15 訓練

 ――1時間後。


 三人は、貴族街の外れにあるステラの屋敷に到着していた。

 空はすっかり暗くなり、ステラの屋敷から漏れる光が辺りを照らしている。


「お帰りなさいませ」


 三人が屋敷の中に入ると、カレンがお出迎えをしてくれた。


「カレン、お風呂は入れるかしら?」


 三人は、今日、一日中、歩き回っていたので、汗をたくさんかいている。

 そのため、三人は、一刻も早く、お風呂に入り汗を流したいと思っていた。


「はい、準備はできています」


「そう。それでは、アリアさん、ステラさん。お風呂場に行きましょうか」


「分かりましたの!」


「はい!」


 嬉しそうな声を上げたサラとアリアは、ステラの後を追いかける。

 カレンはお風呂場に向かった三人を見送ると、屋敷の厨房へ向かった。


 数十分後、お風呂を堪能した三人は、カレンが用意してくれた服に着替えると、屋敷の食堂へ向かう。


「そういえば、カレンさん以外の使用人を見かけませんけど、今日はお休みですの?」


 屋敷の廊下を歩いているサラは、前を歩いているステラに質問する。


(たしかに、モートン家の屋敷では、もっと、使用人の人たちが廊下を行き交っていたような気がする。サラさんの言うとおり、今日は、使用人の人たちが休みの日なのかな?)


 アリアも、声には出さなかったが、サラと同じ疑問を持った。

 そんな二人の疑問に対して、ステラは、いつもと変わらない表情で答える。


「いえ、この屋敷には、カレンの他に使用人はいません」


「え? カレンさんの他に使用人がいませんの? それだと、食事を作ったり、屋敷を維持したりするのは、難しいのではありませんの?」


 サラは、キョトンとした顔をしながら、ステラに質問をした。

 アリアも、ステラの回答が予想外であったため、キョトンをした顔をしている。

 

 貴族の屋敷では、使用人として、料理人、メイド、執事などがいるのが一般的であった。

 そのため、どれだけ力のない貴族の屋敷でも、使用人が2、3人いるのが普通である。

 そうしなければ、屋敷を維持したりするのが不可能なためであった。


「いえ、この屋敷は、休日に私しか使う予定がないので、カレン一人で事足ります。他に家族などがいれば、もっと使用人が欲しいと私も思いますが」


「そうなんですのね。そうすると、ご両親は一緒に来ていないということですの?」


「そうですね。私の両親は、バーミラにいます」


 ステラは、サラの質問にさらりと答える。

 バーミラは、アミーラ王国の西部にある都市であった。


「そうすると、この屋敷はステラが休日に過ごすためだけに、借りていますの? すごいですわね!」


 サラは興奮しながら、ステラにそう言った。

 基本的に、王都レイルに屋敷がある貴族以外は、休日に外で泊まる場合、宿に泊まるのが一般的であった。

 ステラのように、外で泊まるために、屋敷を丸ごと借りるのは、珍しいことである。なぜなら、お金が相当、かかるのが分かり切っていたためであった。


 そんな状況で、ステラは、興奮しているサラに向かって、口を開く。


「いえ、借りていません。買いました」


「はっですの?」


「えっ?」


 ステラのまさかの発言に、サラとアリアは驚く。


「お、お金はどうしましたの!?」


「ご両親に出してもらったんですか!?」


 サラとアリアは矢継ぎ早に、ステラに質問する。

 対して、ステラはいつもと変わらない表情で答えた。


「秘密です。まぁ、気が向いたら、教えますね」


 ステラはそう言うと、会話を切り上げ、スタスタと食堂へ向かって歩いていく。

 どうやら、これ以上、追及しても無駄なようである。

 そう悟った二人は、ステラにそれ以上の追及をせず、ついていった。






 食堂に到着した三人は、カレンが作ってくれた夕食を食べ始める。


「おいしいですの!」


「本当ですね、サラさん!」


 サラとアリアは、机の上に置かれた料理を夢中で食べていた。

 そんな二人をステラは料理を食べながら、眺めている。


「ありがとうございます」


 ステラの近くに立っているカレンは、サラとアリアに向けて、お辞儀をした。


(モートン家の屋敷で出されていた料理と同じくらいおいしいな!)


