19 アサハイム訓練場

 ――定期試験が終わった次の日の朝。


 講義の準備をしたアリアとサラとステラは、4組の教室に向かった。

 数分後、三人は教室に到着する。

 ガラガラと教室の扉を開けて入ると、なにやら、黒板の横に人だかりができているのが見えた。


「なんだか、今日は賑やかですわね」


「そうですね。なにか、あるのでしょうか?」


「とりあえず、エドワードさんに聞いてみますね」


 アリアはそう言うと、イスに座っているエドワードに近づく。


「エドワードさん、黒板の横になにかあるのですか?」


「ああ、アリアか。いや、定期試験の結果が書かれた紙が貼り出されているだけだ。皆、自分の順位を確認しようとしているのだろう」


 なぜか、不機嫌そうなエドワードは、アリアのほうに向いて、そう答える。

 アリアは、お礼を言うと、三人で、黒板の横に向かった。

 三人は、人混みをかき分けて、なんとか、定期試験の結果が書かれた紙の前まで到着した。


「え~と、私の順位はっと……」


 アリアは、下のほうから自分の順位が何位かを探す。


(上位は、どうせ、有力な貴族が占めているだろうから、見るだけ無駄だろうしな)


 アミーラ王国では、貴族と平民とで、扱いに違いがあった。

 レイル士官学校では、あまり感じることはないが、まったくないというワケではない。

 4組の担任のロバートは、平民と貴族を平等に扱うおかげで、アリアは扱いの違いを感じることは少なかった。


 だが、貴族出身の教官と話すときは、貴族と平民の扱いの違いを感じることが多かった。

 平民に対しては、ぞんざいな扱いをするが、貴族に対しては、ある程度、気を遣っているようなことが多かった。

 特に、有力な貴族の子息には、気を遣っているというのが、ありありと分かるような状況であった。


 やはり、教官といえども、貴族の力関係には、配慮をしないといけないようである。

 そのため、アリアは定期試験でも、そのような大人の事情が働くのではと考えていた。


「アリア、アリア! 見てくださいまし!」


「なんですか、サラさん?」


 サラにバンバンと肩を叩かれたアリアは、サラのほうに顔を向ける。

 よく分からないが、サラは興奮しているようであった。


「ここですの!」


 サラは、定期試験が書かれた紙の上のほうを指差す。

 アリアは、サラが指差した場所を確認した。


「え~と……あれ? 私の名前が、10位のところに書かれていますね」


「そうですの! 10位なんて、すごいですわ!」


「おめでとうございます、アリアさん」


 サラとステラは、アリアに向かって、そう言った。


(……まさか、自分が上位にいるとは思わなかった)


