27 襲撃
――アリアたちがモートン家の屋敷に滞在して、2日が経過した。
現在、エンバニア帝国に備えるため、第3師団がハミール平原で防御陣地を作成している。
その他のアミーラ王国軍は、使節団が帰ってきたため、緊急招集が解除され、通常の状態へ移行していた。
それに伴い、レイル士官学校の入校生も、ふたたび、9月までの残りの期間を夏休みとして過ごすことを許可されていた。
そのため、アリア、ステラ、サラは、当初の予定通り、レイテルへ遊びにいくことにした。
カレンは、ハリントン家に帰らずに、ステラのお世話をしてくれるようである。
サラが、2日目の夕食の際に、レイテルへ遊びにいくことをクレアに話すと、『あ~! 良いなぁ! 私もレイテルへ遊びにいきたいよ!」と、羨ましそうな声を出していた。
第3師団は、昼夜を問わず、防御陣地の作成をしていたが、しっかり休めるようにローテーションを組んでいる。
そのため、マットとクレアは、2日に一回は必ず、屋敷に帰ることができた。
モートン家の家族と夕食を楽しんだアリアたちは、次の日の朝、馬車に乗って出発した。
馬車は、コニダールに行くときに使ったものであり、カレンが走らせている。
「一時はどうなるかと思いましたけど、無事にレイテルへ行けそうで良かったですわ!」
揺れる馬車の中で、サラは嬉しそうな声を上げた。
「本当ですね! まだ、夏休みはありますから、これから楽しみましょう!」
アリアも、テンションが上がっているのか、大きな声を上げる。
「レイテルは海産物が有名ですからね。楽しみです」
ステラは、いつも通りの落ちついた声で、そう言った。
どうやら、ステラは、海産物が好きなようである。
三人を乗せた馬車は、途中、都市で宿泊をしながら、レイテルへ向かっていた。
カレンは、普通の道を通らずに、あまり人が通らない裏道を通っているようである。
そのため、通常よりも少ない日数でレイテルへ着きそうであった
だが、当然、近道である裏道には、人が通らないだけの理由があった。
その理由は、レイテルに、あと半日で着くという段階になって、判明する。
「お嬢様方、戦闘準備をしてください!」
カレンが馬を走らせながら、後ろを振り向き、叫ぶ。
「はぁ……面倒ですね」
ステラは、馬車の中に置かれている自分の剣を腰につけると、それぞれ片手で、よだれを垂らして寝ているサラと静かに寝ているアリアの体を揺さぶる。
「ふぇ? もう、レイテルへ着きましたの?」
サラは、寝ぼけながら、服の袖でよだれをふく。
「はぁぁ。良く寝ました」
アリアは、ううんと背伸びをする。
「はぁ……この暑さでよく寝れますね。それよりも、戦闘準備をしてください」
「へ? なんでですの?」
「なにかあったんですか?」
「…………」
ステラは、無言のまま、馬車が進んでいる方向を指差す。
二人が、ステラの指差した方向を見ると、少し離れた場所に山賊と思われる人たちがいるのが見えた。
「あわわわ! ヒャッハー系ですの!」
「……また戦闘ですか」
サラが慌てて、一応、馬車に積んでいた自分の剣を持つのに対して、アリアは、うんざりとした顔で、自分の剣を持っていた。
そうこうしているうちに、馬車は、山賊たちの目の前で停止する。
三人は、馬車から急いで降りると、鞘から剣を抜き、構える。
(せっかく、気持ちよく寝ていたのに! しかも、日差しが暑いし、最悪だ!)
