25 帰還

 ――3時間後。


 太陽が昇り始め、周囲は明るくなっていた。

 四人は、必死になって、エンバニア帝国軍の追撃から逃げている状態であった。


「本当にしつこいですの! 絶対、コニダールにいる指揮官は、陰険な性格に違いないですわ!」


「私もそう思います! たかが、四人のために、ここまでしますか!?」


 サラの言葉を聞いたアリアはそう言うと、戦いながら、後ろを振り返る。

 そこには、数百人はいるかと思われる騎馬兵がいた。

 小規模な戦争ならば行えるほどの戦力が、馬に乗って逃げているアリアとサラとステラとカレンの四人を追いかけている状態である。


「敵の指揮官は、少しでも、武功を上げたいのではないでしょうか? ただでさえ、使節団に逃げられてしまったのです。ここで、一人も倒せなかったことが、エンバニア帝国の皇帝に伝われば、死罪は免れないと思います。だから、たかが四人が相手でも、死に物狂いで戦果を上げようとしているのでは?」


 カレンは、三人に聞こえるような声で、戦いながら、答えた。


「カレンの言うとおりだと思います。とりあえず、死なないように戦い続けるしかありません」


 ステラはそう言うと、近づいてきた騎馬兵を、片手で持った剣で斬り伏せる。

 王家の命令で動いているカレンとステラは、他国の政治事情を頭にいれているため、コニダールにいる敵の指揮官の気持ちが手に取るように分かっていた。


 現在のエンバニア帝国の皇帝であるアウグスト・エンバニアは、即位してから、優秀な者であれば、身分を問わず、要職につけるといった革新的なことを次々、行っていた。

 だが、自らの価値を示せなかった者には、容赦しないことで有名であり、大失敗をした者は弁解の余地を与えず、即座に死刑にしていた。


 四人が、敵の軍勢と必死になって戦いながら、アミーラ王国を目指していると、大きな平原に到着する。

 アリアにとっては、かなり馴染みのある場所であった。


 1年前まで、国境にあるハミール平原で、戦争をしていたので、アリアにとっては、忘れられない場所でもある。


「やりましたの! ハミール平原ですわ! あと少しで、アミーラ王国に着きますの!」


 馬の背に乗っているサラは、嬉しそうな声で叫ぶ。


「そうですね! あと、少しです! 頑張りましょう!」


 アリアも、嬉しそうな声で叫んでいた。

 ステラとカレンは、アリア、サラと違い、喜んでいる様子はなく、淡々と敵の攻撃を防いでいる。

 四人がハミール平原に入ってから、しばらくすると、敵の軍勢の後方から、怒号と悲鳴が聞こえてきた。


「誰かが、凄まじい速度で近づいて来ているようですね」


 カレンは、戦いながら、後ろを振り返る。

 ただでさえ、恐いカレンの目つきが、目を細くして遠くを見ているので、さらに恐ろしい目つきになっていた。


 怒号と悲鳴は、どんどんと大きくなり、ついに原因となっている人物が四人の近くにくる。

 その人物は、血まみれになった長髪でほとんど顔が隠れていた。

 もちろん、全身も血まみれであり、一見すると、得体の知れない化け物のようである。


「キャアアアですの! なんか、化け物が近づいてきますわ!」


 サラはそう言うと、剣をブンブンと振り回し、馬に乗った血まみれの人物が近づけないようにした。


「サラさん、落ちついてください! あんな見た目をしていますが、多分、人間ですよ!」


 馬の上で暴れられては堪らないと思ったのか、ステラは、サラをなだめようとする。


(本当に、化け物みたいだな……)


