33 暗い海
「はっはっ! 溺れますの! 溺れますの!」
「うわあああああ!」
海に飛びこんだサラとアリアは、水面をバシャバシャ叩きながら、必死で空気を吸おうとしていた。
海水の染みた服は、重くなっており、二人を海中へ誘おうとしている。
「サラさん、アリアさん! 落ちついてください! 暴れたら、余計、沈みますよ!」
ステラは、立ち泳ぎをしながら、二人をなんとか落ちつかせようとした。
だが、空気を吸うことしか頭にない二人は、暴れ続ける。
「まったく、手間をかける!」
サラとアリアの悲鳴を聞いたフェイは、サラの後ろまで泳いでいくと、後ろから羽交い絞めにして、海面にサラの体を押し上げようとする。
腕を振り回して暴れまわっているため、苦戦したが、なんとかサラを持ち上げた。
「ステラ! 私がやっているように、アリアを持ち上げろ!」
「分かりました!」
ステラは返事をすると、泳いで、アリアの後ろに回りこむ。
「アリアさん、暴れないでください!」
ステラは、バタバタと暴れているアリアの背中から手を回す。
強引に腕を押さえつけ、羽交い絞めにして、アリアの体を持ち上げた。
サラとアリアは、海面から顔が出て、なんとか呼吸ができるようになっていた。
二人は、次第に落ちついて、暴れるのをやめていた。
「やっと、落ちついたか! サラ、大丈夫か!?」
フェイは、サラを持ち上げながら、立ち泳ぎをしている。
「はぁはぁ……助かりましたの。死ぬかと思いましたわ……」
呼吸ができるようになったサラは、息を切らしながら、お礼を言った。
「アリアさん、大丈夫ですか!?」
ステラも、立ち泳ぎをしながら、アリアの様子をうかがう。
「はぁはぁ……ステラさん、ありがとうございます」
アリアは、ステラにそう言った。
「一応、落ちついたか……だが、さすがに、泳げないやつを連れて、岸まで戻るのは、無理な気がするな」
フェイはそう言うと、岸までの距離を確認する。
船が近くで燃えているおかげで、岸は目視で確認できる状態であった。
現在地からは、さほど、離れていないが、泳げない人を連れていくのは体力的に厳しそうである。
「フェイ大尉! とりあえず、船から離れましょう! 沈没に巻きこまれたら、死にますよ!」
「分かった! ステラ! ついてこい!」
フェイは、岸のほうに向けて、立ち泳ぎをしながら、船が沈没しても、影響がない場所まで移動した。
ステラも、フェイの後をついていく。
「はぁはぁはぁ……やっぱり、立ち泳ぎをしながら、移動するのは無理があるな」
フェイは、息を切らせながら、なんとか立ち泳ぎをしている。
「はぁはぁはぁ……」
ステラは、なにかを言うだけの余裕がない状態であった。
フェイとステラの服は、海水を吸って、重くなっている。
そんな状態で、人を持ち上げながら、立ち泳ぎをしていた。
二人は、どんどんと体力が奪われ、疲弊していく。
そのとき、フェイとステラの近くに大男が近づいてきた。
「フェイ。大丈夫か?」
「大丈夫なワケがない! バール、手伝ってくれ!」
「分かった」
バールはそう言うと、必死の形相で立ち泳ぎをしているフェイから、サラを受けとる。
片手で、服の襟をつかみ、海面の上に、サラの顔が出るようにした。
「サラ。俺の肩に捕まれ」
「わ、分かりましたの!」
サラは、海面に沈まないように、急いで、バールの右肩をつかむ。
すると、バールはサラが捕まっている状態で、ステラのほうに近づく。
自由になったフェイも、ステラに近づいた。
「うはぁ! はぁ! がはっ!」
ステラは、アリアを持ち上げながら、海の中に沈みそうになっていた。
どうやら、体力の限界にきているようである。
「ステラ! 大丈夫だ! アリアを放せ!」
フェイがそう言うと、ステラは、すぐにアリアを放した。
すかさず、バールが左手で、アリアの服の襟をつかんで持ち上げる。
「アリア。肩につかまれ」
「は、はい!」
アリアは、急いで、バールの左肩をつかむ。
「ありがとうございます。さすがに、立ち泳ぎを、ずっと行うのは無理でした」
ステラは、顔を出して、泳ぎながら、そう言った。
「お礼はいい! とりあえず、岸に向かうぞ! バール、いけそうか!?」
「大丈夫だ」
バールはそう言うと、アリアとサラが肩につかまっている状態で、ゆっくりと泳ぎ始めた。
アリアとサラがつかまっていても、まったく沈まず、バールには、余裕がある状態のようだ。
海水をかきわけ、バールはグングンと力強く進む。
フェイとステラは、ときどき、サラとアリアの体を支えながら、バールの後ろを泳いでいた。
しばらくすると、後方から、バキバキという音が聞こえてくる。
どうやら、燃えた船が沈んでいるようであった。
「バール! 波が来るから気をつけろ!」
フェイは、泳ぎながら、後ろを確認すると、そう言った。
「分かった」
バールは、波がいつ来ても良いように、備える。
すぐに、ザバァという音とともに、大きい波が来る。
フェイの話を聞いていたアリアは、波で体が持ち上がると同時に、目をつむり、バールの肩をつかむ手に力を入れる。
(うわぁ! フワッとして気持ち悪い!)
