6 レイル士官学校への入校
――4月。
冬が終わり、暖かくなり始めたころ。
軍服を着たアリアとサラは、レイル士官学校に入校するために、馬車で王都レイルに向かっていた。
朝日が、二人が乗った馬車に降り注ぐ。
「うう……緊張します」
アリアは馬車の中で、吐きそうな顔になっている。
対して、サラは笑顔で、元気一杯といった感じであった。
「大丈夫ですわ! 貴族どもがなにか、アリアに言ってきたら、ぶっとばしてあげますの!」
「ありがとうございます……」
アリアは、サラの顔を見ながら、そう言う。
モートン家以外の貴族と接したことがなかったため、アリアは、貴族がわんさかといるレイル士官学校の入校をビビっていた。
アリアは、憂鬱な気持ちになりながら、馬車の窓から外を見ている。
そうこうしているうちに、レイル士官学校の入口の門に、二人を乗せた馬車が到着した。
「アリア! レイル士官学校に着きましたわ! さぁ、行きますの!」
「分かりました! だから、腕を引っぱらないでください!」
アリアは、テンションが高いサラとともに、荷物を持ちながら、馬車を降りる。
すでに外では、豪華な馬車から降りた貴族と思われる人物が、続々とレイル士官学校の入口の門で受付の女性に話しかけていた。
「とりあえず、受付に話しかけましょうですわ!」
「分かりました」
サラとアリアは、荷物を持ちながら、受付の女性に近づく。
二人は、受付の女性に話しかけ、確認が終わると、荷物を置きにいくために、女子寮へ向かう。
サラの父親であるマットが、レイル士官学校に働きかけたのかは分からないが、サラとアリアは、同じ部屋であった。
レイル士官学校は全寮制であるため、貴族、平民に関わらず、寮に入らなければならない。
また、寮は男子寮と女子寮に分かれている。
「そういえば、サラさんは、同じ部屋になるステラ・ハリントンという人を知っていますか?」
女子寮に向かう道中、アリアは同じ部屋になるステラという女性のことについて、サラに質問する。
「あ~、どこかのパーティー会場で見たことがありますけど、話したことはありませんわ」
「そうなんですね……恐い人だったら、どうしましょう?」
「大丈夫ですわ! 見た目は、物静かそうな貴族のご令嬢という感じだったハズですの!」
「それなら、少し安心できます!」
アリアは、サラの言葉を聞き、緊張が少しほぐれた。
数分後、二人は、自分たちが住むことになる女子寮の部屋に到着する。
サラは、部屋の扉の近くに荷物を置くと、扉をガチャリと開け、中に入っていった。
アリアも、荷物を持ちながら、サラの後ろをついていく。
部屋の中には、すでに、黒い髪を伸ばした女性であるステラがおり、荷物を整理していた。
「初めましてですの! サラ・モートンと言いますわ!」
サラはすぐにステラに近づくと、自己紹介をした。
「初めまして。ステラ・ハリントンです。今日から、1年間、よろしくお願いします」
ステラは落ちついた声で、サラに自己紹介をする。
その後、ステラが、アリアのほうに顔を向けた。
「そちらの方がアリアさんですね? ステラ・ハリントンと言います。よろしくお願いします」
「アリアです! こちらこそ、よろしくお願いします!」
アリアは、気合いの入った声で、自己紹介をする。
「ふふ、元気な方ですね」
ステラは微笑みながら、そう言った。
その後、三人は、自分の荷物を片づけると、自分の組である、4組へ向かう。基本的に、寮で同じ部屋の人は、同じ組に所属していた。
レイル士官学校は、6組に分かれており、1組から4組が一般的な入校生の組であり、5組と6組が魔法部隊を率いる士官を目指す組である。
魔法を使える人間は、才能がある者に限られているため、士官の数が少ないのが現状であった。
また、各組が30人ほどであり、そのほとんどが貴族で構成されている。平民は、各組、3人ほどしかいない。平民が、レイル士官学校に入るのは、相当、優秀でなければ難しいのが現状である。
三人は、4組の教室に入り、自分のイスに座った。
(うう……視線が痛い)
アリアは周囲を観察しながら、そう思う。
同じ組の貴族と思われる人物が、アリアを指差して、ヒソヒソと話している。
他にも平民がいたが、アリアは小柄であり、組の面々より年下であるため、注目を集めているようであった。
サラはアリアを指差している入校生の様子を見て、バンと机を叩き、その入校生に近づこうとする。
だが、それよりも、早く、ステラが動いていた。
「不愉快だから、やめてくれませんか?」
ステラはそう言うと、アリアを指差していた入校生の顔面をつかみ、そのまま、黒板に叩きつける。
バンという音が、4組の教室に響く。
サラは、まさか、物静かそうなステラがそのような行動をするとは思っていなかったのか、ポカンと口を開けている。
(うわ! あの細い腕のどこにそんな力があるんだろう!?)
