20 行進訓練

 ――次の日の朝。


 4組の入校生たちは、朝食を食べた後、急いで行進訓練の準備をしていた。

 行進訓練は、今回の野外訓練における、最後の訓練である。

 訓練内容は、自分の武器を身につけ、荷物を背負った状態でアサハイム訓練場の決まった経路を歩き回る訓練であった。


 しかも、制限時間があり、翌日の朝までに、今いる場所に戻って来なければならない。


 そのような訓練のための準備が完了したことを確認したアリアは、ロバートに近づく。

 4組の入校生たちは、ロバートの前で整列している状態である。


「行進訓練の準備ができました!」


「よし! それじゃ、出発しろ!」


「はい!」


 アリアは大きな声で返事をする。

 こうして、4組の入校生たちは、行進訓練を始めることになった。

 ガシャガシャと音を立てながら、4組の入校生たちは歩き始める。


 4組の入校生たちの先頭にいる者は、経路を間違わないようにする必要があった。

 間違えると、元の道に戻る分だけ時間がかかってしまう。

 そうすると、翌日の朝までに到着することが難しくなる。


 先頭を歩く入校生は、全員ができるように、一定時間ごとに交代するようになっていた。

 また、4組の入校生たちをまとめる指揮官役も、一定時間ごとに交代することになっている。

 ロバートはというと、4組の入校生たちの一番後ろで歩いている。


「荷物が重いですの!」


 アリアの近くを歩いているサラは、そんなことを言いながら、歩いていた。


「そうですね! この状態で翌日まで歩くのは、キツイ気がします!」


 アリアも、ガシャガシャと音を立てながら歩いている。

 そんなアリアの近くにステラが近づく。


「今は歩き始めなので大丈夫ですが、時間が経つに従って、歩けなくなる人も出てくるかもしれませんね」


「そうなったら、絶対、大変ですよ! なるべく皆で助け合いながら、一歩ずつ歩いていきましょう!」


「そうしたほうが良いですね」


 ステラはそう言うと、アリアから少し離れた場所に移動する。


(本当に、歩けない人とか出たら大変に決まっているから、注意しよ!)


 アリアはそんなことを思いながら、周囲をキョロキョロと確認した。

 4組の入校生たちが、重い荷物を背負って、ゆっくりと歩いているのが確認できる。

 歩き始めとあってか、まだ、4組の入校生たちは、元気そうであった。


(とりあえず、私も歩くことに集中しよう!)


 アリアは、そう思いながら、ゆっくりと歩いていた。






 ――行進訓練を始めて、数時間が経過し、正午ごろとなった。


 空からは、太陽の光が容赦なく、4組の入校生たちに向かって降り注いでいる。

 それに伴って、気温も上がっているようであり、かなりの高温となっていた。


 そんな中、4組の入校生たちは、汗だくになりながら、歩いている。

 アリアが来ている軍服も汗で濡れてしまっている状態であった。

 まるで、軍服を着たまま、水浴びでもしたかのようである。


「はぁ、はぁ……本当に暑いですの」


 アリアの近くを、サラは汗だくになりながら、歩いている。

 行進訓練は、一定時間歩くと、短い時間ではあるが休憩することになっていた。

 そこで、荷物の中に入っている水を飲むことが可能である。


 また、その水には、あらかじめ塩が入れてあり、脱水症状を少しでも防げるようになっていた。

 だが、脱水症状にはならなくても、炎天下の中の行進訓練はキツイようである。


「とりあえず、次の休憩時間になるまで、頑張りましょう!」


 アリアは、顔から大粒の汗を流しながら、サラを励ます。

 実際、アリアも暑さのせいで、消耗していた。

 自分の武器を身につけ、重い荷物を背負っているので、それだけで疲労がたまる。


 加えて、今が夏ということもあり、暑さが4組の入校生たちの体力を奪っている状態であった。


 アリアは、額から流れてくる汗をぬぐうと、4組の入校生たちの状態を確認する。

 多くの入校生たちは、汗だくになりながら、必死に歩いている状態であった。


(まだ、歩けなくなっている人はいないようだけど……時間の問題だな)


