29 満喫
――次の日の朝。
「ふわぁ~、よく寝ましたの」
サラは、ベッドの上で、ううんと背伸びをした。窓からは、日光が入ってきている。
開いた窓からは、海風が入ってきており、サラの髪が揺れていた。
「本当に気持ちの良い朝ですね」
アリアは、ベッドから起き上がると、開いている窓に駆け寄る。
まだ、気温が上がっていないので、吹いてくる海風は涼しかった。
「とりあえず、外で朝食を食べましょうか」
ステラは、寝間着を脱いで、普段着に着替えていた。
「アリア様、サラ様、お着替えを棚の上に置いておきました」
メイド服に着替えていたカレンは、ステラの近くに立っている。
「ありがとうですの!」
「ありがとうございます!」
サラとアリアは、カレンにお礼を言う。
二人は、寝間着から普段着に着替える。
三人は、外出をするための準備をすると、宿屋の外へ出た。
その後ろには、カレンがついていっていた。
レイテルでは、朝早くに獲れた海産物を売る朝市が有名であった。
また、朝市では、その場で新鮮な海産物を食べることが可能である。
三人のお目当ては、朝市で食べる朝食であった。
「どれもおいしそうですの!」
サラは、キョロキョロと顔を動かしている。
四人は、朝市を歩き回っていた。
海産物を目当てに、朝市には大勢の人が来ている。
「サラさん、アリアさん! あそこで朝食を食べましょう!」
ステラは、興奮しながら、前方を指差す。
アリアとサラは、ステラの指差した場所を確認する。
他の店より、明らかに、多くの人が入っていた。
どうやら、有名な店のようである。
「あそこは、なんのお店ですの?」
「海鮮丼の店です! ご飯の上に生魚の切り身が乗っていて、おいしいですよ!」
「え!? 生魚ですの!?」
「大丈夫ですか?」
サラとアリアは、心配そうな声でステラに尋ねた。
二人は、今までの人生で、生魚を食べたことがなかった。
アミーラ王国でも、生魚を食べる文化があるのは、レイテルだけである。
その他の都市では、焼いたり、煮たりした魚を食べるのが一般的であった。
そのため、生魚を食べるということは、二人にとって、未知の体験である。
「大丈夫ですよ! さぁ、行きましょう!」
ステラは、一刻も早く、海鮮丼を食べたいのか、二人の手をそれそれ、片手でつかむ。
そのまま、海鮮丼の店へ向かって、ステラは歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、待ってほしいですわ! 自分で歩きますの!」
「手が! 手が潰れます!」
サラとアリアは、ステラの手を振りほどこうと、必死に抵抗する。
だが、ステラの細い腕からは考えられないほどの力でつかまれているため、振りほどくことができなかった。
そのまま、サラとアリアは、海鮮丼の店の中へ引きずられていく。
「……まったく、騒々しいですね」
カレンは、小声でつぶやくと、海鮮丼の店の中へ入っていった。
海鮮丼の店の中には、アリアとサラが外で見たときよりも、多くの人がいるようである。
「アリアさん、サラさん! 私と同じで良いですよね!?」
ステラは、空いている机にアリアとサラを強引に連れてくると、そう言った。
このお店にはイスがなく、机に置かれた海鮮丼を立って食べるようである。
「……それで良いですの」
「……はい。ステラさんと同じ海鮮丼で大丈夫です」
サラとアリアは、ステラにつかまれていた手を上下に振りながら、そう答えた。
「お嬢様、私の分もお願いします」
ステラの隣に立っているカレンは、落ちついた声でそういった。
カレンは、生魚を食べることに抵抗がないようである。
「分かりました! 店員さん、この海鮮丼を四つください!」
ステラは、机の上に置かれていたメニューを手に取ると、指差す。
店員は、ステラの指差したところを確認すると、店の奥へ戻っていった。
10分後、店員は、お盆の上に四つの海鮮丼を載せて、四人の下にやってくる。
「はい! 豪華海鮮丼です!」
店員はそう言って、机の上に四つの海鮮丼を載せる。
載せ終わると、店員はどこかへ行ってしまった。
「本当においしそうです!」
ステラは、目を輝かせて、机の上に置かれた海鮮丼を見ている。
対して、アリアとサラは、気が進まなそうな顔で海鮮丼を見ていた。
