26 退院
――アリアたちが命からがら、サリムに戻ってから、2日が経過した。
その間、ステラとアリアは、サリム基地にある病院で手厚い治療を受けていた。
戦っているときは、気分が高揚していたのか、二人はあまり痛みを感じていなかった。
だが、二人の体は、ボロボロであり、戦えていたのが不思議なほどであった。
「あれ? ここは、どこですか?」
目覚めたアリアは、見覚えのない天井が見えたため、そうつぶやく。
「ここは、サリム基地にある病院ですよ。あれから、2日が経過しました」
ステラは、アリアの顔をのぞきこみながら、答える。
「そうですか……」
アリアは、そう言うと、ベッドの上に寝た状態からいきなり起き上がろうとした。
「ッ!」
その瞬間、アリアの体に痛みが電撃のように走る。
アリアの様子を見たステラは、慌てて、体をつかむ。
「駄目ですよ、アリアさん。まだ、体が直っていないんですから」
ステラはそう言って、アリアをベッドの上に押し戻した。
抵抗する気力がなかったアリアは、そのまま、ベッドの上で寝た姿勢になる。
「そういえば、サラさんは、どうしましたか?」
アリアは、ステラのほうに顔を向けると、質問をした。
「アリアさんの隣で寝ていますよ」
ステラはそう言って、アリアの隣のベッドを指差す。
アリアは、ステラの指差したほうに顔を向ける。
すると、アリアの右隣のベッドでサラが寝ているのが見えた。
サラは、スヤスヤと寝ている。
アリアがサラを見ていると、寝言で、『わぁ! ケーキでできたお城ですの! 食べ放題ですわ!』と、笑いながら言っていた。
どうやら、幸せな夢を見ているようである。
「サラさんは大丈夫そうですね」
「はい。どちらかというと、アリアさんのほうがボロボロですよ」
「そうですか……」
アリアはそう言うと、目をつぶった。
そのとき、アリアのお腹から、グゥという音が聞こえてくる。
「ブフッ!」
アリアは、目をつぶったまま、吹き出してしまった。
「フフ! お腹が空いているみたいですね! なにか食べられる物を持ってきますよ!」
「お願いします」
顔を真っ赤にしたアリアの返事を聞いたステラは、病室の外へと出ていく。
数分後、リンゴをすり潰したものと容器に入った水をステラは持ってきた。
アリアは、ゆっくりと上体を起こす。
それでも、鈍い痛みがアリアの体に走る。
「ありがとうございます、ステラさん。それじゃ、イテテ……」
アリアは、ステラの持ってきた食器を受けとろうとするが、痛みが走り、腕が動かなかった。
「アリアさん、無理しなくて大丈夫ですよ。とりあえず、私がスプーンですくいますので、それを食べてください」
ステラはそう言うと、水を棚に置き、スプーンですり潰したリンゴをすくうと、アリアの口に近づける。
アリアは、口を開けて、それを食べた。
(はぁ……リンゴ、本当においしいな)
シャクシャクと音を立てながら、アリアはリンゴを味わっている。
それから、アリアは、ステラにリンゴを食べさせてもらう。
食べ終わった後、アリアは容器に入った水をゴクゴクと飲む。
「ぷはぁ! 久しぶりの水は最高ですね!」
一気に水を飲んだアリアは、空になった容器をステラに渡す。
「まだ、なにか食べますか?」
ステラは、空になった容器を受けとると、質問をする。
「いえ、大丈夫です。それよりも、眠くなってきたので、寝ますね」
アリアは、ふわぁとあくびをすると、ベッドの上にゆっくりと横になる。
しばらくすると、アリアはスースーと寝息を立てて、寝始めた。
――アリアが目覚めてから、1週間が経過した。
その間、アリアとサラは、カレンが持ってきたよく分からない薬草を傷口に貼り付けていた。
また、見たこともない薬草を煎じたものを、二人は飲まされていた。
そのおかげか、二人は驚異的な速度で回復した。
入院中には、ロバートが病室を訪れることもあった。
その際、適当にステラが話をでっち上げて報告していたようであり、ロバートはその話を鵜吞みにすると、王都レイルへと帰っていった。
そんなこんなで、アリアとサラは、多少、痛みはあるが、剣を振っても、問題ないほどに回復していた。
あまりの回復の早さに、サラは、『絶対、あの薬草、ヤバいやつですの!』と言って、カレンを疑っていた。
というワケで、アリアとサラは、動いても問題ないと判断され、退院することになった。
そのため、アリアとサラとステラが、退院するために荷物を整理していると、カレンがなにやら手紙を持ってくる。
「なんですか、これ?」
荷物の整理を手伝っていたステラは、カレンから手紙を受けとると、読めるように開封した。
アリアとサラも、荷物の整理を一時中断すると、ステラの後ろからのぞきこむ。
その手紙には、
「可憐な少女たちへ
この僕が、君たちを担架で運ぶ手伝いをしたんだよ!
