2 興味
「やっと、着いた……」
アリアは、周囲が暗くなる中、なんとかアミーラ王国軍の陣地まで到着した。
すでに、アリアが所属している部隊と違う部隊は帰還しているようである。
負傷した者や兵士の遺体を運んでいる様子が、アリアには見えた。
アリアは、そのまま、アリアが所属する部隊の小隊長の指揮に従って、整列をする。
(……明らかに、出発する前より、人が減っている)
アリアは、小隊の一番後ろの列に並びながら、そう思う。
陣地を出発する前も、アリアは新兵であるため、小隊の一番後ろに並んでいた。
その際に、1列10人の列が、アリアの前に4列はあった。だが、今は、その列が2列しかなかった。
アリアは、隣に並んでいる小隊のほうに顔を向ける。
(……やっぱり、半分くらいになっている)
どうやら、アリアが所属する小隊以外の小隊も似たような状況のようだと、アリアは思った。
そうこうしているうちに、各小隊の先頭に立っている小隊長たちが、中隊長であるクレアに報告をし終えたようである。
クレアは、松明の明かりに照らされながら、木製のお立ち台に立っていた。
「始めに、この戦いで死んでいった者たちに、1分間、黙とうをする! 黙とう!」
クレアは大きな声で宣言すると、目をつぶる。
アリアの小隊の面々も、黙って目をつぶっていたので、アリアも急いで目をつぶった。
パチパチと松明が燃える音だけが、周囲には響いている。
「黙とう、やめ!」
1分後、クレアは目を開け、第1中隊の面々に聞こえるように叫んだ。
アリアも目を開け、クレアのほうに顔を向ける。
「今日もたくさんの者が死んだ! 彼らが、臆病だから死んだのではない! ただ、運が悪かっただけだ! 明日には、中隊長である私も含め、死んでいるかもしれない! だから、一日一日、悔いが残らないように戦え! 私からは以上だ! 終礼が終了した後、小隊長は私の天幕に集まれ! それでは、解散!」
クレアは、矢継ぎ早に、叫ぶ。
その後、小隊長が中隊長に向かって、敬礼をすると、小隊は解散となった。
アリアは、自分の天幕へ戻ると、武器の汚れを落とすための油と布を手に取り、天幕の近くの地面に座り、剣の汚れを落とし始める。
松明の明かりを頼りに、剣に油を塗り、布でゴシゴシと磨く。だが、血が固まってしまっているので、なかなか汚れは落ちない。
「よいしょ、よいしょ」
アリアは声を出しながら、頑張って、剣を磨く。
20分後、まだ、血の汚れは残っているが、剣はある程度、キレイになった。
アリアは、急いで、天幕の中に戻り、剣を置くと、事前に配られていた食料を食べ始める。
「おいしい……」
アリアは、誰もいない天幕で、つぶやく。
この天幕は、新兵用の天幕であり、小隊に配属された新兵はアリアだけであったため、一人で使用している。
また、食事は、長期保存ができるように改良された固いパンと干し肉であった。
今まで、孤児院で似たような物を食べてきたアリアにとって、それらは十分、おいしい食べ物である。
アリアの空腹もあいまってか、今まで食べた、どんな食べ物よりもおいしいと、アリアは感じた。
10分後、アリアは食事を食べ終え、水筒の水を一気にゴクゴクと飲むと、木製のベッドに横たわる。
「ふぅ~」
天幕の天井を見ながら、アリアは息を吐く。
天幕の上のほうには、外の空気を取りこむために、通気口がある。そこから、月の明かりが、天幕の中に差しこんでいた。
(……中隊長が言っていたとおり、私は運が良かった)
アリアは天井を眺めながら、今日の戦闘を思い返す。
エンバニア帝国軍の歩兵に剣を避けられ、反撃をされたが、誰かが、その歩兵の腕に矢を当ててくれたこと。
魔法がアリアのすぐそばにいた兵士に当たったこと。
矢がアリアの顔面のすぐ横をかすめたこと。
今日一日だけで、アリアは何回も死にかけていた。
(……もし、敵の歩兵の腕に矢が刺さらなかったら、あの時点で私は死んでいただろうな。他にも、敵の魔法と矢が、当たっていたら、今日、この場にいなかったハズ)
アリアはそう考えると、今まで、見ないようにしていた現実に恐怖を感じ始める。
(……明日も、今日みたいに戦うのか。遅かれ早かれ、私は死ぬかもしれない)
アリアの目からは自然と、涙が流れていた。また、頭の中は、死の恐怖で一杯である。
(早く、ここから、逃げたい! でも、脱走は軍法会議にかけられて、死罪になる! しかも、ここから、逃げたとしても、行く当てはどこにもない! 私は、この戦場で戦って生き残るしかない!)