 アリアはそんなことを思いながら、どんどんと料理を食べる。

 

 その後、三人は、他愛のない話をしながら、夕食を食べていた。

 30分後、三人は夕食を食べ終わった。


「ふぅ~、お腹がいっぱいですわ!」


「私もお腹、いっぱいです!」


 サラとアリアはお腹をさすりながら、イスに座っている。


「お嬢様、今日は訓練されますか?」


 アリアとサラの様子を見ていたカレンが口を開く。


「ここ一週間は、ほとんど剣を振っていないから、訓練しとかないとマズいですね」


 ステラはいつもと変わらない、落ちついた声でカレンに答える。


「訓練ですの?」


 お腹をさすっていたサラは、ステラのほうに向く。

 アリアもステラのほうに顔を向ける。


「はい、訓練です。バーミラにいた時は、夕食が終わった後に、少し休んでカレンと訓練をしていたので、こちらでも行おうかと思いまして。もちろん、士官を目指している、お二人も参加しますよね?」


 ステラは、いつもと変わらない表情で、二人に圧力をかける。

 そんなステラの前に、サラとアリアは、半笑いの顔であった。


「あはは……もちろん、やりますの……」


「そうですね……」


 レイル士官学校での生活と今日、一日中動き回っていたことによって、サラとアリアは、クタクタになっている。

 だが、ステラの圧力に負けた二人は渋々といった様子で、訓練をすることにした。


 その後、三人はステラの部屋で、少し休むと、訓練用の服に着替え、屋敷の中庭に木剣を持って、集合した。


「それでは、訓練を始めたいと思いますが、それぞれの相手をどうしますか?」


 ステラは、サラとアリアに質問をする。

 その近くには、メイド服姿のカレンが木剣を持って、立っていた。


「ワタクシは、サリムいたとき、いつもアリアと訓練をしていましたの! だから、今日もアリアと訓練しますわ!」


 サラは、慣れている相手が良いのか、ステラに、そう答える。


(まぁ、慣れている相手と訓練したほうが、疲れないしな。せっかくの休日に疲れるのは勘弁してほしい)


