7 学級委員長

 4組の入校生たちは、校庭から急いで、4組の教室に戻り、机に向かってイスに座る。


 1分後、お昼の12時を知らせる音楽が聞こえてきた。

 他の組の入校生たちが、廊下を通り、食堂へ向かう姿が、4組の教室からは見えていた。


「じゃあ、今から、ササッと午後の説明を始めるぞ! 本当は、午前中に、レイル士官学校のこととかを教えなきゃいけなかったが、まぁ、体で覚えていけ!」


 4組の教室に入り、教壇に上がったロバートは、入校生たちの前で、大きな声でそう言う。


(いや、絶対、私たちが生活する上で知らないといけないことがあるハズ! 教えてもらわないと、困るに決まっている!)


 ロバートの言葉を聞いたアリアは、心の中でツッコミをいれるが、口には出さない。


「あ! そういえば、俺の自己紹介がまだだったな! 俺の名前は、ロバート! 階級は、大尉だ! 名前のとおり、家名を持たない平民だが、担当するこの組では、貴族だろうが、平民だろうが関係なくビシバシと指導していくから、よろしく!」


「よろしくお願いします!」


 4組の入校生たちは、大きな声で返事をする。

 その声を聞いたロバートは、ウンウンとうなずいていた。


「まぁ、俺の性格は、大体、分かったと思うが、改めて言っておこう! 俺は手を抜くやつがキライだ! だから、そんなやつの希望は絶対に認めないから覚えておけ!」


「はい!」


 4組の入校生は、大きな声を上げる。


(ということは、手を抜かずにやっていれば、希望が通るかも! これは、自分ができる限り、頑張らないと!)


 アリアは、ロバートの言葉を聞いて、そう思った。


 それから、ロバートは、午後に行われる入校式の説明とザックリとしたレイル士官学校の説明をした。

 入校式は、校庭で13時10分から開始され、入校生は基本的に立って、偉い人の話を聞くようであった。


「まぁ、大体、こんなところだな! なにか質問があるやつはいるか?」


 ロバートが、4組の教室を見わたす。

 今の時間は、12時40分である。

 昼食を食べ終えた他の組の入校生が、ぞろぞろと自分たちの教室に戻る姿が、4組の教室から見えていた。


 誰も、質問事項がないのか、黙ったままである。


「よし! 質問はなさそうだから、これで午後の説明は終わる! お前ら、ちゃんと食堂に行って、昼食を食べろよ! もし、食べていないやつを見つけたら、即座に指導するからな! ちゃんと、腕が動かせないやつにも、食事をさせろよ! 最後に、校庭には、13時までに集合しろ! 分かったか!」


「はい!」


 4組の入校生たちは、大きな声で返事をした。

 その後、4組の入校生たちは急いで、食堂へ向かう。


「はぁ、はぁ、食堂が遠いですの!」


 サラが声を上げながら、走っている。

 周囲には、食堂を目指す入校生たちが、息を荒げながら、走っていた。


「教室のある建物から食堂までは、遠いですからね。行きに5分、帰りに5分かかると仮定すると、食堂についたとしても、食事をできる時間は5分ぐらいですかね?」


「はぁ、はぁ、そうですね、ステラさん!」


 まったく息を乱していないステラの横で、アリアは息を乱しながら、同意する。

 4組の入校生たちは、食堂に到着すると、腕が上がらない入校生たちを先に机に向かって、イスに座らせた。


 残りの入校生たちは、痛む腕を動かしながら、先に机に向かって、イスに座った入校生たちの分を含め、昼食を皿に移し、机に並べる。

 その後、腕が動かせない入校生たちに、腕がかろうじて動かせる入校生たちが料理を食べさせ始めた。


「ほら、早く食べてくださいまし!」


 サラはプルプルと腕を震わせながら、頑張って、腕が動かせない入校生に料理を食べさせている。

 アリアとステラを始めとした、腕が動かせる入校生たちも、料理を食べさせていた。


 腕が動かない入校生たちに食事を食べさせ終わると、腕がかろうじて動く入校生たちは、自分たちの分の料理を急いで食べる。

 2分後、少量だけ食事を食べた4組の生徒たちは、急いで、校庭へ向かう。


 アリアが食堂を出るときに、時計を確認したところ、12時54分であった。


(ギリギリ、間に合うかな……)


