5 合格
――半年後。
3月となり、だんだんと冬の寒さも和らぎ始めたころ。
16歳になったアリアは、入校試験を受けるために、レイル士官学校を訪れていた。
レイル士官学校は、アミーラ王国の中央部にある王都レイルに存在している。
アリアのいるサリムからは、馬車で3日ほどの距離である。
アリアは、試験の前日から王都レイルにいたため、余裕を持って、レイル士官学校に到着することができた。
「すいません、試験を受けに来たのですが」
「はい。それでは、身分証の提示をお願いします」
レイル士官学校の入口の門に立っていた受付の女性に、アリアは、軍の身分証を見せる。
受付の女性は、アリアの身分証を確認し、手に持っている紙になにやらチェックをつけていた。
「確認が終わりましたので、試験会場まで案内しますね」
「ありがとうございます」
アリアは、受付の女性から身分証を返してもらう。
その後、受付の女性の案内に従って、試験会場に向かった。
レイル士官学校は、サリム基地と同じくらいの広さはありそうである。
そのため、最初に受けることになる筆記試験の会場まで、数分間、歩くことになった。
「それでは、頑張ってくださいね」
「案内、ありがとうございました」
アリアは受付の女性に、お礼を言うと、筆記試験が行われる教室に入る。
教室に入ると、アリアは指定された机に向かって、イスに座った。
(……緊張するな)
アリアは、教室の上のほうにある時計を見ながら、そう思う。
この半年間、サラに勉強を教えてもらいながら、アリアは必死になって勉強した。
今まで、あまり勉強をしてこなかったアリアにとっては、大変な半年間であった。
そのおかげか、アリアは、クレアが用意してくれた筆記試験の過去問をほとんど、解けるようになっていた。
それでも、筆記試験を前にしたアリアは、緊張している。
数分後、筆記試験の問題用紙を持った試験官が教室に入ってきた。
試験官が、教室にいる受験生に問題用紙を配り終えると、試験が始まる。
(とりあえず、解ける問題から解いていこう!)
そう考えたアリアは、5枚の問題用紙を確認した。
(大体、解けそうだ!)
問題を確認した結果、ほとんど解けることが分かったアリアは、問題用紙の1枚目から、順番に問題を解き始める。
2時間後には、筆記試験が終了した。
(手ごたえはあった気がする!)
アリアは、面接が行われる会場に移動しながら、そう思う。
一部、分からない問題もあったが、アリアは筆記試験の問題をほとんど解けていた。
数分後、受験生たちは、試験官の案内で面接が行われる会場に到着する。
面接は、一人ずつ、教室に入り、行われるようであった。
面接を誰かが受けている間、他の生徒は面接を行う教室とは、違う教室で待機するようである。
アリアは、イスに座ると、教室の上のほうにある時計を眺めていた。
30分後、アリアは、教室にやってきた試験官に名前を呼ばれ、面接が行われる教室の前に移動する。
「それでは、自分のタイミングで教室に入るように」
試験官は、アリアにそう言うと、どこかへ行ってしまった。
アリアは緊張しながら、教室の扉をコンコンコンと叩く。
「どうぞ」
教室の中から、若い男の声が聞こえる。
「失礼します!」
アリアは大きな声を上げると、教室の中に入った。
お辞儀をした後、教室の中にあるイスまで移動する。
「今日は、よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします。それでは、イスに座ってください」
「失礼します!」
アリアは、お辞儀をすると、イスに座った。
このとき、アリアは緊張しすぎて、手に平に汗がにじむのを感じる。
面接官は、目の前にいる若い男一人であるようだ。
アリアがイスに座ると、面接官はアリアに質問をし始める。
自己紹介、志望動機など、アリアが事前に想定していたような内容が聞かれた。
ときどき、緊張のためか、言葉をかんだりしたが、30分後には目立ったミスもなく、面接を終えることができた。
アリアが面接を終えたころには、昼を知らせる音楽が聞こえてきた。
そのため、アリアは、他の受験生に混じって、食堂へ向かう。