泣いて、喜んでくれたまえ!
あ! あと、王都レイルに来たときは、ぜひとも、僕に会いに来てくれ!
僕は、王城にある近衛騎士団の詰め所にいるからね!
ミハイル・ホワイト」
と書かれていた。
どうやら、手紙の差出人は、ミハイルのようである。
「はぁ、ただのゴミみたいですね。サラさん、アリアさん。捨てても構わないですよね?」
「……ワタクシも、それが良いと思いますの」
「……そうですね」
二人が同意したことを確認すると、ステラは、カレンに手紙を渡す。
「カレン、捨てておいてください」
「承知しました、お嬢様」
軍服姿のカレンは、手紙を受けとり、内容を確認すると、眉間にしわを寄せる。
すると、懐から、短剣を取りだし、手紙を空中に放り投げ、切り刻み始めた。
数秒後、手紙は塵になって、病室の床に積もっていた。
カレンは、床に積もった塵を、ちりとりと箒で集めると、ゴミ箱へ持っていく。
「とりあえず、荷物をまとめましょうか」
「そのほうが良いですの」
「お手伝いしますね」
三人は、手紙があったことを記憶から消去し、ふたたび、荷物を整理し始めた。
数十分後、荷物を整理し終わった三人は、荷物を持って、病院の外に出る。
久しぶりに太陽の光を全身で浴びていた。
病院を出た三人の目の前には、モートン家の馬車があった。
「それでは、出発します」
三人が乗りこんだことを確認したカレンは、馬車を走らせ始める。
馬車自体は、モートン家のものを使用していたが、一般人はサリム基地に入ることができないため、カレンが、モートン家の使用人の代わりに、馬車を走らせることになっていた。
馬車を走らせること、数十分間。
三人を乗せた馬車は、モートン家の屋敷に到着した。
「久しぶりの我が家ですの!」
サラはそう言うと、馬車から降り、急いで、屋敷の中へ入っていく。
アリアとステラも荷物を持つと、馬車から降りる。
すると、近くにいたモートン家の使用人たちが集まり、あっという間に、荷物や馬車を持っていった。
その後、アリアとステラとカレンは、屋敷の中に入るために、歩き始める。
開いている屋敷の扉から、屋敷の中へ三人が入ると、サラとニーナが楽しそうに会話をしている姿が見えた。
サラとニーナは、三人の姿に気づくと、近寄る。
「本当に、大変だったみたいね! 夫と娘を助けてくれてありがとう!」
ニーナはそう言うと、深々と頭を下げた。
「ニーナさん! 顔を上げてください!」
アリアは、慌てたような声を上げる。
「私たちは、サラさんの手助けをしただけです。そうですよね、カレン?」
「お嬢様の言うとおりです」
ニーナの姿を見たステラとカレンは、いつもどおりの落ちついた声でそう言った。
「そう……本当に、助かったわ。ここにいる間は、自分の家だと思って、くつろいでいってね!」
ニーナは、笑顔で三人にそう言った。
その後、食堂で、豪華な昼食を食べたアリアたちは、屋敷で少し休憩をする。
休憩が終わった後、ふたたび、馬車に乗ったアリアとステラとサラは、ハミール平原に作成中の防御陣地へ向かっていた。
ここも、一般人では立ち入ることができなかったので、モートン家の馬車を走らせているのは、カレンである。
馬車を走らせること、2時間。
三人を乗せた馬車は、ハミール平原の入口に到着していた。
決められた位置に馬車を止めると、四人は、近くにある第3師団の指揮をするための天幕へ向かう。
数分後、到着した四人は、天幕の中に入る。
天幕の中には、ハミール平原の地形が描かれた大きな地図が机の上に広げられており、その周囲を士官たちが行ったり来たりしていた。
「お! 退院できたようだな!」
天幕の奥に座っていたマットはそう言うと、立ち上がり四人に近づく。
「父上! もう、剣を振っても大丈夫ですの!」
