30 砂浜での訓練

「それで、近衛騎士団は、こんなところでなにをやっているんですか?」


 げんなりとした顔のアリアは、ミハイルに質問をする。

 その様子を、サラとステラとカレンが見ていた。

 ミハイルは、怒っている顔から笑顔になると、口を開く。


「いや、この前のコニダールでの一件で、近衛騎士団を鍛え直す必要があると感じてね! とはいっても、近衛騎士団の皆があの一件で頑張ってくれたのは、事実なんだよ。だから、休暇を兼ねて、レイテルで訓練をしようとなったワケだ」


「そうなんですね。それでは、訓練、頑張ってください」


 アリアはそう言うと、ふたたび、歩きだそうとする。

 ステラたちも、アリアに続き、歩き始めた。


「あ! 今、思いついたんだけど、君たちも一緒に訓練しないかい?」


 ミハイルは、逃げようとする四人に向かって、そう言った。


「は? 嫌です」


「なんで、訓練しないといけませんの!」


「私も、ナルシストがうつりそうなので嫌です」


「ミハイル様、冗談は顔だけにしてください」


 四人は、明確に拒絶の意思を示す。


「なんだか、普通に悪口が聞こえた気がするけど、気にしないよ! 僕のような美麗な人間は、常に嫉妬の感情を向けられるからね! 一つ一つ反応していたら、体がもたない!」


 ミハイルは、まったく気にしていないようであった。

 続けて、ミハイルは口を開く。


「まぁ、たしかに、休みに訓練をするのは嫌だと思うよ! 実際、実力があるなら、訓練する必要はないしね! ただ、カレンは良いとして、君たちは訓練したほうが良いと思うけどな~! コニダールの一件のとき、僕とカレンがいなかったら、間違いなく、君たちは死んでいたよ! つまり、君たちには、実力が足りていない! 近衛騎士団は、精鋭が揃っているから、良い訓練相手になると思うけどな~! でも、君たちがやりたくないと言うならしょうがないね!」