その道中、アリアが周囲の受験生を確認すると、泣いている者が何人かいた。
(……きっと、圧迫面接を受けたんだろうな。自分の面接官は、優しかったから、ラッキーだった)
泣いている受験生を横目に見ながら、アリアは、そんなことを思う。
10分後、アリアは食堂へ到着した。
どうやら、好きな料理を自分が食べる量だけ、皿に移して、机に向かってイスに座り、食べるようである。
(なかなか、おいしい。さすがに、サラさんの実家のモートン家で出された料理よりはおいしくないけど、サリム基地で出される食事よりはおいしい気がする。本当にクレアさんが言っていたように、基地によって出される料理のおいしさが違うんだな)
アリアは昼食を食べながら、そんなことを思う。
10分後、昼食を食べ終えたアリアは、午後の実技試験が行われる訓練場に、案内の看板を見ながら、なんとか到着した。
アリアが到着したころには、すでに多くの受験生が訓練場に集まっていた。
数分後、実技試験の試験官と思われる人物が数人、現れる。
「ただ今より、実技試験を行う! 試験官に名前を呼ばれた者から順番に実戦形式の試合を行ってもらう! どちらかが、戦闘不能か降参するまで行うから、覚悟するように!」
試験官のまとめ役と思われる人物が大声で叫ぶ。
その人物の声を合図に、周りにいた試験官たちが、紙を見て、受験生の名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた受験生たちは、試験官から木剣を受けとると、すぐに試験官と戦い始めた。
(うわ! 容赦ないな!)
アリアの目の前で、試験官の攻撃によって、受験生たちが完膚なきまで叩き潰されている。訓練場には、受験生たちの悲鳴が響いていた。
次々に、降参と言う隙もなく、受験生はボコボコにされ、続々と担架で運ばれていく。
受験生をボコボコにした試験官は、次の受験生の名前を叫んでいる。
そのような状況で、数分後、アリアの番となった。
「次! アリア!」
「はい!」
アリアは大きな声で叫ぶと、試験官のまとめ役と思われる人物の目の前に、急いで、走っていく。
「よし! 準備ができたら、俺に斬りかかってこい!」
試験官のまとめ役と思われる人物は、アリアに木剣を渡すと、少し距離をとり、木剣を構える。
アリアも、剣を構えると、即座に、試験官に斬りかかった。
「ッ!!」
今まで、余裕がある表情をしていた試験官の顔がこわばる。
アリアは、相手の足を狙い、横なぎに剣を振るう。
小柄なアリアが、戦場で戦う相手は、基本的にアリアよりも身長が高い。
そのため、アリアは足を攻撃して、体勢が崩れたところを一撃で仕留める戦法を好んで戦場で使っていた。
アリアの剣は、相手の足に当たると思われた。
だが、試験官は意表をつかれながらも、なんとか剣でアリアの攻撃を防ぐ。
パンと甲高い音が訓練場に響いていた。
「チッ!」
アリアは舌打ちをすると、試験から距離をとった。
(……なかなか、強い)
アリアは剣を構え直しながら、試験官の隙を伺う。
戦場では、この戦法で多くの敵兵を倒していたので、試験官がある程度の実力があることが分かった。
「お前! もしかして、ハミール平原で戦っていたか?」
試験官が剣を肩に担ぎながら、大声でアリアに質問する。
「はい! 戦ってました!」
アリアは剣を構えながら、試験官に負けないような大きな声で叫ぶ。
「だよな! 明らかに、戦場で戦ったことがあるやつの動きだと思った! これは、俺も少し、本気を出したほうが良いな!」
試験官は剣を構えると、一気にアリアとの距離をつめ、上段からアリアの頭に目がけて、剣を振るう。
どれほどの力が加わっているのか、ブンというすさまじい音とともに、アリアに剣が迫る。
「ッ!!」
アリアは剣で受けとめようとせず、本能に従って、後ろに下がった。
その直後、アリアのいた場所を剣が通る。そのまま、試験官の剣は、地面に当たった。
その瞬間、バンという音ともに、木剣が砕け散る。
「あ~、やっちまった! だから、木剣はイヤなんだよ! すぐに折れるからな!」
試験官は、折れた木剣を右手に持ちながら、左手で頭をかいていた。
(うわ、危なかった! あんなの剣で受けとめられるワケがない!)
