9 脱走
――夜1時。
女子寮の部屋で、アリアとサラとステラはベッドの上で寝ていた。
三人は、疲れ切っていたため、ぐっすりと眠っており、少しの物音では、起きそうになかった。
そのような状況で、突然、バンバンバンという銅鑼の音が、外から聞こえてきた。
「なんですの!? なんですの!?」
あまりにも銅鑼の音が大きかったため、サラは、飛び起きる。
そうしている間にも、銅鑼の音は鳴り響いていた。
「入校生は今すぐ、校庭に集まれ! 集まるときは、組ごとに集まり、学級委員長は自分の組の全員が揃ったら、俺に報告しろ!」
外から、今日の当直であったロバートの大きな声が聞こえてくる。
当直は、夜に、レイル士官学校で、なにか異常が起きた場合に対応する必要があるため、教官室に泊まりこむことになっていた。
今日は、たまたま、ロバートが当直であったようだ。
「サラさん、ステラさん! 急いで、校庭に行きましょう!」
サラと一緒に飛び起きていたアリアは、そう言った。
「分かりましたの!」
「分かりました」
サラとステラの返事を聞いたアリアは、寝間着のまま、校庭へ向かって、走りだす。
残った二人も、寝間着のまま、アリアの後ろを追いかける。
女子寮の他の部屋からも、続々と入校生たちが出てきた。
それから、10分後。
校庭に到着したアリアは、すでに整列していた4組の入校生が全員いることを確認すると、ロバートに報告した。
他の組の学級委員長も、自分の組の人数を確認すると、ロバートに報告する。
そのような状況で、いつまで経っても、1組の学級委員長は、ロバートに報告することができなかった。なにか問題が起きたのか、1組の学級委員長は、パニックになっており、あたふたと動き回っている。
2組から6組の学級委員長の報告を受けたロバートは、パニックになっている1組の学級委員長に近づき、事情を聞いていた。
(もしかして、これ、脱走か?)
アリアは、4組の入校生たちが整列している場所の少し前に立ちながら、1組の学級委員長がいるほうに顔を向ける。
他の組の学級委員長も気になるのか、1組の学級委員長のほうに顔を向けていた。
2分後、1組の学級委員長から事情を聞き終わったロバートは、校庭に置かれているお立ち台に上がる。
「現在の状況を伝える! 1組の入校生、5名が男子寮からいなくなり、行方不明の状況だ! これから、お前らには、行方不明になっている入校生の捜索をしてもらう! 各組の学級委員長を中心として、捜索に当たれ! 分かったか?」
「はい!」
入校生たちは大きな声で返事をした。
(うわ! 行方不明って、絶対、脱走だ! 面倒だな……)
アリアも入校生たちと一緒に返事をした後、そう思う。
脱走者を見つけるのは簡単ではなく、なおかつ、時間がかかるのが、軍での常識であった。
もちろん、軍で生活していたアリアも、そのことを知っていた。
「よし! 学級委員長は俺のいる場所に集まれ! それぞれの捜索する範囲を指示する!」
「はい!」
各組の学級委員長は、大きな声で返事をすると、ロバートの近くに集まり、捜索範囲の指示を受ける。
アリアも指示を受けると、急いで、4組の入校生たちに訓練場の周囲を捜索することを伝えた。
その後、4組の入校生たちとともに、アリアは、訓練場へ向かった。
10分後、4組の入校生たちは、訓練場に到着した。
アリアは、疲れている中、夜中に叩き起こされ、文句を言っている入校生たちを5人1組に分ける。
その後、組ごとに、おおよその捜索範囲を指示し、1時間後に訓練場に戻ってくるように伝えた。
アリアの言葉を聞いた入校生たちは、『はぁ……寝る時間ないよ』、『脱走したやつは、絶対、許さねぇ!』などと、文句を言いながら、アリアに指示された場所に向かって、歩いていく。
アリアも、サラとステラと平民二人を率いて、訓練場の北にある森を捜索するために、歩きだした。
レイル士官学校の訓練場には、屋外の訓練場と屋内の訓練場が存在する。
そのため、雨が降っていても、訓練ができるようになっている。
そんな訓練場の北には、木々が生えている場所での実戦を想定してか、森があった。
「まったく、人騒がせですわ! 見つけたら、絶対に、一発は殴りますの!」
サラはプリプリと怒りながら、森の中を歩いている。