アリアは、今日ほど、自分の境遇を恨んだ日がなかった。
もし、自分が顔も分からない両親に捨てられず、孤児院で育たなければ。
もし、どこかの貴族の家に生まれて、毎日、満足な食事を食べられ、不自由ない生活を送れれば。
もう、どうしようもないことばかりが、アリアの頭を埋め尽くしていく。
アリアのすすり泣く声が、天幕の中に響いている。
やがて、泣き疲れたのか、アリアは眠りについた。
――1ヶ月後。
アリアは、なんとか生き残っていた。
まだまだ、死の恐怖はあるが、このころには、人を殺しても、なにも思わなくなっていた。
人殺しに対する、アリアの感覚は、すでにマヒしている状況である。
アリアと同時期に配属された新兵は、ほとんど、戦場で死に、残っているのはアリアと残り2人の計3人だけである。だが、補充の新兵はどんどんと送られてくるため、エンバニア帝国軍と戦うことはできていた。
アリアは、どんどんと小隊の古参の兵士が死んでいったため、小隊内でアリアの並ぶ場所は1列目になっていた。
基本的に、1列目の先頭から、古参の兵士が並んでいくため、アリアはそこそこ長く生き残っている兵士の一人になっていた。
アリアの後ろの列には、補充された新兵や他の部隊から配属された者が並んでいる状態である。
また、新兵の数が多くなってきたため、アリアのいる天幕は移動となった。
アリアが所属する第1中隊の中でも、女性は、アリアと中隊長であるクレアしかいない。
そこで、クレアが気をきかせてくれたため、アリアはクレアと同じ天幕になることができた。
こうして、クレアは、今日も戦いを終え、武器をキレイにすると、天幕の中で食事を食べていた。
すると、第1中隊の作戦の計画や指揮をする天幕から、クレアが帰ってきた。
中隊長の天幕には、ロウソクが置かれているため、クレアがそばを通ることによって、その火が揺れた。
「お疲れ様です! 中隊長!」
クレアは食事をやめると、急いで、立ち上がり、敬礼をする。
「いいよ、いいよ。ここには、私とアリアしかいないから、敬礼をしなくても大丈夫」
クレアはそう言うと、鎧を脱いで、自分のベッドに座った。
アリアも、自分のベッドに座ると、食事を食べ始める。
クレアは、普段、厳しい女性だが、アリアと二人で天幕にいるときだけは、アリアにとって優しいお姉さんという感じであった。
「よし! 今日も少しだけ、飲みますか!」
クレアはそう言うと、自分のベッドの下からお酒の入った容器を取りだし、少しだけ飲んだ。
「ふぅ~。やっぱり、一日の締めは、これに限るよ!」
そう言うと、クレアは容器のフタを閉め、ベッドの下に、お酒の入った容器を隠した。
最近、アリアがクレアを観察していて分かったことだが、クレアはどうやら、お酒を飲むのが好きなようだ。だが、今は戦っている最中であるので、お酒を飲む量を抑えているようである。
「アリア、今日も生き残ったな」
クレアはそう言うと、支給された食べ物を食べ始めた。
アリアは、食事を食べ終わったため、食事中のクレアに顔を向ける。
「はい。なんとか生き残れました」
「私の中隊は、エンバニア帝国軍とまっさきにぶつかる場所に配置されているから、なかなか1ヶ月以上、生き残ることが難しい。だから、アリアは、1ヶ月以上、生き残っていて、すごいと思うよ! 自信を持ちな!」
「はぁ……」
アリアは返答に困ってしまう。
別に1ヶ月、生き延びようが、明日には死ぬかもしれないので、素直によろこぶ気にはなれなかった。
「まぁ、たしかに、明日には私もアリアも死んでいるかもしれないから、長い期間、生き残ってもよろこぶ気にはならないか」
クレアはそう言うと、ふたたび、食事を食べ始める。