アリアがそんなことを思っていると、波が通り過ぎた。
目を開き、隣を見ると、サラがいなかった。
「ああああ! 溺れますの!」
サラは、バールから少し離れた場所で、バシャバシャと暴れている。
どうやら、波のせいで、手を放してしまったようだ。
「なにをやっているのだ……」
「サラさん! 落ちついてください!」
フェイとステラはそう言うと、二人でサラを運び、バールの肩にふたたび、つかまらせる。
「ありがどうでずの!」
サラは、泣きながら、お礼を言っていた。
暗い海で溺れることに対しての恐怖により、サラの涙腺が緩んでいるようだ。
そんなこんなで、10分後、アリアたちは、港の岸壁に到着していた。
「ふぇぇん! いぎでかえれまじだの!」
サラは、四つん這いになりながら、泣きじゃくっている。
「ほんっっとうに、死ぬかと思いました!」
アリアも四つん這いになって、半分泣いているような顔で、そう言った。
「頑張ったな」
バールが慰めようと、手で二人の肩をポンポンと叩く。
「いや、まさか、敵と戦って、死にそうになるのではなくて、溺れたやつを助けて、死にそうになるとは、思わなかった!」
フェイは、サラとアリアを見下ろしながら、そう言った。
「まぁ、とりあえず、無事に帰ってこれて良かったです。久しぶりに死ぬかと思いました」
ステラは、ポタポタと服から水滴を垂らして、サラとアリアの近くに立っている。
アリアたちの周りには、服から水滴を垂らした近衛騎士団の面々が立っていた。
「良かった! 死んだかと思ったよ!」
ミハイルは、アリアたちに近づくと、そう言った。
横には、船に乗っていたであろう男を担いだカレンがいる。
「団長! 誰か倒されてしまった者はいますか?」
フェイは、ミハイルに質問をする。
ミハイルは、服からポタポタと水滴を垂らしながら、答えた。
「いや、いないよ! 君たちの無事を確認したから、これで、今回の作戦に参加した者、全員の無事が確認できた! 良かった、良かったよ! それじゃ、宿屋に戻ろうか! 近衛騎士団、撤収!」
ミハイルはそう言うと、レイテルの街のほうへ歩いていく。
近衛騎士団の面々も、ミハイルに続いて、動き出す。
「それでは、お疲れ様!」
「ゆっくりと休むと良い」
フェイとバールは、アリアたちにそう言うと、ミハイルの後を追う。
泣きやんでいたサラとアリアは立ち上がる。
「ありがとうですの!」
「ありがとうございました!」
「助かりました!」
アリアとサラとステラは、手を振りながら、感謝の気持ちを伝えた。
フェイとバールは、振り返らず、手だけを振る。
しばらくすると、近衛騎士団の姿は見えなくなった。
「お嬢様方、お疲れ様でした。宿屋に帰りましょうか」
カレンは、三人にそう言った。
三人は、返事をすると、レイテルの宿屋へ向かって、歩き始める。
――30分後。
アリアたちは、レイテルの街中に入っていた。
カレンが男を担いでいるので、さすがに、大通りを通るワケにはいかなかった。
そのため、暗い裏道を進んでいる。
「昼間は、あんなにキレイなのに、夜の海はなにも見えなくて恐ろしかったですの!」
サラは、歩きながら、ブルブルと体を震わせている。
先ほどの死にそうになった海でのことを思い出しているようであった。
「本当にそうですね! ステラさんとフェイ大尉とバール大尉がいなければ、確実に溺れて死んでいました!」
すっかり元気になったアリアは、身振り手振りで恐ろしさを伝えようとする。
「今回の一件で、泳力を鍛える必要があると感じました。サラさん、アリアさん。せっかくの機会ですし、明日から、海で泳ぎの練習をしましょう」
「それは、良い案ですの!」
「ぜひ、練習しましょう!」
泳ぎの必要性を痛いほど理解したサラとアリアは、ステラの案に賛成した。