夜ということもあり、木に火が燃え移らないように、アリアは注意しながら、松明を持っていた。
「そうですね。大体、素直に辞めると言えば、脱走などしなくても、レイル士官学校を辞めれるのに、それでも脱走するという選択をとってしまうのは、意味不明です」
ステラは落ちついた口調で、そう言った。
「ステラさんの言うとおりだと、私も思います! もしかして、なにか辞めることができない事情でもあるんですかね?」
ステラの意見に同意したアリアは、サラとステラのほうを向く。
その視線を受けて、ステラが口を開いた。
「考えられるのは、親が辞めることを許さないとかですかね。まぁ、レイル士官学校に強制的に入校させられている貴族も多いですし、その親が辞めることを認めるのは考えづらいかと」
「そうなんですね! てっきり、貴族は、全員、望んでレイル士官学校に入校したものだと思っていました!」
ステラの言葉を聞いたアリアは、驚きながら、そう言う。
アリアは、平民である二人がいるほうに顔を向けると、アリア同様に驚いている様子が見てとれた。
「違いますの! ワタクシの家みたいに、代々、軍人の家系に生まれた者は、ほぼ強制的にレイル士官学校に入校することになりますわ! だから、ワタクシもレイル士官学校に入校したんですの! あと、家督を継げなくて、しょうがなく、士官になる貴族も多いんですわ!」
「へぇ~、意外と貴族も大変なんですね! もしかして、ステラさんも強制的に士官学校に入れられたんですか?」
アリアはステラのほうに顔を向ける。松明の明かりに照らされたステラの顔がアリアには見えた。
「そうですね。私の家も軍人の家系なので、強制的にレイル士官学校に入校することになりました。まぁ、強制でなくても、レイル士官学校に入校していたと思うので、結果的には良かったですね」
「そうなんですね! まぁ、これからいろいろとあると思いますけど、頑張りましょう!」
「もちろんです」
「もちろんですの!」
ステラとサラの返答を聞いたアリアは、森のほうに顔を向ける。
そのとき、カサッと、音がしたように聞こえた。
「なにか、音がしませんでしたか?」
アリアは、周りにいた4人に向けて、そう言う。
その瞬間、いきなり、ステラが走りだした。
「ちょ、ステラさん! どこに行くんですか!?」
アリアは、いきなり走りだしたステラに向けて、叫んだ。
だが、ステラは、アリアの声を無視して、走っていった。
あっという間に、ステラの姿は見えなくなる。
「とりあえず、ステラさんを追いましょう!」
アリアはそう叫ぶと、残った三人を引き連れて、ステラの後を追い始めた。
そうこうしているうちに、『うわあ!』という男の声が、遠くのほうから聞こえてきた。
「ステラさんが脱走した入校生を見つけたのかもしれません! 急ぎましょう!」
アリアはそう言うと、走る速度を速める。
残った三人も、なんとかアリアに置いていかれないように、ついていく。
2分後、アリアたちは、ステラがいる場所に到着した。
そこには、入校生と思われる男が、ステラにボコボコにされたのか、腫れあがった顔で、地面に倒れている。
「どうやら、脱走した1組の入校生みたいですよ」
ステラは、やってきたアリアたちに、そう言った。
松明で照らされたステラの手には、少し、血がついている。
「ヒエッですわ!」
ステラの手に血がついているのを見たサラは、声を上げて、驚く。
「そういえば、サラさん。たしか、一発、殴りたいと言っていましたよね? 今なら、殴り放題ですよ」
ステラは、サラのほうを向いて、そう言った。
「いや、もういいですの……」
あまりにも脱走した入校生がボコボコにされているため、やる気が失せたのか、サラは顔を横に振っている。
「そうですか。サラさんがそう言うなら、それで良いですよ。とりあえず、この脱走した入校生は、私が担いで運びますけど、大丈夫ですか?」
ステラは倒れた入校生を軽そうに、右の肩に乗せると、アリアのほうを向く。
「はい、大丈夫です! ただ、重かったら、交代しますので言ってください!」
「いえ、軽いので大丈夫です」
ステラは、本当に重くないのか、表情を変えずにアリアに、そう言った。
(いや、どれだけ、力があるんだよ! ステラさんは、絶対、普通の人じゃない!)
