28 宿屋

 アリアたちを乗せた馬車は、山賊の根城に到着していた。


「結構、量がありますね!」


 アリアは、スオットが入った箱を外に運ぶ。

 山賊の根城には、スオットが入った大きな箱が、十数個あった。

 アリアたちは、木製の箱を、全て外に運び出す。


「持っていけないので、燃やしますね」


 カレンは、スオットが入った箱を、全て、燃やす。

 周囲には、変な臭いがする煙が広がっていた。


「これを街中で燃やすのは、良くなさそうですの!」


 サラは、口元を布で抑えながら、スオットの入った箱が燃えるのを眺めている。

 街中で燃やせば、間違いなく、騒ぎになるような臭いが辺りに充満していた。

 ほどなくして、スオットが入った箱は、全て灰になる。


「灰の処理は、レイテルの治安部隊に任せましょう。山賊を治安部隊に引き渡す際に、ここでスオットを燃やしたことを伝えれば、あとは適切に処理をしてくれるハズです」


 カレンはそう言うと、馬車に飛び乗った。

 すでに、アリアとステラとサラは、馬車に乗りこんでいる。

 馬車の中には、先ほど倒した山賊たちが積みこまれていた。


「それでは、改めて、レイテルへ出発しますね」


 カレンが、手綱を握り、パシンと馬を叩くと、馬車が進み始める。


 山賊の根城を出発した馬車は、数時間後、レイテルに到着した。


「はぁ……せっかく、海を見れると思いましたのに、暗くて、なにも見えませんの」


 サラは、馬車の中から、海を眺めて、ため息をつく。

 アリアたちが、レイテルに着いた頃には、すっかり暗くなっていた。


「まぁ、明日になれば、キレイな海を見ることができると思いますよ」


 ステラは、ガタガタと揺れる馬車の上から、海を眺めている。


(とりあえず、早く食事を食べて、寝たいな)


 アリアは、馬車に乗っての移動と山賊たちとの戦闘で疲れていた。

 レイテルに入ってから、しばらくして、治安部隊の詰め所に到着した。


「それでは、お嬢様方。私は報告してきますので、山賊を馬車から降ろしておいてください」


「分かりました!」


「はいですの!」


「早く降ろしてしまいましょう」


 三人は、返事をすると、協力して、詰め所の前に山賊たちを並べていく。

 カレンは、詰め所の受付で、経緯を説明しているようである。

 20分後、アリアたちの身元確認などが終わった。


 山賊たちは、詰め所の奥に連れていかれたようである。

 カレンは、馬車に三人が乗ったことを確認した。


「それでは、出発しますよ」


 カレンは、手綱を握り、馬車を走らせ始める。

 夜でも活気があるレイテルの大通りを、馬車は進んでいた。






 ――30分後。


 三人を乗せた馬車は、人気のない道を走っていた。


「誰も歩いていませんの。少し恐いですわ」


 サラは、人気のない道を見て、つぶやく。


「大丈夫ですよ。たまにしか、襲撃されませんので」


「いや、全然、大丈夫じゃありませんの……」


 なんの慰めにもならないステラの言葉を聞いたサラは、そう答える。


(たしかに、サラさんの言うとおり、恐いな)


 アリアも、サラと同様に、ほとんど明かりがない道を眺めていた。

 カレンは、淡々と馬を走らせている。


 しばらくすると、馬車は、ある建物の前で停止した。


「宿屋に着いたみたいですね。アリアさん、サラさん。馬車から降りましょうか」


 ステラはそう言うと、馬車から降りる。


「えっ! この建物が宿屋ですの? 見た目は、2階建ての家にしか見えませんわ!」


 サラは、宿屋と思われる建物を眺めていた。

 外からは、中の様子が一切見えない。


(ここ、本当に宿屋なのかな? 普通、宿屋っていったら、活気があって、賑わっているものだと思うけどな)


 アリアも、サラと同様に、疑問を持つ。

 カレンは、三人が馬車から降りたことを確認すると、口を開く。


「お嬢様方、先に宿屋へ入っておいてください。私は、馬車を置いてきますので」


 そう言うと、カレンは、馬車を置くための場所へ移動する。

 どうやら、この宿屋に併設されている建物に、馬車は置くようであった。


「それでは、行きますか」


 ステラはそう言うと、宿屋の入口の扉を開ける。

 カランカランと扉につけらえていたベルが鳴った。

 宿屋の中は、ロウソクなどが置かれ、かなり明るい。


(うわ! 絶対、この人たち、普通の人じゃないよ!)


