32 船舶襲撃
――次の日の夜。
アリアとステラとサラは、カレンの先導の下、レイテルの港へ向けて闇夜の中、駆けていた。
四人は、動きやすい服を着ている。腰には、自分の剣を提げていた。
「もうすっかり、元気ですの!」
「そうですね! 昨日より体が動きます!」
「カレンの持ってきてくれた薬草のおかげですね」
三人は、多少、体は痛むが、戦う分には問題ない状態である。
カレンの持ってきた、よく分からない薬草を体中にはり、これまたよく分からない薬草を煎じたものを飲んだおかげで、三人の体は回復していた。
今日一日、三人は、夜の襲撃のために、体を休めることに専念していた。
そのことも、劇的な体の回復に影響しているようである。
今回は急ぐ必要がないため、カレンは、サラとアリアの走る速度に合わせてくれていた。
「そういえば、カレンさんが持ってきた薬草って、貴重な薬草なんですか?」
ふと、アリアは、頭に浮かんだことをステラのほうに首を向けて話す。
「ワタクシも気になりますの!」
サラも、アリアの疑問に食いつく。
「うう~ん、実際、私もよくは分からないんですよね。いつも、なにも考えず、カレンの言われるとおりに薬草を使っていました。たしかに、気になりますね。ここは、聞いてみましょうか。カレン、あなたが持ってきた薬草って、貴重なんですか?」
ステラは、三人の前を走っているカレンに質問をする。
「まぁ、貴重といえば貴重ですかね。私が個人的に栽培している薬草です。名前は、エバーというらしいですよ。少なくとも、アミーラ王国で、栽培されていると聞いたことがありません」
「それは、貴重な薬草ですね。どこで手に入れたのですか?」
「私がお嬢様のメイドをする前に、王都レイルでエバーを手に入れました。効果は、よく分からなかったのですが、いろいろと試した結果、傷を治す作用があると分かったので、使っています。ただ、使いすぎると、興奮して暴れまわりたくなる衝動が抑えきれず、暴れてしまうので、注意は必要ですね」
「……今まで知らずに使っていましたけど、結構、危ない薬草だったんですね」
薬草の正体を知ったステラは、ジト目でカレンのほうを見る。
だが、カレンは、前を向いて走っているため、ステラの視線に、気づかないようであった。
「……やっぱり、ヤバめの薬草だったんですの」
「まぁ、こうして、私たちの体は回復していますし、カレンさんの言ったとおりに薬草を使えば良いので、そこまで、危ない薬草でもない気がします」
サラとアリアは、走りながら、そんなことを言っていた。
そうこうしているうちに、三人は、港の近くの小さな建物の前に到着する。
カレンは、小さな建物の扉をコンコンコンと叩く。
すると、扉の内側から、コンコンコンと叩き返す音が聞こえた。
カレンは、無言のまま、扉を開ける。
扉を開けた先には、動きやすそうな服を着ているバールがいた。背中には、大剣が背負われている。
カレンは、三人のほうを向き、口に右手の人差し指を当て、左手を自分のほうに振る。
その後、カレンは小さな建物の中に入っていく。
(黙って、ついてこいという意味か)
アリアは、カレンの後ろをついていく。
ステラとサラも、意味が理解できたようであり、アリアの後ろをついていく。
建物の中は、暗く、窓の外から入ってくる月明かりだけが頼りであった。
アリアは、周りを確認するために、キョロキョロとする。
(この人たち、近衛騎士団か)
建物の中には、昨日、砂浜で見かけた人たちがいた。
軍服ではなく、動きやすい服装に着替えているようである。
カレンの後ろを歩いていた三人は、ミハイルの近くでとまった。
「ミハイル様、状況はどうでしょうか?」
カレンは、窓から少し離れた場所に座っているミハイルに質問をする。
「カレンか。状況に変化はないね。もう少し、待つかもしれない」
ミハイルはそう言うと、ふわぁとあくびをした。
まったく緊張しているようには見えず、どちらかというと、ミハイルは眠そうである。
「分かりました。それでは、お嬢様方。待ちましょうか」
カレンはそう言うと、建物の空いている場所に移動する。
三人は返事をすると、カレンの近くに歩いていき、建物の床に座った。
アリアが窓のほうを見る。
そこには、港を監視している近衛騎士団の団員が二人いた。
(とりあえず、待つしかないか)
アリアは、近くにあった壁にもたれかかる。
アリアが動いたことに気づいたステラとサラも、アリアの隣に移動した。
暗闇の中、時間だけが過ぎていく。
(なんだか、眠くなってきたな……)
アリアは、コクリコクリと頭を上下に揺らしていた。
目をこすり、アリアは隣にいるサラとステラのほうを向く。
サラは、上を向いて、口を開けたまま寝てしまっていた。
ステラはというと、顔を下に向けて、スースーと寝息を立てている。
