3 戦争終結
――1ヶ月後。
ハミール平原における、アミーラ王国とエンバニア帝国との戦争は終結した。
講和の調印式は、両軍が見守る中、太陽が昇ると、ハミール平原の中央部で行われた。
なんとか生き残っていたアリアも、第1中隊の面々の一人として、整列をしていた。
アリアの所属する第1中隊は、いつもどおり、アミーラ王国軍の先頭に位置している。
その中で、アリアは第1中隊の1列目に並んでいた。
当然、アリアの目の前で、調印式が行われる。
だが、背が低いアリアの前のほうに、アミーラ王国軍の将官や佐官が多く立っていたため、調印式の様子は分からなかった。
アリア自身も、調印式自体には、興味がなく、早く終わらないかなと思っていた。
頭の中は、サリムに戻った後、今まで、貯めたお金でおいしい物を買うことで一杯である。
サリムは、ハミール平原の近くの都市であり、アリアが所属する第3歩兵大隊が駐留していた。
30分後、調印式が終わり、両軍ともに、それぞれの国へ引き返し始める。
アリアの所属する第1中隊も、サリムへ向け引き返し始めた。
(やっと、戦争が終わった)
アリアは、サリムへ帰る道中、そう思う。
アリアが戦い始めて、2ヶ月しか経過していないが、何年も経ったかのような感覚になっていた。
それほど、アリアにとって、この戦いは辛いものであった。
アリアは、周囲の兵士の様子を観察する。
皆、一様にうれしそうな顔をしながら、今後のことを話しているようだ。『やっと、家族の下に帰れる!』、『俺も、そうだよ!』という会話が、アリアの耳に聞こえてきた。
(家族がいる人は、家族の下に帰るのか……羨ましいな)
アリアは素直に、そう思う。
孤児院を出た者は、孤児院に帰れないため、アリアの帰る場所はサリムにある軍の宿舎であった。
(まぁ、しょうがない。寝る場所があるだけで良しとしよう)
アリアは歩きながら、そんなことを思っている。
アリアの幸せの基準は、戦争に参加したことによって、限界まで下がりきっていた。
もはや、屋根があり、風雨をしのげれば、アリアはなんでも良いと思うようになっている。
アリアは、小柄な体で、重い荷物を背負いながら、歩いていた。
サリムまでは、歩いて3時間ほどかかるようである。
――3時間後。
アリアは、サリム基地に到着した。
サリム基地には、ハミール平原にエンバニア帝国軍が侵攻してきた際に、一番最初に迎撃に向かう部隊が駐留している。
そのため、多数の部隊が駐留する、大きな基地であった。
アリアが所属する第1中隊は、サリム基地にある大きな広場に整列をする。
どうやら、サリム基地にいる部隊は、全部が集められているようであった。
数分後、偉いと思われる人が、お立ち台に立ち、訓示をし始める。
(早く終わらないかな……)
さっさと、サリムでお菓子を買いたいアリアは、整列しながらそう思った。
結局、訓示は1時間ほど続く。
終わったころには、なにもしていないのに、疲れがたまっていた。
訓示が終わった後、アリアの所属する第1中隊が使用する建物の前で、クレアが簡単な指示をした後、中隊は解散となる。
第1中隊の兵士たちは、またたく間に、自分の武器や戦争で使用した資材の汚れを落とし、さっさとサリム基地から出ていった。
アリアも早く、サリムでお菓子を買いたかったので、頑張って、武器の汚れなどを落とす。
1時間後には、他の兵士と同様に、アリアも自由の身になっていた。
急いで、アリアは、サリム基地にある風呂場で汗を流すと、私服に着替える。
久々に、私服に着替えたので、アリアは変な感じがした。
(よし! サリムでお菓子を買うぞ!)
準備を終えたアリアは、そんなことを思いながら、サリム基地の入口の門を出ようとする。
「お! アリア! 今から、出かけるのか? だったら、馬車に乗せてやるよ!」
アリアが声のしたほうに振り返ると、そこには、私服に着替えたクレアがいた。
「良いんですか?」
「良いよ! アリアが歩いていくより、早く目的地に着くと思うしな!」
「ありがとうございます!」
「それで、どこに行きたいんだ?」
「なにかお菓子が買える場所に行きたいです!」
「分かった! それじゃ、私が知っている場所に行こう!」
「ありがとうございます!」
アリアはうれしそうな声を上げると、クレアと一緒に入口の近くに停まっていた馬車に乗りこんだ。
馬車を走らせる従者にクレアが行き先を告げると、馬車は、ゆっくりと動き始めた。
「馬車って、こんなに快適なんですね!」
アリアは馬車の中で座りながら、驚く。
二人が乗った馬車は、アリアが前に乗った馬車と比べて、揺れが少なく、静かであった。
「まぁ、アミーラ王国軍で使われている馬車に比べたら、乗り心地は良いだろう。一応、貴族が使うような馬車だしな」
「そうなんですね!」
アリアは大きな声を上げると、馬車の中を観察し始める。
「そんなに、珍しいか……まぁ、気が済むまで観察して良いよ」
クレアは、頭の後ろで腕を組んでいる。
何回も、この馬車に乗っているクレアにとって、特になにかを思うということはなかった。
二人を乗せた馬車は、サリムの中心部分に向かっていく。
――30分後。
二人を乗せた馬車は、テイルという文字が書かれた看板を掲げている店の前で止まった。
「よし! 到着したみたいだな! アリア、降りよう!」
「分かりました!」
アリアは返事をすると、馬車を降り、店の中に入っていく。
店の中には、いろいろな食べ物や雑貨が売っているようである。もちろん、アリアの目当てのお菓子も売っていた。
「わぁ! いろいろとお菓子が売ってますね!」
「そうだな! ここは、私がよく利用する店なんだ! 大体、欲しい物は売っているな!」
「そうなんですね! それでは、お菓子を買ってきます!」
「分かった!」
クレアの返事を聞くと、アリアは急いで、お菓子売り場に向かう。
(いろいろあって迷う!)