サラは、腕をブンブンと振って、興奮している。
マットに久しぶりに会えたのが、嬉しいようだ。
「コラコラ! 一応、サラもレイル士官学校の入校生なのだから、ここでは、師団長と呼んだほうが良いぞ!」
「分かりましたの、師団長!」
サラは、レイル士官学校にいるときのような大きな声で返事をする。
その瞬間、辺りを行き交っていた士官たちの注目がサラに集まった。
マットはというと、苦笑している。
「お騒がせしてすみませんですの……」
サラは、やってしまったという顔をすると、頭を下げて、謝った。
その姿を見た士官たちは、ふたたび、動き始める。
「まぁ、それほど、元気になったのは良いことだ!」
マットはそう言うと、サラの様子を眺めていたアリアとサラとカレンに近づく。
「本当に、今回は助かった! 君たちがいなければ、クルト王子も私も政治利用されるか、死んでいただろう! 今後、なにかあったときは、遠慮なく私を頼ってほしい! 私ができる範囲のことであれば、なんとかしよう!」
「分かりました、師団長!」
「ありがとうございます」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
アリアとステラとカレンは、それぞれ、マットに向かって、そう言った。
その後、クレアに会うために四人は、ハミール平原に作成された陣地の中を歩き始める。
「いや、この防御陣地、凄いですね!」
アリアは、防御陣地を見ながら、興奮していた。
第3師団は、ハミール平原の中間部にまで、防御陣地を作成しており、塹壕と馬の侵入を阻むための鉄製の柵が、幾重にも作成されている状態である。
「本当ですの! 凄いですわ!」
サラも、アリアと同様に興奮している。
「これで、うかつにはエンバニア帝国軍も動けないでしょう。カレンもそう思いますよね?」
「はい、お嬢様。コニダールにいる軍勢だけでは、到底、この防御陣地を破ることはできないと思います」
ステラとカレンは、歩きながら、そう言った。
それほど、ハミール平原に作成されている防御陣地は、強固なものであった。
そんな防御陣地を歩いていると、自分の部隊に指示を出しているクレアを見つける。
「ああ! お前らああ!」
クレアはそう言うと、走って、四人に近づいてきた。
すると、そのままの勢いで、サラの頭にげんこつをしようとする。
まさか、出会ってすぐにげんこつをされると思っていなかったのか、サラは避けることができなかった。
結果、サラの頭にクレアの拳が振り下ろされる。
ゴンという鈍い音が周囲に響く。
「ああああ! 頭が割れますの!」
クレアげんこつをされたサラは、頭を押さえて、地面を転がっている。
(ヤバッ! クレアさん、滅茶苦茶、怒ってる!)
アリアはそう思うと、急いで、逃げ出す。
「待てえええ! アリア!」
クレアは、逃げ出したアリアの後を追う。
アリアよりも、クレアのほうが走るのが速かったため、ほどなくして、アリアは捕まってしまう。
「うわ、うわ! 嫌です!」
クレアの左手で首を固定されているため、アリアは逃げ出すことができない。
右手をブンブンと振り回した後、クレアは、アリアの頭にげんこつをする。
「ああ! 痛い!」
アリアは、頭を押さえながら、うずくまってしまう。
それから、アリアとサラは、クレアにこっぴどく説教をされた。
アリアは怒られながら、横目でステラとカレンのいた場所を確認すると、そこには誰もいなかった。
どうやら、ステラとカレンは、どこかへ行ってしまったようである。
結局、アリアとサラが解放されたのは、1時間後であった。
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