 アリアは、イスに座っている人たちをチラリと見る。

 どうやら、宿屋の一階は、食堂になっているようであった。

 見た目からして、一般人ではないと分かる人たちが食事をしている。


 アリアは、サラとステラの様子を確認した。

 サラは、アリアと同じことを思っているのか、顔が引きつっている。

 ステラはというと、いつもどおりの顔であった。なんとも思っていないようである。


 ステラを先頭にした三人は、宿屋の受付に向かう。

 明らかに、三人は周囲から浮いている。

 当然、普通じゃない人たちの注目の的になっていた。


「四人で泊まりたいのですけど、部屋は空いていますか?」


 ステラは、普段と変わらない口調で、受付の男性に尋ねる。


「お嬢さんたち。どこで聞いたのかは分からないが、ここに泊まるのはやめておいたほうが良い。大通りの宿屋が空いているだろうから、そっちに行きな」


 受付の男性は、そう言うと、明後日の方向を向いてしまう。

 どうやら、この宿屋に三人が泊まるのは、都合が悪いらしい。


「アリア、ステラ! 別の宿屋を探しましょうですわ!」


「そうですね!」


 サラとアリアは、小声でそう言った。

 二人は、一刻も早く、この宿屋を出るために、動き出す。

 すると、ステラが二人の襟をつかむ。


「大丈夫ですよ。ただ、泊まるだけですから」


 ステラは、強引に二人を引き戻す。

 あまりにもステラの力が強かったため、抵抗空しく、二人は、ステラの隣に立つことになった。


「おい! お前ら、痛い目を見ないうちに、さっさと出ていけ!」


 イスに座っている男性が、大声で叫ぶ。

 机をバンと叩き、立ち上がると、三人に近づく。

 食堂で、食事を食べていた人たちも、立ち上がると、三人を囲む。


「あわわわ! ヤバいですの! ヤバいですの!」


 サラは、頭を押さえながら、慌てている。


「はぁ……やっぱり、こうなるんですね……」


 囲まれることを予想していたのか、アリアは、諦めたような声を出す。


「サラさん、落ちついてください。食事前の軽い運動だと思えば、気が楽になりますよ」


 ステラは、いつもどおりの表情で、サラを落ちつかせる。

 三人を囲んでいる人たちが、一気に強い殺気を放つ。


「ちょ、ステラ! 今の状況が分かっていますの!? そんな火に油を注ぐようなことを言わないでくださいまし!」


 サラは、慌てて、ステラの口を塞ごうとする。

 だが、ヒョイとステラに避けられてしまう。


「お前ら、この人数を相手に良い度胸じゃねぇか! お望みどおり、運動させてやるよ!」


 挑発されて頭に血がのぼっているのか、大男がステラに殴りかかる。

 ブオンという音とともに、ステラの顔面に大男の拳が迫った。

 だが、その拳は、ステラに当たらなかった。


「はぁ……なんの騒ぎですか?」


 馬車を置いてきたカレンが、いつの間にか、三人の前に現れる。

 ステラに向けられた拳は、カレンが片手で受け止めていた。


「なんだ、お前!」


 いきなりカレンが現れたので、大男は驚きの声を上げる。

 カレンは、片手で大男の拳を握ったまま、大男の顔をにらみつける。


「もしかして、私の顔、忘れてしまいました? 薄情ですね。あんなに可愛がってあげたのに」


 カレンは、腹の底に響くような低い声で、そう言った。

 すると、大男の顔が、みるみるうちに真っ青になっていく。


「もしかして、カレンさんですか!? これは、失礼しました!!」


 大男はそう叫ぶと、すぐさま土下座をする。


「良かったです。覚えていてくれたようで。皆さんも、私のことを覚えていますよね?」


 言葉とは裏腹に、カレンは威圧をこめて、周囲を見渡す。


「もちろんですよ、あはは……」


「それじゃ、私はこれで……」


 そんなことを言いながら、三人を囲んでいた人たちは、サァと波が引くように、自分の座っていたイスへ戻っていく。

 土下座をしていた大男も、ペコペコしながら、その集団に加わる。