アリアは、笑顔でお菓子を見ていく。
今までのアリアの人生で、お菓子を食べる機会はほとんどなかったので、自分で買えるようになったのがうれしかった。
サリム基地の中で生活をする兵士は、食事が無料で食べられ、しかも、生活費がかからないため、もらった給料がそのまま、全て自由に使えるお金になる。
そのため、アリアは、お菓子を買えるぐらいのお金を持っていた。
(よし! これに決めた!)
アリアは、クッキーが入った箱を3箱買うことに決める。
クッキーは、孤児院にいたときであれば、絶対に買えないような値段であったが、アリアは買うことができた。
クッキーを買ったアリアはクレアの下に戻る。
「お! ちょうど、良かった! アリア手伝ってくれ!」
クレアは、お酒が入った容器を何本も地面に置いていた。
どうやら、全て買うようである。
アリアとクレアは協力して、お店の主人が立っている場所の近くの机に、お酒が入った容器を全て並べた。
「お会計は、20万ゴールドです」
お店の主人は、並んでいるお酒を全て確認すると、そう言った。
「え!」
あまりの額に驚き、驚きの声を上げてしまう。
先ほど、アリアが買ったクッキーが3箱で1000ゴールドであり、それでも奮発したなと感じていたアリアにとっては、想像もできない大金であった。
店の主人は、アリアの驚く顔を見て、苦笑している。
逆に、クレアはいつもどおりという顔をしていた。
「そんなに驚く額か? まぁ、いいや。はい、20万ゴールド」
クレアはお店の主人に、懐から取り出した、20万ゴールドを渡す。
どうやら、クレアにとっては、大したお金ではないようだ。
「ありがとうございます」
お店の主人は、20万ゴールドを受けとると、1万ゴールドの紙を、一枚ずつ確認した。
クレアとアリアは、お店の主人がお金を確認し終わった後、お酒を協力して馬車に運んだ。
お酒を運び終わるころには、空が暗くなっていた。
「よし! 全部、運んだな! アリア、馬車に乗れ!」
「え?」
アリアはここから、サリム基地に歩いて戻ろうと思っていたので、クレアの言葉に驚く。
「もしかして、歩いて、サリム基地に戻るつもりか?」
「はい、そのつもりです」
「いや、もう暗いし、危ないだろう! だったら、ここの近くに私の家があるから、今日は泊まっていけ!」
「良いんですか?」
正直、サリム基地まで歩くと、それなりに時間がかかる上、夜道は危ないので、クレアの申し出はうれしかった。
「おう! いいぞ! 別に、サリム基地まで、アリアを送っていっても良いが、私は家に帰って、早く酒を飲みたい! だから、アリアが私の家に来て、泊まってくれたほうが手間が省けて、楽だ!」
「分かりました。お言葉に甘えます」
アリアはそう言うと、クレアに続いて、馬車に乗りこんだ。
馬車は先ほど積んだお酒の入った容器で一杯である。
二人が乗りこんだ後、馬車はゆっくりと走り始めた。
――10分後。
二人を乗せた馬車は、クレアの家の門の前に、停まった。
(家というより、大きな屋敷だ)
アリアは馬車の窓から、クレアの家を見て、そう思う。
どう考えても、アリアの知っている一般的な家よりも、屋敷は大きかった。加えて、屋敷の敷地も相当、広そうである。
「アリア、酒を運ぶのを手伝ってくれ!」
「分かりました」
アリアは、馬車に積まれたお酒の容器を何本か持つと、クレアと一緒に屋敷の中へ入っていった。
「お嬢様、お帰りなさいませ!」
アリアとクレアが、屋敷の中に入ると、大勢の使用人と思われる人物に出迎えられる。
「おう! ただいま! とりあえず、私とアリアの持っている酒をいつもの場所に運んでくれ!」
「承知しました」
使用人の一人がそう言うと、使用人たちが一斉にアリアとクレアに近づき、お酒を受けとると、どこかへ運んでいった。
「クレア姉様! また、お酒ですか!?」
使用人たちがどこかへ行った後、一人の少女がクレアに近づいてくる。
「良いだろう、サラ! 戦場から帰ってきて、久しぶりに飲めるんだから!」
クレアは、サラと呼ばれる少女にそう言った。
サラは、クレアと違い、可愛らしい顔に、頭の左右から生やした金髪の巻き髪が特徴的な少女である。
「もう、クレアお姉様は、変わらないですわね! そういえば、クレアお姉様の隣にいる方は誰ですの?」
サラは不思議そうな顔をしながら、アリアのほうを向く。
「私の部隊に所属してる兵士で、名前はアリアだ! 今日は、うちに泊めるからな!」
「そうなんですのね! 初めまして、ワタクシはサラ・モートンと言いますの! よろしくですわ!」
サラはそう言うと、スカートのすそをちょこんと持ち上げた。
「アリアです。今日は、お世話になります」
アリアもサラのほうを向くと、お辞儀をする。
「よし! 顔合わせも終わったみたいだし、私とアリアは汗を流しにいく! アリア、行くぞ!」
「分かりました」
アリアはクレアについていき、お風呂場で汗を流した。
お風呂は広く、二人が使用しても、問題ない大きさである。加えて、サリム基地のお風呂場より、設備が豪華であった。
(さすが、貴族のお風呂場!)
アリアは、お風呂場で汗を流しながら、そんなことを思う。
20分後、汗を流し追わった二人は、屋敷の食事を食べる部屋である食堂へ向かった。
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