 アリアは、4組の入校生たちの状態を確認した結果、そう思った。

 比較的、体力がある入校生は大丈夫そうであったが、体力が少ない入校生はフラフラとしながら、なんとか歩いている状態である。


 ステラはというと、顔から大粒の汗を流してはいるが、いつもと変わらない表情で歩いていた。


(やっぱり、ステラさんは、すごいな)


 アリアはそんなことを思いながら、ふたたび歩くことに集中する。

 行進訓練の初めのほうは、休憩時間に会話をする元気があった入校生が多かった。

 だが、今は、休憩時間に必要なことを話す以外に、口を開く入校生はいない状態である。


(ああ~、早く、休憩時間にならないかな)


 アリアの頭の中は、休憩時間のことで一杯であった。

 4組の入校生たちは、炎天下の中、進み続けていた。






 ――それから、数時間が経過した。


 太陽は完全に沈んでいた。そのおかげで、直射日光がなくなり、昼間より気温が下がっていた。

 だが、ジメジメとして暑いことには変わりない状況である。


 すでに、4組の入校生たちの多くが限界であり、フラフラとしながら、なんとか歩いていた。

 まだ、朝まで時間はあるが、歩けなくなってしまった入校生が数人発生している状況であった。

 そのため、歩けなくなってしまった入校生の荷物を、無事な入校生たちで分け合っていた。


 そうして、荷物が軽くなった入校生を励ましながら、なんとか4組の入校生たちは歩いていた。


「…………」


 昼間まで、愚痴を言う元気があったサラは、黙って歩いていた。

 その背中には、行進訓練が始まった当初より、重くなったであろう荷物が背負われている。


 アリアは、周囲の状況を確認しようとするが、辺りが暗かったため、月明かりに照らされた場所以外はほとんど見えない状況であった。


 そんな中、アリアの後ろを歩いていたステラが、アリアに近づいてきた。


「アリアさん、多分なんですけど、道、間違えていますよ」


「えっ!?」


 アリアは、驚きながら、ステラのほうを見る。

 月明かりに照らされたステラの顔が見えた。その背中には、アリアとサラと同じく、重くなっているであろう荷物が背負われている。


「前の休憩のときに地図で確認した道と違う道を歩いている気がします。実際に、地図で確認しても、少しおかしいと思いました」


「私も地図で確認してみますね」


 アリアはそう言うと、歩きながら、自分の地図を広げた。

 月明かりを頼りに、今、歩いている道と進むべき道を比べる。

 今、歩いている道は、所々に湾曲している場所があった。


 だが、進むべき道を地図で確認すると、ほとんど湾曲している場所はなかった。

 進むべき道の一本隣の道は、湾曲している場所が多そうである。


「……一本隣の道を歩いているようですね。とりあえず、ロバート大尉に確認してきます」


「お願いします」


 ステラの返事を聞いたアリアは、4組の入校生たちの一番後ろを歩いているロバートに近づく。

 アミーラ王国軍で長年勤務しているおかげか、入校生たちよりも重そうな荷物を背負っているが、疲れているという感じではなかった。


「ロバート大尉、道を間違えているので、今、歩いている道を引き返してもよろしいでしょうか?」


「それは、指揮官役の入校生が判断することだ。学級委員長が俺に聞くことではない。道を間違っていると思うなら、指揮官役の入校生にお前がそのことを伝えろ。俺は、どうしようもなくなったときにしか、動かないから、そのつもりでな」


「了解しました。それでは、戻ります」


「分かった」


 ロバートの返事を聞いたアリアは、急いで、今の指揮官役の入校生の下へ向かう。

 今の指揮官役の入校生は、エドワードであった。

 エドワードの下に到着したアリアは、急いで、道を間違えていることを伝える。


「本当か!? 地図で確認してみよう!」


 エドワードはそう言うと、月明かりを頼りに、地図で確認した。

 アリアは、地図を指差しながら、説明をする。


「……これはマズいな。ここから、合流できる道はなさそうだし、来た道を戻るしかないようだ」


 エドワードはそう言うと、地図をしまう。

 その後、先頭に走っていき、4組の入校生たちの行進を止める。

 いきなり行進を止められた入校生たちは、ざわざわと騒ぎだす。


「皆、すまないが、道を間違えたようだ! だから、今、歩いてきた道を引き返して、正しい道に戻る必要がある! 疲れていると思うが、頑張ろう!」


 エドワードは、4組の入校生たちに聞こえる声で、そう言った。

 今まで、必死になって歩いていた入校生たちの数人が、エドワードの言葉を聞いて、座りこんでしまう。

 どうやら、気持ちが切れてしまったようである。


 他の入校生たちも、ここに来て、道を間違えていたのがショックだったのか、力なく下を向いてしまう。

 ロバートは、そんな4組の入校生たちの様子を黙って見ている。


 先頭を歩いていた入校生は、今にも泣きそうな顔になっていた。


(まぁ、疲れていると、間違えることは多いし、しょうがないか。というか、私も先頭を歩く人に任せっきりだったのが悪いしな)