 アリアは、そんなことを思いながら、ポカンとしていた。

 嬉しいというよりも、困惑のほうが、勝っている状況である。


「ありがとうございます。まさか、自分が、10位だなんて、思ってもいませんでした」


「アリアはもっと自分に自信を持ったほうが良いですの!」


「私もそう思います!」


 サラの言葉に、ステラが同意する。

 そんなことを話していると、教室にロバートが入ってきた。


「おい、さっさと自分の席に戻れ! 講義を始めるぞ!」


 今日も元気なロバートの声が教室に響きわたる。

 その声を聞いた4組の入校生たちは、騒ぐのをやめると、自分の席に戻っていく。

 4組の入校生たちが席に戻ると、ロバートは講義を開始した。


 今日もいつもどおり眠気と戦いながら、アリアは必死になって、講義で聞いたことをノートに書きこんでいた。

 そんなこんなでアリアが頑張っていると、お昼を知らせる音楽が、教室の外から聞こえてくる。


「よし! 午前中の講義は、こんなところだな!」


 ロバートはそう言うと、講義を終了し、4組の教室から出ていく。

 その後、4組の入校生たちは、ぞろぞろと教室を出て、食堂へ向かった。

 アリアとステラとサラも、食堂へ向かって歩きだす。


 数分後、食堂に着いた三人は、自分の好きな料理を食器に移すと、空いている机にそれを置く。

 その後、イスに座った三人は、昼食を食べ始める。


「とりあえず、無事に定期試験が終わって、良かったですの! 順位も良かったですし、これで、父上と母上に怒られることもありませんわ!」


「私も、それなりの順位だったので、満足しています」


 サラとステラが、そんなことを言いながら、昼食を食べている。


 今回の定期試験では、サラが12位、ステラが11位であった。

 どうやら、実技試験よりも筆記試験のほうが重きを置かれているようであり、筆記試験のわずかな差が順位を分けているようである。


 実際、実技試験が満点だったのは、アリアとサラとステラだけであったが、筆記試験が三人よりも良かった入校生が10番以内に入っていた。


 ちなみに、筆記試験、実技試験ともに点数が6割未満の場合、落第となり、後日、再試験が行われることになっていた。

 再試験は、合格の点数が7割以上と厳しくなり、それにも落ちると、問答無用でレイル士官学校を辞めなければならなかった。


 そのため、再試験にならなかったことは、多くの入校生たちにとって、ホッとする出来事であった。


 三人は、定期試験のことを話しながら、昼食を食べる。

 20分後、昼食を食べ終わった三人は、午後の講義の準備をするため、女子寮に戻っていった。

 こうして、アリアは落第をせずに、定期試験を乗り越えることができた。






 ――定期試験が終わってから、1ヶ月が経過し、7月となった。


 相変わらず、レイル士官学校での生活は厳しかったが、アリアは、頑張っていた。

 夏季休暇が近づいているということもあって、レイル士官学校の入校生たちは、少し浮足立っている。

 7月の下旬から8月の終わりまでが、夏季休暇であった。


 そんな夏季休暇の前に、レイル士官学校の入校生たちは、アサハイム訓練場での野外訓練を行うことになった。

 アサハイム訓練場は、王国の西部の都市であるアサハイムの近くにある訓練場であった。


 レイル士官学校の入校生たちは、馬車に乗り、アサハイム訓練場へと向かう。

 1週間後には、アサハイム訓練場に到着した。

 4組の入校生たちは、アサハイム訓練場に到着して、すぐに天幕を設営すると、ロバートの前に整列をする。


「今回の訓練からは刃引きされた鉄製の剣を使うから、注意しろよ! 分かったか?」


「はい!」


 ロバートの言葉を聞いた4組の入校生たちは、大きな声で返事をした。

 どうやら、木剣を使うことは、もう、ないようである。


 こうして、アサハイム訓練場での、野外訓練が開始した。

 訓練の内容は、4組の入校生一人一人が、順番に指揮官となり、4組の入校生たちを率いて突撃をして、目標となる場所に到達するというものである。


 もちろん、その道中には、妨害するために敵役の者たちがいた。

 敵役は、アサハイムに駐留している第5師団の者が務めてくれるようである。

 


「一応、言っておくが、敵役の人たちは、一切、手加減をしないから気をつけろよ! あと、俺が、これ以上、やっても無駄だと思ったら、退却の合図を知らせる銅鑼を鳴らすからな! 聞こえたら、すぐに戻ってこい! 戻ってきたら、指揮官役を変えて、また、突撃してもらう! 分かったか?」