アリアは、そんなことを思いながら、サラと同様にポカンとしていた。
「おい! お前! なにをしているんだ!?」
ステラが黒板に押し当てている入校生の取り巻きと思われる者が、ステラの腕をつかむ。
「いえ、不愉快だったから、黙らせただけですよ? なにか、問題がありますか?」
「あるに決まっているだろう! 良いから、さっさと、手を放せ!」
取り巻きの入校生は、なんとかステラの腕をつかみ、引き離そうとするが、ステラのほうが力が強いのか、まったくビクともしていなかった。
「こ、この!」
取り巻きの入校生はしびれを切らしたのか、ステラの顔面を殴ろうとする。
ステラは黒板に押し当てていた入校生から手を放すと、取り巻きの入校生の攻撃を避けた。
その後、取り巻きの入校生の顔面を殴る。
ステラの拳が、取り巻きの入校生に当たると、ドゴォという音がした。
「うわぁ!」
ステラに殴られた取り巻きの入校生は、情けない声を上げながら、鼻を押さえる。
その鼻からは、血が流れ出していた。
「この野郎! 許さねぇ!」
その様子を見ていた取り巻きの入校生たちの一人がそう言うと、一気にステラに殴りかかっていく。
ステラのほうはというと、拳を握り、戦う気満々である。
「なにしてますの!」
我に返ったサラが、ステラに殴りかかっていた入校生の一人に向かって、跳び蹴りをしていた。
サラの攻撃をもろに受けた入校生は、そのまま、倒れこんだ。
「お前も、こいつをかばうのか!」
「当たり前ですの!」
サラは、腕を腰に当てながら、そう言った。
そこから、ステラとサラは、入校生たちと殴り合いのケンカを始める。
アリアの目の前で、ステラとサラが、入校生を殴り、殴られていた。
「ちょ、ちょっと、待ってください!」
アリアは、ステラとサラをとめようとするが、まったく、二人はとまらない。
そのうちに、貴族に反感を持っていたであろう、2人の平民の入校生が、殴り合いに参加し始める。
「元々、お前のせいだ!」
取り巻きの入校生の一人がそう言うと、なんとか静止しようとしていたアリアの顔面を殴った。
ステラとサラをとめようとしていたアリアは、不意打ちを受ける形で、殴られてしまう。
「いった……」
アリアは顔面を殴られた後、殴ってきた入校生のほうをにらむ。
「なんだ? やるなら、かかってこい!」
アリアを殴った入校生は、アリアを挑発する。
その瞬間、ブチという音とともに、アリアの頭の中でなにかが切れた。
「うわあああ!」
アリアは、大きな声で叫びながら、殴りかかる。
ステラとアリアとサラが、ケンカを始めて、数分後。
4組の入校生は、三人に味方するグループと反対するグループに分かれ、お互いに殴り合っていた。
怒号が4組の教室に響きわたっている。
他の組の入校生は、4組の教室の様子を見るため、廊下に集まっていた。
そんな中、刈り上げが特徴的な大男であるロバートが、複数の教官を連れて、4組の教室に入っていく。
野次馬をしていた入校生は、ロバートたちの姿を見ると、すぐに自分の組に戻っていった。
「おい! お前ら! 暴れるのをやめろ!」
ロバートは怒鳴りながら、入校生を殴り、静かにさせる。
ロバートが連れてきた教官も、次々と、入校生を殴り、静かにさせていく。
10分後、ロバートたちによって、4組は完全に落ちつきを取り戻していた。
――30分後。
4組の入校生たちは、レイル士官学校の校庭に集合し、腕立て伏せの体勢をしていた。
周囲には、ロバートが連れてきた教官たちがおり、入校生たちを監視している。
「お前ら! 入校初日で乱闘騒ぎをするとは、どういうことだ!?」
ロバートが大きな声で怒鳴る。
その声を、腕立て伏せの体勢を維持したまま、4組の入校生たちは聞いていた。
「おい! 誰か、言い訳を言いたいやつは、言ってみろ!」
ロバートの問いかけに、誰も答えない。
