31 丸太訓練
ミハイルの一言によって、三人は、丸太訓練をすることになる。
丸太訓練は、丸太を持って走ったり、頭の上に持ち上げたりする訓練であった。
サラとステラとアリアの目の前に置かれた丸太は、見るからに重そうである。
三人は、丸太の先端からサラ、ステラ、アリアの順に、協力して、丸太を右肩に担ぐ。
「お、重いですの!」
「くっ……」
「……かだがはずれぞうでず」
三人は、右肩に丸太を担ぐと、それぞれ、声を上げる。
サラとステラよりアリアは小柄であるため、丸太がアリアのほうに滑り落ちそうになる。
アリアは、丸太が滑り落ちないように、必死になって、右手で押さえていた。
サラとステラも、アリアのほうに丸太が移動しないように、押さえる。
丸太を担いだ三人の目の前には、刃引きされた槍を持ったフェイが立っている。
どうやら、丸太訓練の教官役は、フェイが担当するようであった。
ミハイルとバールは、近衛騎士団の面々がいる場所に戻り、訓練をさせているようである。
カレンは、いつの間にか、いなくなっていた。
「それでは、丸太訓練を開始する! 私の指示で丸太を動かせ!」
フェイは、大きな声でそう言うと、丸太を動かすように指示をする。
三人は、指示に従って、右肩から左肩に丸太を移動させたり、頭の上で両手を使って、丸太を持ち上げたりしていた。
「フラフラとするな! 根性を見せろ!」
フェイは、三人がフラフラとしながら、丸太を動かしていたため、大きな声を上げる。
三人は、体に力を入れて、なんとかフラフラしないように丸太を動かした。
(これじゃ、レイル士官学校にいるときと、変わらない……)
アリアは、顔から大粒の汗を流し、必死でフェイの指示に従っていた。
サラとステラも、うめき声を上げながら、丸太を動かしている。
そのような訓練を30分も続けていると、三人の体は限界を迎えた。
とうとう、フェイの指示どおり、丸太を動かすことができなくなる。
「お前たち! どれだけ、力がないんだ! 自分たちに負けるな!」
フェイは、三人に向かって、大声を上げる。
その声に反応して、三人は、なんとか丸太を頭の上に持ち上げようとした。
だが、三人とも、腕をプルプルと震わせるばかりで、まったく丸太を持ち上げられなかった。
「……さすがに、もう無理か。分かった! 次は、足を鍛える訓練をする! 丸太を担いだまま、この場所から真っ直ぐ、走れ!」
フェイがそう言うと、三人は返事をして、走り始める。
(くっ……砂浜に足をとられて、上手く走れない!)
アリアは、なんとかして丸太を担ぎながら、走っていた。
三人が、砂浜を踏むたびに、ザクザクと音が鳴り、足が沈みこむ。
柔らかい砂が、三人の体力を奪っていく。
ジリジリと太陽が照りつける中、三人はひたすら砂浜を走る。
あまりにのつらさに、三人の顔は泣きそうになっていた。
「情けない顔をするな! お前たちは士官になるんだろう!? 絶対絶命の状況になったとき、部下は士官であるお前たちの顔を真っ先に見るぞ! そのときに、今みたいな情けない顔をするのか!? 私がお前たちの部下だったら、そんな士官の指示で戦いたいとは思わない! 今からでもレイル士官学校を辞めたほうが良いんじゃないか? お前たちに指揮される部隊が可哀そうだ! 腰抜けの士官が指揮官ではな!」
フェイの言葉が、三人に突き刺さった。
(そこまで、言うことはないだろう! 絶対に、見返してやる!)