 アリアは、先頭を歩いていた入校生を見ながら、そんなことを思っていた。


(とりあえず、皆の気持ちを奮い立たせないとマズいな)


 アリアは、必死になって皆を励ましているエドワードを見ながら、そう思った。

 4組の入校生たちは、心が折れてしまっているのか、ノロノロとした足取りで、歩いてきた道を引き返している。


「皆さん、つらいかもしれません! ですが、歩かないと、いつまで経っても、行進訓練は終わりません! ここで、踏ん張らないと、余計、つらくなりますよ!」


 アリアは、4組の入校生たちに聞こえる声で、そう言った。

 その声に反応したサラとステラも声を上げる。


「アリアの言うとおりですの! ノロノロと歩いても、しょうがありませんわ! ここは、気持ちを入れ直して、やるしかありませんの!」


「つらいのは、皆、一緒です! 協力して、やり遂げるしかありませんよ!」


 サラとステラの声を聞いた4組の入校生たちの一部が、『そうだ、やるしかないぞ!』、『頑張って、歩こう!』と声を上げ始めた。

 こうした声は広がっていき、なんとか4組の入校生たちは、歩く気力を取り戻す。


(はぁ……とりあえず、しっかりと歩き始めて良かった)


 アリアはそんなことを思いながら、自分が元々歩いていた場所に移動した。

 数十分後、4組の入校生たちは、正しい道に戻ることができていた。


 何人もかろうじて歩いている状態であり、依然として、厳しい状況に変わりはない。

 だが、4組の入校生たちが一丸となって、助け合いながら、歩いているため、先ほどよりは状況が好転したようである。






 ――数時間後。


 空は明るくなり始めていた。あと、1時間ほどで朝になろうかという状況である。


「皆さん! あと少しです! 頑張りましょう!」


 最後の指揮官役のアリアは、4組の入校生たちに聞こえるような声で、そう言った。

 すでに、4組の入校生たちのほとんどが気力だけで歩いている状態である。

 かくいうアリアも、指揮官役なので、声を上げているが、かなりギリギリの状態であった。


 4組の入校生たちは、お互いに声をかけあって、気持ちを切らさないようにしている。

 そんなこんなで、1時間が経過する頃には、出発した場所に戻ることができた。

 制限時間ギリギリでの到着である。


 4組の入校生たちが整列をすると、アリアは、ロバートに行進訓練が完了したことを報告した。


「よし! 制限時間ギリギリだが、間に合ってはいる! それじゃ、これから、行進訓練で固まった体をほぐすために、走りにいくぞ!」


「え?」


 ロバートの言った言葉を理解できなかったアリアは、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 4組の入校生たちも理解できなかったのか、口を開けたままポカンとしている。

 そんな入校生たちの周りには、いつの間にか、数人の教官が集まっていた。


「よ~し! 出発するぞ! 整列したまま、俺の後ろをついてこい!」


 ロバートはそう言うと、走り始めてしまう。


(嘘でしょ!? これから、走るとか無理なんですけど!)


 アリアはそんなことを思いながら、走り始めた4組の入校生たちの列の近くを走り始める。

 当然、4組の入校生たちの体は限界であり、フラフラとしながら、走っていた。

 走り始めて、すぐに、体力がない入校生は、あっさりと脱落してしまう。


 その脱落した入校生は、周りにいた教官の付き添いで、どこかへと行ってしまった。

 ロバートが走ること、1時間。

 結局、最後まで残っていた入校生は、エドワードとアリアとサラとステラの四人だけであった。


(久しぶりに、誰かに対して、殺意を持ったな)


 走り終わったアリアは、ロバートを見ながら、そう思った。


 こうして、長かったアサハイム訓練場での野外訓練が終了した。

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