そんなことを話しながら、歩いていると、いきなりカレンが立ち止まる。
「あ。忘れていました」
カレンはそう言うと、いきなり担いでいる男の口の中に手を突っこむ。
「ふうんん!」
気絶していた男は、意識を取り戻したようであり、声にならない声をあげながら、必死に手足をばたつかせている。
「わわわ! なにしてますの!?」
サラは、カレンのいきなりの行動に驚いていた。
アリアは、驚きすぎて、口をパクパクとさせている。
ステラはというと、静かにカレンを見ていた。
「やっぱり、ありました」
カレンはそう言うと、男の口の中から右手を引き抜く。
その後、すぐに、地面に男を投げると、左手で男のお腹を殴り、気絶させる。
カレンは、ふたたび、気絶した男を担ぐと、歩きだす。
「お嬢様方、驚かせて、申し訳ございません。これを取るのを忘れていまして」
カレンはそう言うと、血だらけの右手に持っていた物を見せる。
「うげぇ! なんですの、それ?」
サラは、歩きながら、カレンの右手に注目した。
「歯、ですか?」
アリアは、カレンの右手に持たれている物を見て、そう言った。
「はい、歯です。エンバニア帝国の密偵は、奥歯に毒を仕込んでいます。万が一、敵に捕まってしまった場合に、死ぬためですね。だから、奥歯を抜きました。死なれたら困るので」
カレンは、なんでもないことかのように話す。
「もう、抜いているものだと思っていましたよ。思い出して、良かったですね」
「はい、お嬢様。危うく、死なれてしまうところでした」
ステラの言葉を聞いたカレンは、そう答える。
二人にとっては、当たり前のことであるようだ。
(いきなり、口に手を入れて、奥歯抜くとか恐すぎる!)
アリアは、引きつった顔をしながら、そう思った。
ふと、アリアは、サラのほうを向く。
サラも、アリアと同じことを思っているのか、引きつった顔をしていた。
その後、四人は、宿屋に向かって、歩き続けた。
10分後、四人は、宿屋に到着した。
「お嬢様方、先にお風呂に入って、夕食を食べておいてください」
宿屋に入ったカレンはそう言うと、宿屋の店主に近づく。
「一階の部屋を使いますね」
カレンは、店主に一言告げて、受付の奥に入っていく。
「アリアさん、サラさん。カレンは時間がかかりそうなので、先にお風呂に入ってしまいましょう」
「分かりましたの……」
「はい……」
ステラの言葉を聞いた、サラとアリアは返事をすると、ステラとともに、2階の借りている部屋へ向かう。
二人は、カレンがこれからなにをするのかを聞こうとはしなかった。
(絶対、カレンさんは、あの男の人を拷問するんだろうな)
アリアは、2階に上がる階段をのぼりながら、そんなことを思っていた。
サラとアリアは、カレンが、これから行うことを理解していた。
三人は、お風呂場で汗を流した後、一階の食堂で夕食を食べ、2階の借りている部屋で休んでいた。
サラとアリアは、ベッドに寝転がって休んでいたが、疲れていたため、すぐに眠りにつく。
それから、3時間後。
すでに、夜1時を過ぎていた。
「アリア、起きてくださいまし!」
「なんですか……サラさん?」
アリアは、寝ぼけた声を上げると、サラのほうを向く。
部屋の中は暗く、サラの様子はよく分からない。
「一緒にトイレに言ってほしいんですの!」
「えぇ? 一人で行ってくださいよ……」
アリアはそう言うと、ふたたび、寝ようとする。
「一人で暗いところを歩いたら、海の暗さを思い出しそうで、恐いんですの! お願いですの!」
サラは、小声で、必死にお願いをした。
「……分かりました。さっさと、行きましょうか」
サラの必死さに負けたアリアは、ベッドから起き上がる。
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