アリアは、怒りを力に変える。
丸太を担ぐ腕に力が入り、砂浜を蹴る足にも脚力が戻った。
(あれ? 丸太が少し軽くなった気がする)
アリアは、砂浜を走りながら、不思議に思った。
その理由は、すぐに分かった。
「やってやりますの!」
「負けない!」
サラとステラは、丸太を担いで走りながら、大きな声を上げる。
どうやら、アリアと同じく、怒りを力に変えているようであった。
そのおかげで、丸太を担ぐ腕に力が入り、アリアは軽く感じたというワケである。
「そうだ! その顔だ!」
フェイは、三人の顔に精気が戻ったことを確認した。
「よし! まだまだ、砂浜を走らせるから、覚悟しろ!」
フェイは、必死に砂浜を走っている三人に対して、心を折るかのような言葉をかける。
だが、先ほどと違って、三人の顔から、精気が失われることはなかった。
三人は、フェイに怒鳴られながら、砂浜を走り続ける。
3時間後、散々、砂浜を走った三人は、やっと、丸太訓練から解放された。
太陽は、水平線に沈みそうになっている。
三人は、地面に置かれた丸太の横で、四つん這いになって、息をきらしていた。
汗で、三人の軍服は、びしょ濡れになっている。
「頑張ったな。これを飲め」
そんな三人の前に、バールが、飲み物を入った容器を載せたお盆を持ってくる。
「ありがとうですの……」
「ありがとうございまず……」
「ありがとうございます……」
サラとアリアとステラはそう言うと、お盆に乗った容器を手に取り、ゴクゴクと飲み始める。
炎天下の中、砂浜を走り続けていた三人は、すぐに飲み干した。
三人の体に、水分が染みわたる。
(バール大尉は優しいな! フェイ大尉とは、大違いだ!)
アリアは、空になった容器をバールが持っているお盆に載せると、そう思った。
どうやら、バールはいかつい見た目に反して、優しい性格のようである。
対して、フェイはというと、ロバートよりも厳しい性格であるようだ。
「三人とも、お疲れ様! これで、美麗な僕に少しは近づけたんじゃないかな!」
ミハイルは、座りこんでいた三人の目の前に立っている。
「…………」
三人は、なにかを言う気力もないのか、黙って、ミハイルの顔を見上げていた。
「ハハハ、疲れているみたいだね! 最後に、今回の丸太訓練を担当してくれたフェイから、言葉をもらおうか! フェイ、よろしく!」
「はい!」
フェイは大きな声で返事をすると、ミハイルと入れ替わり、三人の目の前に立つ。
「今日は、お疲れ様! 今回の丸太訓練をとおして、お前たちは、なかなか見込みがあることが分かった! ぜひとも、レイル士官学校を卒業した後は、近衛騎士団に来てくれ! 訓練漬けの楽しい日々が待っているぞ!」
フェイはそう言うと、バールの隣に移動した。
(絶対、近衛騎士団には行きたくありませんの!)
(絶対、近衛騎士団には行きたくない!)
サラとアリアは、フェイの言葉を聞いた後、同じことを思った。
今回の丸太訓練は、レイル士官学校で行われた訓練よりも、つらいものである。
おそらく、日々、丸太訓練と同程度かそれ以上の訓練をしているであろう近衛騎士団に、二人は絶対に入らないことを誓った。
アリアは、ふと、ステラのほうを見る。
ステラは、疲れ切っているのか、顔を下に向けていた。
「お嬢様方、それでは、宿屋に戻りましょうか」
三人の近くには、いつの間にか、カレンが立っていた。
ミハイルとフェイとバールにお礼を言った三人は、カレンとともに、宿屋へ向かって、歩きだす。
――2時間後。
お風呂場で汗を流した三人は、寝間着に着替え、宿屋の食堂で夕食を食べていた。
昨日の夜とは違い、カレンも三人と一緒に始めから、夕食を食べている。
「というか、今更ですけど、近衛騎士団の人たちだけで、コニダールを脱出できた気がします」
時間が経過して、顔の腫れが少し引いたアリアは、思い出したかのように、声を出す。
「ワタクシも、そう思いましたわ! 近衛騎士団の強さは、尋常ではありませんの!」
サラも、夕食を食べながら、アリアの意見に同意する。
(フェイ大尉に匹敵するような人が何人もいるであろう近衛騎士団の人たちが、コニダールにいたエンバニア帝国軍に後れをとるとは、到底、思えないな)
アリアは、フェイと戦った結果、そのようなことを考えるに至った。
どうやら、サラもバールとの稽古を通じて、アリアと同じことを考えたようである。
