10 外出を賭けた戦い
――3日後の朝。
5分以内に点呼の報告ができなかったレイル士官学校の入校生たちは、今日の朝も、当直の教官に指示され、校庭で腕立て伏せをしていた。
そんな中、5組と6組は、5分以内に朝の点呼の報告が間に合ったため、寮に戻っていた。
「お前ら! いつになったら、間に合うんだよ! 今日は、金曜日だぞ! この1週間、一回も朝の点呼の報告を5分以内にできていないな! お前らには、学習能力がないのか?」
今日も4組の入校生たちに向けて、ロバートは大きな声で叫んでいる。
ロバートは、毎日、朝6時には、校庭にいるようであった。
そのため、朝の点呼の報告を間に合わせることができなかった4組の入校生たちは、毎日、ロバートに怒鳴られながら、腕立て伏せをしていた。
(今日こそ、間に合うと思ったのに!)
アリアは腕立て伏せをしながら、そんなことを考えている。
今日は、男子寮から出てきた4組の入校生三人が遅れたため、ギリギリ、5分以内に間に合わなかった。
他の組も、担当する教官が怒鳴っている様子が、アリアには見えた。
月曜日から今日の金曜日の朝まで、一日のほとんどの時間を腕立て伏せをしたり、走ったりしていたため、4組の入校生たちの体はボロボロである。
他の組も、4組ほどではないが、体を酷使しているようであった。
そのため、4組はまだ一人も辞めていないが、他の組では、耐えられなかった者が何人か、レイル士官学校を辞めたようである。
先日、脱走をしようとした5人も、すでにレイル士官学校を辞めていたようであった。
通常、アミーラ王国軍では、脱走した者は捕まった場合、軍法会議にかけられ、死刑になることが多い。
それは、軍の施設であるレイル士官学校でも、同じハズであった。
だが、先日、脱走した入校生たちの親が、軍に圧力をかけたのかは分からないが、脱走した5人は、軍法会議にかけられることなく、円満にレイル士官学校を辞めることができたようである。
このことに関して、ロバートは、『もし、脱走したのが平民だったら、軍法会議にかけられて、間違いなく、死刑だったろうに、おかしな話だな!』と言っていた。
アリアも、その意見には、賛成であった。
アミーラ王国軍の兵士の多くは、平民であったため、このことが知られるようになった場合、士気が落ちるのは確実であった。
実際に、アリアは少しやる気を削がれた。
(はぁ……さすがに、キツイな)
アリアは、朝日が差す校庭で、大粒の汗を流しながら、腕立てをしている。
軍の生活で、それなりに鍛えられていたアリアでも、毎日、体を酷使していたため、限界であった。
当然、今まで、まともに体を動かしていなかった入校生たちは、死にそうな顔をしながら、腕立て伏せをしている。
腕立て伏せが始まって、10分後。
体が限界で、膝をついてしまった入校生を怒鳴っていたロバートが、アリアの目の前に立った。
「おい、学級委員長! 本当に、朝の点呼に間に合わせる気があるのか? それとも、朝に腕立て伏せをしたくて、わざと、遅れているのか?」
「違います!」
アリアは大きな声で、腕立て伏せをしながら、答えた。
(誰が、朝から好き好んで、腕立て伏せなんてしたいと思うのか! 朝、早く移動できるように、具体的に、4組の入校生たちにどうすれば良いか、伝えている! それでも、遅れて、こうして、腕立て伏せをすることになっているんですよ!)