「はい!」


 4組の入校生たちは、大きな声で返事をした。

 その後、指揮官役のエドワードの指示に従い、4組の入校生たちは突撃の準備を始める。


「どうやら、準備が整ったようだな! それでは、始めろ!」


「はい!」


 エドワードは大きな声で返事をすると、4組の入校生たちに向き直った。


「突撃!」


 エドワードが大きな声で叫ぶと、一気に4組の入校生たちは前進を始める。

 200mほど先の目標の近くには、敵役の者たちが、剣を構えているのが見えた。


 数十秒後には、4組の入校生たちと敵役の者たちが戦いを始めていた。

 戦い自体は、ステラとアリアとサラのおかげで、4組の入校生たちのほうが有利に戦えていた。

 だが、敵の指揮官が、三人の動きを足止めするような指示を出したため、徐々に敵役の者たちのほうが有利になっていく。


 数分後には、完全に敵役の者たちのほうが優勢な状況になっていた。

 エドワードは、大きな声で、指示を出しているが、流れを変えられそうにはなかった。

 アリアとステラとサラも、なんとか突破口を開こうとしていたが、敵役の者たちに足止めをされてしまい、上手くいかない。


 そうこうしているうちに、戦える4組の入校生たちが減っていき、総崩れとなってしまう。

 ロバートからも4組の入校生たちが総崩れになっているのが見えたようであり、退却を知らせる銅鑼が鳴らされた。


「退却せよ!」


 銅鑼の音を聞いたエドワードは、大きな声で叫ぶ。

 エドワードの声を聞いた4組の入校生たちは、我先にと逃げていくため、もはや集団として機能していなかった。

 敵役の者たちは、そんな4組の入校生たちを追いかけて、戦闘不能にしていった。


「サラさん、ステラさん! なんとか、足止めしましょう!」


「分かりましたの!」


「分かりました」


 サラとステラは返事をすると、殿として、アリアと一緒に攻撃の足止めをする。

 そのおかげか、多少、ケガしている者はいるが、なんとか、ロバートの下まで、全滅せずに戻ることができた。


 戦闘不能になった入校生たちは、近くにいた教官たちの手によって、担架で運ばれ、手当てを受けているようである。

 しばらくすると、ロバートの下に戻ってきた。


 4組の入校生たちが揃ったことを確認したロバートは、口を開く。


「ただ、突撃するだけでは、敵にやられるだけだぞ! 戦いの中で、冷静に敵の動きを分析して、必要なときに、適切な指示を出さなければならない! まぁ、言うのは簡単だが、実行するのは難しいことだ! お前らも、そのことを今の訓練で分かっただろう?」


「はい!」


 4組の入校生たちは、整列している状態で、大きな声を上げる。

 

 その後、次の指揮官役の入校生の指示の下、4組の入校生たちは、ふたたび、突撃をした。

 結果は、4組の入校生たちの負けであったが、先ほどよりは、善戦できていた。

 こうして、指揮官役の入校生が変わりながら、訓練は続いていった。


 一回、一回、訓練を行うのに時間がかかるため、数日が過ぎていく。


(指揮官によって、全然、集団としての動きが違うな)


 アリアは、何回も突撃をする中、そう思った。

 自分のことで一杯一杯になってしまう入校生が指揮官役のときは、まともな指示が出せないため、すぐに、撤退の合図の銅鑼が鳴らされていた。


 だが、ステラやサラのように、ある程度、冷静に状況を分析できる入校生が指揮官のときは、すぐに負けることはなく、善戦をすることが多かった。

 それでも、指揮をすることに慣れておらず、また、4組の入校生たちよりも、敵役の者たちのほうが強いので、なかなか、目標となる場所に到達できなかった。


 そのような状況で、アリアを除いて、4組の入校生たちは全員、指揮官役をし終わった。

 だが、誰が指揮官をしても、目標に到達することはできていなかった。


「よし! 学級委員長! 最後くらい、目標に到達できるようにしろよ!」


「はい!」


 アリアは大きな声で返事をすると、4組の入校生たちに準備をするように指示をする。

 4組の入校生たちの準備が完了したと判断したロバートの合図で、4組の入校生たちが突撃を始めた。


「サラさん、ステラさん! 頼みましたよ!」


「分かりましたの!」


「分かりました」


 サラとステラは、大きな声で返事をすると、敵役の者たちの左側に回りこもうとする。

 その後ろには、15人ほどの入校生たちが続いていた。

 当然、敵役の者たちは、サラとステラが強いことは分かっているので、左側のほうに移動している。


「私たちは、このまま、敵の指揮官を倒します! 私についてきてください!」


 左側に敵役の者たちの多くが向かったことを確認したアリアは、指揮官に目がけて突撃をした。

 その後ろには、残りの4組の入校生たちが続いている。

 一気にアリアの率いる入校生たちが攻勢をしかけてきたため、敵役の指揮官の周りの者たちは、防戦一方となっていた。


 指揮官が狙われていると判断した敵役の者たちは、急いで、指揮官の救援に向かおうとする。


「今ですわ! 敵の背後に回りこみますの!」


 そのとき、サラの声に反応した10人の入校生たちが、敵役の指揮官の背後に回りこむ。

 当然、敵役の者たちは、挟み撃ちにされないようにサラたちを足止めしようとしたが、そこにステラたちが割って入ったため、上手くいかなかった。


「目指すは、敵の指揮官一人です! このまま、押し切りましょう!」


 アリアは大きな声を上げながら、敵役の指揮官に目がけて、突撃をする。

 その後、アリアたちとステラたちに挟み撃ちにされてしまった敵役の指揮官は、倒されてしまった。

 指示するものがいなくなったため、敵役の者たちは、集団として動けなくなり、4組の入校生たちに倒されていく。


 最終的に、4組の入校生たちは、目標に到達することができた。

 4組の入校生たちの勝利の雄叫びの声は、ロバートにも聞こえていた。

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