なんとか、試験官の攻撃を避けたアリアは剣を構えながら、そう思う。
もし、試験官の攻撃を受けていたら、受けとめきれずに、アリアの肩か腕が折られていただろう。
それほどの一撃であった。
「なんか、やり合うのも面倒になってきたな……もう、いいか! 今の一撃を避けられただけでも、十分、実力があることは分かったからな! よし! 受験生、もう実技試験は終わるから、帰っていいぞ!」
「え? もう、終わっても大丈夫なんですか?」
アリアは、戸惑いながら、試験官に質問をする。
「ああ、お前の実力は分かったから、大丈夫だ! まぁ、お前がどうしても、決着がつくまで戦いたいんだったら、やっても良いがな! ただし、そのときは、木剣じゃなくて、お互いに、刃引きされた鉄製の剣を使うことになるけど、大丈夫か? 木剣じゃ、すぐに折れて話にならないからな!」
(冗談じゃない! あの人と、刃引きされた鉄製の剣で戦ったら、絶対、骨折だけでは、済まなくなるに決まっている!)
アリアは試験官の言葉を聞いた直後に、そう思った。
そのため、即座にアリアは返答する。
「いいえ、大丈夫です! それでは、帰ります! ありがとうございました!」
「そうか! それじゃ、気をつけて帰れよ!」
アリアは試験官に木剣を返し、お辞儀をすると、急いで訓練場を出た。
その後、馬車に乗り、サリムに帰っていった。
――1週間後。
サリムに戻ったアリアは、モートン家の屋敷で、いつもどおり、サラと訓練をしていた。
20時を過ぎていたため、松明の明かりを頼りに二人は訓練している。
サラは、アリアとの訓練により、飛躍的に実力を向上させていた。
今では、アリアとまともに剣で打ちあえるぐらいにはなっていた。
「今日は、このくらいで良いですの! お風呂に入って、夕食を食べましょうですわ!」
「分かりました」
アリアは、そう答えると、サラとともに、お風呂場に向かう。
この半年間、アリアは、軍での勤務を終えた後は、モートン家で過ごすようになっていた。
いつも、サリムにある学校から馬車に乗って帰るサラともに、アリアはモートン家に帰っていた。
帰った後は、20時くらいまで訓練をすると、お風呂と夕食を済ませ、夜の12まで、サラがアリアに勉強を教えるという日々を送っていた。
そのため、アリアはもはや、モートン家に住んでいる状態になっていた。
また、休みの日には、サラとアリアで、サリムに遊びに行っていた。
年が近いこともあり、二人は仲良しになっていた。
今日も、サラとアリアはお風呂場から上がると、屋敷の食堂へ向かう。
「遅いよ、二人とも! 私も父上も母上も、待ちくたびれたぞ!」
「あれ? 今日は、クレア姉様と母上と父上が揃うなんて、珍しいですの!」
サラが食堂で、机に向かって座っている三人を見る。
普段、クレアは軍での仕事が忙しく、21時以降に帰ってくることが多かった。
加えて、サラとクレアの父親であり、サリム基地を統括する第3師団の師団長のマット・モートンもクレアとともに、帰ってくることが多かった。マットの階級は、少将であり、優しそうなおじさんである。
また、サラとクレアの母親であるニーナ・モートンは、クレアとマットが帰ってきてから、一緒に夕食を食べるため、普段は、サラとアリアの二人で夕食を食べることが多かった。ニーナは、クレアに似て、鋭い目つきをした女性である。
「そりゃ、今日はお祝いだからな! そうですよね、父上?」
「そうだぞ! なんたって、アリアがレイル士官学校に合格したからな! アリア、おめでとう!」
マットはそう言うと、立ち上がり、アリアに駆けよってきた。
マットとともに、クレアとニーナも、アリアに駆けよる。
「え! 本当ですの!? やりましたわ、アリア!」
サラはそう言うと、アリアに抱きつく。
マットとニーナとクレアも口々に、お祝いの言葉をアリアにかけていた。
アリアの目からは、自然と涙が流れている。
こんなに、お祝いをしてもらったのは、アリアにとって、生まれ始めてであった。
アリアが泣き終わると、五人は机に向かって、イスに座り、豪華な食事を食べ始める。
こんなに、嬉しいことは、アリアの人生では、戦争が終わった瞬間ぐらいであった。
こうして、アリアは、レイル士官学校に入校することができた。
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