の音が聞こえてきた。アミーラ王国軍の全軍に対する、突撃の合図である。


「突撃!!」


 アリアの所属する小隊の小隊長が、大きな声で叫ぶ。

 その声と同時にアリアは意識せず、走りだしていた。

 アリアは恐怖しか感じていなかったが、訓練をしたとおり、体は動いてくれているようである。


「うわああああああ!」


 アリアは叫びながら、剣を振りかざし、ひたすら前へ走った。

 両軍の陣地からは、おびただしい量の矢が飛んできている。

 それに加えて、両軍ともに、魔法師による遠距離からの魔法攻撃を行っていた。


「うああああああ! 助けてくれ!」


 アリアは走りながら、横に顔を向ける。

 すると、アリアの所属する小隊の兵士が炎の魔法に当たってしまったのか、燃えているのが見えた。

 アリアは兵士の叫び声を聞き、心拍数が跳ね上がるのを感じる。


(これが、戦場!)


 アリアは、燃えている兵士に驚きながら、そう思う。

 すでに、アリアの耳には、兵士の怒号や悲鳴、矢と魔法が飛んでくる音しか聞こえなかった。

 そのような状況で、アリアは目の前のエンバニア帝国軍の歩兵に斬りかかっていく。


「はああああ!」


 アリアはがむしゃらに剣を振る。

 だが、剣の軌道を読んでいたのか、エンバニア帝国軍の歩兵はアリアの攻撃を避けた。


(ヤバい!)


 アリアは剣の攻撃を避けられ、完全に体勢が崩れている。

 アリアの目には、エンバニア帝国軍の歩兵の剣が、自分に向かってきているのが分かった。


(はぁ、これでお終いか……)


 アリアは歩兵の剣を避けられないことが分かっていたため、諦めて、目をつぶる。

 だが、次の瞬間、ビュンという風を切る音が、アリアの耳のすぐそばで聞こえた。


「うわあ!」


 アリアは、歩兵の叫びが聞こえたため、急いで、目を開ける。

 すると、アリアに斬りかかっていた歩兵の剣を持っている腕に、矢が突き刺さっていた。


(今なら、倒せる!)


 アリアは、剣を握る手に力をいれると、腕を押さえている歩兵の首に向かって、全力で剣を振るう。

 歩兵は、どうやら、腕に矢が突き刺さったため、痛みで目の前のアリアに意識が向いていないようである。

 

 アリアの剣は、無防備な歩兵の首に当たった。その瞬間、歩兵は、首から大量の血が噴き出し、倒れる。

 アリアには、目を開けたまま、死んでいる歩兵の顔が見えていた。


「…………」


 アリアは生まれて初めて、人を殺したため、気が動転し、剣を握ったまま動けなくなっていた。


「おい! ぼさっとするな、新兵! まだまだ、敵はいるんだぞ!」


 アリアの所属する小隊の兵士が、アリアの耳の近くで怒鳴る。


「ハッ!」


 アリアは、その兵士の声で、我に返った。

 アリアの周囲では、アリアの小隊の兵士が怒号を上げながら戦っているようである。

 アリアは剣を握る手に力をいれると、ふたたび、敵に向かっていった。


 相変わらず、上空では、矢と炎の遠距離魔法が飛び交っている。


「うわあああああ!」


 アリアは叫びながら、がむしゃらに敵に攻撃していく。ほとんど、周囲の状況を確認しないで、ひたすら、アリアは剣を振るう。


 そんなアリアの戦いに終わりが見えた。

 戦闘が開始して、数時間後に、両軍の陣地から銅鑼の音が聞こえてきたのである、

 この音は、撤退を知らせるために、鳴らされるものであった。


「撤退!」


 アリアの所属する小隊の小隊長が、剣を振り上げながら、叫んでいる。

 どうやら、エンバニア帝国軍も撤退するようで、どんどんと退却を始めていた。

 アリアも、小隊の他の面々に混じって、撤退し始める。


(なんとか、今日は生き残れた……)


 アリアは、返り血まみれの体を引きずりながら、なんとかアミーラ王国軍の陣地がある場所まで戻っていった。

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