「なんだ、そこのお嬢さんたちは、カレンさんの連れか! そうだったら、最初に言ってくれよ!」


 先ほどと違い、受付の男性は笑顔になっていた。

 カレンは、受付の男性に近づく。


「四人なんですけど、部屋、空いてますよね?」


「五人用の部屋しか空いてないな! そこでも、良いかい?」


「はい、そこで良いですよ。3万ゴールドで足りますよね?」


 カレンはそう言うと、メイド服の懐から、3万ゴールドを取りだす。


「足りる、足りる! はい、鍵! 部屋は、2階の突き当たりにあるからな!」


 受付の男性は、3万ゴールドを受けとると、代わりに部屋の鍵を渡した。

 カレンは、受け取った鍵をステラに渡す。


「お嬢様方、先に部屋へ行ってください。私は、馬車に積んでいる荷物を持ってきますので」


 カレンはそう言うと、宿屋の外へ出ていく。

 その後ろには、なぜか、先ほど三人を囲んでいた人たちの一部がついていっていた。


「はぁ……とりあえず、乱闘騒ぎにならなくて良かったですの……」


 サラは、ぐったりとした顔をしている。


「なんか、なにもしていないのに、疲れました……」


 アリアは、疲れた顔をしていた。


「アリアさん、サラさん。私たちの部屋に行きましょうか」


 ステラはそう言うと、受付の近くにある階段へ向けて、歩き始める。

 アリアとサラも、よろよろとしながら、ステラの後ろをついていく。






 三人は、2階の部屋に到着した後、それぞれのベッドの上で休んでいた。

 五人用の部屋というだけあって、かなりの広さがあった。


 1分後、カレンが荷物を持った人たちを従えて、部屋に入ってくる。

 カレンは、どこに荷物を置くかを指示していた。

 荷物を部屋に入れ終わった後、四人で整理を始める。


 荷物の整理は、すぐに終わった。

 四人は、お風呂道具を持つと、1階にあるお風呂場で汗を流した。

 その後、部屋にお風呂道具を置き、四人は、1階の食堂に向かう。


「ふぅ~、良いお湯でしたの!」


 寝間着に着替えたサラは、食堂にあるイスに座る。

 机の上には、料理のメニューが書かれた紙が置かれていた。


「やっと、サッパリできました!」


 同じく寝間着に着替えていたアリアも、サラの隣に座る。


「やっぱり、レイテルといえば、海産物ですね!」


 寝間着姿のステラは、イスに座ると、すぐにメニューを手に取った。

 メイド服姿のカレンは、この宿屋の店主と話しているようである。

 カレンが、『先に食べておいてください』と言っていたので、三人は料理を店員に注文をした。


 しばらくすると、料理が運ばれてくる。

 机に置かれた料理には、レイテルで取れたであろう海産物がふんだんに使われていた。

 三人は、お腹がペコペコであったため、すぐに料理を食べ始める。


「最高ですの!」


「本当においしいですね!」


「幸せです!」


 料理のあまりのおいしさに、三人は、夢中で料理を食べていた。

 しばらくすると、ステラの隣に、カレンが座る。

 すると、待っていましたとばかりに、カレンの前に料理が置かれた。


 カレンは、店員にお礼を言うと、すぐに食べ始める。

 どうやら、カレンもお腹が空いていたようであった。


「それで、カレン。これから、どうするつもりですか?」


 すでに食事を食べ終えていたステラが質問をする。

 食事を食べ終わったアリアとサラも、カレンのほうを向く。

 カレンは、フォークを机に置くと、口を開いた。


「とりあえず、明日は、ゆっくりとレイテル観光でもしましょうか。先ほど、レイテルにいる裏の世界の住人に、スオットに関して調べるように指示を出しました。なので、動き出すのは、明後日以降になりますね」


「分かりました。アリアさんとサラさんも、それで大丈夫ですか?」


「大丈夫ですの!」


「私も大丈夫です!」


 サラとアリアは、元気に返事をする。

 その後、四人は、部屋に戻って、眠りについた。

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