4組の入校生たちは、腕立ての体勢をし続けるので精一杯である。
「まったく、お前らは、信じられないほどのバカだな! これから、お前らの根性を叩き直す! 覚悟しろ!」
ロバートはそう叫ぶと、周りにいる教官とともに、入校生たちを監視し始めた。
数分後、うめき声を上げながら、入校生の一人が、腕立て伏せの体勢を崩し、膝をつく。
「おい! 誰がやめて良いと言った!」
ロバートはそう叫び、膝をついてしまった入校生の軍服の背中をつかみ上げ、強制的に腕立て伏せの体勢をとらせようとする。
だが、入校生は、腕が限界なのか、すぐに膝をつこうとした。
「お前! 楽がしたいのか! そんな覚悟だったら、士官学校をやめてしまえ!」
ロバートはそう言うと、膝をついてしまった入校生、4組の入校生の列の外に引きずっていった。
そこには、ロバートが連れてきた教官がいた。
膝をついてしまった入校生は、その教官に怒鳴られながら、強制的に腕立て伏せの体勢をとらされていた。
入校生は、教官の怒号に耐えられなかったのか、涙を流しながら、なんとか腕立て伏せの体勢をとろうとしている。
それから、1時間後が経過した。
アリアは顔から大粒の汗を流しながら、腕立て伏せの体勢を維持している。
だが、ときどき、膝をついてしまい、教官に怒鳴られながら、なんとか続けている状態であった。
他の入校生も、教官に怒鳴られながら、なんとか腕立て伏せの体勢をとり続けていた。
このような状況で、教官が何回、怒鳴っても、楽をしようと膝をつき、腕立て伏せの体勢をとるのをやめてしまった入校生は、教官に鉄拳制裁をされていた。
その結果、楽をしようとした入校生は、イヤでも、腕立て伏せの体勢をとるようになっていた。
「よし! お前らが、全員、その体勢で1分間、余計な動きをせずに耐えられたら終わりにしよう!」
ロバートの言葉を聞いた入校生たちは、歯を食いしばって、腕立て伏せの体勢をとる。
「全員、腕立て伏せの体勢をとれたみたいだな! それでは、数えるぞ! 1、2、3……」
ロバートは、数を数え始める。
アリアにとっては、数えられる1秒が、とても長く感じた。
入校生たちを見ながら、ロバートが数を数えていく。
「48、49……」
ロバートは大きな声で数字を叫ぶ。
(あと、10秒!)
アリアはそう思いながら、最後の力を振り絞り、なんとか耐えていた。
「50、50.1、50.2……」
ロバートは大きな声で叫ぶ。
(え! そんなのアリですか!?)
アリアは、ロバートの声を聞いた瞬間、心が折れてしまい、膝をついてしまう。
アリアだけではなく、入校生たちのほとんどが、ロバートの声を聞いた瞬間、膝をついていた。
「あと、10秒だぞ! お前ら、頑張れよ! ほら、さっさと、腕立て伏せの体勢をとれ!」
ロバートが怒鳴ると、周りにいた教官も怒鳴り始め、入校生たちは、また、腕立て伏せの体勢をとり始める。
アリアも必死の思いで、腕立て伏せの体勢をとる。大粒の汗が顔をつたい、地面に落ちている。
そのような状況で、入校生たちの半数以上は、泣きながら、腕立て伏せの体勢をとっていた。
教官の怒号と入校生たちの泣いている声が校庭に響いている。
結局、その後、2時間ほど腕立て伏せの体勢をとることになった。
「腕が上がりませんの……」
サラはフラフラとしながら、他の入校生に混じって、4組の教室に戻っている。
アリアも腕を垂らし、ふらつきながら、サラの後ろをついていく。
「おい、お前ら! ダラダラと歩くな! 走って戻らないと、また、やらせるぞ!」
ロバートの怒号が聞こえてくる。
(それだけは、イヤだ!)
そう思ったアリアは大きな返事をすると、急いで、4組の教室に戻ろうとした。
4組の他の入校生たちも大きな声で返事をすると、急いで、走りだす。
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