カレンは、いつもどおりの落ちついた表情である。
海鮮丼には、今日の朝に獲れたであろう新鮮な生魚の切り身が、これでもかというほど載せられていた。
魚の切り身は、一口大に薄く切られて、盛りつけられている。
見る人が見れば、一目で高い魚がふんだんに使われていると気づくほど、海鮮丼は豪華なものであった。
「さぁ、早く食べましょう! いただきます!」
一刻も早く、海鮮丼を食べたいのか、ステラは、机の上に置かれた海鮮丼用のスプーンを持つと、食べ始める。
「ううう~ん! やっぱり、海鮮丼は最高です!」
ステラは、いつもは見せない満面の笑みで、海鮮丼をどんどんと食べていた。
カレンも、『いただきます』と言って、海鮮丼を食べ始めている。
「……アリア、ワタクシたちも食べてみましょうか?」
「……はい」
あまりにもステラがおいしそうに海鮮丼を食べているので、二人は、恐る恐る、スプーンを持って海鮮丼を一口食べた。
「ッ!! おいしいですの!!」
「はい! 目が飛び出るほどおいしいです!」
二人は、驚きの表情を浮かべると、ステラに負けないくらいの速度で、海鮮丼を食べ始める。
あっという間に、三人は、海鮮丼を平らげると、もう一杯、同じものを注文した。
結局、三人は、海鮮丼を一人で3杯も食べた。
それほど、三人にとって、海鮮丼はおいしかったようである。
カレンは、自分の分の海鮮丼を食べ終わると、三人が一心不乱に海鮮丼を食べている姿を眺めていた。
「ふぅ~、もう食べられませんの! 海鮮丼、最高でしたわ!」
お腹をパンパンと叩きながら、サラは会計をする場所の近くに立っている。
「はい! 最初は生魚を食べるのは嫌だなと思っていましたが、そんな思いはすぐに吹っ飛びました! そのくらい、海鮮丼はおいしかったです!」
サラの隣にいるアリアも、興奮しているのか、腕をブンブンと上下に振っていた。
「海鮮丼がおいしかったようでなによりです。それでは、カレン。会計をお願いします」
「承知しました。お会計はいくらですか?」
カレンは、会計を済ませようと、店員に話しかける。
「海鮮丼10杯分で、5万ゴールドです」
店員は、笑顔でカレンに会計の金額を伝えた。
その瞬間、アリアとサラの顔が驚愕に染まる。
「たかっ!? あの海鮮丼、1杯で5千ゴールドもするんですか!?」
「超高級海鮮丼ですの!!」
二人は、大きな声を出して、騒ぎだす。
昨日、四人が宿屋の食堂で食べた夕食は、料理によって多少の違いはあるが、大体、千ゴールドであった。
それに比べて、海鮮丼の5千ゴールドという値段は、一食としては、高すぎるものである。
「アリアさん、サラさん。驚くことでもないですよ。あの海鮮丼なら、そのくらいは当然です」
先ほどとは違い、完全に落ちつきを取り戻していたステラは、二人にそう言った。
「お嬢様方、会計も終わりましたので、店の外に出ましょうか」
カレンは、アリアとサラが騒いでいる間に、会計を済ませていたようである。
四人は、店の外に出る。
四人は、朝市を出た後、レイテルの有名な場所を観光した。
馬車を使わずに徒歩でレイテルの街中を歩き回っていたので、かなり時間が経過していた。
四人は、遅めの昼食を食べ終わると、レイテルにある砂浜へ向かう。
その頃には、太陽が高く昇っていたため、高温になっていた。
「わぁ! 海って、こんなにキレイですのね!」
砂浜についたサラは、海を見わたしている。
太陽の光を反射して、海面がキラキラとしているのが見えた。
「広くて、大きいですね!」
サラの隣で、アリアも目を輝かせながら、海を見ていた。
アリアの育った孤児院は、王国南部のダレスにある。
だが、ダレスは、南部にあるが海に面していなかった。
そのため、アリアは海を見たことがなかった。
サラも、王国北東部にあるサリムから、あまり出たことがなかったため、海を見るのは初めてである。
サラとアリアは、靴を履いたまま、砂浜へと駆け出していった。
砂浜は、太陽の光を受けて、光り輝いている。
そんな砂浜を、二人は走っていた。
砂浜には、それなりに人がいるようである。
「サラさ~ん、アリアさ~ん! 砂が入るので、靴と靴下を脱いだほうがいいですよ~!」
砂浜を走っていった二人に向かって、ステラは大きな声を出す。
「分かりましたの~!」
「は~い!」