 アリアは、サラと違い、叫んだりはしなかったが、異様な見た目であったので、引いてしまっていた。

 そんな状況で、馬に乗った血まみれの人物が口を開く。


「……まったく、ひどいね! こんなに美麗な僕を、化け物扱いとは! しかも、僕のことを忘れて、自分たちだけで逃げるなんて、信じられないよ!」


 凄く聞き覚えのある声だったので、サラとアリアは馬に乗った状態で顔を見合わせる。

 そんな状況で、ステラは、後ろを振り向き、口を開く。


「ああ! ミハイルさんですか! そんな化け物みたいな姿になっても、ご自分のことを美麗と言えるなんて、素晴らしい感性の持ち主ですね!」


 ステラは、いつも見せないような笑顔で、ミハイルに向かって声をかける。

 その間にも、飛んできた矢やら炎の魔法を、四人とミハイルは防いでいた。


「君! 嫉妬は見苦しいよ! 美しくなりたいのなら、自分を磨くべきだ!」


 なにか嫌味を言われたと思ったのか、ミハイルは、ステラに向かって、大きな声で叫ぶ。

 ステラはというと、その声を無視して、馬を走らせながら、戦っている。


「お嬢様。あのようなナルシストに関わっていけません。ナルシストがうつりますよ」


「大丈夫です、カレン。私は、ナルシスト耐性がありますので」


 カレンの言葉を聞いたステラは、いつもどおりの落ちついた声で答えた。

 ミハイルはというと、敵の騎馬兵を剣でなぎ払い、カレンの走らせる馬の横に移動する。


「おお! カレンではないか! 久しぶりだね! 元気にしていたかい?」


「チッ! おかげ様で元気にしております」


 カレンは、不機嫌そうな顔になると、ミハイルのほうを一切見ずに答える。


「うん? なんだか、舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいか! それよりも、カレン! そんなに、不機嫌そうな顔をしていると、行き遅れになってしまうよ?」


 ミハイルは、血まみれの長髪をかきあげると、これまた血まみれの顔で笑顔になっていた。

 対して、カレンは、眉間にしわをよせ、恐ろしい表情をしている。


「……ミハイル様。このような状況ですので、剣が当たってしまったら、申し訳ありません」


 カレンは、普段からは考えられないほど、低い声を出す。


(当たってしまったらって、絶対、当てるつもりだ!)


 カレンの言葉を聞いたアリアは、確信してしまう。

 だが、ここで、なにかを言ったら、自分にも被害が及びそうだったので、黙っていた。

 ふと、アリアは、サラとステラのほうを見る。


 二人の表情から、アリアと似たようなことを考えていると分かった。


 ミハイルは、カレンの言った言葉の意味を理解しているのか分からないが、笑顔のまま、口を開く。


「大丈夫だよ! 君の剣に当たるほど、僕は弱くないからね! 安心してくれ!」


 ミハイルは、火に油を注ぐ。


「それは、良かったです! 安心して戦えます!」


 いつもは出さないような明るい声とは裏腹に、カレンの顔は恐ろしい表情をしていた。

 すぐに、カレンは、近づいてきた敵の騎馬兵に攻撃をする。

 ブンという重低音が聞こえ、敵の騎馬兵は胴体が真っ二つになってしまう。


 カレンの剣は、そのまま止まらずに、真っ二つになった騎馬兵の近くにいたミハイルに向かっていく。

 ミハイルは、自分に剣が迫っていることを確認すると、剣を横にして、受けとめる。

 ガキンという音とともに、火花が散る。


「チッ! 申し訳ありません、ミハイル様。勢いが強すぎました」


「大丈夫だよ、カレン! あの程度なら、全然、問題ないよ!」


 ミハイルは、笑顔で答えながら、飛んできた矢と炎の魔法を剣で斬り払う。

 その後も、カレンは敵を倒しながら、何度もミハイルを攻撃しようとしていた。

 だが、ミハイルにカレンの攻撃が届くことはなかった。


 敵の騎馬兵はというと、ミハイルとカレンが危険だと判断したのか、アリアとサラとステラに集中攻撃をするようになっていた。


「ああああああ! もう、疲れましたの!」


 サラは、叫びながら、飛んでくる矢と炎の魔法を叩き落とし、同時に敵の騎馬兵も倒していた。

 逃げ始めた当初と比べ、その動作は洗練されている。


(というか、ミハイルさんとカレンさんがまともに戦ってくれないから、こっちの負担が大きいんだけど! 仲が悪いのかもしれないけど、ここは、一時休戦して、敵と戦ってほしい!)