そんな中、一人の人間が近づいてきた。
建物の中は暗かったので、アリアは、至近距離に近づくまで誰だか分からなかった。
「……まったく、作戦前に居眠りとは、大物なのか、馬鹿なのか、分からないな」
近づいてきた人物の正体は、フェイであった。
フェイは、三人の目の前に座る。
「サラさん、ステラさん!」
アリアは、二人を小突いて起こした。
「ふわぁあ……そろそろですの?」
「サラさん、まだみたいですよ」
サラが寝ぼけているのに対し、ステラは即座に状況を理解していた。
「ふぇ? あ! フェイ大尉ですの!」
サラは、目の前にフェイが座っていたので、大きな声を出してしまった。
建物の中にいる全員の視線がサラに集まる。
「うるさい」
フェイはそう言うと、サラの頭に拳を振り下ろす。
ゴンという鈍い音がした後、サラは頭を抱えた。
「本当に、お前、クレアの妹か? クレアは、もっと状況を読める女だった気がする!」
「クレア姉様を知っていますの?」
「知ってるも、なにも、レイル士官学校にいたとき、同じ組で同じ部屋だったぞ!」
「そうなんですのね! クレアお姉様の士官学校時代……気になりますの!」
「私も気になります!」
クレアの話が聞けそうであったので、アリアとサラがフェイに注目した。
ステラは、黙って、フェイを見ている。
「クレアねぇ……まぁ、士官学校時代は滅茶苦茶なやつだった。あれは、入校3日目だったかな。教室に周りを馬鹿にする、いけ好かない貴族がいたんだけど、クレアは我慢の限界だったのか、いきなりキレて殴りかかってな! もう、そこから教室中の入校生たちを巻きこんで、殴り合いの大喧嘩になってしまったんだ! 当然、その後、全員で腕立て伏せをすることになった! 今では、良い思い出だ! いきなり殴りかかるなんて、お前たちはしないだろう? この出来事だけでも、クレアが滅茶苦茶なやつだということが分かったハズだ!」
「ハハハ……そうですわね」
「ハハ……たしかに、考えられないですね」
心当たりがありすぎる二人は、半笑いになりながら、答える。
二人は、レイル士官学校に入校した初日の乱闘を思い出していた。
「……まぁ、私たちは、入校初日でしたね」
フェイの話を聞いていたステラが、ボソッとつぶやく。
「うん? なんか、言ったか、ステラ?」
フェイは、ちゃんと聞こえなかったのか、ステラのほうを向いた。
「いえ、なにも言っていません」
ステラは、落ちついた声で答える。
さも、なにも言っていないかのように装っていた。
「そうか! 私の空耳だったのかな?」
フェイは、キョトンとした顔をした後、アリアとサラのほうを向く。
「フェイ大尉! もっと、クレア姉様の話を聞きたいですわ!」
「私もです!」
サラとアリアは、目を輝かせて、フェイが話しだすのを待っている。
「分かった、分かった! 次は、熊殺しの話をしようか! あれは、私とクレアとアンが訓練場を歩いていたときだったな!」
「面白そうですの!」
「楽しみです!」
サラとアリアはそう言うと、フェイの話に耳を傾けた。
そこから、クレアの話を、しばらくの間、聞くことになる。
二人がキャッキャッしながら、フェイの話を聞いていると、カレンが声をかけた。
「お嬢様方、そろそろのようです。ご準備を。私は、先に行きますので、近衛騎士団の方々に混じって、後で来てください」
黒いローブを着て、顔を隠したカレンはそう言うと、建物から出ていく。
「もう作戦開始の時間か。団長から、お前たちのことを任されているから、私についていこい!」
「分かりましたの!」
「分かりました!」
「了解しました」
サラとアリアとステラは返事をすると、動き出したフェイの後を追う。
他の近衛騎士団の面々は、音を立てないように、素早く、建物の外に出ているようであった。
近衛騎士団の面々は、すぐに偽装したエンバニア帝国の船に襲撃できるように、港近くの建物の陰に隠れていた。
三人は、フェイと同様に、隠れながら、船が停泊するであろう場所を見ている。
その場所には、内通者に偽装したカレンが立っていた。
どうやら、港に船を停泊させて、逃げられないようにするようだ。
「今回の作戦は、港に船が停泊したら、近衛騎士団が一気に船の縁に沿って、展開することになっている。海に飛びこまれて逃げられないようにな。お前たちは、私の近くで、敵を逃がさないように倒せ。分かったか?」
「はいですの」
「分かりました」
「了解しました」
サラとアリアとステラは、小声で返事をする。
ヒリつくような緊張感が、三人を包んでいた。
(結構、戦うのに慣れてきたと思うけど、戦う前は緊張するな……)
アリアは、そんなことを思いながら、目視で確認できる距離まで近づいてきた船を見ている。
船は、停泊するために、そのまま、港に近づく。
(ああ、もう! 早くしてほしい!)