 ミハイルはそう言うと、近衛騎士団がいる場所に戻ろうとする。

 そんな中、カレンが口を開く。


「気が変わりました。ちょうど、良い機会ですし、お嬢様方、訓練に参加されてはどうでしょうか?」


「カレン! なにを言い出すんですか!」


 カレンの言葉を聞いた瞬間、ステラが驚きの声を上げる。


「そうですよ、カレンさん! なにを言っているんですか!」


「ステラとアリアの言うとおりですの!」


 アリアとサラも、カレンに抗議をした。


「訓練に参加するのかい? それじゃ、着替えて、僕のいる場所に来てくれ!」


 ミハイルはそう言うと、近衛騎士団が訓練している場所に戻っていく。


「それでは、お嬢様方。いったん、宿屋に戻って着替えましょうか」


 カレンはそう言うと、右の脇腹にステラを強引に抱える。


「ちょっと、カレン! 放してください!」


 ステラは、ジタバタと抵抗をする。

 だが、がっちりと押さえつけられているため、逃げ出せないようであった。


「サラさん! 逃げましょう!」


「分かりましたの!」


 アリアとサラは、一目散に逃げ出そうとする。

 二人とも、休みの日まで、訓練をするのはまっぴらごめんであった。


「……逃がすとお思いですか?」


 カレンは、小声でつぶやくと、一瞬でサラとアリアの背後に移動する。

 アリアとサラは、なんとかカレンの左腕から逃れようとした。

 だが、あっさりと捕まってしまい、サラとアリアは、まとめてカレンの左わき腹に抱えられている。


「宿屋に戻りますね」


 カレンはそう言うと、一気に踏みこみ、走りだす。

 踏みこんだことによって、大量の砂が空中に舞い上がっていた。


「あばばばば! はやずぎますの!」


 カレンがとんでもない速度で走っているため、サラは風圧のせいで、歯茎が見えてしまっている。


「ちょ、カレンさん! もう少し、速度を落としてください!」


 アリアは、顔を地面のほうに向けて、必死に耐えていた。

 ステラは、黙ったまま、両腕をぴったりとくっつけ、顔を守っている。


「もう少しの辛抱です」


 カレンはそう言うと、さらに、走る速度を速めた。


「ああああああ! いぎが! いぎができませんの!」


 あまりの走る速度に、サラは呼吸がしづらくなっている。


「…………」


 アリアとステラは、黙って、ひたすら耐えていた。

 三人の耳には、ゴーと風が吹き抜けていく音が聞こえていた。






 ――1時間後。


 なぜか、カレンが軍服と軍靴を用意していたので、三人は着替え、砂浜に立っていた。

 近くには、ミハイルがいる。

 太陽が照りつけ、砂浜はかなりの高温になっていた。


 周囲には、近衛騎士団の面々が剣を振ったり、数人で丸太を担いだりしている。


 三人は、宿屋に着いた後も、なんとかカレンから逃げようとした。

 だが、そのたびに、常人では捉えられないほどの速度で動くカレンに、捕まっていた。

 結局、三人は諦めて、近衛騎士団とともに、訓練をすることにした。


「それじゃ、とりあえず、試合をしようか! フェイ、バール! こっちへ来てくれ!」


「はい!」


 剣を振っていたフェイとバールは、大きな声で返事をすると、ミハイルの近くにやってきた。

 チラリと、階級が見えたが、どちらも大尉のようである。

 ちなみに、ミハイルの階級は少将であった。


 意外と、ミハイルは偉いようである。


「今から、彼女たちと試合をしてもらうけど、大丈夫?」


「大丈夫です、団長!」


 おかっぱ頭の若い女性であるフェイは、元気な声を上げる。


「はい!」


 坊主頭で、いかつい顔をした大男であるバールは、腕を振り上げた。

 バールは、かなり身長が高く、2mはありそうである。


「ええと、カレン? 三人の名前を聞いていなかったから、教えてもらえるかな?」


「……チッ、面倒ですね。右から、ステラお嬢様、アリア様、サラ様です」


 ミハイルの近くにいたカレンが、不機嫌そうな顔をして、答えた。


「……もはや、嫌悪感を隠す気もないみたいだね。まぁ、いいや。それじゃ、あの大人しそうな顔のステラは、僕が相手をしよう! どちらを相手するかは、二人で決めていいよ!」


 ミハイルは、フェイとバールのほうを向きながら、そう言った。

 近くにいるステラは、ミハイルの言葉を聞いた瞬間、不機嫌そうな顔になっていた。


「分かりました! それでは、あの真ん中の小柄な子は私が相手をします! バールが相手だと、身長差がありすぎて、どちらの訓練にもならないと思うので!」


「気遣い、ありがとう、フェイ。それでは、俺は、あのクルクルの巻き髪の子を相手にしよう」


 フェイとバールはそう言うと、アリアとサラに近づいた。


「私は、フェイ・キッチンだ! 階級は、大尉! よろしく!」


「俺の名前は、バール・クエイル。階級は、大尉。今日は実りのある訓練をしよう」


 二人はそう言うと、アリア、サラ、ステラと握手をした。

 三人も、それぞれ、簡単な自己紹介をする。

 その際に、サラは、少し引きつった顔をしていた。


 どうやら、いかつい顔をしているバールが相手であるので、ビビっているようである。


(良かった、相手がフェイ大尉で! バール大尉は、とんでもなく強そうだ!)


 アリアは、相手がフェイでホッとしていた。

 バールに比べて、フェイのほうが戦いやすそうである。


「サラさん、頑張ってください!」


「も、もちろんですの! 死なないように頑張りますの!」


「あ、ボコられるのは、確定していると思っているんですね!」


「もう! うるさいですの!」


 アリアが茶化したので、サラはプンプンと怒り出した。


「はぁ……面倒だな」


 ステラは、先ほどから、ずっと不機嫌そうな顔をしている。


「それじゃ、さっそく、訓練を始めようか! ついてきてくれ!」


 ミハイルはそう言うと、移動し始めた。

 アリアたちも、ミハイルの後をついていく。






 ――数分後。


 アリアたちは、刃引きされた剣を持って、それぞれの相手と対峙していた。


(フェイさんの武器は、槍か)


 アリアから少し離れた場所で、フェイは槍を構えている。

 戦場では、槍よりも剣を使う相手と戦うことが多かった。

 そのため、アリアは、槍を使う相手との戦いに慣れていない状態である。


 アリアは、離れた場所にいるサラとステラの様子を確認した。

 サラは、大柄なバールを前に、かなり緊張しているようである。

 ステラはというと、先ほどと変わらず、不機嫌そうな顔をしていた。


「それじゃ、始め!」


 ミハイルは、全員に聞こえるように大きな声を上げる。


「先手必勝!」


 アリアは大きな声を出すと、一気にフェイの下へ、剣を構えながら走る。

 フェイは、アリアが突っこんできていても、微動だにしない。


(もらった!)