太陽の日差しが容赦なく、降り注いでいるため、アリアはイラついた顔で剣を握っていた。
アリアが横目でサラの様子を確認すると、山賊を前に気合いが入っていることが分かった。
ステラは、いつも通りの表情で剣を構えている。
カレンはというと、馬車に積んである剣すら必要がないのか、メイド服の姿のまま、馬車から降りて、三人の近くに立っていた。
「お嬢様方、馬車が血で汚れると、掃除が大変なので、殺さずに無力化してください。最悪、殺してしまった場合でも、血で汚れないようにお願いしますよ」
カレンは、いつも通りの口調で、三人に伝える。
「分かりました!」
「できるだけ頑張りますの!」
「もちろんです」
三人は、返事をすると、山賊たちが動くのを待つ。
こちらから、山賊たちを攻撃すると、勢い余って殺してしまい、血で汚れる危険性があったからだ。
「へへへ! こんな誰も通らない裏道を通るとは、バカだな! 自分から襲ってくださいと言っているものだろう! お前ら、遠慮はいらない! やっちまえ!」
「へい!」
山賊たちは返事をすると、一気に襲いかかってくる。
そんな状況で、山賊たちの一番先頭を走っていた男が、カレンに向かって、剣を振るう。
「まったく、危ないですね」
カレンはそう言うと、剣を素手で受け止め、強引に奪うと、そのまま折り曲げる。
ググという音とともに、剣は折り曲がり、使い物にならなくなっていた。
カレンは、使い物にならなくなった剣をそこら辺に捨てると、男の腹に向かって、正拳突きを放つ。
「ゴフ!」
正拳突きを受けた男は、口から空気を吐きだし、そのまま吹き飛んでいった。
そのまま、山賊たちの何人かを巻きこんだ後、正拳突きを受けた男は停止する。
だが、ピクリとも動かず、意識をなくしてしまっているようであった。
「このような感じでお願いします」
カレンは、三人のほうを見ながら、そう言った。
「できるワケありませんの! ああ、もう! じれったいですわ!」
我慢できなくなったサラはそう言うと、山賊たちに向かって、剣を持ったまま走っていく。
「あ! ちょっと、待ってください、ステラさん! 血がブシャーって出るような攻撃は駄目ですからね!」
「はぁ……たしかに、待っていても、仕方がないですね」
アリアとステラもそう言うと、急いで、サラの後を追う。
「お嬢様方、馬車を血で汚すのだけは避けてくださいね」
カレンは、馬車が壊されるないように、馬車の近くで戦うようである。
「クソ! 舐めやがって! お前ら、力を見せつけてやれ!」
「へ、へい!」
カレンのあまりの強さに度肝を抜かれていた山賊たちは、頭と思われる男の声を聞くと、慌てて、剣を構えた。
「はあああですわ!」
サラは、大きな声で叫びながら、山賊たちに襲いかかる。
「ほんっっとうに、暑いなあああ!」
アリアも、イラついた声を出しながら、剣を振るう。
「二人とも、血で汚れてはいけませんからね。これは、フリではありませんよ」
ステラは、剣を振って、山賊たちの剣を弾き飛ばしながら、アリアとサラにそう言った。
10分後、山賊たちを無力化した四人は、馬車に積んであった縄で山賊たちを縛りあげていた。
「カレンさん、この人たちをどうしますか?」
アリアは、最後に残っていた山賊を縄で縛りあげると、カレンのほうを見る。
「私はここに置いていっても良いと思っているのですが、アリア様は、どうされたいですか?」
「一応、縄で縛ってますけど、私たちがいなくなった後、縄から抜け出すかもしれないので、連れていったほうが良いと思います」
「そうですか。お嬢様とサラ様は、私とアリア様、どちらの案が良いと思いますか」
カレンは、先に馬車に乗って、備えつけられたイスに座っているステラとサラのほうを向く。
「ワタクシは、どちらでも良いですわ」
「一応、レイル士官学校の入校生とはいっても、軍人には違いないので、治安を乱しそうな人たちを放っておかないほうが良いと思います。なので、連れていきましょうか」
「それでは、多数決で決まったことですし、山賊たちを馬車に積みこみましょう」
カレンはそう言うと、手際よく、山賊たちを馬車に積みこんでいく。
サラとカレンも馬車から降りると、山賊たちを次々と馬車に投げ入れている。
あまりにうるさい山賊は、カレンの手によって、黙らされていた。
「よっこいしょ」
アリアは、山賊たちの服の襟を持って、馬車まで引きずり、全身を使って、乗せていく。
「ま、待て! 俺たちを見逃してくれたら、とっておきの情報を教えてやるぞ!」
アリアが山賊の頭を馬車に乗せようとしたとき、そんなことを言ってきた。