アリアは、戦う前の独特の緊張感から、一秒でも早く、解放されたがっていた。
チラリと、アリアは、サラとステラの様子を確認する。
ステラは、いつもと変わらない落ちついた表情をしていた。
対して、サラは、アリアと同じことを思っているのか、眉間にしわをよせている。
そうこうしているうちに、船の縁から、カレンに向かって、船を停泊させるために、縄が投げられていた。
カレンは、無言で、縄を受けとると、鉄でできた杭に縄を、素早く結びつける。
「さすが、裏の世界の主! 密輸の経験でもあるのだろうか? まぁ、良い! お前たち、行くぞ!」
「分かりましたの!」
「はい!」
「行きましょう」
フェイの言葉を聞いた三人は、走りだしたフェイの後を追う。
隠れていた近衛騎士団の面々も、船目がけて、走っていく。
数秒で、船が停泊している場所に、三人は到着した。
すでに、近衛騎士団の面々は、船に乗りこんで、展開しているようである。
「お前たち! 敵が来るぞ! 死なないように頑張れよ!」
フェイはそう言うと、船に跳び乗る。
三人も続いて、飛び乗る。
停泊しているとはいえ、船の上は多少揺れているため、アリアとステラは一瞬、体勢を崩す。
「なんだ、お前たち!」
そんな二人に向かって、男たちの集団が攻撃を仕掛けてくる。
「お前たち! 船に乗ったことがないのか!? まったく、しょうがないな!」
フェイはそう言うと、持っている槍で、男たちを次々と串刺しにしていた。
そのあまりの速さに、男たちは、一切反撃できずに、倒されていく。
ステラは、敵を倒しながら、口を開く。
「サラさん、アリアさん。何事も経験です。とりあえず、頑張りましょう」
「分かりましたの!」
「はい!」
サラとアリアは、返事をすると、愛用の剣で、周囲にいた男たちに斬りかかる。
明らかに、コニダールにいたエンバニア帝国軍よりも強いので、二人は苦戦しながら、なんとか一人一人倒していった。
周囲では、近衛騎士団の面々が、圧倒的な強さで、敵を倒していっている。
怒号と悲鳴が、船上を支配していた。
海へ飛びこんで逃げようとする敵は、次々と倒れていく。
そうこうしているうちに、船から火の手が上がり始める。
油を使っているのか分からないが、あっという間に、船は火につつまれた。
港にある鉄でできた杭と船を結んでいた縄が燃えてしまったのか、船は沖に向かって、流され始めている。
「チッ! このままだと、丸焦げになるな! 三人とも、海に飛びこめ!」
フェイはそう言うと、槍を背中に固定し、海に飛びこむ。
「え!? ワタクシ、泳げませんの!」
「私もです!」
サラとアリアは、鞘に剣を納めて、オロオロしている。
「とりあえず、飛びこみましょう!」
ステラはそう叫ぶと、サラとアリアの襟をつかみ、海に飛びこむ。
「ああああああああですの!」
「うわああああ!」
二人は悲鳴を上げながら、ザバンと海に飛びこんだ。
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