 アリアは、得意戦法である剣での足払いを仕掛ける。

 ハミール平原で戦っていたような敵の兵士であれば、間違いなく、避けられない一撃であった。

 フェイは、足元に剣が迫ってきていても、動いていなかったため、アリアは攻撃が当たることを確信した。


「なかなか、良い一撃だ!」


 フェイは小声でつぶやくと、一瞬で槍の穂先を動かし、アリアの一撃を防ぐ。

 ガンと鉄と鉄が打ち合う音が響く。


「ッ!」


 アリアは、次の攻撃をせず、急いで後退をする。


(さすが、近衛騎士団……日々の訓練で強くなったと思っていたけど、結構な実力差があるみたいだな)


 アリアは、未だに動く気配がないフェイの様子を確認する。


(……よくよく見ると、まったく、隙がないな。これは、自分から攻撃をしないほうが良いかもしれない。返しの剣でなんとかするしかないか……)


 アリアはそう考えると、フェイに攻撃させるために、少し隙を見せた。


「へぇ~、わざと隙を見せたということは、返しの剣で倒そうという考えか? それでは、こちらから攻撃したほうが良さそうだ!」


 フェイはそう言うと、一気にアリアとの間合いを詰める。

 すぐに、アリアの足に向けて、突きを繰り出した。

 ヒュンという風切り音が聞こえてくる。


(はやっ!)


 アリアは、急いで、剣の切っ先を地面のほうに向けて、フェイの攻撃を防ぐ。


「お! これを防ぐか! だったら、これはどうかな!」


 フェイは、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに突きを連続で繰り出す。


「くっ!」


 次々と繰り出される突きを、アリアは、後退しながら、なんとかさばく。

 二人の間では、ガンガンガンという音とともに、火花が散っている。

 そんな中、アリアが砂浜で足をとられる。


 砂浜は、通常の地面よりも柔らかいため、足が深く沈みこみ、体勢を崩しやすかった。


「あっ!」


 アリアは、体勢を崩した瞬間、思わず声を出してしまう。

 フェイは、アリアの隙を見逃さなかった。


「足元に気をつけるべきだったな!」


 フェイはそう言うと、体勢が崩れたアリアの足に向かって、容赦なく、突きを繰り出す。

 アリアは、防御もままならず、まともに突きを足に受けてしまう。


「痛い!」


 アリアは、思わず、声が出てしまった。

 いくら刃引きされているとはいえ、鉄の塊が勢いよく当たっているので、痛くないワケがなかった。

 フェイは、槍を素早く引き戻すと、次の攻撃の準備をする。


「ほらほら、どうした!? 戦場で敵が待ってくれるとでも思っているのか!?」


 フェイは、ふたたび、アリアの足に突きを繰り出した。

 アリアは、痛みをこらえながら、なんとか剣で防ごうとする。

 だが、フェイの槍は、簡単に剣をすり抜け、アリアの足に当たった。


「くぅ!」


 先ほど攻撃を受けた足を攻撃されたため、あまりの痛みに、アリアは泣きそうになる。

 その後も、アリアはなんとか体勢を立て直そうとする。

 だが、慣れない砂浜とキレのあるフェイの槍さばきに対応できなかった。

 

 そのため、フェイの攻撃を防ぐこともままならず、一方的に槍で攻撃され続ける。

 結局、ミハイルがフェイの動きを止めるまで、試合は終了しなかった。

 終わった頃には、アリアは、顔から足まで、腫れていないところがない状態となっていた。


 三人は、試合を終えると、ミハイルの前に整列をする。


「アリア、大丈夫ですの?」


「だいりょうぶです」


「全然、大丈夫そうに見えませんの……」


 サラは、あまりにもアリアの顔が腫れあがっていたので心配しているようであった。

 アリアがボコボコにされたのに対し、サラは、ほとんど無傷の状態である。

 どうやら、サラは、試合というより、バースに稽古してもらったようだ。


 ミハイルと試合をしていたステラは、全身、ずぶ濡れになっている。

 何回も海のほうに向かって、弾き飛ばされていたようだ。


「君たち、技術云々の前に、力がなさすぎる! これは、丸太訓練をする必要があるね!」


 ミハイルは、整列している三人に向かって、そう言った。

 どうやら、三人の訓練は、まだ終わりそうにないようである。

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