「カレンさ~ん、なにかとっておきの情報を持っているらしいですよ~!」
アリアは、馬車から離れた場所にいるカレンに向かって、そう言った。
カレンは、二人の山賊を担ぎながら、アリアのほうを向く。
「大した情報ではないと思いますが、一応、聞いておいてくださ~い」
「分かりました~!」
カレンの言葉を聞いたアリアは、山賊の頭のほうに顔を向ける。
「それで、なんですか、とってきの情報って?」
「へへ! 教える前に、この縄を解いてくれよ!」
交渉の余地があると思ったのか、山賊の頭はニヤリと笑っている。
そんな状況で、アリアがなにかを言う前に、ステラが山賊の頭の首をつかんで持ち上げた。
山賊の頭は、喉を潰されているのか、空中で苦しそうに足をばたつかせる。
「なにか、勘違いをされているみたいですね。もう少し、静かな場所でお話をしましょうか」
ステラはそう言うと、そのまま、林の中へ消えていった。
「アリア様、とりあえず、山賊たちを積みこんだ後、馬車の中で待ちましょうか」
カレンはそう言うと、両肩に乗せていた二人の山賊を馬車の中に放り投げる。
「そうですね」
アリアは、カレン、サラと協力して、残りの山賊たちを馬車に乗せる。
山賊たちを乗せ終わった三人は、馬車の中で休んでいた。
ときおり、ステラがいるであろう林のほうから、壮絶な悲鳴が聞こえてくる。
「うわぁですの!」
サラは、悲鳴が聞こえてくるたびに、ビックリしていた。
数分後、ステラが山賊の頭を担いで、馬車へ戻ってくる。
ステラは、山賊の頭を馬車の中に投げ入れると、そのまま、馬車に飛び乗った。
山賊の頭に外傷は見当たらなかったが、口から泡をふいて、白目を向いている。
「お嬢様、なにか有益な情報を得られましたか?」
カレンは、ステラがイスに座ったことを確認すると、声をかけた。
「なかなか、面白い情報を聞けましたよ。どうやら、この山賊たちは、レイテルから他の都市に『スオット』を運ぶように依頼されていたようです」
「なんですの、スオットって?」
サラは、聞き慣れない言葉であったので、ステラに質問をする。
「スオットは、麻酔の作用がある植物です。病院で痛みを取るために使われますね」
「そうなんですのね。それで、山賊たちがそれを運んでいると、なにか問題がありますの?」
サラは、よく分からないといった表情を浮かべながら、そう言った。
(……なんで、病院で使われるような植物を、山賊が運んでいるんだ?)
アリアは、口に出さなかったが、そのような考えが浮かんだ。
「問題ありますね。スオットは限度を超えて使い続けると、廃人になってしまう危険な植物です。なので、アミーラ王国が認めた者しか栽培することができません。しかも、かなり厳格に管理されていますので、市場に出回ることは、まずありません。そんなスオットを、ただの山賊が運ぶように依頼されるのは、おかしな話です」
「たしかに、おかしいですの!」
サラは、ステラの話を聞いて納得したようである。
(スオットが危険な物であることは分かった。そうすると、問題なのは、誰が運ぶように指示したかだな)
アリアは、黙ったまま、ステラを眺めていた。
「お嬢様、誰が運ぶように指示したのかは、分かりましたか?」
カレンは、ステラに質問をする。
「いえ、詳しくは分かりませんでした。運ぶように依頼したのは、黒いフードを被った男だったみたいです。顔までは、見えなかったと言っていましたよ」
「まぁ、予想はついていましたが、身元が分かるような情報ではありませんね。最近、国外の情報ばかり集めていたので、レイテルの情報を集めるのが疎かになっていたようです。とりあえず、山賊の根城にあるであろうスオットを回収した後、レイテルへ向かいますか。このまま、見過ごすと、アミーラ王国中にスオットが蔓延して大変なことになりそうですしね」
「それが、良いですね。サラさん、アリアさん。せっかくの夏休みにすいません」
「大丈夫ですの!」
「これは、見逃せませんからね!」
サラとアリアは、元気よく、返事をする。
その後、カレンは、馬車に積まれている山賊の一人に近づく。
襟を無造作につかむと、その山賊を引きずって、馬の手綱の近くに連れていった。
「あなたの根城まで道案内をお願いします」
カレンは、山賊の顔を見ながら、そう言った。
山賊は、恐ろしかったのか、黙ったまま、コクコクと頷いている。
こうして、アリアたちが乗った馬車は、山賊の根城に向かうことになった。
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