35 エレノア・レッド

 ――9月。


 夏季休暇が終了し、アリアとサラとステラは、レイル士官学校に戻っていた。


「はぁ……なんだか、全然、休めた気がしませんの……」


 サラは、訓練場で剣を振りながら、ため息をついている。


「サラさん、それは言わない約束ですよ……」


 サラの相手をしているアリアは、サラの剣を受けると、そう言った。


 現在、4組の入校生たちは、9月末に行われる学級対抗戦に向けて、屋内訓練場で訓練をしていた。

 4組の担当教官であるロバートは、黙って、訓練の様子を見守っている。


 学級対抗戦は、王都レイルの近くにあるアルビス平原で行われる組同士の対抗戦であった。

 この対抗戦は、王族や貴族などが見にくることになっている。

 そのため、レイル士官学校の入校生たちは、立派に戦っている姿を見せようと、躍起になって、訓練をしていた。


 9月末の学級対抗戦まで、午前中は教官による講義、午後は訓練をするという一日の流れになっている。

 ただし、午後は、学級対抗戦で勝てるように自分たちで考えた訓練を行わなければならなかった。

 担当する教官は、入校生たちの訓練を見守るだけである。


 そんなワケで、4組の入校生たちは、一対一の実戦形式の訓練をしていた。


「まぁ、夏休みを乗り切ったおかげで、強くなったのは事実ですわ!」


「そうですね。私自身も、夏休み前より強くなったと思います」


 アリアとサラは、他の入校生より、明らかに、速い速度で剣を振るっていた。

 ガンガンガンと高速で鉄を打ちつけたような音が、絶え間なく響く。

 4組の入校生たちの一部が、そんな二人の姿に見惚れて、動きを止めていた。


「まだ、休憩ではないですよ?」


 訓練を見ていたステラが、動きを止めている入校生たちに近づく。

 入校生たちはステラの言葉を聞くと、急いで、訓練を始める。

 アリアとステラとサラは、交代で、4組の入校生たちの訓練を見ていた。


 おかげで、訓練には、多少の緊張感が生まれている。

 4組の入校生たちが、訓練をしていると、5組の入校生たちが屋内訓練場に現れた。


「あ! 5組の人たちですか? 4組の学級委員長のアリアです! 代表者の人は誰ですか?」


 アリアは、サラとの訓練を中断すると、5組の入校生たちに近づく。


 学級対抗戦では、より実戦的な訓練を行うために、魔法を使う5組と6組の入校生たちも参加することになっていた。

 それぞれ、組を半分に分けられ、1組から4組に割り振られていた。

 割り振られた入校生たちは、組の指揮官の指揮下で動くことになっている。


 アリアが、5組の代表を探して、キョロキョロしていると、燃えるような赤い髪をした女性が、前に進み出た。


「おーほっほっほ! ワタクシが、4組に配属された5組の入校生の代表であるエレノア・レッドですの! 4組のために、このワタクシ自ら力を貸してあげますわ!」


 アリアの目の前に現れたエレノアは、高笑いを上げながら、そう言った。


(女子寮で見かけることはあったけど、ここまで面倒そうな人だとは思わなかった……)


 アリアは、一瞬、げんなりとした顔をしたが、無理矢理、笑顔を作る。


「エレノアさん、よろしくお願いします! 早速ですが、これから、炎の魔法を避ける訓練を、屋外訓練場で行いたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「分かったわ! それでは、どこら辺から、炎の魔法を放てば、良いのか、教えてなさい!」


 エレノアは、腰に手を当てながら、アリアを見下ろしていた。


「屋外訓練場にある、あそこの建物の近くから、炎の魔法を放ってください! 私が白い旗を振るので、それを合図にお願いします!」


 アリアは、エレノアに見えるように、少し離れた場所にある建物を指差した。


「おーほっほっほ! 分かったわ! それでは、5組の者たち、行きますわよ!」


 エレノアは建物の場所を確認すると、5組の入校生たちを率いて、歩いていく。


(大丈夫かな……)