 アリアは、走りながら、そんなことを思っていた。

 数分後、4組の入校生たちは、続々と校庭へ到着する。

 すでに、他の組は整列が終わっているため、4組の整列する場所だけが、ポッカリと空いている状態であった。


 一番に到着したのはアリアであった。そのすぐ後に、サラとステラも校庭に到着する。

 アリアが校庭の入口にある時計を見たところ、12時59分30秒であった。


(……私は間に合ったけど、多分、間に合わない入校生もいるだろうな)


 なんとか、10人は間に合ったが、残りの20人は間に合わず、13時を過ぎてから、続々と校庭へ到着し、整列し始める。

 結局、全員が整列し終わったのは、13時2分であった。


「お前ら! 13時には集合しろと言っただろう! 時間を守るのは、軍人として、当たり前のことだぞ!」


 当然、ロバートは激怒している。

 4組の入校生たちが整列している場所の前で、ロバートはひとしきり怒鳴ると、入校生たちの後ろに下がった。


 5分後、入校式が始まった。

 司会の進行に従って、最初にレイル士官学校の校長がお立ち台に登壇し、話し始めた。


(なんか、入校しておめでとうみたいなことを言っているな……そんなことより、疲れて、眠りそう)


 アリアは、何回も目をつぶりそうになりながら、そんなことを思っている。

 4組の入校生たちにとって、レイル士官学校の校長の話は子守歌のように聞こえていた。

 実際、アリアの目の前の列に立っている入校生の何人かは、フラフラと頭を上下させている。


 20分後、校長が話し終わり、お立ち台から自分の立っていた場所まで戻った。

 その後、偉い人が次々とお立ち台に立ち、入校生たちに向けて、話し始める。


(お願いだから、早く終わってほしい!)


 2時間後、アリアの眠気は限界に達していた。ずっと立ち続けているため、足も痛かった。

 この2時間で、貧血かは分からないが、4組の入校生を含め、多くの入校生が倒れ、担架で運ばれていた。

 それほど、入校生にとって、つらいものであった。


 また、眠気に必死に抗っているアリアの耳には、いびきのような声も聞こえていた。

 どうやら、眠気に負けて、立ったまま寝ている入校生がいるようである。


(ふぅ、やっと終わりそう。あとは、司会の人が、閉式をするための言葉を言えば、入校式が終わる!)


 アリアが眠気に耐えていると、とうとう、偉い人の話が終わったようであった。

 あとは、これで、司会が閉式の言葉を言えば、入校式が終わるハズである。

 だが、アリアの期待は、裏切られた。


「続いて、祝電の披露を行いたいと思います」


 入校式の司会がそう言った瞬間、ドサドサと入校生たちが一気に倒れる。

 どうやら、なんとか気力で倒れないようにしていた入校生たちの気持ちが切れてしまったようであった。


(あ、もう無理)


 アリアも気持ちが切れてしまったため、立ったまま眠り始める。

 

 その後、祝電の披露は1時間ほど続いた。アリアは寝ていたため、まったく、内容を覚えていなかった。

 結局、入校式が終わるころには、全体の入校生たちの8割が、担架で運ばれていった。

 魔法部隊の士官を目指す5組と6組の入校生にいたっては、全員、担架で運ばれていた。


 なんとか、残った2割の入校生も、ほとんど立ちながら寝ている状況であった。


「おい! お前ら! 目を覚ませ!」


「ッ!!」


 アリアはロバートの声で目を覚ました。ずっと下を向いて寝ていたせいか、口からはよだれが少し、垂れていた。

 アリアはよだれを服のすそでふき、周囲を確認すると、寝ていた4組の入校生たちが、頭を上げて、キョロキョロとしている様子が見えた。


「お前ら、寝ていて、入校式が終わったのにも気づかなかったのか!? 本当にしょうがない、やつらだ!」


 ロバートは、4組の残った入校生たちの前で、怒鳴っていた。

 他の組も、担当する組の教官に怒鳴られているようである。


「それに、13時の集合にも間に合わなかった! お前ら、本当に士官になる気があるのか!? ないんだったら、今すぐ、やめろ!」


 ロバートの厳しい言葉が続く。

 4組の残った入校生たちは、黙って、ロバートの言葉を聞いていた。


「はぁ、もうお前らに、怒鳴っても仕方がないから、やめる! とはいえ、ここに残ったやつらは、ある程度の根性はありそうだ!」


 ロバートが腕を組ながら、残った入校生たちを見わたしている。


「よし! 午前中に決めるハズだった、この組の学級委員長を、この中から決める! お前たちで話し合って、選べ! 時間は20分だ! 決まったら、教官室に報告しに来い!」