「実際、近衛騎士団だけであれば、強引にコニダールから脱出することはできたでしょう。ですが、その場合、クルト王子を始めとした、使節団の方々が死ぬ危険性は極めて高かったと思いますよ。さすがに、使節団を守るために同行していた近衛騎士団が、使節団の方々を死なせて、自分たちだけ帰ってきたのでは、お話になりませんからね」
カレンは、夕食を食べるのをやめると、アリアとサラの疑問に答えた。
「なるほど! たしかに、そうですね!」
「納得いきましたの!」
アリアとサラは、納得した顔をする。
会話が終わるのを待っていたステラは、口を開く。
「ところで、カレン。スオットの件はどうなりましたか?」
「ああ、その件ですか。収穫がありましたよ」
「それなら、ここで話してくれませんか?」
「分かりました」
カレンは、ステラの言葉を聞くと、持っていたスプーンを机に置く。
どうやら、カレンは、三人が近衛騎士団と訓練をしている間に調べ回っていたようだ。
三人は、夕食を食べるのをやめると、カレンの顔に注目する。
「スオットの件ですが、どうやら、エンバニア帝国からレイテルへ運びこまれているみたいですよ。エンバニア帝国から、ガリス大陸にある国を通じて、最終的に海路でレイテルへ到着するようにしているようです。直接、エンバニア帝国からアミーラ王国に、スオットを運ぶと、すぐにバレますので、スオットの出元を偽装するために、このように手間のかかることをやっているのでしょう」
「やっぱり、スオットの出元は、エンバニア帝国ですか。おおかた、アミーラ王国にスオットをまん延させて、内部から崩壊させようとしているのでしょう。いやらしいですが、実に効果的な策です。逆に言えば、正面から、アミーラ王国軍と戦うのを、エンバニア帝国が嫌っていることが分かりますね」
ステラは、カレンの言葉を聞いて、状況を分析していた。
アリアとサラは、ステラとカレンの会話を黙って聞いている。
ステラは、言葉を区切ると、続けた。
「よく、この短期間で調べがつきましたね」
「レイテルの裏の世界の住人が、スオットの件で調査をしてくれたおかげで、運よく、内通者があぶりだせました。内通者がいたせいで、レイテルの裏の世界の住人は、スオットが海路でレイテルに運びこまれていたことに気がつかなかったみたいですよ。先ほどの情報は、5人いた内通者から聞いた情報ですので、間違いはないかと」
「内通者があぶりだせて良かったですね。それで、その内通者はどうしました?」
「今頃は、海の底で魚たちの案内でもしていると思いますよ。裏の世界での裏切りが、どのような結果になるかが分からなかったみたいですね」
カレンは、いつもと変わらない表情で、そう言った。
「まぁ、しょうがありませんよね。裏の世界は、信用第一ですから」
ステラは、驚きもせずに、カレンの言葉に同意する。
(え!? それって、海に沈めたってことか!? 恐すぎる!)
アリアは、引きつった顔をしながら、そう思った。
そのまま、隣に座っているサラのほうを向く。
サラの顔も引きつっているので、アリアと同じことを考えたようだ。
「他の街にも、内通者がいたようなので、その始末は、裏の世界の住人にお願いしました。あと、すでにレイテルから運び出されたスオットの場所も分かったので、それの処分も合わせて頼んでおきました。とりあえず、アミーラ王国の中は、これで大丈夫です」
「そう。仕事が早いですね。あとは、なにか動く必要がありそうですか?」
「はい。どうやら、明日の夜、レイテルの港に、他国の船に偽装したエンバニア帝国の船が来るようです。もちろん、積んでいる荷物は、スオット。それの処分と合わせて、船員を捕まえて、エンバニア帝国からアミーラ王国にスオットを運んでくる経路を、その船員から聞き出す必要がありますね」
「それでは、明日の夜、エンバニア帝国の船を襲うということですか?」
「そうですね。船員を一人でも逃がすと、面倒なので、近衛騎士団にも襲撃に加わってもらうように、ミハイル様にも話を通してあります。反吐が出るかと思いましたけど」
「万全の態勢というワケですね。サラさん、アリアさん、明日の夜は、戦うことになりそうですけど、大丈夫ですか?」
ステラは、サラとアリアのほうを向く。
「大丈夫ですの!」
「大丈夫です!」
サラとアリアは、返事をする。
二人の頭の中に、断るという選択肢はなかった。
その後、四人は、夕食を食べ終えると、2階に向かう。
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