 アリアは、元気に歩いているエレノアの後ろ姿を見ながら、そんなことを思った。






 魔法は、才能があるものだけが使える特別なものである。

 その上、矢と比べて、被害を及ぼす範囲が大きいため、戦場では、重宝されていた。

 また、魔法と一口に言っても、様々な種類がある。


 炎、水、氷、雷などの魔法が存在していた。

 また、魔法は、環境によって、行使する難易度が変わることが知られていた。


 例えば、気温が低い場所では、炎の魔法が使いづらく、氷の魔法の使用が容易である。

 逆に、気温が高い場所では、氷の魔法の使用が難しく、炎の魔法のほうが簡単に使用できた。

 この他にも、雨が降っていたりすると、水の魔法が使いやすいなど、魔法の使用は、環境に影響を受けるものである。


 また、魔法を使う者は、魔力と呼ばれる魔法を使うための力を持っていた。

 魔力は、魔法の練習をすることなどによって、上昇することが知られている。

 ただ、それにも限度があり、その限度は、個人ごとに違っていた。


 そのため、大きな魔力を持つ者は、それだけで貴重な戦力となっている状況である。

 また、魔法を使う者には、魔法の得意不得意があった。

 そんな状況でも、炎の魔法は、ほとんどの者が使える魔法である。

 

 しかも、他の魔法に比べて、環境にもよるが、魔力の消費が少ないため、最も戦場で使用されている魔法であった。

 大きな魔力を使えば、それだけ大規模な魔法を使うことができ、被害を大きくすることが可能である。


 だが、戦場では、長い時間、魔法で攻撃し続けられることが重視されているため、魔力を節約して、魔法を使用するのが一般的であった。


 うまく使うことができれば、戦況を一変させることができるのが、魔法である。

 そんな魔法を使う5組の入校生たちは、屋外訓練場にある建物に到着しているようであった。


(5組の人たちが、建物に着いたみたいだな)


 アリアは、遠目で見て、確認すると、屋外訓練場に集まった4組の入校生たちの様子を見る。

 刃引きされた剣を持っている4組の入校生たちは、突撃の合図を待っているようであった。


「準備が完了したみたいですね。それでは、突撃!」


 アリアは大きな声で叫ぶと同時に、手に持っていた白い旗を大きく振る。

 すると、5組の入校生たちが魔法で作った炎の球を山なりに飛ばし始めた。

 4組の入校生たちは、突撃しながら、手に持っていた剣で炎の球を斬り払うか、避けている。


 一応、訓練といえども、炎の球に当たれば、大やけどを負いかねないので、4組の入校生たちは、気をつけて、突撃をしていた。

 アリアも、4組の入校生たちの最後尾をついていく。


 炎の魔法を避ける訓練は、順調に推移しているように見えた。

 だが、しばらくして、異変が起きる。


「おい! なんだ、あれは!」


 4組の入校生の一人が、立ち止まって、5組の入校生たちがいる建物のほうを指差していた。

 アリアは、声に反応して、入校生が指差しているほうを確認する。


「な、なんですか、あれは!?」


 アリアは、思わず大きな声を上げてしまう。

 5組の入校生たちがいる建物の上空に、10mはあろうかという巨大な炎の球が浮いていた。

 どうやら、エレノアが魔法で作ったようだ。


 5組の入校生たちは、エレノアの体をつかんで、なんとか魔法の発動を止めようとしている。

 だが、エレノアは、腕を横に振るって、抵抗しているようであった。


「総員、退避!」


 アリアは、4組の入校生たちに聞こえるように、大きな声で叫ぶ。

 その声を聞いた4組の入校生たちは、急いで、屋内訓練場へ向けて、逃げていく。

 エレノアは、5組の入校生たちを振り払うと、アリアたちに向かって、手をかざしているようである。


 それと同時に、強大な炎の球が、山なりに飛んできた。

 もし、地面に落ちようものなら、甚大な被害が出るのは簡単に予想できることである。


「サラさん、ステラさん!」


 アリアはそう叫ぶと、巨大な炎の球に向かっていく。


「分かってますの!」


「あれが地面に落ちたら、大変なことになりそうですね」


 サラとステラは、返事をすると、アリアの後を追う。

 すぐに、巨大な炎の球は地面に落ちてきた。


「せ~のでいきますよ!」


 巨大な炎の球の着地地点に到着したアリアは、剣を構える。


「分かりましたの!」


「はい」


 サラとステラは、アリアの隣に立つと、剣を構える。

 すぐ上空には、巨大な火の玉が迫ってきており、熱風が吹き荒れていた。

 三人の髪は、熱風を受けて、激しく揺れている。


(くっ! 熱すぎる!)