サラとアリアは、大きな声で返事をすると、靴と靴下を脱ぐ。
「わ! 意外と砂浜って、熱いんですのね!」
サラは、裸足になると、その場で足を交互に動かす。
そのたびに、サクッ、サクッと砂を踏みしめる音が鳴っていた。
「わぁ! 海って、冷たいんですね!」
アリアは、靴と靴下を濡れない場所に置くと、海に入っていく。
波打ち際で、アリアは楽しそうに走り回っている。
波が行ったり来たりしている中、アリアが動くたびに、バシャバシャと水しぶきが飛んでいた。
「えい!」
いつの間にか、サラとアリアの近くに来ていたステラが、サラに海の水をかける。
「キャ! 冷たいですの!」
海の水をかけられたサラは、急いで波打ち際に入ると、ステラに水をかけ返す。
そんなサラの姿を見たアリアは、ステラに水をかける。
「うわ! やりましたね!」
ステラはそう言うと、二人に向かって、それぞれ片手で水をかけた。
三人は、それから、水のかけ合い合戦を始める。
楽しそうに、三人がキャッキャッしている様子を、カレンは見ている。
「若いですね」
ボソッと、カレンはつぶやく。
カレンもそれなりに若いハズであるが、水のかけ合い合戦には参加しないようである。
道から、ちょうど砂浜に切り替わる場所にあるベンチに、カレンは座って、三人を眺めていた。
30分後、ずぶ濡れになった三人は、水のかけ合い合戦をやめていた。
いつの間にかカレンが用意していた大き目の布を、三人は羽織っている。
「それにしても、本当にキレイですわね!」
サラは、波打ち際に沿って、歩いている。
現在、カレンを含めた四人は、靴と靴下を持って、裸足で砂浜を散歩している状態であった。
「はい! 夏の海は最高ですね!」
アリアも、興奮しながら、サラに同意する。
「喜んでもらえて、なによりです」
ステラは、サラとアリアの様子を見て、満足そうな顔をした。
夏休みにレイテルで遊ぼうと誘ったのは、ステラである。
ステラは、サラとアリアを誘って、良かったと思っているようであった。
カレンはというと、三人の後ろを裸足で歩いていた。
しばらく散歩していると、なにやら変わった集団が、三人の視界に入る。
「なんですの、あれ?」
サラは、目をこらして、どのような集団かを確認しようとする。
「なんだか、軍服に似た服を着ているみたいですね」
アリアは、薄目にして、遠くにいる集団を見ていた。
「はぁ……軍服に似た服もなにも、正真正銘の軍服ですよ。夏休みにまで、軍服を見ることになるなんて、最悪ですね」
ステラは、げんなりとした表情をしている。
「しかも、近衛騎士団のようですよ。もしかすると、ミハイル様がいるかもしれませんね。ここは、近づかないほうが良いかと」
カレンは、いつもと変わらない表情で、三人に伝える。
アミーラ王国軍の軍服には、左胸の部分に所属している部隊の紋章が刺繍されていた。
第3師団の所属であれば、盾の絵が刺繍されている。
近衛騎士団の場合は、鷲の絵が刺繍されていた。
鷲は、王家を象徴とするものであるため、近衛騎士団にのみ使用することが許可されている。
「えぇ!? それは絶対に近づかないほうが良いですね!! 戻りましょう!!」
アリアは、カレンの言葉を聞いた瞬間、そう言った。
「さっさと、逃げますの!」
「行きましょう」
サラとステラが返事をすると、四人は、見つからないように、急いで歩いてきた道を戻ろうとする。
そのとき、四人の後方に、白い髪を後ろで結んだ男性が現れた。
「お! いつぞやの可憐な女性たちではないか! こんなところでなにをしているんだい?」
「…………」
聞き覚えのある声を聞いた四人は、後ろを振り返らずに、黙々と歩く。
頭の中には、『振り返れば、絶対、面倒なことが起きる』という考えが浮かんでいた。
「無視するなんて、ひどいね!」
白い髪を結んだ男性ことミハイルは、四人の目の前に、移動するとそう言った。
「はぁ……見つかってしまいましたか……」
ミハイルの顔を見るなり、アリアは、ため息をつく。
「ちょっと! 人の顔を見て、ため息をつかないでくれ! 失礼だろう!」
ミハイルは、プンプンと怒っている。
そんなミハイルを前に、四人は、げんなりとした顔をしていた。
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