 アリアは、そんなことを思いながら、ステラのほうを向く。

 サラの要望を聞いたステラの表情はいつもどおりである。


「それだと、マンネリしませんか? そうすると、訓練の効率が悪くなってしまうので、相手を変えましょう。カレンも、そう思いますよね?」


「そうですね。それでは、サラ様とアリア様のどちらかが、お嬢様と訓練をして、もう一人の方は、私と訓練するというのは、いかがでしょうか?」


「それが、良いですね。それでは、サラさん、アリアさん。どちらが私の相手をするか、決めてください」


 サラとアリアの意見を聞かずに、ステラがそう言った。


「ちょ、待ってほしいですの! ワタクシは、どうしても、アリアと訓練がしたいですわ! アリアも私と訓練がしたいですわよね!?」


 サラは必死な声を上げながら、アリアに同意を求める。


「もちろんです!」


 アリアは、サラの提案に即座に賛成した。

 どちらも、これ以上、疲れたくないという思いは一緒のようである。


「そうですか。それでは、30分交代で相手を変えるというのは、どうでしょう? それなら、お互いに、いろんな相手と訓練をできますので、効率が良いと思います」


「うう~ん、それなら良いですわ」


「私も、そっちのほうが良いと思います」


 ステラが、サラとアリアのために譲歩をしてくれたので、渋々といった感じではあるが、二人は了承した。


「それでは、さっそく、訓練を始めましょうか」


 ステラはそう言うと、カレンを伴って、サラとアリアから少し離れた場所へ移動した。


 こうして、四人は、屋敷の中庭で訓練を始める。

 夜ではあるが、カレンが松明を用意してくれたため、それなりには明るかった。



「アリア、あの二人、どう思いますの?」


「強すぎますね」


 サラとアリアは、剣で打ち合いながら、会話をする。

 もう二人とも慣れていたので、訓練をしながら、よそ見をし、会話をするぐらいは余裕であった。


 サラとアリアから少し離れた場所では、ステラとカレンがすさまじい速度で木剣を打ちつけ合っていた。

 カンカンカンと剣を打ちつけ合う音が、絶え間なく、高速で鳴り響いている状態である。


 それだけで、明らかにサラとアリアよりは強いと分かる様子であった。

 ときおり、カレンの攻撃を受けとめきれなかったステラが、矢のような速度で吹き飛ばされていた。

 だが、ステラは、地面を転がった後、すぐにカレンに斬りかかっていた。


 そうして、ふたたび、ステラとカレンが剣を打ちつけ合っていた。


「はぁ……これは、本気でやっても、一方的にボコボコにされそうですね」


「そのとおりですわ……」


 アリアとサラは、剣を打ちつけ合いながら、そんなことを話している。

 すでに、ステラとカレンと訓練をする前から、二人の気は重くなっていた。


 こうして、四人が訓練を始めてから、30分が経過し、お互いに訓練の相手を変えることになる。

 アリアの相手は、ステラであった。

 少し離れた場所では、カレンとサラが木剣を構えているようである。


「それでは、アリアさん、始めましょうか」


「分かりました!」


 先ほどとは違い、アリアは気合の入った声を出す。

 アリアの返答を聞いたステラは、自分から斬りかかる。


(うわ! はやっ!)


 アリアは、そんなことを思いながら、ステラの上段からの攻撃を、なんとか剣で受け止めた。

 アリアは押し切られないように、必死で体勢を維持する。

 対して、ステラはというと、いつも変わらない表情であり、必死という感じではなかった。


「さすが、戦場で生き残っただけはありますね」


 ステラはそう言うと、剣をぶつけ、その反動で下がる。


(よし! 今なら、攻撃できそうだ!)


 ステラが下がったのを見たアリアは、地面を踏みこみ、一気にステラとの距離を詰めた。

 その後、ステラの足を目掛けて、横なぎに剣を振るう。

 アリアの得意技であるので、ほとんどの相手は、避けることができない一撃である。


「なかなか、良い一撃ですね」


 ステラはそう言いながら、簡単そうにアリアの横なぎの一撃を受け止めた。


「やっぱり、ダメですか……」


 アリアは横なぎの一撃を受け止められた後、素早く剣を自分のほうに引き戻し、後ろへ下がる。


「でも、ほとんどの人は今ので、体勢を崩されると思いますよ」


 ステラは、アリアを慰めようと思ったのか、剣を構えながら、そう言った。


(それって、ステラさんには、効かないってことか)


 アリアはそんなことを考えながら、ステラの隙を伺う。

 だが、なかなか、隙を見つけられず、攻めあぐねてしまった。


(そういえば、サラさんのほうは、どうなっているだろう?)


 本当は良くないが、アリアは、サラのいるほうを横目でチラリと確認する。

 そこでは、サラがカレンに一方的に打ちこまれているようであった。

 サラはなんとか、防御に徹している。


「いつまでも、防御していては、攻撃できませんよ」


 カレンはそう言うと、横なぎに剣を振り、サラを吹き飛ばしている。


「うわああああですわ!」


 サラが悲鳴を上げながら、空中を飛んでいくのが、アリアからは見えた。


(サラさん、頑張ってください!)


 アリアは、心の中でそう思うと、改めて、ステラのほうに意識を向ける。

 ステラのほうはというと、どうやら、アリアが攻撃してくるのを待ってくれているようであった。

 そのことが分かったアリアは、剣を振りかぶりながら、走りだす。


「ステラさん、いきますよ!」


「はい、どんどん、攻撃してきてください」


 ステラはそう言うと、アリアの攻撃を剣で受ける。

 どうやら、アリアの実力に合わせて、訓練をしてくれるようであった。


 その後、四人は、1時間半ほど、屋敷の中庭で訓練をした。


 この訓練で、サラとアリアは分かったことが二つあった。

 一つ目は、ステラが優しいということであり、こちらの実力に合わせて、訓練してくれるということ。

 二つ目は、カレンが厳しいということであり、一方的にこちらをボコボコにしてくるということ。


 この二つをサラとアリアは、学ぶことができた。


 結局、訓練が終わり屋敷へ戻る頃には、サラとアリアがボコボコにされた状態であり、立っているのもやっとという有様であった。


(はぁ……ステラさんが、あんなに強いのって、カレンさんと毎日、訓練していたからだよな。そうじゃないと、あの強さは説明がつかないよ。一体、カレンさんは何者なんだろう……)


 アリアはそんなことを思いながら、ステラの屋敷へと帰っていった。

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