アリアは、脱走した入校生を軽々と担いでいるステラを見ながら、そう思う。
その後、アリアたちは、森での捜索を続けた。
だが、ステラが捕まえた入校生の他に、脱走した入校生はいないようであった。
40分後、アリアたちが訓練場に戻ると、すでに他の4組の入校生たちは戻っていたようである。
結局、4組としては、ステラが捕まえた入校生の他に捕まえることができなかった。
アリアは、4組の入校生たちを率いて、校庭に戻っていく。
校庭に戻ると、他の組はすでに戻っているようであり、ロバートの立っているお立ち台の近くには、4人の入校生が縄で縛られて座っていた。
「おう、アリア、でかしたぞ! これで、行方不明だったやつらは、全員、捕まえることができた! もっと時間がかかるかと思ったが、早く終わって良かった!」
アリアが連れてきた入校生を縄で縛りながら、ロバートは嬉しそうな声を上げている。
その後、アリアが、4組の整列している列の前に戻ると、ロバートがお立ち台に立った。
「お前らの活躍によって、行方不明だったやつらは、無事に発見することができた! 礼を言う! これで、お前らも分かったと思うが、行方不明になると、大事になるから、レイル士官学校を辞めたいんだったら、直接、担当してくれている教官に、辞めたいですと言え! 分かったか?」
「はい!」
校庭にいた入校生たちは、大きな声で返事をする。
その後、捜索が終了したため、入校生たちは解散し、それぞれの寮へと戻っていった。
(はぁ……もう、3時だ。あと、3時間しか寝られないよ……)
アリアが女子寮の部屋に戻り、時計を確認すると、そう思う。
レイル士官学校の起床時間は、朝6時であったため、アリアとステラとサラは着替え直して、急いで、ベッドに潜りこむ。
「さっさと、寝ましょうですわ!」
「そうですね」
「はい、寝ましょう!」
サラの言葉に、ステラとアリアは同意すると、三人はすぐに寝始めた。
スースーという寝息だけがアリアたちの部屋に響いている。
――3時間後。
起床を知らせる音楽が鳴ると、サラとステラとアリアは飛び起きた。
「お前ら! 5分以内に点呼の報告を完了させろ!」
ロバートの大きな声が外から聞こえてくる。
三人は、急いで、軍服に着替えると、女子寮の部屋を出る。
一気に、女子寮にいる入校生が女子寮の入口に殺到しているため、三人は人混みをかき分けながら、なんとかして、校庭を目指す。
「あと、1分だぞ! お前ら、それで、間に合うのか!?」
アリアが校庭に到着して、4組の入校生たちが揃っているかどうかを確認していると、ロバートの声がお立ち台のほうから聞こえてくる。
(うわ! まだ、揃ってない!)
アリアはそう思うと、男子寮のほうに顔を向けた。
男子寮の入口からは、まだ、入校生たちが続々と出てきている状態である。
(あ、これ、絶対、間に合わないな)
アリアは、男子寮の様子を見て、そう確信した。
起床の音楽が流れてから、7分後、アリアはロバートに点呼の報告をする。
結局、入校生全体の点呼の報告が完了したのは、起床の音楽が流れてから、15分後であった。
「お前ら、言われたことも守れないのか!? 全員、腕立て伏せができる体勢をとれ!」
当然、ロバートは激怒し、そこから、腕立て伏せが、7時になるまで行われた。
(朝ごはん、食べれなかったな……)
腕立て伏せが終わった後、アリアは、そんなこと思いながら、女子寮へ戻る。
朝食が食べれる時間は、7時までであるため、この日、レイル士官学校の入校生の全員が、朝食を食べることができなかった。
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