アリアは、大粒の汗を顔から流しながら、そう思う。
アリアの腕は、限界であり、もう、腕を折り曲げることができなくなっていた。
「だったら、なぜ、遅れる?」
「私が4組をまとめることができていないからです!」
遅れている入校生のせいですと、アリアは口が裂けても言えなかった。
そんなことを言えば、自分の指揮能力の否定になり、士官失格であったためである。
「そうだ! 学級委員長のお前の力が足りないから、朝の点呼の報告が間に合わない! 5分以内に朝の点呼を報告するというのは、不可能なことではない! 実際に、お前らより、体力がない入校生が多い5組と6組でも、朝の点呼の報告を間に合わせている! だから、4組も本当なら間に合うハズだ!」
ロバートが大きな声でそう言った。学級委員長であるアリアだけでなく、他の4組の入校生たちにも、ロバートの声は聞こえているようである。
ロバートはそのまま、発言を続けた。
「学級委員長! なぜ、体力が劣っている5組と6組の入校生が、朝の点呼に間に合ったか、分かるか?」
「協力し合っているからだと、思います!」
「そうだ! お前の言うとおり、お互いに協力し合っているからだな! それに引きかえ、お前たちは、協力し合わず、バラバラと個人で動いている! そんなことで、部隊をまとめる士官としてやっていけると思うのか!? 無理に決まっている!」
ロバートは、4組の入校生たちに聞こえるように大きな声を上げる。
4組の入校生たちは、ロバートの声を聞きながら、必死に腕立て伏せをしていた。
「こんなことでは、外出させずに、明日からの休日も体力を増やすために、走りこみをさせたほうがマシだな!」
「待ってください、ロバート大尉!」
ロバート大尉の言葉を聞いたアリアは、焦って、そう言う。
(休日に休めないなんて、冗談じゃない! なんとしても、休日を勝ち取らないと!)
アリアはそんなことを思いながら、腕立て伏せの姿勢のまま、ロバートの顔を見上げる。
「なんだ、学級委員長? 休日が潰れるのが不服なのか?」
「はい! 私たちにチャンスをください!」
アリアは必死の声で、ロバートに向かって、そう言った。
ロバートはアリアの言葉を聞くと、少し考え、口を開く。
「分かった! お前らにチャンスをやろう! 明日の朝の点呼で4分以内に報告が完了すれば、そのまま、休日を過ごして良いぞ! だが、4分以内に、報告が完了できなければ、休日2日間、体力増進に励んでもらう! これで良いか、学級委員長?」
「はい! ありがとうございます!」
本当はまったく良くはないが、アリアは大きな声で返事をする。
それから、腕立て伏せは、朝の7時まで続き、今日も4組の入校生たちは、朝食を食べることができなかった。
4組の入校生たちは、ボロボロになった体で、普段、使用する寮のトイレなどの施設の掃除をし終えると、すぐに4組の教室に向かう。
4組の入校生たちが教室に到着した数分後に、ロバートが教室に入ってくる。
「よし! 今日の講義を始めるぞ!」
ロバートは元気な声でそう言うと、今日の講義を始めた。
まだ、レイル士官学校に入校して、1週間も経っていないので、一日のほとんどが講義である。
一見、ただ起きて、ロバートの話を聞くだけに思えるが、大きな落とし穴があった。
(はぁ……今日も眠いな……)
アリアは、まぶたが落ちそうになりながら、なんとかロバートの話を聞いている。
内容は、アミーラ王国の王家の歴史に関しての話であり、平たく言うと、退屈な話であった。
アリアがロバートの目を盗んで、4組の入校生たちの様子を確認すると、何人も眠りそうになっているのが分かった。
その入校生を周りの入校生が小突いたりして、なんとか起こそうとしている。
(今日も、ダメかもしれないな……)
アリアはそんなことを思いながら、眠らないように、なんとか耐えていた。
4組の入校生は、今週1週間、講義のたびに、入校生の誰かが寝ていたため、寝ないように空気イスの体勢で講義を受けさせられたり、ひどいときは、ひたすら走らされたりしていた。
そのせいで、4組の入校生たちの疲労は極限に達しており、講義を少し聞いているだけで、眠くなってしまう状況である。
30分後、アリアの予想は的中した。
「おい! 講義中に寝ている者がいるぞ! お前ら、自分の欲望に負けて、どうする!? そんなんじゃ、戦場では戦えないぞ! しょうがない! イヤでも寝ないようにしてやろう! 今日も、空気イスの体勢を維持したまま、講義を受けろ!」
ロバートは大きな声で、そう言う。
その後、4組の入校生たちは、空気イスの体勢を維持したまま、講義を受けることになった。
(ああ! もう、本当にイヤだ!)