天幕の中では、クレアの食事をする音だけが聞こえた。
アリアは、うるさくしないように、静かにベッドに座っている。
10分後、クレアは食事を食べ終えると、アリアのほうに顔を向けた。
「そういえば、そろそろ、エンバニア帝国と講和をするかもしれないって話を聞いたな」
「本当ですか!?」
アリアは立ち上がり、うれしそうな声を上げる。
クレアは、そんなアリアの様子を見て、苦笑していた。
「早合点するな! まだ、決まったワケじゃない!」
「でも、この戦争が終わる可能性があるんですよね!?」
「まぁ、そうだな。もう、エンバニア帝国と戦争をし始めて、2年が経つ。そろそろ、我が国も、戦争を終わらせないと、王国自体が潰れてしまう。それに、エンバニア帝国軍も、我が国とは別に、西にあるローマルク王国を攻めていて、そっちのほうが優勢な状況だから、戦力を集めたいだろうしな」
「……難しいことは分かりません」
アリアは、納得がいっていないような表情を浮かべ、クレアのほうを見る。
「まぁ、そうだろうな! とりあえず、エンバニア帝国は、ここ、ハミール平原で我が国と、一進一退の戦いをするよりも、有利な状況のローマルク王国との戦いに集中したいってことだ!」
「なんとなく、分かりました。とりあえずは、明日も戦い続けることに、変わりないんですね?」
「残念ながら、そうだな。でも、そう長くは続かないハズだ。そうすると、アリアも先のことを少しずつ、考えていかないとな」
「先のことですか? 今は、生き残ることで精一杯で、考えられる余裕がありません」
アリアは、明日もどうやって、生き残ろうかということしか考えることができていない。
先のことなど、考えられるワケがなかった。
「実際、私もそうだから、なんとも言えないけど、戦争が終わって、戻った後のことは少しぐらい考えておいたほうが良い。今後の人生のこととかな」
「……人生ですか」
アリアは、今まで、生きるのに必死で、自分の人生について考えたことは少ない。
そのため、人生と言われても、ピンとこなかった。
「まぁ、軍人にもいろいろあってさ。例えば、私みたいに前線で王国のために戦いたいっていう士官もいれば、逆に、絶対、前線では戦いたくないっていうやつもいるんだよ。そういうやつは、大体、後方の部隊に行きたがるがな」
「……もしかして、私も士官になれば、後方の部隊に行けますか?」
アリアは、この地獄から抜け出させるかもしれないと思い、クレアに質問する。
「士官になったときに、行きたい部隊を選べるから、可能性はあるな。実際に、平民の士官でも、何人かは後方の部隊に行っているハズだ。まぁ、ほとんど、後方の部隊の士官は、私と同じ貴族が占めているがな。やっぱり、私みたいに命をはって、前線で戦いたいっていう貴族は少ないよ。しかも、後方の部隊への配属は、貴族が優先だ。だから、自分が後方の部隊に行きたいからって、行けるワケでもないしな」
「……貴族だけ、ズルいです」
アリアは平民であるため、クレアの話を聞くと、士官になっても、後方の部隊に行くのは難しそうであった。思わず、アリアの本音が出てしまう。
「まぁ、王国は貴族を優遇しているから、そこは諦めてくれ! でも、チャンス自体はあることには、あるんだ! どうしても、前線から逃げたいんだったら、士官になって、そのわずかなチャンスに賭けるしかないな!」
「……分かりました」
いろいろと納得がいかないが、アリアはそう答えた。
その後も、二人はいろいろとアミーラ王国軍の話をして、夜を過ごした。
まるで、お姉さんができたかのように、アリアは感じ、うれしかった。
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