 アリアは、心の中で文句を言いながら、向かってくる敵の騎馬兵を次々と倒していた。

 ステラはというと、黙って、流れ作業のように剣を振り続けている。

 ミハイルとカレンは、もはや敵ではなく、お互いを狙って、剣を打ちつけ合っていた。


 そのような状況が、しばらく続くと、転機が訪れる。


「あの旗は、第3師団のものですね!」


 サラは、はしゃぎながら、前方を見る。

 そこには、盾の絵が描かれた緑色の旗をたなびかせている第3師団がいた。

 ハミール平原を埋め尽くさんばかりの第3師団は、喚声を上げ、銅鑼を鳴らしながら、アリアたちのほうに向かってきている。


 しかも、第3師団の後方からは、矢と炎の魔法が放たれているようであった。

 アリアたちの上空を、おびただしい量の矢と炎の魔法が通過している。

 

 明らかに、不利だと悟ったのか、アリアたちを追っている敵の騎馬兵たちの後方から、退却を知らせる銅鑼の音が鳴り響く。

 すると、敵の騎馬兵たちは、すぐに退却をし始めた。

 もちろん、第3師団が見逃すワケがなく、第3師団の騎馬隊が追撃をしようとしている。


 アリアたちは、完全に第3師団の兵たちと合流することができ、安全な状況となっていた。


「ハハハ、助かりましたの……」


 サラは、気持ちが切れてしまったのか、剣を持ったまま、意識を失い、ステラにもたれかかる。


「はぁ……生き残れた」


 アリアもサラと同様に、気持ちが切れてしまい、意識を失って、カレンにもたれかかっていた。

 すでに、カレンとミハイルは、戦うのを止め、第3師団の兵たちの中を馬で進んでいる。

 ステラも、二人の後を追い、サラを落とさないようにしながら、馬を走らせていた。






 ――3時間後。


 第3師団は、ハミール平原の端まで、エンバニア帝国軍を追撃したが、それ以上、深追いをすることはなかった。

 その後、第3師団は、アミーラ王国側のハミール平原の入口で防御陣地を作成し始めた。


 使節団を捕らえた件で、エンバニア帝国とアミーラ王国の関係は、修復が不可能なほど、冷え切ってしまっている。

 そのため、いつ攻められても良いように、防御陣地を作成することになっていた。


 アリアたちは、第3師団と合流した後、指揮をしていたマットの命令で、馬車に乗り換え、サリム基地へ向かうことになる。


 第3師団の兵士が走らせている馬車の中には、意識を失っているアリアとサラ、疲れて寝てしまったステラ、大いびきをかいて寝ているミハイル、そんな四人を眺めているカレンが乗っていた。


 しばらくすると、サリム基地にある病院に到着した。

 馬車が止まったことを確認したカレンは、ミハイルの顔面を思いっきり殴り、強制的に目を覚まさせる。


「ちょっと! 僕の美麗な顔面が不細工になってしまうだろう! 起こすなら、もっと優しく起こしてくれ!」


「申し訳ございません、ミハイル様。手が滑りました。そんなことより、お嬢様方を担架で運ぶのを手伝っていただけますか?」


「なぜ、僕がそのようなことをしなければいけないんだ! 他に兵士はいるだろう?」


「いえ、馬車を走らせてくれた兵士は、どこかに行ってしまいました。その兵士の帰りを待っている時間が、無駄なので、お願いします。それに、美麗なミハイル様に、運んでいただいたことをお嬢様方が知ったら、泣いて喜ぶと思いますよ」


「そこまで言われたら、仕方がないな! さぁ、早く、担架で彼女たちを運ぼう!」


「ちょろいな」


 カレンは、やる気になったミハイルを見て、小声でボソッとつぶやく。


「うん? なんか言ったかい?」


「いえ、なにも言っていませんよ。それでは、担架を借りてきますので、しばしお待ちください」


 カレンは、そう言うと、馬車を降りて病院に行き、担架を借りて戻ってくる。

 その後、カレンとミハイルは、三人を順番に担架に乗せ、病院の中に運んでいった。

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