アリアはそんなことを思いながら、空気イスの体勢を維持したまま、周囲を観察する。
4組の入校生たちは、険しい顔をしながら、空気イスの体勢を維持していた。
その中の何人かは、膝が笑ってしまい、生まれたての小鹿のようになっている。
それから、午前中の講義が終わるまで、4組の入校生たちは、空気イスの体勢をとり続けることになってしまった。
そんな午前中の講義が終わった後、アリアとサラとステラは、昼食を食べるため、食堂へ向かう。
「やっと、ご飯ですの! いっぱい、食べますわ!」
サラはそんな声を上げながら、山盛りに盛った料理をガツガツと食べ始める。
アリアとステラも、山盛りに盛った料理を黙って、食べていた。
20分後、昼食を食べ終わった三人は、女子寮に戻り、施設の掃除などをしていた。
今日の午後は、寮が掃除されているかの点検があったため、三人は必死で掃除をする。
13時になり、午後を知らせる音楽が聞こえてくると、女子寮に眼鏡をかけた若い女性教官であるアン・ガリカが現れた。アンの階級は大尉であり、クレアと同じ階級である。
「それで、アリア。点検の準備は終わったのかしら?」
「はい!」
アリアは、女子寮の入口でアンを迎えると、大きな声で返事をする。
女性で唯一の学級委員長であるため、アリアは、今回の女子寮の点検の責任者となっていた。
「それでは、掃除されているか、見ていこうかしら」
アンはそう言うと、女子寮にあるキッチンやトイレなどを見回り始める。
30分後、女子寮を見終わったアンは女子寮の入口で口を開く。
「掃除はされているけど、もう少し、キレイにできるでしょ? 手垢とかついたままのところがあったわよ? もう一度、掃除をするように。それが終わったら、点検するから、教官室まで私を呼びに来なさい」
「はい、分かりました!」
アリアは大きな声で返事をすると、急いで、女子寮にいる入校生たちに、指摘された事項の掃除をするように指示をした。
30分後、アンに、もう一度、点検をしてもらったが、今度は違う事項を指摘され、再度、女子寮の掃除をすることになる。
結局、アンの点検に合格したころには、太陽が沈み、午後5時になっていた。
アリアは女子寮の点検が終わったことをロバートに報告するために、アンにロバートの居場所を聞き、男子寮へ向かう。
男子寮と女子寮は校庭の近くにあるため、アリアは歩いて、男子寮に向かっていった。
1分後、男子寮の入口にいたロバートにアリアは、女子寮の点検が終わったことを報告する。
「よし! ご苦労! このまま、今日は解散にするから、自由にして良いぞ! 男子寮は、まだ、点検が終わっていないから、4組の入校生たちに伝達事項があるなら、点検が終わった後に伝達しろ!」
「はい!」
アリアは大きな声で返事をすると、ロバートに月曜日の予定を確認し、女子寮へと戻っていった。
結局、男子寮の点検が終わったのは、夜19時であった。
――次の日の朝。
「アリア、ステラ、急ぎますの!」
「分かっています!」
「すいません、私は4組が揃ったか確認しないといけないので、もう行きますね!」
朝6時の起床の音楽が聞こえた瞬間、三人は、急いで、校庭に向かおうと準備をする。
昨日、男子寮の点検が終わった後、4組の入校生たちは、点呼の報告が4分以内に終わるように、何度も練習した。
最終的に、4分以内に点呼の報告が完了できるようになっていたため、アリアは自信があった。
3分後、校庭に到着したアリアは急いで、4組の入校生たちが揃っているかどうかを確認する。
まだ、全員が揃ってはいなかった。
「頑張って、走ってください!」
アリアは男子寮から急いで走ってくる4組の入校生たちに向けて、大きな声を出す。
先に到着した入校生たちも、応援の声を上げている。
そうしている間にも、刻々と時間が過ぎていく。
「4組、集合完了しました!」
全員が揃ったことを確認したアリアは、お立ち台に立っているロバートに、大きな声で報告をした。
他の組は、休日であったため、寮の中で点呼があり、校庭には、4組の入校生たちしかいなかった。
(いけたか!?)
かなりギリギリでアリアは報告したため、報告した後、気が気ではなかった。
「報告完了にかかった時間は、3分58秒! お前ら、やればできるじゃないか! よし! ただいまから、4組は休日とする! しっかりと休日を満喫しろよ!」
「はい!」
4組の入校生たちは、嬉しそうな声で返事をした。
こうして、4組の入校生たちは、休日を勝ち取ることができた。
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