 ロバートはそう言うと、4組の入校生を校庭に残し、4組の教室がある建物へ戻っていった。






「それで、どうしますの?」


 サラは校庭に残った4組の入校生たちの前でそう言った。

 残った4組の入校生は、サラ、アリア、ステラを含め7人ほどである。

 皆、顔が疲れ切っていた。


 他の組の入校生たちは、教官の指示に従って、校庭で腕立て伏せや走りこみなどを行っている。

 そのような状況で、残った4組の入校生は、校庭の端で輪を作り、話し合っていた。


「誰か、学級委員長をやりたくないのか?」


 残った4組の入校生の一人が、キョロキョロとしながら、そう言った。

 皆、下を向いて、黙っている。


(学級委員長なんて、絶対、つらいに決まってる! ただでさえ、今もつらいのに、これ以上、つらいのは御免だ! まぁ、一番年下の私が選ばれるワケがないか!)


 アリアは下を向きながら、そう思った。

 このままでは、埒が明かないと思ったのか、サラが口を開く。


「ああ~、このままでは、20分以内に決まりませんの! もう、それぞれ、誰が学級委員長にふさわしいか、推薦しましょうですわ! 私は、アリアが学級委員長にふさわしいと思いますの!」


「私もアリアさんが、学級委員長にふさわしいと思います」


 サラとサラの隣にいたステラが、アリアを推薦する。


「え!」


 アリアは驚きながら、サラとステラのほうを見る。


「おい! アリアって、一番年下だろう? 大丈夫なのか?」


 残った入校生の一人が、サラに話しかける。


「大丈夫ですの! なんたって、アリアは、ハミール平原の戦いで、エンバニア帝国と最前線で戦って生き残ったほどの実力の持ち主ですわ! 学級委員長にこれほど、ふさわしい人はいませんの!」


「おお! それは、すごい!」


 サラの言葉を聞いた入校生は、驚いた声でそう言った。


「ちょ、ちょっと、待ってください! たしかに、私はエンバニア帝国と戦って生き残りましたが、学級委員長をできるほどの能力はありませんよ!」


 焦ったアリアは大きな声を上げる。

 そんなアリアの様子を見たステラが口を開く。


「アリアさんは、自分を過少評価しているように思いますね。実際、私は今日、4組の様子を観察していましたが、アリアさんほど、周囲に気を配って行動できる入校生はいませんでしたよ」


 ステラが落ちついた声で、そう言った。

 サラとステラの発言によって、入校生たちの視線が、アリアに集まっている。


「それを言うなら、ステラさんも周りを観察できるほど、余裕があったってことではないのですか!? それなら、ステラさんこそ、学級委員長にふさわしいと、私は思います!」


 アリアはなんとか学級委員長に選ばれないように、反論する。


「たしかに、余裕があったのは事実です。ですが、私は、今日、皆さんが見ていたとおり、気に食わないことがあると、すぐに怒ってしまうので、学級委員長に向いていないと思います。それでも、学級委員長に私を推薦する人が過半数であったなら、学級委員長になるのもしょうがないと思っています」


 ステラはアリアとは違い、落ちついた声でそう言った。

 ステラの発言が終わったのを見計らったサラは、口を開く。


「もう、時間がありませんの! サラかアリア、どちらかに決めましょうですわ!」


 サラがそう言うと、残った入校生たちは、一人一人、サラかアリアの名前をあげていった。

 その結果、推薦したのは、アリアが4人、ステラが3人となり、アリアが学級委員長になることが決まった。


「……分かりました。まったく、気は進みませんが、選ばれたからには、頑張りたいと思います」


 アリアがそう言うと、パチパチと拍手をされた。


(はぁ、もう、しょうがないか……)


 アリアは諦めると、残った入校生たちに対して、4組の教室に戻るように指示し、アリア自身は教官室へ向かった。

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