 アリアは、必死で目を開けながら、斬り払う間合いを測っていた。

 巨大な火の球の熱を受けて、体中から汗が噴き出す。

 そんな状況で、最も斬り払いの威力が出る間合いまで、巨大な火の玉が近づく。


「いきますよおお! せ~のおお!」


「せ~のですわあああ!」


「せ~の!」


 三人は、息を合わせて、一気に剣で巨大な火の球を斬り払う。

 泥の塊を剣で斬ったかのような、柔らかい感触が剣を通じて、伝わってくる。

 それと同時に、熱々の鉄の延べ棒を肌に押しつけられたと感じるほどの熱が三人を襲う。


「サラさん、ステラさん! 負けないでくださあああい!」


「もちろんですのおおお!」


「当たり前です!」


 三人は、顔面をクシャクシャにしながら、剣を持つ手に力を入れる。

 あまりの熱さのせいか、巨大な火の球に触れていないのに、三人の軍服に火がついていた。

 剣を持っている手は、溶けたと錯覚するほど、熱さにやられてしまっている。


 剣自体も、赤熱しており、もう少しで溶けそうであった。


「いっけええええ!」


「はあああああああですわ!」


「ああああああ!」


 三人は大きな声で叫ぶと、巨大な火の球を一気に切り払う。

 結果、プスンという音ともに、消滅をした。

 どうやら、周囲に甚大な被害を出さずに済んだようである。


 だが、三人の衣服には、火がついている状態であった。

 このままでは、焼け死ぬのは確実である。


「サラさん、ステラさん! 池に飛びこみましょう!」


 アリアは大きな声でそう言うと、剣を捨てて、近くにある池まで走っていき、飛びこんだ。

 続いて、サラとステラも飛びこむ。

 ザバンという音とともに、茶色の水しぶきが上がる。


「ぷはぁ! まさか、こんなに早く、泳ぎが役に立つとは思いませんでした!」


 完全鎮火したアリアは、立ち泳ぎをしながら、そう言った。


「ふぅ~! 本当ですわ! あのつらい日々は無駄ではなかったですの!」


 サラは、池から上がろうとしている。

 アリアも、土の上にはい上がると、ステラを探す。

 ステラはというと、近くで、軍服を脱ぎ、絞っているようであった。


「とりあえず、生きていて、良かったですね!」


「なんで、ただの訓練でこんな思いをしないといけませんの!」


「…………」


 三人は、死ぬほどではないが、至るところにやけどを負っていた。

 手には、剣を握っていた跡が黒く残ってしまっている。

 そんな中、とりあえず、三人は、軍服を絞り、軍靴に入った水を出すと、自分の剣を取りにいく。


「ありました! でも、これ、使い物にならない気がします!」


「本当ですの! なんか、変な風に曲がっていますわ!」


 アリアとサラは、投げ捨てた自分の剣を拾う。

 剣は、先ほど、巨大な火の球を斬り払ったせいで、曲がってしまっており、訓練でも使えない状態になっていた。


 二人は、剣を手に持つと、屋内訓練場へ戻ろうとする。

 だが、ステラは、逆に、5組の入校生たちがいるほうへ向かおうとした。


「ステラさん、どこへ行くのですか?」


 アリアは、ステラが剣を持って、違う方向に行こうとしているので、質問をする。


「……す」


「はい?」


 アリアは、ステラの言葉を聞きとれなかったので、聞き返す。


「……殺す」


 ステラはそう言うと、いきなり、走りだそうとする。


「待ってください、ステラさん!」


 不穏な気配を感じたアリアは、剣を投げ捨て、ステラの腰に組みつく。

 だが、ステラをとめることができず、ズリズリと引きずられていた。


「サラさん! ステラさんをとめてください! エレノアさんを殺しにいくつもりです!」


「えぇですの!?」


 サラは驚くと、ステラを背中側から羽交い絞めにする。

 二人がかりで、やっと、ステラは動きをとめた。


「アリアさん、サラさん! 行かせてください! あの女は生かしておけません!」


「駄目ですよ、ステラさん! エレノアさんを殺したら、大変なことになりますよ!」


「アリアの言うとおりですわ! 気持ちは分かりますけど、落ちつきますの!」


 アリアとサラは、必死になって、ステラをとめる。

 結局、戻ってきた4組の入校生も加わって、なんとか諦めさせることができた。

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ガリス戦記 夕霧ヨル @yoru_yuugiri

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